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魔法の国の魔法が使えない剣士  作者: 滋田英陽
第一章 ~第一王立学院初年度~
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第一話:異世界の惑星の上で

 濃緑の大陸と蒼い海を湛えた惑星の静止軌道上にドーム型の宇宙船が停止している。


「コハルさん、着いた?」

「……ええ、到着したようです」


 避難船の時空固定化が解凍された船内では、ソファーに座っていた灯入がいち早く思考を取り戻した。端末前に座っていたコハルは、再起動に若干の時間がかかったように一拍遅れての返答だった。

 コハルが端末を操作すると、部屋の中央に大型のスクリーンが投影され、そこにはまばらにかかった真っ白い雲越しに見える、明らかに地球には無い形の濃緑の大陸と蒼い海が映し出された。

 灯入は興奮した面持ちで食い入るようにスクリーンを眺めている。


「やった、やったよコハルさん。俺達は助かったんだ」


 コハルはスクリーンと灯入を一瞥すると、少しだけ微笑み端末の操作を再開した。


「大気組成、窒素七七%、酸素二一%、アルゴン二%。呼吸に支障ありません。重力、地球の九三%。気温、赤道で四一℃、極でマイナス三五℃。惑星の公転時間三九二日、自転時間二六時間。河川部に人工物らしき構造物の密集を多数確認。知的生命体による都市部と推測されます」


 コハルは確認された状況を次々と読み上げて行く。


 スクリーンを眺め続けている灯入の目からは一筋の涙が零れ落ちた。

 宇宙を永遠に放浪する危機から脱出できた喜びと、眼前に映る惑星の雄大な姿に感動しているのだろう。


「確認された知的生命体の映像を出します」


 地表が映し出されていたスクリーンの映像が、人々の行きかう街路の様子に切り替わる。


「人! 人!! 髪! ピンク!! 緑!!」


 灯入の表情が感動から歓喜へと変わった。

 歓喜のあまり灯入の言葉はもはや口語にすらなっていない。

 スクリーン中央には、表情までは読み取れないが、白いワンピースを着た薄桃ロングヘアーの女性が歩いている姿が写っており、周りの歩行者たちも青やら赤やら緑色とやたらと色彩に富んだ髪の色をしている。

 もちろん、黒髪や茶髪、金髪の人も見受けられる。

 髪色の多様性を除けば外見は灯入達地球人と区別できない。

 服装は様々だか帯剣している人が幾人か見受けられ、自動車やバスのような乗り物も少数ではあるが確認できる。


「船体の状況を確認します」


 灯入がスクリーンにくぎ付けになっていると、コハルは状況確認の続きを再開した。


「船体の状況を確認。異常は見受けられません。近光速度慣性航行期間を確認。航行時間二〇一九五年、調査惑星数二五一。当初の予測よりかなり短い時間で探索目標をクリアしたようです」


 ギギギギと効果音でも出そうな動きでコハルの方に首だけ振り向いた灯入の表情は固まっていた。


「ということは俺の年齢は二一三一〇歳?」

「止まっていた時間も含めるとそのようになります」


 コハルは微笑んでいるが灯入は笑えない。


「はははっ、止まっていた時間は差っ引いて一五歳ということにしておくよ」

「それで問題ないと考えます」

「それに二万年で短いって事は予測だとどれくらいかかると見込んでたんだ?」

「九五%の確率で探索目標のクリアを果たすためには五十万年ほどかかる見込みでした」

「五十万年…… ちょっと笑えない気がする」


 灯入の表情はさらに引きつっていった。

 ただ生活する事が可能な惑星を探索するだけならばそんな時間はかからない。

 ところが、ヒューマノイドタイプの知的生命体が、ある程度の文明を維持した状態の惑星の探索となれば、条件に合致する確率は極端に下がることとなるのである。


「ところでさぁ、地上にはいつ降りるの?」

「まずは、静止軌道上から知的生命体の調査を行います。結論はそれから出しますが、言語の習得や生活習慣の学習などがありますから地球時間で一年近く先だと考えられます」

「いっ、一年……」

「一年で地上に降りられればラッキーだと思ってください。最悪の場合は降りずに再探索となりますから」

「…………」

「インセクターを地上に送り込みますので、今日のところは休むことにしましょう」

「インセクターって?」

「虫型の超小型偵察機です」


 衛星軌道上の避難船から、無数の小さな虫たちが地上に向かって飛び立っていった。

 

 翌日からはインセクターから寄せられる情報をひたすら集積、整理、解析していった。

 とはいっても、すべてコンピュータが自動で行うので、ある程度の情報が集まるまで灯入は暇を持て余していた。


「帯剣している人が多いようですので剣術の訓練でもしますか?」


 コハルが暇をもてあましてベッドの上でゴロゴロしている灯入にたずねた。


「剣があるのか?」

「はい」といってコハルが二振りの長剣を持ち出してきた。

 灯入は一振りの剣を受け取ると上段に構えて振り下ろす。

 が、剣の重さにバランスを崩してよろめいた。

「うーん、重いなー」

「灯入はまだ筋力が落ちた状態ですから重いのはしかたありません。半年も練習すれば使いこなせるようになると思いますよ」


 コハルにそう言われた灯入はそれもそうかと素振りを始めた。

 型も何も知らないので適当に振り回しているだけであるが、表情は割と真剣である。

 素振りを続けていた灯入であったが、素人かつ筋力の落ちた今の状態では長続きするはずもなく、すぐに息が切れ、それでも頑張ったが一〇分弱で完全に息が上がってしまった。


「はぁ、はぁ、きっついなー」


 床の上にあお向けに倒れた灯入はそういうと、ジクっと痛む両の手のひらを見る。


「まめができちゃった」

「続けていればじきに慣れますよ」


 それもそうかと灯入は新しい生活が始まった期待感と、いずれ訪れる異世界人との生活に、少しの不安を抱きながら納得するのであった。

 

 避難船での生活も地球時間で三か月が過ぎたころには、続けてきた剣術や格闘術などのコハルを相手にした体力トレーニングの成果も現れ始め、体力もほぼ全盛期まで取り戻した。

 このころから解析が終わった異世界(トリスティー星)人の言語(トリスティア語)による会話と、生活習慣や常識に慣れるためのトレーニングもはじまった。

 ちなみに短期間でそれらを叩き込む必要があるため言語、常識などは学習機を使って直接脳に刷り込まれた。

 直接脳に刷り込まれたこれらの情報は、会話の中で常時使用しておかねば、いざという時に思い出せなかったり、不自然な挙動を示すことになるため、積極的にコハルは灯入に異世界語で話しかけた。

 当然、会話の訓練も重要なので一石二鳥である。


 避難船生活が始まって地球時間で半年が過ぎたころには、異世界語での会話もネイティブと遜色ない状態にこぎつけていた。

 この頃からだろうか灯入は自分の体力に違和感を持ち始めていた。

 灯入が使っている長剣は重量三Kg刃長百二十cmほどの両手西洋剣であるが、その長剣を無理なく片手で振り回すことができるようになっていたのである。

 しかも一時間以上素振りを続けても全く疲れなくなっていた。


「ねえねえ、コハル姉。最近異常に体力がついてきたみたいなんだけどこれって異常じゃないの?」


 灯入が「コハル姉」と呼んだのは、異世界での生活を見据えて、コハルと灯入の関係を姉弟という設定にしたからである。

 さらにコハルは会話もくだけた口語調に変更していた。


「話すと長くなるよ」


 と前置きしてコハルは灯入に説明を始めた。

 灯入が筑波で救助された際に放射線の影響でDNAに多大な損傷があったこと。損傷を修復して治療するためには、修復した細胞を活性化させて強靭にする必要があったこと。

 また、損傷して修復できない細胞が多かったために、新陳代謝の急激な促進と、細胞分裂回数の上限を底上げしたことが灯入に告げられた。


「これらの治療による副作用の結果、灯入の体力があがったというわけよ。さらに寿命も三百年くらいになってるから」


 コハルの説明に聞き入っていた灯入であったが、説明が専門的すぎてあまりにも難しかったため内容のほとんどを理解することが出来なかった。


「うーん、難しすぎて良く解らないよ。でも生きるために必要な治療の結果体力が上がったんだね」

「まあ、そういうことでOKかな」


 コハルは灯入の解らないことは解らないとはっきりと言いながらも、自分の理解した範囲で確認を取るその姿勢をほほえましく思った。


「でも、寿命が三百年というのはマズイんじゃない?」

「確かにそうなのよね……」


 異世界人(トリスティア人)たちの平均寿命は地球時間で六十才程度であるので、灯入は約五倍の寿命があるということである。

 トリスティア人たちと十年二十年と暮らしていけば、ほとんど歳をとらない灯入達が異常にみられるのは想像に難くない。

 ちなみに、コハルの寿命は数千年であり、もはやトリスティア人にとっては長寿とかの範疇を遥かに超えている。

 二人は自分たちの出自をどういう設定にしようかと話し合ったが、このときは結論をだせなかった。

 

 灯入達が避難船生活を始めてからついに地球時間で約一年が経過した。

 情報収集は二か月前に完了していたが、解析と理解吸収に二か月を要した。


「灯入、明日地上に降下するよ」

「OK、コハル姉」


 灯入達がトリスティア人たちの国トリスティア王国で暮らしていくための障害は、二つであった。

 一つ目は寿命の問題。二つ目は魔素(エーテル)に直接干渉できないこと。

 これらの問題を解決することは困難であると思われたが、トリスティアの法律が、よく整備された人道的なものであることを理解した灯入達は、自分たちが異世界人であることを正直に告げ、いつのまにかトリスティアの森の中へ転移してしまったことにして、トリスティアの法律を盾に保護を求めることにした。


 静止軌道上に停止していた避難船は、トリスティアのある大陸から見えない軌道まで移動して大気圏に突入、そのまま低空で飛行し、トリスティアの森の中にある大きな湖へと静かに着水した。


「いよいよだね、コハル姉」

「上部ハッチあけるよ」


 コハルがそう言って端末を操作すると天井の一部が四角く開き、暖かい湿った空気が流れ込んできたが、意外と不快ではなかった。


「灯入、これを持って先に上がって」


 コハルはハッチに折り畳み式のハシゴをかけると、灯入に小さく折りたたまれた山吹色のゴムボートを渡した。

 薄いカーキ色のカーゴパンツに白地のTシャツと黒皮のベストを着こんだ灯入は、それを受け取り、ハシゴを上がりきると両手を大きく広げて深呼吸した。

 雲一つない青空、深緑の深い森、木々を映す深蒼い湖面、ほのかに香る木々の匂い、肌に感じる穏やかな風、それら全てが自分達を歓迎しているように思えて灯入は感慨深く佇んだ。


 しばらくすると薄い黄色地のチュニックにデニムパンツ姿のコハルも上がってきたが、その背中には二本の日本刀がたすきがけに背負われている。

 灯入の様子を見たコハルはハッチを静かに閉めると、灯入に大ぶりな日本刀を渡してからゴムボートを湖面に浮かべた。


「さあ、上陸するよ」


 獣達の水のみ場だろうか草木の無い浅瀬にゴムボートで乗り上げた二人は、トリスティアの地に上陸を果たした。


「灯入、ゴムボートをたたんでくれる?」

「うん、分かった。でも、軽い、体が軽いよ」

 灯入はぴょんぴょんと飛び跳ね、トリスティアの重力を体感している。

「ここの重力は地球の九三%だからね。七%違えば感じる重さもぜんぜん違うよ」


 コハルはそういって、左手首に装着した腕輪型端末から投影されたディスプレイを操作しはじめた。

 しばらくすると灯入たちの乗ってきた避難船は静かに湖底へと沈降していった。


「避難船は湖底に隠しておきましょう」

「これはどうする?」


 たたまれたゴムボートを指して灯入がたずねると。


「それも隠しておきましょう」


 といって二人で穴を掘って埋め隠した。


「さて、それでは行きますかね」

「ええ」


 二日ほどかけて森を抜けた灯入とコハルは草原を歩いていた。

 眼前には街並みが見え始めている。

 途中金策のために猪に似た獣を二頭コハルが仕留めたので、二人ともそれを背負って歩いている。

 血と臓物を抜いた状態で五〇Kgほどあるにもかかわらず、その重さを全く苦にするそぶりも見せずに歩く姿は見た目まだ若い少年と少女に似つかわしいものではない。

 草原からコンクリートで舗装された道へ出た二人は、ペースを落とすことなく歩き続けた。

 途中何台かの車とすれ違ったが、二人を気に留める者はいなかった。


「これがトリスティアの王都か、緊張するなー」


 トリスティアは議会君主制であり王は国会決議案件の拒否権と国会議員の解任権と王国軍を持つ。


「灯入、緊張するのはいいけどキョロキョロしない。ただでさえこんな獲物を担いでるの。目立ってしょうがないからすぐに売りに行くよ」


 町に入った二人はモグリのハンターからも獲物を買い取ってくれる問屋へと急いだ。

 本来ハンターは免許制であり、資格のないものが獲物を売ることはできない。売らずに自分たちで食べることはかまわないのだが。

 とはいっても、どこにでも抜け道はあるもので、そのことをすでに調べていたコハルは道に迷うそぶりも見せずにズイズイと突き進んでいく。

 灯入はそんなコハルの後ろを親鳥に続くアヒルの雛のように付き従った。

 ただし、好奇心からか視線は前方に安定せず、コハルに注意されたにもかかわらずキョロキョロとせわしない。


「灯入、キョロキョロしない!」

「えー、いいじゃんかー。ほら、あれだよ、アレ、異世界……」


 ギロリとコハルに睨まれた灯入は、それ以上の言葉を発することが出来ず口をすぼめたまま首をすくめた。


 問屋に入るとコハルは薄汚れた濃紺の前掛けをした緑髪の中年店員を捕まえて、獲物を買い取ってほしいと耳打ちした。

 店員はいぶかしそうな顔で灯入とコハルを一瞥する。


「あんたらモグリか?」

「ええ、少しお金に困っておりまして」


「ふん、そんなところだろう。そんな歳でハンターの真似事なんかやってると痛い目見るぞ。獲物はここに置きな」


 店員はそういって大きなはかりを指差した。

 灯入とコハルが二頭の獲物をはかりの上に乗せると、はかりの針は二〇〇を指している。


「野生のリガルで二〇〇か…… モグリだと七掛けで三五〇〇〇シルで買い取るがどうする?」


 コハルの調査によると重さの単位は「ピス」であり、一ピス五〇〇g弱、通貨単位は「シル」で一シル二円強である。正規のハンターならば五万シル(十万円相当)で売れたということである。

「買い取っていただけるならその値段でいいわ」

 今、面倒なことになるのは避けたいのでコハルはネゴなどしない。

 一万シル札三枚と千シル札五枚(七万円相当)を受け取ったコハルは、灯入をつれてそそくさと問屋を後にした。


 金を手に入れた後の行動計画は王国軍か近衛隊の詰所に行き、王国に保護を求めることである。

 トリスティア王国の法律では重罪を犯した者でない限り、異国人から保護(亡命)を求められればそれを妨げることはできず、身柄を保護したうえで仕事の斡旋や、就業不可能な者については保護施設へ入所させなければならない。

 トリスティア人からすれば灯入達は異国人ではなく異世界人であるから、もし保護を受けられず収監されるのであれば、実力行使で逃亡できるとコハルは考えていた。

 何もなければ使うことはないが、コハルには灯入を守りながらもトリスティア人たちを圧倒できる隠し種があるのだ。

 また、なぜ事前に金策をしておいたのかといえば、仕事の斡旋と宿の手配はしてもらえるが当面の生活費として貰える支度金はごく僅かだからである。

 保護されてトリスティアでの生活が保障された後にでも、狩りをして稼げばいいとは考えられない。

 獲物を狩って換金するためにはハンター免許が必要になる。

 ハンター免許を取得するためには最低一年の就学と試験が強制される。

 保護される事前であれば、仮に、狩りをして換金したことが発覚しても、免許が必要なことを知らなかったと言い通せばよいとコハルは考えたのだった。

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