第十一話:合宿 前編
安息週を迎えた灯入たち野外活動同好会は王都から西に山一つ越えて車でしばらく走ったところにある海岸線へと来ていた。
海岸線は砂浜で、いわゆる海水浴場となっている。
海岸線沿いに走る道を挟んでホテル群が立ち並び、白い海鳥が飛んでいる。
まだ、朝なので人影は少ないが、ちらほらと波打ち際で戯れる水着姿の先客が見受けられる。
車の荷台から飛び降り、砂浜に降り立った灯入は脇目も振らず波打ち際まで走って、そして叫んだ。
フィーナ王女とレグルスも灯入を追いかけて走っていく。
「海だ、海だ、海だぁー」
少し沖に出ればサンゴ礁でもあるのであろう、延々と続く白い砂浜に引いては寄せる波。
前方を見渡せば水平線のかなたまで続く、ライトブルーというよりは少し青みがかったエメラルドグリーンの海。
灯入は地球にいたころも、この南国風の海が大好きだった。
さんご礁のある澄んできれいな海に潜り、モリで魚を突いたり、白い砂浜を走り回ったり。
日本では沖縄にまで行かないと楽しめない南国の海、眺められない景色ではあったが、今眼前にはその美しい海がある。
それだけで、ここに来た甲斐があったと灯入は思った。
同好会のメンバーは前回のごとくレグルスのテントに寝泊まりする。
さっそく浜辺の奥まった目立たないところにテントを設営した。
今回の合宿は二泊三日の予定になっていて、リゲル一家も参加する予定である。
イベント開催が決まった日の夕食の席で、海辺でのキャンプ合宿イベントのことを話題に出したところ、イリスが「私も行くー」と騒ぎ出した。
アリスも「あらあら、素敵な催しね。私も行きたいわー」とリゲルを見つめる。
この二人におねだりされるとリゲルはダメだとは言えなかった。
リゲル一家は海辺近くのホテルに宿泊するそうで、テントでの寝泊まりはしないらしい。
テントの設営が終わるやいなや、速攻で水着に着替えた灯入たち男集三人組は、テントを飛び出すと我先にと海に入って泳ぎ始めている。
男集の後に水着に着替えたコハルは既に砂浜へと出てきているが、ティータだけはうじうじとなかなかテントから出ようとしない。
コハルは黒いビキニ姿になって砂浜を歩いている。
しびれを切らしたフィーナ王女の催促でテントから出てきたティータは、大きめのタオルで体をくるんで水着を隠していた。
「なにを恥ずかしがっておる。そのような邪魔なものはさっさと取って早うこちらへ来い」
「だって、殿方の前でこのような……」
「ええい、難儀なやつよ。そんなことではこの先何も始まらぬ。覚悟を決めよ」
フィーナ王女の催促に、恥ずかしそうにタオルを外したティータはフィレオタイプの明るい水色ビキニ姿で、以外にも自己主張しているバストに、海から上がってきた灯入たち男三人の視線は釘付けになった。
「此度の合宿は安息週にちなんであまりきつい鍛練は行わぬ。この海を存分に楽しみ親睦を深めようぞ」
テントを背に、腰にひらひらが付いた白いワンピースタイプの水着姿が眩しいフィーナ王女の、ありがたいお言葉を同好会一行が聞き終ったころ、ホテルのチェックインを済ませたリゲル一家が合流してきた。
リゲルはカーキ色のひざ上海パン姿で、妻のアリスは薄い黄色のビキニ姿でこちらに歩いてくる。
「トーイさまー」
イリスが薄いピンクで可愛いワンピースタイプの水着姿で手を振りながら、紺色のひざ上で少しだぶついた海パン姿の灯入めがけて駆け寄ってくる。
そして、腰のあたりに抱き着いた。
「トーイさま、早く泳ごうよ、早く早く」
イリスは灯入の手を引っ張ってしきりに催促している。
イリスの後を一生懸命とてとてと走ってきたシリルも加わって、灯入はやれやれ仕方がないなと、手を引かれながらも波打ち際と向かったが、その背後には何故だか機嫌の悪そうなティータの姿があった。
「灯入殿はその、幼い少女がお好きなのでしょうか」
コハルにそっと耳打ちするように尋ねたティータであったが、コハルの反応は案外そっけなく、どうなんでしょうかね? というものだったので、少しだけ勘違いすることになるティータだった。
水着はもう少し可愛いフリルが付いたワンピースがよかったかしら、と。
十分に灯入に遊んでもらったイリスたち姉弟は、疲れたのか灯入たちのテントで昼寝をし、灯入たち男衆はモリを持って魚を突いたり、女衆はフィーナ王女を筆頭に浮き輪を浮かべて泳いでみたり、ボート遊びに興じてみたりと、それぞれ海を楽しんだ。
ひとしきり遊んで日が傾き夕焼けが生える海岸線での夕食は、突いてきた魚やエビと買い込んできた肉や野菜でのバーベキューである。
「そういえば灯入、お前達が学院に編入して一ヶ月経ったがどんな感じだ」
「ええ、初めはずいぶん戸惑ったんですけど、もうだいぶ落ち着いてきました」
「そうか、ところでお前ずいぶんモテているそうじゃないか」
「い、いやぁ俺なんかよりコハル姉の方がモテてますよ」
「もう、女はできたのか? ん」
リゲルの口撃に灯入は口の中のものを噴出しそうになった。
「い、いや、まだそんな人いませんよ――」
灯入のこの発言に何故かほっとするティータなのであった。
イリスはだべることに夢中で灯入とリゲルの会話は聞いていない。
バーベキューも終わっていったん寛いだ後は、皆で少し涼しくなった砂浜を散歩したりして夜の海辺を堪能した。
リゲル一家は子供達もいるのであまり遅くならないうちにホテルへと引き上げていった。
浜辺の夜はふけてゆき、空には満天の星空が広がっている。
テントを出て少し浜辺を歩いた灯入は、久しぶりにコハルと二人きりで話し込んでいた。
「コハル姉、俺このままここに居ていいのかな?」
「灯入の思うとおりにすればいいよ」
「俺さあ、思うんだけど、フィーナ王女も、ティータもエリオもリゲルさんたち家族も、レグルス教官も、みんなすっげー良いやつなんだ。それなのに、嘘ついてみんなを騙して、ほんとはもっといろんな事知ってるのに、言葉選んで、知らない振りして。それに、あと十年、いや、二十年もすればみんな歳取っていくんだろ? 怖いんだ。歳を取らない俺たちがみんなにどう思われるのか、いつまでも同じようにしていてくれるのか?」
「それは初めから覚悟していたこと。灯入は言ったよね、お父さんの言葉。僕は前向きに生きるって。だから、今は頑張りなさい。でも、もし本当に辛くなったら。我慢できなくなったら。そのときはまた違う星にでも行きましょう」
コハルの言葉に灯入はしばらく考えていた。
そうだ、そうだよな、何弱気になってんだろ。
「うん、分かった。頑張ってみるよコハル姉」
「そうそう、灯入に弱気は似合わないよ。それに好きな人ができたらそれどころじゃなくなるって――」
二人はそれからもしばらく話し込んでいた。
夜はだんだんと更けていく。
翌朝の早朝。
灯入とコハルはいつもの時間に目覚めて朝錬をしている。
合宿には刀も防具も持ってきていないので、素手による格闘術であるが。
踏ん張りが利かない砂の上なのでいつもと勝手が違うようだが、二人の動きは些かも衰えを見せていない。
砂しぶきを上げながら二人の戦いは激しさを増していった。
そんなところへ、メンバー達が起きだしてきた。
「ほう、素手による格闘術か、見事なものよ。わたしらもやろうか」
灯入とコハルの手合わせは、フィーナ王女の一言によって、同好会員全員による朝錬へと発展して行った。
こうして、合宿二日目の幕が上がったのである。




