Text・1 日常
『薫ぅぅぅ―――――――――――!!!!』
その時まだ10歳だった俺は、6歳の妹を交通事故で亡くした。
快活に笑う幼い妹・薫は、信号が赤だったにもかかわらず運転手が信号を無視して突っ込んだ先に不幸なことに飛び出してしまい、跳ね飛ばされた。
俺が駆け寄った時には既に虫の息。病院に担ぎ込まれたが――死んだ。
当時10歳だった俺の心には、それが深い傷となった。
だが、今はそれが苦となる事は、ない。
あの事故のことを覚えているのは妹と、そして俺だけ。あの時事故現場にいた両親も覚えてはいない。勿論薫が運び込まれた病院も、あれだけ大きく取り上げたマスコミも、そして轢き逃げした運転手を捜していた警察も。妹と俺以外は、全員忘れている――というより、薫が一度死んだという事実を、知らない。
無論、そんな事実があったところで薫が生きている、ように見せかけられている俺以外の人間は混乱するばかりだろうけどな。
もう8年前の事を思い出しつつも、雨の中急いで家まで走る俺の足は止まらない。
「くっそー、薫をバカにして傘もってかなかった俺がバカだったああああああ!!!!」
雨はもう、ヒドいくらい土砂降り。ここ最近降ってなかった分一気に降っているのかも知れない。なんにしろバケツをひっくり返したような激しい雨だ。
やっとこさ家に着き、鍵を取り出して中に入る。
「ただいまー・・・」
「おかえりー」「おかえりなさい」
先にした声が、妹・薫の声。次にしたのが母・縁の声だ。どちらの声も居間からした。
「タオルくれねーか? びしょ濡れなんだよ」
このままで上がると、確実に廊下・部屋を汚して怒鳴られるハメになることは分かりきっていた。そのため靴を脱がずに玄関で言うと、薫が洗面台に入り、タオルをもってきてくれた。
「うわっ・・・・びっしょ濡れー。傘もってかなかったの?」
あからさまに「バッカじゃないの? 天気予報見た?」と思われる表情をするのは、黒の短髪に俺に似たのか切れ長の黒瞳をした、本来なら死んでここにはいないはずの薫だ。
「・・・そうだよ。悪いか」
ぶすっとした表情で答えつつ渡されたタオルで頭を拭くのは俺・薫の兄、天崎 真だ。
「悪いなんてだーれもいってませーん。・・・で、そんなにスゴい雨だったの」
「そりゃあな。薄手の服着てたらまず確実に全身びしょ濡れ、服スケスケになるとこ・・・ガハァッ」
「百回死ねェ!」
薫の蹴りを薫の口癖「百回死ね」と共に諸に弁慶の泣き所に喰らい、俺は呻いた。
「ってーよ。これだから彼氏できねーんだよ・・・・・・「何かいったぁ?」・・・・・いえ。何も言ってません、ハイ」
これ以上言ったら、今度はもっとヤバいところに蹴りがキマりそうだったのでやめておいた。というか薫の表情が怖い。笑ってるけど目が怖い。
「あたしが彼氏もたないのは、恋愛対象になるよーなヤツがいないからだっつーの! ラブレターだったら確実に兄貴以上にもらってるしぃ」
確実に、というところに妙に力を込めて薫が目線を外しながら俺に言った。・・・なんかムカツく言い方だな、オイ。こっち向け。
「なっ・・・・それは暗に俺がモテないといっているのかね薫君?」こめかみがヒクついているのが自分でも分かる。
「暗に、じゃなくて直に言ってるつもりなんだけど? バカ兄貴」バカ兄貴、にまたもや力を込めて言う。
火花展開のバチバチである。
「こら! 二人とも、そんなところで喧嘩してないで、さっさと上がりなさい。真も、早く着替えないと風邪ひくわよ」
母さんが居間から顔を覗かせて行った。に、俺達は、
「うぃうぃ」「はいはい」
・・・・・どちらも似たような返事をしたのだった。
俺はさっさと着替えるために制服の水気をひとしきり取った後、自室へ上がった。俺と薫の部屋は二階にあるのだ。
ガチャ・・・カチ
しっかりと鍵をかけた後、制服を脱いでハンガーにかけ、半袖にジーンズという至極簡単な家着に着替える。
「(最近は任務入んねぇな・・・・それだけ霊魂が少なくなってるってことか・・・・・)」
任務――それは、"霊魂狩り"の俗称だ。
・・・・え? 「そもそも霊魂ってなんだよコノヤロー」ってか? しゃーねーな。
霊魂とは、死した魂が現世に恨み辛み嫉みなどなどの強い負の感情を抱いていたが為に成仏できず現世に留まり続けた結果人に害なす存在と成り果てた末路のことだ。あ? 長ぇよって? 知るか。
・・・・まぁ、簡単にいっちまえば悪霊だ。ほっとくと事故を引き起こしたり人に憑いて暴徒化させたりなどなど、様々な被害をもたらす。
で、その悪霊――もとい"霊魂"を狩るのが、俺たち<憑依者>。
偶発的に起こった事故により、肉親を失ってしまった奴らが、その死んだ奴を身体に憑かせて霊魂を狩る奴らのことだ。
俺の場合の幽霊――その死んだ肉親のことな――は、勿論薫だ。・・・じゃぁなんで生きてんのかって?
違う。幽霊は、確かに<憑依者>に憑く時以外は自分の肉体を持って、生きているように見せかけられている。が、それはあくまでも見せかけであって、本当に生きているわけではない。現に、魂はここ現世にいるんじゃなくて天界、幽霊の本来いるところに在るんだからな。
因みに、<憑依者>や幽霊の主神は死を司る神であるクロノス様だ。俺もまぁ、幽霊である薫の<憑依者>であり、階級的にもトップだから何回も会っているんだが。
・・・え?今度はなんだよ。階級ってなんだよって?あーもー、めんどくせぇな。
階級ってのは、幽霊の力を区別するためのランクだよ。上から<守護者神使>、<守護者天使>、<守護者幽霊>。神使が一人しかないトップで、クロノス様直々の任命により決まる。ウチの薫がコレだな。天使は神使の任命で、幽霊の中でも特に抜きん出た実力を持つのが選ばれる。幽霊はまぁ・・・かなり一般的なものだな。幽霊になると、まず最初はこの階級から始まる。そんで任務をこなし、実力をつけていくことで天使に昇格できるんだ。ま、薫が認めればの話だがな。
・・・ま、<憑依者>諸々についての話はこんくらいだな。まあ他の話は後々していくとして、と。
鍵をあけてさっさか階下に降り、ソファーにぐてーっと座る。「あ゛っ、あたしの場所!」と薫の抗議の声が飛んできたが完全に無視だ。
元来似た者同士な兄妹なので、兄弟喧嘩なぞ日常茶飯事なのだ。・・・圧倒的に薫の方が勝ってる回数が多いのも事実だが。
「ってーか兄貴宿題は? そろそろ溜まってきてんじゃないのぉ?」
薫にソファーから蹴っ飛ばされた俺は、「つつつ」と呻きつつ薫の問いにキッパリと答えた。
「無論、溜まってる」
「じゃあさっさと片付けろよ・・・・。自信満々にいえることじゃないし」
堂々答えたところ完全に呆れられた。
ま、そりゃそーだわな。今さっき俺が座っていたところに座っている妹の場合宿題は出た日に即行終わらせる奴だし。に対しそのソファーから蹴っ飛ばされた俺はギリギリまで溜めるタイプ。
で、そのギリギリが今日だからそりゃまぁ参った参った。開き直るしかないってもんだ。
「・・・メンドい。手伝え」
「メンドいじゃねーよ! 自分で溜めたもんだろが! しかも"手伝え"ってなんだよ! 妹に頼むかフツウ!? そして頼むなら頼むなりの態度でいろよ!」
出た、薫の"文句羅列法"。常にツッコミ役を買わされている薫だからこそ直ぐ出来る芸当・・・ってのんびり実況してる場合じゃなかった。
「手伝ってください薫様」
すかさず土下座。一晩&一人で終わらせることが出来るような量じゃなかった。
「素直に土下座するのはよろしい。学習したと見える」
妙なとこに感心されてしまった。しかも上から目線。文句を言いたいところだが、生憎言えるような立場ではなかった。
「じゃあ・・・・「でも手伝ってあーげない♪」酷ッ」
にっこーという笑みは可愛い癖に言ってることの中身がエグい。表情と中身が全然一致しないのが妹の特徴の一つでもある。
倉庫に溜まっていたものをリメイクして引っ張り出してきました。
真くんはかなりの落ち零れです。どうか薫と皆さんで「もっと頑張れよオマエ」な視線で見てやってください。ケンカしてる暇あるなら勉強しろ勉強。