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好きなだけ翻訳していいと言われて後妻になりましたが、年上伯爵様に甘やかされすぎています!  作者: 有梨束


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第7話 屋台と花と次男

「それで、司書殿は何の用かいね?」

「ああ、注文していた本を取りに来たんだ。それと、王宮に入れたい本があって」

「まーた入手困難な本じゃないだろうなあ?」

「ふふふ、君ならできるだろ?」

「オイラはもう国交の人間じゃねえっていうのに…。ああ、注文の本な、待ってろ」

ネイデンさんは文句を言いながら、店の奥に引っ込んだ。


今、国交って聞こえたよね?

外交関係の、あの国交?

聞き間違いかな。


ネイデンさんの消えた方を見ていると、シリル様の顔が近づいてきた。

そのまま耳元で囁かれた。


「…ネイデンはああ見えて、元貴族なんだよ」

「…!?」

「王宮で働くくらい優秀だったんだが。堪忍袋の緒が切れて、今ではここの店主なんだ」

「へ、へぇ〜」


耳元で、急にっ、喋らないでもらっていいですかっ…!?

心臓に悪い…!

い、家に帰ったら、医学の本を探そう!

頬が赤くならないように、血流をコントロールできないかな!?


…あれ、貴族って、言った?


「爵位を返上されたのですか?」

「表向きには、勘当ということになっている。お父上は今でも貴族位だよ」

「へえ〜!そっか、私も1人で生活できたら市井に降るという手もあったのかぁ」

「…え」

「シリル様との縁談がなかったら、それもよかったかもしれませんね」


くすくす笑ってシリル様の方を見ると、生気を失くしたような顔色になっていた。

しかも目を見開いて、固まっている。

…瞬きしていないけど、大丈夫かな。


「あの、シリル様」

「き、君は市井に降りたいのかい…?」

「え、いいえ、思っていませんけど?」

「…本当に?」

「はい、伯爵家の皆さんにはとても良くしてもらっていますし、私も楽しいですし、離縁されない限りはないと思いますけど」

「離縁はしないよっ、絶対に!」

「はい、しませんよ?」

忙しなく変わる表情を見ながら、シリル様でも取り乱すことはあるんだなぁ…、とぼんやり思った。


私は、思ったよりもこの生活を気に入っている。


位の高い貴族の家なんて、と心配していたけど思っていたよりも馴染めている自分もいる。

それはみんながよくしてくれているからだし、貴族として最低限しか求められていないのも、心を軽くしている。

あたたかさに助けられている。

伯爵家で過ごす時間が、自分のものになりつつある。


それに、私、シリル様の隣がいい。

シリル様の隣が、いつも私だったらいいと思う。

この場所を自ら手放したいと思えないほどの場所になってきた。


この気持ちに、まだ名前はつけたくない。


「イチャイチャするなら余所でやってくれ」

「イ…!」

「ほれ、頼まれていたやつだ」

「ありがとう、ネイデン」

「…司書殿、ぞっこんじゃねぇか」

「ネイデン?」

「んっ、んん、ゴホンッ。お嬢ちゃんはさっきの本にするかい?」

ネイデンさんは何かを掻き消すように咳払いをして、砂漠の国の本を指差した。

その前に言ったことが聞こえなかったけど、砂漠の本に気が向いてすぐに忘れてしまった。


「いいんですか!?私が手にしても!」

「ちゃんと使ってくれる人間には売るさ」

「光栄ですっ!」

「では、私が買ってあげよう。ネイデンいくらだい?」

「んあ〜〜〜、勘定はいいや。結婚祝いだ、持ってけ新婚」

ネイデンさんは無造作に取ると、「ほい」と私の腕の中にくれた。


「〜〜〜っ!大事に翻訳します!ありがとうございます!」

私は、勢いよくお礼を言って頭を下げた。


こんなに嬉しいお祝いがあるだろうか。

貴重な本を使うだろうと判断されて、託される。

う、うれしい〜〜〜!!!

自分の手元にある本が、より輝いて見えてくる。


「おう、なんだったらお嬢ちゃんの翻訳を見せてくれてもいいぞ」

「うぇっ、素人の翻訳なので勘弁してください」

「ギャハハっ、尚更興味あるな!今度見せてくれや」

「しょ、精進します」

本を抱き締めながら頷くと、ネイデンさんは愉快そうにギャハギャハ笑った。


「有り難く受け取っておくよ、ありがとうネイデン」

「付き合いの長い司書殿の面白えところが見えたから、いいってことよ」

「…」

「オイラを睨むなって」

「シリル様、いただいちゃいました…!どうしましょう、私絶対夜更かししちゃいます!」

「よかったね、メリンダ。徹夜せずにほどほどにするんだよ?」

「変わり身の早い…。司書殿も貴族だねぇ」


ネイデンさんにまたおいでと言われて、私たちは古書店をあとにしたのだった。




腕の中には、最高に好奇心をくすぐる本がある。

はあ、幸せだ…。

きっとこのまま帰るよね?

夕食の時間まで、どれくらい読めるかなぁ!


ニヤニヤした気持ちを抱えながら歩いていると、シリル様が私の顔を覗き込んだ。


「嬉しそうだねぇ、メリンダ」

「はい!とっても!」

「ふふふ、それは何よりだ。さて、このあとはどこか行きたいところはあるかな?」

シリル様の問いに、私は首を振った。


そういえば、マーサたちが街を散策してこいって言っていたっけ。

そうは言ってももう用事も終わったし、街にいる理由もない。

シリル様が帰るなら、私もこの本翻訳したい。


「では、少し街でも歩こうか。付き合ってくれるかい?」

シリル様が、スマートに腕を差し出してくる。


これは、もしかしなくても、エスコートですか…?


私はシリル様の顔と腕を交互に見ても、シリル様は笑顔のまま私を見ていた。


いいのかな…。


私は勇気を出して、そっとその腕に手をかけた。

思ったよりもどっしりとした骨太な腕に、男の人だと思った。


シリル様も司書じゃなかったら、騎士だったのかな。


「私のエスコートでよいですかな、奥さん」

「ふふっ…、いいに決まっています。よろしくお願いします」

「ああ、任されるよ」

シリル様はいつもの頼もしい姿で、私を街へと連れて行った。




「わあ、なんか賑わっていますよ!」

「今日は市だったようだね」

そんなに街に出てこない私でも、今日はいつもより賑わっているとわかる。

いつもは見ない出店や屋台でいっぱいだ。


「メリンダ、はぐれないようにね」

「うろちょろしません!」

「ははは、それじゃ寄り道できないじゃないか。私から離れないなら、どこに行ってもいいんだよ」

「じゃあ、屋台を見てもいいですか?いい匂いがします」

「ああ、私も気になっていた。香ばしい匂いがするね」

シリル様の腕から離れることなく、進んでいく。


今までエスコートはお父様にしかしてもらったことがないから、不思議な気分だ。

これは、世の女の子が、素敵な殿方にエスコートされたいと思うのもわかる気がする。

1人だけ特別扱いされているみたいだもん。


屋台を覗くと、串焼きが売っていた。

うわあ、おいしそう〜!

すると、見た瞬間に、ぐうううという威勢のいいお腹の音がした。


「あ」

…今、鳴らなくてもよくない!?


「店主、2本いただけるかな」

「はいよ!まいどあり!」

「ありがとう。さあ、メリンダ1本どうぞ。その前に少し移動しようか」

シリル様は嫌な顔ひとつせずにあっという間に、串焼きを手に入れた。


そして端に寄って、カップに入った串焼きを手渡してくれた。

私はそれを眺めてしまった。


「メリンダ?」

「シリル様はなんでも受け入れてくれますよね」

「ん?そうかな」

「そうですよ。こんな庶民な食べ物なんてと言われても、普通文句言えません」

「ははは、それなら私も興味があったから、私の方こそダメダメ貴族さ」

「そんなことありません!」

「ああ、そうだよ。これくらいのことで怒られることはないのさ」


シリル様の目が少しだけ寂しそうに揺れた気がした。

悲しいとも切ないとも違う瞳の色だった。

その表情が、胸の奥にこびりつくようだった。


「さあ、お食べ。私も食べたいから、共犯だよメリンダ」

「ふふふ、じゃあいただきます」

「いただきます」

2人して串焼きにかぶりつく。

じゅわあっと肉汁が溢れ出して、熱くて、はふはふしてしまう。

塩味の効いた味付けがなんともたまらない。


「おいひ〜!」

「こりゃあ、旨いね」

「このお肉、想像よりずっと柔らかいですね!」

「ああ、やっぱりこういうのはすぐに食べると美味しいねぇ」

「ほんとですね〜!」

それからは食べ歩きをしに来たのかと思うほど、いろんな屋台を回っては、一緒に食べた。


もう貝焼きに、ふわふわの焼きたてのパン、いちご飴に、ラムネまで。


そういえばシリル様も、堅苦しい食事は苦手な人だった。

最初のレストランも、気軽に食事できる場所だった。


一緒になって食べてくれるシリル様は、だんだん楽しそうにしていて、胸の内側がくすぐったかった。

シリル様と一緒に楽しめるものが1つ増えただけで、こんなに嬉しくなる。

今日は外に出てきてよかったな。


ある程度お腹がいっぱいになった頃、シリル様がお花屋さんの前で立ち止まった。


「メリンダは、何の花が好きかな?」

「花、ですか。うーん、あんまり詳しくないんですよねぇ」

店先に並ぶ花を眺めても、種類の区別はあまりつかない。


「そうなのかい?」

「はい、お姉様たちは花をもらうのが趣味みたいな人たちだったので、よく何をもらったかを競っていたんですけど、私は全然で」

「そうか、よかったら花を贈ろうかと思っていたんだが」

「えっ、私にですか?」

「…この前、フェルナンドにもらっていただろう?私からも贈りたいな、と」

「えええ、あれはたまたまのお礼ですし。それに…」

「それに?」

シリル様は私の顔を覗いて、言葉の続きを待ってくれる。


大した理由じゃないけど、シリル様になら呆れられないと、さすがの私でもわかってきた。


「…どうせもらうなら、本か食べ物の方が嬉しいですし」

シリル様は一瞬固まったけど、すぐに破顔した。


「あはは、それはメリンダらしい。そうかそうか、じゃあ今日は1輪だけにしておこう」

そう言って、シリル様は店員さんに紫の花を1輪包むように頼んだ。


リボンのかかった花を、シリル様はそっと私にくれた。


フェルナンド様にももらったのに、あの時とはなんか違った。

でも、何が違ったのかはわからない。

ただ、なぜだか泣きそうだった。

受け取って、胸の前に持ってくる。


「ありがとうございます」

「私があげたかっただけだからね」

「これ、なんていうお花ですか?」

「ライラックだったかな、紫が私の目と同じ色だからね。これだけは覚えているんだ」

「綺麗な紫ですもんね」


そう言いながら、今朝のドレスのことを思い出す。

…紫は避けてきたのに、シリル様からもらってしまった。

…そわそわする、恥ずかしい気もする。

でも、シリル様の色をシリル様からもらえるのは、砂漠の国の本をもらえたことよりも、嬉しい自分がいた。

本よりも食べ物よりも、嬉しいなんて、こんなのはじめてだなぁ…。


「大事に飾りますね」

「ああ、そうしてくれるととても嬉しいよ」

いつものあの目が優しく細められて、私は胸の奥がキューッとなった。



「ただいま戻りました〜!」

「今帰ったよ」

「おかえりなさいませ」

家に着くと、マーサが迎えてくれた。

私の手の中にあるライラックを見て、ニヤリとしたのが見えた気がする。


「まあまあまあ、素敵な花じゃないですか!お部屋にお飾りしますか?」

「うん。お願いしてもいい?」

「もちろんにございますよ」

マーサは花を受け取って、それからシリル様を肘で小突いた。

あはは…と、シリル様が気まずそうに顔を掻いている。


なんだろう…?


と思った時、奥から1人男の人が出てきて、それがフェルナンド様じゃなかった。


「いや〜、ようやく帰ってきたんですね。待ち焦がれましたよ!」


シリル様と同じ髪色の若い方だった。


「お帰りなさい、父様。それとはじめまして、メリンダさん」

「エルウィン、帰っていたのかい?」


それは、次男のエルウィン様だった。


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