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魔法の国の魔法が使えない剣士  作者: 滋田英陽
第一章 ~第一王立学院初年度~
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第〇話:異世界への旅立ち

 荒廃した研究施設集合跡地の最奥に、遠方からうかがえば青空の見える澄み切った空間とは明らかに異質な、半径一〇Kmはあるだろう漆黒のドーム状空間が広がっていた。

 その暗闇の前方には、重厚なフルフェイスの防護スーツを着込んだ人物が十数名、四台の軍用トラックに搭載された機械を操作している。

 各車載機からはそれぞれアームが暗闇の中へ伸びていた。


「筑波地区時空凍結領域の第一次解凍準備整いました」


 作業を監視していた男に、つい先ほどまでアームを操っていた作業員が振り向きざまに報告した。


「時空凍結領域表層より一〇〇〇mまで解凍を開始、同時に放射線吸収膜を展開」


 指揮官であろうか、作業を監視していた男が大声でそう告げると、アームの周囲から円を描くように、紫電の波が暗闇の表層部を伝わり広がってゆく。

 やがて、四本のアームから放たれた紫電の波はドームを覆い尽くした。


 西暦二三一二年、筑波市近郊の研究施設に設置された巨大加速器の一部が暴走を起こした。

 研究施設のセキュリティーシステムは、暴走を起こした加速器を含む半径一〇Kmの時空間を地球表層の慣性系に固定、暴走した加速器を外界から隔離した。

 固定隔離された時空内部の時間は完全に停止し、外からの光を通すこともなければ外部へと光を放射することもない。

 そこには凍結時空と呼ばれるドーム状の巨大な漆黒が存在するだけである。


 西暦三四一二年、内部破壊を伴わない凍結時空の解凍技術を開発した国際連合軍は、即時に時空凍結領域の解凍に着手した。


「南南西五〇〇m地点に数名の生体反応を確認、同座標に二階建ての建物があります」

「他に報告事項はあるか」

「解凍済み全領域からの放射線量は基準値以下。生体反応はその一ヶ所だけです」

「第一次解凍任務は成功した。数名の生体反応を確認、至急対応されたしと救護部隊に連絡せよ。我々は放射線吸収膜の固定と、残存凍結時空領域周辺の安定化作業を開始する」

 

 西暦三四一二年八月、筑波地区時空凍結領域から三名が救出された。三名の内二名は救出後間もなく死亡したがひとりの少年が治療の結果一命を取り留めた。

 少年は放射線により遺伝子を破壊され重傷であったため、遺伝子修復タンパク質投与による集中治療がおこなわれた。

 遺伝子修復タンパク質による治療には、平行して急速な新陳代謝促進薬による修復不可能な体細胞の破壊と、助かった体細胞の分裂による補充も行われる。

 そうしなければ臓器細胞の減少により、生命活動に支障をきたすとともに、修復に失敗した細胞が、がん化する恐れがある。

 また、新陳代謝促進薬を使用した治療中は、体細胞の破壊と正常な細胞の急激な分裂増加により、常に痛みを伴うため睡眠薬も同時に投与され、さらに細胞分裂回数の上限を増やす酵素、テロメラーゼ活性を高めるタンパク質と、治療中の生命維持のために筋肉細胞、神経細胞、内臓細胞を活性化させて強靭にするタンパク質も合わせて投与された。

 一か月に及ぶこれらの治療の末に意識を取り戻した少年は、助けられた経緯や状況などの説明を受けていた。


「もう一度お願いします」

「ここは横浜にある連合軍内病院で、今日は西暦三四一二年九月三日だ」

「三四一二年……」


 白衣をまとった男にそう告げられた白いスモック姿の少年は、病室と思われる狭い部屋の中でベッドに腰かけたまま呆然と固まっている。

 男は少年が持っていた学生証を見ながら問いかける。


「もう一度確認するけど。生年月日は二二九七年七月十日、氏名は入船(いりふね) 灯入(とうい)で間違いない?」

「え、ええ、間違いありません」

 その後も、灯入は現代世界の情勢、救出から今日までの経緯を男から聞かされた。

「では灯入君。気になることがあったらこれで確認しなさい。HELPキーを押せば使い方は解るはずだから」


 男はそう言って腕輪型の端末を灯入に渡すと部屋を出て行った。


 もうこの世にはいない家族や友人のことを考えているのだろうか、灯入はそのまましばらくじっとしていたが、ふと、思い出したかのように男に渡された端末を、左手首に装着して操作し始めた。

 端末からは半透明状のスクリーン型タッチパネルが投影されている。

 パネル上のアイコンにタッチし、次々と変わる情報に焦点の定まっていないような視線を這わせていた灯入の表情は、次第に精気を帯びて、いつしか自分の置かれた状況を忘れたように瞳を輝かせながら、流れる映像を追っていた。


 灯入が現在進行形で体験している事象は、いわゆる時間停止型のタイムスリップにあたる。

 タイムスリップは非可逆的事象であり、つまり未来に行くことはできても過去に戻ることはできない一方通行な事象である。

 このことは灯入が生まれた時代にはすでに解明されていた(ことわり)であり、灯入もそのことについては知っていた。

 もともと、どんな状況におかれても冷静というか、前向きな性格をしていることも幸いして、灯入は現在の状況を、既に楽しみ始めているようである。

 どれくらい端末をいじっていただろうか、やがて灯入は疲れて眠りに就いた。

 

 翌朝灯入が目を覚ますと、ベッドの横にある椅子に昨日の白衣の男が座って灯入を観察していた。


「おはよう、よく眠れたみたいだね」

「おはようございます。これから俺はどうなるんですか?」

「二~三日はこの部屋で養生してもらうことになるが、その後は色々と検査をする必要があるから、連合軍のとある施設に移ってもらうことになる」

「とある施設とは? 具体的にいうと?」

「千百年ぶりに目覚めたばかりの今の君に説明しても理解しにくいだろうが、第三世界の第一殖民惑星にある生体研究所だ。あいにくそこにしか必要な機材がそろっていない」

「第三世界とは?」

「いま我々の住む地球が存在している宇宙とは別の宇宙、いわゆる異世界ということになる」


 異世界という言葉を聞いた灯入は、とたんに目を輝かせた。

 普通ならば未来へタイムスリップするということに巻き込まれれば、家族や友人などとの関係が失われ絶望するところであるが、灯入の場合、前向きな性格と、これから何が起こるのかという期待と希望による、ワクワク感のほうがが勝っていたようで、そこへさらに異世界へ行けるということを聞いたものだから、先のように目を輝かせるに至ったのである。

 この時代では、医療技術の進歩と遺伝子改良による長寿命化の影響で起こった、人口爆発に対応するため、殖民惑星の探索、テラフォーミング、移住を行っており、その探索領域は別時空、すなわち異世界にも及んでいた。

 

 三五世紀の街並みを見学したいという希望もむなしく、目覚めてから十日後灯入は宇宙船の中、小惑星帯を抜けたあたり、すなわち宇宙空間にいた。


《まもなく転移ゲートに到着します。乗員は速やかに所定の位置についてください。繰り返します……》


 おそらくは機械音声であろう無機質な艦内アナウンスが繰り返される。


「なあ、コハルさん。俺はどうすればいいんだろうか?」

「灯入はこのままこの部屋でいつも通りに過ごしてくだされば問題ありません」


 今、灯入は個室と呼ぶには広い部屋の中で、コハルと呼ばれるヒューマノイド型アンドロイドにこれから暮らしていくために必要な情報の学習と、治療中に落ちた体力を取り戻すためのトレーニングパートナーをしてもらっている。


 コハルはヒューマノイド型アンドロイドだが、外見、しぐさ、声質どれをとっても人間の少女そのものである。

 見た目は一五歳程度で、身長は灯入より頭ひとつ低く、ショートに切りそろえた薄蒼いサラサラとした銀髪で、日本人ともヨーロピアンとも取れる顔立ちにクリっとした目は、美人というよりは可愛いといったほうが納得できる。

 灯入ははじめ、コハルがアンドロイドであることに気づいていなかった。

 それどころか、コハルの丁寧な物腰、愛くるしい外見。

 なにより薄いピンク地のナース服姿に、一瞬で陥落してしまったほどである。

 コハル自身からアンドロイドであることを告げられた瞬間は、ショックを隠せない灯入であったが、そんなことはどうでもいい、可愛いものは可愛いのだとすぐに気持ちを切り替えたようである。


 ちなみに灯入はコハルに対して照れから呼び捨てにできず「コハルさん」と呼んでいる。

 情報の学習に関しては、学習機を使って直接脳に刷り込むことが出来るのだが、まだ検査前であるために学習機の使用は見送られている。

 コハルに与えられた任務は灯入の教育及び保護、観察である。


《本艦はただいま転移ゲートを通過、これよりしばらくの間重力制御状態が乱れますが異常ではあり……》


 突然の衝撃を伴った振動により館内放送が中断される。

 灯入達を縛っていた重力が完全に無くなり、灯入とコハルは部屋の中で浮遊状態に陥った。

 艦内には非常ブザーが鳴り響き部屋の照明は消えて赤黒い非常灯が明滅している。


《重力エンジンに異常、予備エンジン始動不可。繰り返す。重力エンジンに異常、予備エンジン始動不可。艦橋及び制御室以外の乗員は直ちに避難ブースに退避――》


「な、なんかヤバくないですか? コハルさん」

「大丈夫ですとは言えませんが、この部屋は独立した避難船として機能しますので、灯入はこのまま床に移動して防御姿勢を取ってください」


 灯入はコハルにつかまりながらも何とか床へとたどり着き、体育座りの体勢をとった。

 コハルは灯入に覆いかぶさるようにして灯入を守っているが、コハルの胸の膨らみが灯入の頭に直撃しているので、灯入としては不安もあるが嬉しいようで、頬を赤らめ鼻の下を伸ばしている。

 このとき灯入はまだ直後に自身が、危機的な状況に陥ることなどつゆほども考えていなかった。


《重力エンジン出力回復不可、予備エンジン始動不可、航行制御不能。繰り返す。航行制御不能。緊急退避プログラム作動、一八〇秒後に避難船を本艦より切り離す。全乗員は直ちに避難船内に退避》

《避難船切り離しまでのカウントダウン開始。一八〇・一七九・一七八――》


 緊急退避プログラムの開始と同時に各避難船の及び艦内の非常用重力装置が作動し灯入達は重力を回復する。

 艦内の廊下は悲壮感に満ちた乗員たちが我先にと一斉に避難ブース目指して走っている。


《――三・二・一・〇》


 カウントダウンが終わった瞬間、菱形の長い錘状をした巨大な宇宙船から、全長二〇mほどの葉巻型避難船が次々に離脱していく。


「非常用ハッチに異常。ハッチ開きません。これより艦載砲にてハッチを強制解除します。衝撃に備えてください」

「こ、コハルさん。だ、大丈夫?」


 とそのとき金属が(きし)み合うような大きな音を伴い艦内に衝撃が走った。


「コントロールを失った母艦が、航路内時空境界に接触した模様です。振動が収まるまで防御姿勢を維持してください」


 ここまでの状況に陥りさすがに灯入も平常心を保つことが出来ず、パニックを起こしそうになるが。


「大丈夫です。当避難船に障害は発生していません」


 とコハルが若干の笑みを浮かべながら灯入を落ち着かせる。

 次第に振動が収まり静寂の時が訪れた。

 振動が続いた時間は実際には十数秒であったが、当事者の灯入にとっては永い時間であったように感じられた。


「状況を確認します。確認が終わるまで防御姿勢を崩さないでください」


 室内の端末でコハルは状況の確認を開始した。

 恐ろしい勢いで端末を操作し、状況を確認しているコハルを眺めながら言われるままにじっとしていた灯入であったが、時間が経つうちに先ほどまでの状況と、母艦に閉じ込められた恐怖で憔悴していった。


「艦内状況の確認が終わりました。当避難船に異常は見つかりませんでした。母艦内部は真空状態です。避難船の外には出られません。避難船内に保存されている食料は二人で約五〇〇日分あります」


 コハルはアンドロイドではあるが、動力伝達機構などを備えた骨格とメモリ、動力炉、各種センサー及びCPUなどの演算に関わる部品以外は、有機細胞つまり人と変わりないため、人間的な活動を続けるためには食料が必要なのである。


「船外状況確認のため母艦ハッチを強制排除後、母艦外へ脱出します。衝撃に備えてください」


 コハルは端末の操作を再開した。

 母艦上部後背に有るハッチが母艦内部から破砕されると、ドーム状の避難船が宇宙空間へゆっくりと出てくる。

 母艦外に出て当面の危機は乗り切った灯入達であったが、今からは帰還を果たすための行動を起こす必要がある。


「船外状況の確認を開始します」


 コハルは再び端末を操作し始めた。

 母艦外に無事脱出できたことと、コハルの冷静な行動に安心したのか、灯入の表情は若干落ち着いているように見受けられる。


「地球及びその他通信基地、艦船との通信を確保できません。恒星系の配置を確認。銀河系内恒星配置と一致せず。銀河系外と判明。系外銀河の配置を確認。第一世界及び第二世界、第三世界すべて一致せず。未知世界と判明。重力場、電磁場、真空の力場及びエーテル力場の状況を確認。重力場、電磁場、第一世界と同等と判明。真空の力場及びエーテル力場、第三世界と同等と判明。この世界で我々の生存は可能です。救難信号の発信を開始します」


 コハルの報告に聞き入っていた灯入は、聞きなれない言葉に興味を抱いた。


「コハルさん質問」


 灯入は手を挙げてコハルに聞いた。


「エーテル力場ってなに?」

「俗に言う魔素、マナが働く力場と言ったら解りやすいでしょうか、人類は古事にちなんでエーテルと呼んでいますが、簡単に言うとエーテル力場が存在する世界では、魔法や超能力といった類の力が使えるということです」


 魔法という言葉を聞いた灯入は、憔悴した表情からみるみると輝きを取り戻していく。


「ということは俺も使えるようになるの? 魔法」

「いえ、残念ですが第一世界つまり地球が存在する世界の物質は、エーテルに対して直接干渉できません。つまり灯入は魔法を生身で使うことはできません」


 輝いていた灯入の表情はみるみると曇ってゆく。

 いたたまれなくなったのかコハルは微笑みながら灯入に告げた。


「生身では使えなくとも道具は使えますよ」


 コハルの言葉を聞いた途端、灯入の表情に輝きが戻った。

 コハルはクルクルと変わる灯入の表情を温かく見守っている。


「ところで灯入、今後の方針を決めなければなりません」

「方針というと?」


 灯入が聞き返した。


「一つ、このまま食料が無くなるまで救助を待ち続ける。この場合五〇〇日以内に救助されない場合は死が待っています。助かる確率は絶望的に低いです。二つ、一週間ほど救助を待ってダメならば生存可能な惑星を探索する。この場合生存できる可能性は飛躍的に上昇しますが、帰還は不可能になります。三つ、避難船内の時空を固定、つまり時間を止めて救助を待ち続ける。この場合帰還できる確率は一つ目の方法よりは若干上がります」


 しばらく考え込んだ灯入は一つの結論を出す。


「タイムスリップした時点で、俺の人生は大きく狂ってしまった。コハルさんの言いようだと帰還できる可能性はずいぶん低そうだから、二つ目の生きていける星に行きたい」


 灯入の表情に迷いは見受けられない。

 その決意めいた返答にコハルは頷いて微笑を返した。


「灯入は強いですね。タイムスリップで家族や友人との縁を切られ、そのうえ直後に異世界転移で人類との縁まで絶たれようとしているというのに」

「強いなんて、そんなことないよ。俺だって正直不安だし怖い。でも、これは父さんによく言われてたことだけれども――」


『起こってしまったことは仕方がない。それが灯入にとってどうしようもない不可避なことならばこれからのことを前向きに考えろ。そうすれば辛いことは一時的に忘れられる。だが、どうにかできた可能性があったならば、何故それをできなかったということを考えるよりも、次に同じようなことが起きた時のためにどうすればいいか考えろ。そして行動に移せ。そうすれば強くなれる』


「だから俺は前に進むことを考える」

「……了解しました。一週間で最適なルートを検索して生存可能な惑星の探索を開始します。探索条件はヒューマノイドタイプの知的生命体が、ある程度の文明を維持した状態の惑星とします」

 

 事故から一週間たっても結局救助されることはなかった。


「探索ルート検索完了。当避難船はこれより生存可能惑星探査のための加速を開始します。約一〇Gで加速しますが、船内時空を船体に固定しますので身体への影響はありません。加速期間は約一か月、光速に限りなく近づいたのち慣性航行に移行、生存可能惑星を発見次第減速し惑星軌道上に停止します」


 星明かりに照らされた避難船が漆黒の闇の中を加速していく。

 避難船は予定通り、約1ヶ月の加速期間を経て近光速度に到達し、慣性航行に移行した。

 避難船が減速を開始したのは、慣性航行に移行してからおおよそ二万年後のことであった。

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