第五話:暗躍
王国軍兵士の警護が開始されて十日余りが過ぎた。
学院の生徒たちはこの状況に慣れてきたようで、巡回している兵士に話しかけたりしている者もいる。
兵士は仕事中なために迷惑そうにしている者もいれば、生徒たちと和気あいあいとしている姿も見ることが出来る。
この間、灯入とコハルは、表面上何事もなく学生生活を過ごしていたが、幸いにも二人に接触してくる怪しい人物はいなかった。
授業が終わった後は野外活動同好会のメンバーと新入生歓迎のための企画を考えたり、ハンター免許取得に向けての勉強や、訓練に勤しんでいる。
その裏では、コハルの調査が順調とまでは行かないもののかなりの進展を見せていた。
暗躍と言ったら語弊があるだろうが、コハルが放った秘密兵器は文字通り暗躍していた。
まず、カノープを監視しているインセクターを通して、王国軍が把握している情報を収集し、その情報を基に人の流れ、現物の流れ、金の流れを遡っていく。
遡っていく過程で、要注意人物にはそれぞれインセクターが張り付き、そこから枝葉のように伸びる人のつながりを把握する。
次に、集まった情報を逐次整理、解析してく。
コハルによると、現段階で分かっている事実は、現物、金についてはトリスティア王国第二の都市ポートジニアに行きつくそうである。
また、人の繋がりは非常に複雑で、トリスティア王国全土はおろか、他国にまで繋がっているそうである。
特にポートジニアに要注意人物が多く、次いでトリスティアとなっているが、麻薬密売に直接的あるいは間接的につながっている人物は、政治家や王宮関係者から、都市や王国の役人、ハンターや一般人に至るまで広く分布していて、さらに、近衛隊や王国軍に所属している者までいるそうである。
間接的に麻薬密売と関係している人物は除くとしても、その数は数百にのぼり、麻薬密売組織はトリスティア王国に根深く浸透しているらしい。
あまりにも多くの人物が関係しているため、監視する人物を今は絞り込んでいるとコハルは言っていた。
そして、麻薬の精製場所、密売組織の本拠地等にはまだ辿り着いていない。
十日余りでここまで調べ上げた三五世紀の地球人類が持つ科学力を武器としたコハルの捜査と、地球で言えば二〇世紀後半の文明しか持たないトリスティア王国軍の捜査能力を比べるのは酷というものである。
トリスティア王国軍は密売組織の構成員やアジト、アシェの流通経路などを、かなり把握していると考えているが、コハルがインセクターを総動員して調べ上げた情報と比較すれば、それらは全容の本の一部に過ぎないことが明らかとなった。
王国軍が把握していたのはトリスティア内部の一部の人物と数か所のアジトのみなのである。
つまり、トリスティア王国軍の捜査状況について言えば、全容解明には程遠い状況であると言えた。
何が言いたいのかといえば、現状の捜査規模では、このまま王国軍の捜査の成り行きを見守っていたとしても、灯入とコハルに降りかかる火の粉を払い落すことは、まず不可能であろうということである。
『とまあ、こんなところかしらね』
『そうなると、俺たちで何か手を打たないと解決しない? ってこと?』
『問題はそこなのよね。インセクターで調査したことを洗いざらい公にすれば、密売組織は壊滅できるでしょうけど……』
『そうすれば俺たちはこの国に住めなくなる、と』
『痛し痒しにも程があるわね』
『…………』
なんとも悩ましい現実に苦悩する灯入とコハルであった。
この地で生きていくと決めた灯入とコハルにとって、この問題を解決するかしないかで今後の状況が大きく変化していく事になるのである。
最悪の場合はこの惑星から逃げ出すか、どこかに身を隠して一生細々と生きていくことになるのである。
それだけは避けたい。
と、考えるのは散々な目にあってこの惑星にたどり着いた灯入の切実な願いでもあった。
そんなことを灯入とコハルが話していた頃、事件のほうは、悪化の一途を辿っていた。
深夜、アシェ中和薬を保管していた王立薬物依存症治療院が麻薬密売組織に襲撃されたのである。
当然、王立薬物依存症治療院は王国軍によって警備されていたので、幸いにもアシェ中和薬が奪われることは無かった。
それでも、双方に死者を出す凄惨な結果となり、捜査の指揮を執っているカノープはさらに頭を悩ませることになった。
この事件のことはインセクターからの情報により、灯入とコハルも把握していたが、リファ経由でリゲルからも学院にいた灯入とコハルに連絡が入り、十分に注意してくれとの事だった。
王立薬物依存症治療院が密売組織によって襲撃された事件は国王の耳にも入り、アシェの蔓延に気を揉んでいた国王はたいそう憤慨した。
直ちに王城に王国軍上層部が呼ばれ、国王からの叱責を受けることとなる。
カノープも捜査責任者として当然その中に入っている。
「治療院が賊に襲われたそうであるが、相違ないか」
国王は王国軍のトップとして金糸で装飾された濃いモスグリーンの軍服を身に纏い玉座に座り、軍服の肩には白に金地の丸が入った肩章が付いている。
豪奢な金髪に髭のない凛々しい顔つきは、何処と無くフィーナを連想させる。
横には国王の剣を持った付き人が控え。
玉座の前には王国軍の高官が直立不動の姿勢で立ち並んでいた。
「はッ、相違ございません」
列の中央、白髪に口ひげを蓄えた老将が返答した。
老将の肩には白に金地の三本線と金星が四つ入った肩章が付いている。
「ヘイゼル元帥、予は此度の事態、嘆かわしく思うておる。捜査は成果を挙げつつあると聞き及んでおったが、如何に」
「はッ、賊の素性とアジトも突き止め、一網打尽にすべく準備を進めておりましたが一足遅うございました」
「言い訳は聞きとうない。で、何が不足しておるか」
「はッ、賊の規模が予想外に大きく、人手が必要にございます」
王は顎に手を当て黙考していた。
王国軍には警察活動のほかにも、魔獣や敵国に対して軍事行動を取ることなど多様な仕事がある。
現在敵国は存在しないが、威嚇としての軍事行動は必要である。
だが、アシェの蔓延は国力を弱らせ疲弊させていく大きな要因となりえる。
ここは何としても対策を急がねばならない。
「あい分かった。人手が足りぬなら増やすしかあるまい」
「しかし……」
「人手をまわす余裕が無いことは予も承知しておる。されど、今はそのような事を言うておる時ではない。多少の混乱には目をつぶるゆえ、王国軍の総力を持って賊を捕らえ、アシェをトリスティアから一掃せよ。近衛も利用して構わぬ」
国王の決断により王国軍は総力を挙げて麻薬密売組織とアシェの撲滅に取り掛かることとなった。
これにより、総指揮は元帥であるヘイゼルが取ることとなり、カノーはヘイゼルの参謀として捜査を補助することになった。
また、近衛隊長のリゲルも捜査に協力せよとの王命に、王国軍と合同捜査することとなった。
『灯入聞いて、状況が変わった。王命で王国軍が捜査の規模を格段に大きくしたわ。しかも、近衛隊まで捜査に投入するそうよ。殆ど全軍を挙げての密売組織撲滅作戦ね』
『だとすると、安心していいのかな』
『状況が少しよくなった、くらいかな。でも、密売組織は大手を振ってトリスティアの街を歩けなくなるから、少なくとも私達への干渉は当分なくなるかもしれないわ』
『でも、野外での活動は難しいかもしれないね。それとインセクターでの調査はどうする?』
『それは続ける。何があるか分からないし、もしもの時のためにはやれることはやって置かなくちゃ』
『そうだね。自分達のできることをしよう。俺は密売組織のやつらをどうにかして公にすることを考えるよ。コハルは調査に専念してくれ』
『ええ、必ず密売組織の全容を調べ上げるわ』
こうして、灯入たちを取り巻く状況は、変化を見せ始めた。
だがしかし、事態は思わぬ方向に向かう事を、今は誰も知り得るはずも無いのであった。




