第九話:密会
かつて総理大臣であった旧トップの失脚によって、新たなトリスティアンマフィアの長となった麻薬密売組織のリーダーは、自分が長となるためにトリスティアンマフィアの幹部たちにばら撒いて、目減りしてしまった資金の補填計画を練っていた。
しかし麻薬密売組織は、国王の命令によって動いた王国軍による一斉捜査の影響で、商売あがったりな状況下にある現在、その目途は立っておらず焦りを募らせていた。
トリスティアンマフィアの幹部達が、話し合いで次代のトップを決定してしまうという、いい意味での誤算により、思わぬ休息を得ることになった灯入であったが、その間もコハルは着々と情報を集積し、作戦の第二段階に移るタイミングを計っていた。
トリスティアンマフィアの新トップ誕生から五日後、ようやく第二段階に移れる目途が立ったと判断したコハルは、灯入と共に久しぶりのひそひそ会議を開催した。
『準備が出来たわ。いつでも第二段階に移れる。でも本当にいいの、後戻りできなくなるよ?』
『俺の覚悟はもう決まってるから』
『決心は揺るがないようね。じゃあ、もう一度作戦を確認するよ』
『ああ、ミスったらシャレにならないからな――』
灯入とコハルが計画した第二段階の大筋はこうである。
一つ、王国軍の麻薬密売組織壊滅作戦を一旦中止させる。
二つ、灯入が単独行動を取り、麻薬密売組織に拉致される。
三つ、密売組織本拠地に連行された灯入は大人しく組織の指示に従い、コハルからの連絡を待つ。
四つ、コハルからの連絡が入ったら大暴れし、血液を採取するために囚われている人たちを守る。
五つ、灯入が大暴れを開始するタイミングを狙って、
コハルとリゲルたち近衛隊の精鋭が密売組織本拠地に踏み込み、幹部達を挟撃する。
六つ、密売組織の幹部を一網打尽にして麻薬密売組織の拠点を制圧する。
作戦決行時、麻薬密売組織のリーダーは本拠地に滞在していないはずなので、本拠地制圧作戦と同時に、情報をヘイゼル元帥にリークすることで、対処する。
そうすれば、彼の逃げ道は絶たれる事になるはずである。
もし、本拠地に滞在していた場合は、幹部達と同じく捕らえられるので考える必要は無い。
作戦の詳細とその理由は追々説明するが、まずは一つ目、王国軍の作戦を一旦中止させなければならない。
理由は簡単で、灯入が麻薬密売組織に拉致されるためには、王国軍の存在が邪魔だからである。
ではなぜ、灯入が密売組織に拉致されねばならぬのか?
総理大臣の時と同じく国王に情報をリークすればよいのではないか?
などと考えられるが、麻薬密売組織の目はいたるところに散らばっていることを忘れてはいけない。
感づかれた時点で即座に逃亡されてしまう。
さらに、総理大臣只一人を拘束するのとは難易度が違う。
とてもリゲルと近衛隊数名のみでで正面から叩き潰せる相手ではないのだ。
定石どおりに考えれば、麻薬密売組織を叩き潰すには多人数で一気に攻める必要がある。
よって、王国軍を動かしたくなるのだが、王国軍の中には密売組織の構成員が紛れ込んでいるので、結果は言わずもがな逃げられるだけである。
ならば、少数精鋭で電撃的に敵の中枢を抑え込むしかない。
灯入が本拠地内部で敵を撹乱し、外からはコハルとリゲルを含む近衛隊の精鋭が、一斉に敵の幹部連中を抑え込むのである。
こうすれば混乱した敵に、リゲルと近衛隊の精鋭と強力無比な灯入とコハルが加わることによって、押さえ込むことが可能になるであろう。
ここまでが灯入とコハルが考えた計画の第二段階、麻薬密売組織壊滅作戦の大筋二つ目までの概要と理由である。
ということで、まずは王国軍の作戦を一旦中止させなければならないのだが、普通に考えれば一介の個人が国の組織が起こした行動、ましてや王命を止めることなど不可能と考えるだろう。
そこで、灯入は自分の特殊性を最大限利用することにした。
つまり、麻薬密売組織にすれば、喉から手が出るほど手に入れたい存在である灯入が、囮となって捕まることにより、敵の本拠地をリゲルたち近衛隊に知らせるのである。
そのためには敵をある程度自由に行動させなければならない。
すなわち、王国軍の捜査が邪魔なのである。
よって話を持ちかける相手は、王国軍を自由にできる国王ということになる。
しかし、灯入もコハルも国王との直接的な繋がりは持っていない。
したがって、最初にリゲルを引き込むのことにしたである。
まずは、リゲルに直接交渉を持ちかける。
次にリゲルに国王とのパイプ役になってもらう。
ここまでの確認を終えて、灯入とコハルは行動を開始した。
作戦の中核、第二段階のスタートである。
夕食を取っているリゲルに、大切な話があるので深夜自分たちの部屋へ来てほしいと告げる。
その日の深夜。
『他人に聞かれるとマズい話なので小声でお願いします』
『ああ、分かったコハル殿。それで何の話だ?』
『麻薬密売組織壊滅に関する話です』
『灯入、それはどういうことだ』
『はい、王国軍の作戦が行き詰っているのは知っています。未だに兵士の警護が解かれないし、野外活動も出来ないですからね』
『その通りだ』
『だから俺たちは打って出たいんです』
『打って出るとは?』
『俺が囮になります』
『ッ! 何を考えてる。危険すぎるぞ』
『ええ分かってますよ、だけど、何とかしたいんです。俺や、コハル姉の血を巡って学院の仲間やリゲルさんの家族に長い間窮屈な思いをさせている。だから、俺が囮になって敵の本拠地を暴きますよ――』
灯入の決意を聞いて尚、リゲルは反対した。
しかし、灯入の決意は揺るがなかった。
灯入の強情さに折れたリゲルは、仕方なく灯入とコハルが計画した作戦を聞くこととなった。
結果、尚も反対されたが灯入は折れなかった。
リゲルは渋々ながらも国王との面会を取り計らうことを了承したのである。
国王との面会は二日後の深夜に行われた。
ことが事であるだけに、面会は近衛隊詰所の地下と通じる、国王と要人が密会するための部屋で行われることとなった。
リゲルの持つ魔導ライトに照らされた地下に続く薄暗い石の階段を降りていくと、通路は二股に分かれていた。
片方はかつての総理大臣が幽閉されている部屋に続いている。
通路を左に曲がって歩いていくと、突き当りで通路が突然終わっているのが灯入には見えた。
リゲルが突き当りの手前二〇mほどの所で立ち止まると、石積みの壁の一部を押し込む。
すると、突き当りの石壁がスライドして新たな通路が現れた。
その通路を少し進むと、通路の両脇に幾つかの木でできた古びた扉が並んでいた。
そのうちの一つの扉をリゲルが開けると、そこは八人掛け用の木製の円卓と椅子があるだけの小部屋だった。
円卓の中央に魔導ライトを置いてから、椅子に座って待っていると、灯入たちが入ってきた扉とは向かい合った位置にある扉から国王が姿を現す。
国王は灯入たちの顔を見るなり破願して大きな声で笑った。
この部屋は何重にも魔術結界が施されているので、声が外に漏れることは有り得ないのだ。
「まだ幼い学生が、とんでもないことを考えよる。どれ、詳しい話しを聞こうか」
「はッ、国王陛下に於かれましては、此度の無礼な申し出、聞き入れてくださり、謁見賜りましたこと恐悦至極に存じ上げます」
「畏まらんでも良い。普段通りに話せ」
「はッ」
コハルは取り敢えず身分を考えて、それなりの挨拶を行った。
ここは、感情が表に出やすい灯入よりも、コハルのほうが理路整然と、作戦を説明できるので、彼女が国王に麻薬密売組織壊滅作戦を説明することになっていた。
リゲルから、当為とコハルが立てた作戦の概略を聞いていた国王は、コハルに作戦の詳細を聞かされ、王国軍による捜査に行き詰まり感を抱いていた国王からしてみれば、状況を打破できる唯一の選択肢にも思えた。 それに、灯入とコハルの異常なまでの強さは、リゲルやフィーナ王女から聞き及んでいる。
それでも、やはり危険すぎると、翻意することを進めた。
「これは私達の間で既に決定済みです。仮に私が翻意したとしても、灯入は一人ででも敵の直中に身を曝す事でしょう。それに、敵が灯入を進んで殺そうとすることも無いでしょう。殺してしまって困るのは彼らですから」
灯入は真っ直ぐな決意をこめた表情で国王を見ている。
国王はそれを見て覚悟を決めた。
「決心は揺るがんようだな。よし、お前達の作戦に乗ってやる。ただし、リゲルお前が責任を持っ二人を守れ。良いな」
「はッ、この命に代えましても」
リゲルは国王に灯入とコハルの謁見を打診したときには既に決めていた。
自分の浅はかさから招いた事態。
たとえ自分が死ぬことになってもこの姉弟を守り抜くと。
国王はそんなリゲルの心情を察していたからこそ、このような命の下し方をしたのであった。
こうして、国王を引き込むことに成功した灯入とコハルは、後戻りすることができない戦いに身を投じることになったのである。




