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 私が連れてこられたのは、国防総省(ペンタゴン)の一室である。ここまでにたどり着くまでに、沢山の認証ゲートを通ってきたのだが、日常ではお見えにならないような装置が多くあった。そこまでするか、と言いたくなるほどのセキュリティ。物理的な犯罪などここでは起こる事なんて無さそうなのに、こうまでして護りを堅くする事に私は首を傾けるばかりだった。

 今や、情報を盗み出す事はコンピュータ上で簡単に出来る。隔離された場所であれ、通り道を繋げてしまえば至って簡単にできてしまう。なら、この装置は一体何のために存在しているのだろうか。スパイ映画の見すぎじゃないかと思えるほその強固なセキュリティは専用カードや指紋、声紋、網膜といった固有のものがキーとなり、権限を持つ者以外を酷く拒む。けれど、そのデータはコンピュータ上に存在し、それが合致し、認証される事で機能するのだから、管理しているコンピュータが乗っ取られたり、データを改竄されればすぐに突破されてしまう事に何故誰も違和感を持たないのか。

 まぁ、私の知った事ではないが。

会議室が集合している場所へと進むと、それはそれは御大層なネーミングの会議室がずらりと並んでいた。ここで世界に対する『手段』を話し合われているのだと考えると、私はとんでもない場所にいるんだなと苦笑いが浮かぶばかりだった。

「ここだ」と上官殿が告げたドアノブにプレートが吊り下げられていて、それを見た私は思わず鼻で笑ってしまった。

 ―――東アフリカ安定化会議。

 なるほど、私が連れてこられた理由がよく分かった。ここ二日風呂に入れさせてもらっていないし、服ももう四日も変えていないから、汚らしいのに大丈夫なのだろうか、と思いながらも自分の気にするところじゃないかと考えなおして、指定されたデバイスに掌を押し当て、認証を完了する。

 入室すると、それはそれは壮観な眺めであった。一斉にこちらを向くお偉いさん方の注目を浴び、私は卒倒しそうになった。

どうやら、壁のスクリーンの横で佇む男が報告し終えたところらしい。一時停止ボタンの表示された映像を見て、私はその人物の名を思い出した。

 イスラム法廷会議アル・シャバブ派、最高指揮官のモハメド・ユースフ。先日のソマリアへのアメリカの極秘作戦にて、捕獲に成功した人物である。大統領襲撃を直接的に指揮し、独立宣言および、暫定連邦政府への宣戦布告を行った、この闘争の中心。その男が、黒色の肌と対照的な白い歯を覗かせ、カメラの向こうから私を見ている。

「映像は以上です。彼にはヒズブル・イスラムとアルカーイダとの関与の疑いもあり、調査中です」

 どうやら、この映像はモハメド・ユースフとのやりとりの映像だったらしい。見れなかったのは少し惜しいが、こいつが国防総省のどこかに保存されるならあとから覗けばいいか。

「引き続き、調査を」

 と、熊のような巨躯の男が言う。どうやらこの会議の議長らしく、手元に置かれたコップの横のプレートに『国家安全保障局(NSA) トーマス・ハリソン』と書かれていた。細められた眼は射抜くように鋭く、威圧に満ちていた。ホルトが礼をし、座る。

 さて、と彼は言い、私へと視線を向ける。

「君は、この作戦に対サイバー戦人員として活躍したと聞いている。君の活躍は素晴らしいよ」

 彼は微笑んでそういうが、目は笑っていない。その緊張感が身に染みていくようで、私は声も出せずにただ吸いこまれる感覚のまま相手の目を見ている事しかできなかった。

「我々の国の中に、攻撃を仕掛ける者を見つけてくれたのも君だと聞く。そいつは無事逮捕できたよ。処罰もじきに決まるだろう」

「一体、どんな……」

 私は恐る恐る訊く。

「国家を危険にさらしんたんだ。重い刑になる事は間違いないだろう」

「私みたいに、サイバー部隊の人員として組み込まれる事は……」

「ないだろう。君と彼が違行った事は違う。君は、確かにハッキングという犯罪を犯した。それも、国防総省(ペンタゴン)という国の重要機関に。しかし、君はそこまでだ。情報を盗み、それをどこかへ露呈する事も、サーバーを攻撃し、機能を停止させて国を危機にさらす事もなかった。だが、彼は違う。作戦を阻害したうえ、部隊だけでなく国家を危機へと落としめようとした。そして、彼にはその意志があった事は明らかにされている。彼の罪は重い」

 国家反逆罪ともなれば、死刑は免れないだろうと付け加えた。私にはそれが、自分も同罪であると告げているように聞こえた。度合いが違えども、行為そのものは同じ。そして、私は合点が言った。何故、私がフォートミード陸軍基地に押し込まれ、そこで生活しなければならないのかを。自分の現実での鈍感さ、楽観さに思わず苦笑が漏れた。もっと、早く気づくべきだったのだ。軟禁されている上に、利用されている事に。もちろん、利用されていることには気づいていたが、私は処罰される事もなく、生きながらえているし、生活に支障をきたすどころかなかなか有意義に日々を過ごしていたし、退屈な日常とはかけ離れた、緊張感のある日々に従属している事に満足していた。

 私の知らないところで、きっと処罰はあったのだ。おそらく、私がここから逃げ出そうとすれば、私がこの『仕事』を断固として拒否すれば、次の段階の処罰が下される。ここに連れてこられたのも、そういう事だ。私は、情報を無理やり握らされたのだ。

「で、私が連れてこられた理由は」

 酷く喉が渇いた。水の入ったプラスチックコップを手に取りながら、かすれた声で、ここに居たくない衝動から本件へと踏み込む。

「君に仕事を任せたい」

あまりに衝撃的な言葉に目を剥き、手から力が抜けて、持っていたコップを落とした。パシャ、と水がこぼれ、質素な灰色の絨毯を色濃く染める。

「なんで……なんで私が」

「君の能力を買って、だ」

 トーマスは指を重ねて口を隠すようにし、身を乗り出し、肘をテーブルについた。

「君も、自分の立場は分かっているのだろう。君は既にサイバー部隊の一員だ」

 奴隷だ、と叫びたかったが、私はこらえる。

「そこで、君に独自の『任務』だ」

「サイバー部隊の人員なら沢山いるでしょう。あなたこそ、私の立場を分かってらっしゃるはずだ。私は犯罪者だ、この国の重要機関へと忍び込んだ」

「だからだよ」

 私は、声に詰まった。トーマスの言葉が私の身を引き裂くように感じられ、まるで喉を掻っ切られたかのように喉からは空気が漏れた。

「もちろん、君の立場はよく理解しているつもりだとも。だからこそ、君にしか任せられない任務だ」

 使い捨てる、ともとれる言葉に私は怒りを覚えた。しかし、ここで暴れればそれこそどうなるか分からない。まだ生きる事を許されているうちは、生きていたい。そんな理不尽な状況が私を怒りの渦へと引き込んで、離す事はなかった。顔に出さずことはせず、静かにトーマスの言葉に耳を傾ける。

「君に調べてほしい事がある。中国の網軍、というのは知っているか」

「……ええ」

 話は聞いたことがあった。総参謀部第3部の傘下にあり、実態は不明な点が多い。規模は数万人にも及び、北京の情報保障基地、広東省の網監軍司令部、海南島の陸水信号部隊などを中心に活動しており、構成員は主に様々な研究機関に属する技術者、研究者と言われている。

「その根幹の、技術偵察部へとハッキングしてほしいのだ。我々の調査では、そこに情報集合体(インフォメーションクラスタ)が構成されていて、各国の盗んだ情報からやつらの重要な機密をも保存していると聞く。これを君に」

 と言ってトーマスが役員の一人に目配りする。誰かが近づいてくる気配がして背後を見ると、手に書面の資料を持った、スーツの男が経っていた。私がそれを受け取ると音もなく元の位置へと戻っていく。

 書面に目を通すと、網軍の暫定的基地が記されていた。

「信頼できるものなのですか?」

「ああ、腕に自信のあるハッカーだった……」

 そこでトーマスは口をつぐんだ。私は瞬時に察した。これを記したのは、先の作戦時に捕まったハッカーなのだと。虫唾が走る。使えるだけ使い、必要が無くなれば簡単に切り捨てる。それが彼らのやり方なのだ。

「ここからソマリアに関する情報を引き抜いてこい、と」

「話がはやいな。その通りだ。中国が、何故ソマリアに目をつけたのか、この戦闘に介入する意味を知りたいのだ」

 嘘だ、と私は確信した。中国は大きな軍事力を持つ国家だ。重工、IT産業が発展している今、軍事力、兵器を彼らに売り出している事は容易に想像できる。意味などではなく、彼らは確信が欲しいのだ。作戦の妨害に対する追求を望んでいるのだ。なるほど、アメリカが覇権国家だといわれる所以が何となく分かった。

「重要な事を見つけたら、アメリカは正義をくだすと思いますか?」

 私は聞かずにはいられなかった。周りの空気が凝り、緊張の糸が張り詰められたような雰囲気となった。誰もが私へと咎めるような視線を向け、今にも罵倒しそうなほどの感情の膨れ上がりを見せている。トーマスは静かに目を閉じ、一文字に閉じられた口を、重々しそうに開く。

「私の口からは何も言えない。君には期待している。以上だ」

 ふと、私はトーマスの目に何かが映り込んだように感じた。それは瞼を閉じる寸前の一瞬の出来事。彼の目に、一瞬でも哀愁の色が滲んだことを私は捉えたのだ。

 私と上官は退室を促され、重苦しい空気の中、退室した。二度とここに来る事はないだろう。それは生きてなのか死んで、として思ったのかは自分でもよく分からなかった。


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