第六話:陰謀
一月の下旬、王国軍の総力を挙げた麻薬密売組織の壊滅作戦は、傍目には順調に推移しているように見えた。
王都トリスティアでは王国軍が一斉摘発作戦を展開、密売組織の拠点及びアジトを制圧し、密売人を多数拘束した。
二月に入ると、アシェの所持で逮捕される者も大幅に減少し、王国軍はヘイゼル元帥総指揮のもと、作戦の舞台をトリスティア王国第二の規模を誇る都市ポートジニア移していた。
しかし、この頃からだろうか、ヘイゼル元帥を筆頭とした王国軍幹部たちは苛立ちを募らせ始めことになる。
王都トリスティア内にある王国軍本部の大会議室では、王国軍幹部たちによる麻薬密売組織壊滅作戦の状況について議論がなされていた。
「カノープ中将、ポートジニアの捜査状況はどうなっておるか」
「はッ、ポートジニアにおきましては、賊の拠点及びアジトの捜索中であります」
「物の流れについてはどうか?」
「はッ、現在一般人に扮した兵士を送り込んで、密売人への接触を試みている最中であります」
「手ぬるい。そんな調子では今度も幹部どもの尻尾はつかめんのではないか?」
スキンヘッドのでっぷりと太った男がカノープの報告に対して嘲りを入れた。
「まぁまぁ、そういきり立つなキーノック大将」
「ですがこのままではまた幹部を取り逃がします。ヘイゼル元帥閣下」
「分かっておる。皆も承知していると思うが、王都での一斉摘発に於いて拠点とアジトは制圧した。が、拘束した者は下っ端ばかり、幹部どもは逃げ果せておる。そこで今回は皆に参集してもらった――」
こうして会議は深夜まで続けられたが、決まったことと言えばポートジニアへの人の出入りの監視と囮捜査員及び巡回兵士の増強くらいであった。
カノープは自問自答を繰り返す。
麻薬密売組織を一網打尽に出来る決定的な方策は無いものかと。
一方そのころ、コハルの調査は大詰めを迎えていた。
密売組織の本拠地、組織の幹部及びトップに至るまでほぼ把握していたのである。
しかし、事はあまりにも重大であった。
もし、このまま麻薬密売組織に関わる全容を公にすれば、トリスティア王国は大混乱に陥るであろうことが明白であった。
なぜか? 問題は麻薬密売組織の中心人物、いや言い換えよう。
正式名称は存在しないので、仮にトリスティアンマフィアとでも呼称するが、トリスティアンマフィアは禁輸品の密輸から人身売買、麻薬の密売や賭博に誘拐犯罪、窃盗団など、数え上げればきりがないが、ありとあらゆる、犯罪に手を染めている団体の総元締めだったのである。
そのトリスティアンマフィアのトップに君臨している人物がトリスティアの国民ならば誰でも知っている国内有数の著名人であり、権力者であることが判明した。
いや、大物が彼一人だけならば、まだどうとでもなる。
が、彼の下につくトリスティアンマフィアの幹部たちにも著名人や権力者が多数含まれていたのだ。
もし、彼らが一斉に逮捕拘束されることになれば、トリスティアの国政が一時的にではあるが立ち行かなくなることは明白であろう。
さらに、彼らが纏め上げていた犯罪組織同士のいざこざなどによって、治安の悪化は免れないと考えられる。
コハルはここまで調べ上げたうえで、灯入にこの事実を打ち明け、灯入はその規模のあまりの大きさに絶望感を感じていたが、このまま何もしないでは埒が明かないと、コハルと共に考えを巡らせるのだった。
今夜もリゲル邸では二人だけのひそひそ作戦会議が繰り広げられた。
『その麻薬密売組織のトップと、マフィアのトップは同一人物なわけ?』
『違うわ』
『じゃあ、とりあえず麻薬密売組織だけでも潰すことを考えようよ』
『でもそれじゃ根本的な解決にはならないわよ。仮に潰せたとしても代わりになる人物は幾らでもいるし』
『それならさあ、マフィアのトップを潰すってのは?』
『それは不可能に近いわ。仮にも一国の総理大臣よ…… でもちょっと待って、いや、潰せるかもしれない』
『どういうこと?』
『とりあえずはスキャンダルでも何でもいいわ、幾つかの事実を暴露して彼を国政のトップから引きずりおろすの』
『そんなことが出来るのか?』
『ええ、地球の科学力に完全に頼らなくても、表面的にはトリスティアの技術だけで可能だわ』
『どうするのさ?』
『写真よ。動画が利用できれば簡単なんだけど、トリスティアには無いから、彼のあられもない姿とか、悪いことしてる証拠、例えば悪事の証拠となる書類や、指名手配されてるような悪人と親しくしているところとかを出来るだけ沢山写真に撮って、私たちがやったと分からないように暴露しちゃうの。その後に密売組織を潰せば再生しないかもしれない』
『なるほど、でも、かなり難しい戦いになるね』
『ええ、だから計画と準備は入念に行いましょう』
灯入とコハルによって麻薬密売組織撲滅作戦が計画されているなか、学院ではいつもどおりの日常が繰り返されていた。
警護の兵士はいまだ学院内を巡回しているが、ひとつだけ変わったことがある。
警護が王国軍から近衛隊に引き継がれたのだ。
理由は簡単で、学院と王城の距離にあった。
もし、万が一王城で事件が起これば、すぐにでも駆けつけられるのだから。
ということなので、最近はリゲルも学院によく顔を出している。
近衛隊の隊長という立場にあるため、さすがに常駐することは出来ないが、暇を見つけては灯入たちのところへ警護に来ていた。
「毎日精が出ますな」
「リゲルか、そなたも毎日よくも飽きずに顔を出すの」
「仕方ありますまい、仕事ですからな」
「嬉しそうな顔をして何を言う」
「ははッ、顔に出ておりましたか」
フィーナ王女とリゲルは灯入とティータの組み手を見て話している。
ここ最近ティータは灯入と積極的に組み手を行ったり、剣を合わせたりしていた。
それというのも、灯入が手持ちぶたさにしていると、すぐにエリーネが灯入の元へ行って誘惑めいたお喋りを始めるからである。
口ではエリーネに敵わないティータは、それならばと文字通り体で灯入と語り合うのである。
周りはそんな三人の絡みを微笑ましく見ているが、特にティータと灯入が二人でいるときは、見ているほうが恥ずかしくなるほどに、二人の態度がぎこちない。
ティータの気持ちをエリオに知らされて、灯入はティータと普通に話す事が出来なくなっているし、ティータはティータで、エリーネが灯入に告白してからであるが、積極的に灯入に話しかけようとしているものの、自分の気持ちを正直に告げられず、傍から見ていてももどかしい接し方になってしまっている。
ティータは、自分が間接的に灯入への好意を打ち明けていたことなど気が付いていないので、いまだに「トーイ殿」などと呼びかけているが、周りからみれば、灯入に好意を抱いていることは態度からしても明らかすぎるほどなので、早く告白してしまえばいいのにとやきもきしていたりする。
そのほかの面子と言えば、エリオはコハルに対していまだに積極的に話しかけ、手合いの相手をしてもらったりしているが、入会試験の一件でルシオがエリオに対して尊敬の念を抱いてしまったため、隙あらばエリオに稽古をつけてもらおうと、ストーカー状態となっている。
実に奇妙な三角関係であるが、傍から見ていると、これはこれで面白い。
イヴェッタについては元々フィーナ王女に憧れて野外活動同好会の門をたたいた口なので、二つの三角関係からあぶれた格好のフィーナ王女と話す機会が増えて、とても幸せそうである。
のであるが、フィーナ王女はひとり不満を燻らせていた。
「リゲルや、退屈なことよのう。野外活動禁止はいつまで続くのかえ」
「正直なところを申しますと、分かりまぬ。密売組織の動きについて、王都では見られなくなりましたが、壊滅には程遠い状態です。王国軍は現在ポートジニアで作戦を遂行しておりますが、いまだに主要メンバーを捕らえるに至っておりません」
「それは、父王から聞いておる。何とかならんものかのぅ」
フィーナ王女の苛立ちは日に日に増していく。
リゲルにしても、自分が事件に対する遠因の一端に関わっているために、なんともやりきれなく、また、申し訳ないと考えていた。
灯入とコハルが、事件解決のための計画と準備を完了させるまであと数日にせまった、野外活動同好会のとある一日の活動風景でであった。




