第8話 エルウィンと庭でお茶会
「ようやくお会いできましたね。はじめまして、次男のエルウィン・ルースと言います」
はにかんだエルウィン様は、爽やかな好青年だった。
「は、はじめまして。メリンダです。お父様にはお世話になっております!」
私が頭を下げると、カラカラと笑い声がした。
「いえいえ、お話を聞く限りは父様がお世話になっているようで。うちの父をよろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそです」
「うーん、息子によろしくと言われるのは、何だか複雑な気持ちだねぇ」
「何を言っているんですか、父様。俺たちに一度も会わすことなく再婚するからこうなっているんでしょう?」
「ええ、ええ。もっと言ってやってくださいませ、エルウィン様」
マーサはすっかりエルウィン様の味方のようで、すぐに加勢した。
まあ、たしかに、それはそうとも言えるので、私はどちらにも加勢しないでおこう。
それにしてもエルウィン様は、人の間合いに入るのが上手なようだ。
私にも最初から気さくなのは緊張しなくて、正直助かる。
シリル様とも、フェルナンド様とも全然違う、人懐っこい人みたい。
「しかも、花じゃないですか。…父様、思っていたよりも本気だったんですね」
「エルウィン、あまり余計なことを言うんじゃないよ」
「何ですか、俺にまで牽制ですか?ええ〜、父様そういうタイプだったんですか?」
「…エルウィン」
「いいじゃないですか、俺は応援しますよ。でも、狭量な男は嫌われますぜ、旦那!」
エルウィン様が愉快そうにウィンクをすると、シリル様が深いため息を吐くのだった。
これまた新たな一面…。
あと、シリル様とエルウィン様は親子というより、お友達みたい。
フェルナンド様とは一線を引いた当主と時期当主の間柄が見えるけど、エルウィン様にはそれが一切ない。
エルウィン様が、明るいフレンドリーだからかも。
うーん、シリル様にはあんまり似ていないし、奥様似なのかな。
「メリンダさん、父様はこれで結構いい男なので、末長くよろしくお願いしますね?」
「え、あ、はい。シリル様はお優しいですよね」
「父様、優しいだけじゃ飽きられますよ?」
「…エルウィン、学校の方はどうしたんだい?長期休暇でもないのに帰ってくるなんて、何かあったのかい?」
はっ、そうじゃん!
はじめましてに気を取られていたけど、私のことよりもエルウィン様じゃん。
私も2年前に卒業したからわかるけど、よっぽどのことがない限り、寮で暮らしているから家に帰ってくることはない。
何か、あったのかな…?
「そりゃあもちろん、新しい母にご挨拶ですよ。早く会ってみたかったので、外出届を出して帰ってきました!」
そう言って、エルウィン様はニコッと笑うのだった。
「メリンダさんは、いつも図書室におられるんですか?」
「まあ、そうですね。大体はここか、自分の部屋ですね」
次の日、シリル様とフェルナンド様は仕事に出かけられたので、家の中の私とエルウィン様だけだった。
早速、昨日ネイデンさんからもらった本を翻訳しようかと思ったんだけど、義理とはいえ息子の前で『王族の失敗談〜十三世の罪を暴くために〜』を翻訳するのはいかがなものだろうか…。
もう大きいし、18歳だし、関係ないか…?
幼い子の前だったら、違う選択肢をするのかな。
…母になる機会はないだろうけど、私が翻訳をやめるわけないな。
「外には行かれないのですか?」
「そうですね。本を読んだり、翻訳したりするのが楽しいので」
「えええ、たまには運動もしないとですよ。そうだ、せっかくだし庭に出ませんか?うちの庭は、庭師が凝っているのでなかなかですよ」
エルウィン様は、口角の上がった笑みでそう言った。
フェルナンド様はこうグイグイくるタイプじゃないので、戸惑うけど、新鮮だ。
それに煙たがれるどころか、受け入れてもらえるのはやっぱり嬉しい。
仲良くなれた方がいいもんね。
「じゃあ、せっかくなので」
「やったー!行きましょう〜!」
エルウィン様の後をついていくように、庭をぐるっと回っている。
さすがは伯爵家だ、庭も色とりどりだ。
豪華絢爛というよりは、素朴で可愛らしい花が多くて、落ち着く。
シリル様が好きそうな雰囲気かも。
「メリンダさんは、父様でよかったのですか?」
たわいもない会話しかしていなかったのに、急にエルウィン様の鋭い声が飛んできた。
その声にびっくりして、足が止まった。
エルウィン様は立ち止まって、こちらを振り返った。
…どういう意味だろう。
シリル様にいいに決まっている。
他の人だったら、こんなに穏やかに過ごすことはなかっただろう。
好きな翻訳に夢中になっても関心を持ってくれて。
貴族らしくない振る舞いをしても、私らしいと笑い飛ばしてくれて。
同じものを一緒に楽しんでくれる。
たしかに未完全な夫婦ではあるし、白い結婚でもある。
それでも、『家族』にはなれてきたと思う。
シリル様とじゃなかったら、私は私を辞めて結婚生活を送っていたはずだ。
シリル様だから、私は今こんなにも楽しく過ごしている。
それに比べたら、余所の夫婦みたいじゃなくてもいい。
たまに、私の胸の奥がチクっとするだけだ。
「もちろんです。こんな良縁、他にないと思っています」
キッパリとそう言い切れる自分がいて、じわじわと自信が湧いてくる。
そっか、私本当にシリル様と結婚してよかったって思えている。
自覚すると、気持ちが大きくなる。
シリル様以外となんてイヤだ、家族になるのも夫婦になるのもシリル様がいい。
シリル様に、会いたいな。
「あんな中年じゃなくてもよかったんじゃないですか?メリンダさん、お若いのに」
「ちゅ、中年…。いや、シリル様もお若い方ですよね?」
「それに女性を喜ばすのは、あんまり得意ではないですし」
な、なんだろう、シリル様の悪口を言われているみたいで、すごくモヤモヤする。
昨日はこんな雰囲気じゃなくて、もっとシリル様に懐いている感じだったのに。
…実は、この結婚に反対していた、とかじゃないよね?
「…エルウィン様は、手厳しいのですね」
「父様のことは人としても父としても尊敬しています。ですが、男としては少々奥手なところがあるので正直心配しています」
「はあ…」
「まあ、立ち話もなんですし、お茶でもしましょうか」
その言い方は、ちょっとだけシリル様に似ていた。
エルウィン様がそう言うと、開けた場所にテーブルなどが用意された。
あっという間にセッティングが完了したから、はじめからここでお茶をするつもりだったんだろう。
何か私に話したいことでもあるのかもしれない。
「どうぞ、メリンダさん」
エルウィン様が、椅子を引いてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「いいえ」
向かいの席に座ると、優雅にお茶を飲まれた。
私も倣って、お茶を飲む。
「メリンダさんは、父の何が良くて結婚されたんですか?」
シリル様の、何がよくて…。
あの優しい眼差しのシリル様の顔を思い出す。
名家の当主なのに、気さくで、堅苦しいことが苦手で。
22歳も年下の私にも、初対面の時は敬語を使ってくれていたような方で。
翻訳を続けていいどころか、留学の支援までしていいと言って。
今でも私との距離も、変わらない。
それはある意味、シリル様の優しさであり、誠実さだ。
それを寂しく思う時もあるけど、でも大切にしてもらっているとも思える。
そして、あの少年のような笑みが、私の心に強く焼きついている。
「え、っと。最初は、翻訳をしてもいいということでした」
「それは、たしかメリンダさんのお好きなものを、と言うことでしたよね…?」
「はい。翻訳が趣味だと言ってもシリル様は嫌がるどころか、褒めてくださいました」
思い出すだけで、にやけそうになる。
あの日のレストランの時のことを思うと、ほんわりした優しい気持ちになる。
でも、あの日だけじゃなかった。
この家に来てからというものの、シリル様は毎日夜になると、今日は何を翻訳したのかを聞いてくれる。
夫婦の義務だからとか、結婚したからとかではなく、本当の興味関心で聞いてくれるのだ。
そう思うと、シリル様もやっぱりちょっと変だと思う。
「でも、今はそれだけじゃないと思います」
私は自然とエルウィン様の目を見られていた。
何を思われてもいいや。
だって、『翻訳なんか』って散々言われてきた。
それでも、シリル様は言わなかった。
それだけで十分じゃない。
エルウィン様に結婚を反対されても、誠心誠意向き合おう。
だってシリル様の言う『寄り添う家族』には、息子さんたちも入っているはずだから。
伯爵家の女主人としては全然だけど、でも義母としては頑張りどころだ。
「シリル様は私を対等に扱ってくれます。それがとても嬉しいんです」
「あんなに年上でも?」
「それを言ったら、私が若輩者なんですよ」
「父様、女性には相当疎いですよ?」
「そうかもしれませんが、私には心地いいです」
仮面夫婦のような関係だったら、私はこんなに楽しく過ごしていない。
いつでもシリル様の横は、ほっこりする。
そんなシリル様だから、私はこの心を預けることができるんだ。
ここで安心して暮らせるのは、シリル様が優しいだけじゃない。
この距離感でいてくれるからだ。
それに加えて、私に負けないくらい、ちょっと変だからだ。
だから、私は、あの人のことが──。
「なあんだ、そうなんですね。それならいいんです!」
「へ…、何がですか…」
「てっきり、父があなたを隠れ蓑にでもしているのかと思ったんです」
「隠れ蓑?」
「はい、縁談の申し込みがうざったくなったのかと」
「あはは、そういえばそれもありましたね」
「えっっっ!?」
「でもそれはお互い様だったので、私はそれも含めて了承したんですよ」
「ああ…、まあ、それならいいんです。俺が余計な心配をしていただけみたいです」
ふううと、息を吐くと、エルウィン様の怖そうな雰囲気が一気に解けた。
「心配してくださったのですか?」
「そりゃあ、そうですよ!いきなり再婚するって言い出して、連れてきたのが俺らと歳の変わらない子だって聞いたら、とうとう父様は気でも狂ったのかなって!」
「ああ〜、それはすみません…」
「しかもあの父様が、若い女の子とうまくいくわけがない!!!」
おお…、とんでもなく力強い声…。
シリル様なら、誰が相手でもそれとなく関係を築けそうだけど…?
エルウィン様から見ると、そうではないのかな。
「…と思っていたんですけど、メリンダさんはそんなことなかったみたいですね。完全に俺の杞憂でした」
「はあ、そうなんですかねぇ…」
「メリンダさんも、少なからず父のことをよく想っていてくれているみたいですし」
「え」
エルウィン様は、今なんと言いましたか。
少なからず父のことをよく想っていてくれているみたいですし…、少なからず父のことをよく想っていてくれているみたいですし………、少なからず父のことをよく想っていてくれているみたいですし!?!??!?!?!!!???
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!!私、シリル様のことを好きだとはまだっ…!」
思わず立ち上がって、声に出していた。
まって、待って待って、だって、まだ、そんな自覚してな──。
「そんな赤い顔で言われても説得力ないですよ、義母様」
ニヤ〜〜ッと口の端を持ち上げるエルウィン様を見て、私はもう一度叫んでいた。
「だからっ、まだ違うんです〜〜〜〜!!!」




