第5.5話 伯爵家の今まで《フェルナンド視点》
僕、フェルナンド・ルースは、父シリル・ルースと、母ヴェローニカ・ルースの間に生まれ、今は王宮の騎士となった。
ルース伯爵家の嫡男として生まれ、厳しく育てられた。
正確に言うのならば、母上に厳しく、当主になる者として、そして騎士になるように育てられた。
代々騎士を送り出していたルース家にとって、父上が騎士にならなかったことはかなりの衝撃だったらしい。
一族から次の子こそ騎士にというプレッシャーを、母上は背負っていたんだと思う。
母上は貴族らしい人だった。
父上が貴族らしくないから、対比もあるが、それを抜きにしても貴族らしい人だった。
社交が得意で、作法も優雅で、夜会や宝石が好きな人だった。
茶会もよく開いていたし、女主人としてもテキパキ使用人を使っていた。
手厳しく、強い女性という印象だった。
子どもながらに、どうして父上は母上と結婚したんだろうと思ったこともある。
多少大きくなったら、利害の一致の政略結婚だったとわかったし、僕にも婚約者がいるからそれが大事なことだったともわかる。
婚約者のルイーゼも、母上が見つけてきた人だったから、尚更かもしれない。
僕から見た両親は、それにしても対照的だった。
穏やかな父上は、よく母上に怒られていた気がする。
「威厳がない」「しっかりしてほしい」そう言われるたびに、父は微笑むだけだった。
10年前、僕が14歳の時に母上が亡くなった。
三男のアレンを出産した時に、体が弱くなって以降、母上の強さは翳りを見せていた。
それでも、最期まで気丈に振る舞っている人だったと記憶している。
母上が亡くなってからは、我が家はとても静かだった。
男4人になったのもあるが、家の中を回しているのは母上だったんだと痛感した。
だけれど、その辺りから父上が頼もしくなった。
今になって思うと、父上は萎縮していただけだったのではと思う。
本来は縁の下の力持ちを体現したような人だったんだ。
「騎士になりなさい」が口癖の母上だったが、父上は、貴族学校に入学する前に一度だけ、「騎士でもそれ以外の道でも、私は尊重するからね」と言ってきたこともあった。
母上は時々苛烈に怒っていたから、父上は機嫌を損ねないように立ち回っていたんじゃないかとも思う。
本人に聞いたことがないので、僕の予測にしか過ぎないのだけれど。
そんな父上が、「再婚することにした」と突然言ってきた時には、僕もそうだし、家の使用人全員が驚いた。
耳を疑うとは、このことを言うんだと思った。
だけれど、久しぶりに楽しそうに笑っている父上を見て、反対する気は起きなかった。
「家督ももうすぐ譲るし、フェルナンドには迷惑かけないから心配しなくていいよ」といつものように、自分のことではなく、人のことを気にしていた。
しかも半年ぐらい先の話かと思いきや、かなりのスピード婚で余計に驚いた。
父上にそんな心境の変化があったのかと、内心動揺していた。
聞いた話だと僕よりも年下の人だと言うし、若い女性に入れ上げてしまったのかと、反対するべきだったかと焦った。
いよいよ父が連れてきた再婚相手は、こう言っては失礼だが、想像より遥かに地味な人だった。
母上とも、婚約者のルイーゼとも全然違う。
今まで見てきた貴族の女性像とはだいぶ離れた人だった。
これまた母上とは正反対なタイプであり、貴族らしくない人だ。
だから、貴族らしくない父上とは似ていると思った。
はじめて紹介された時、父上と並ぶその姿を見て、どうしてそう思ったのか今でもわからないが「しっくりくる」と思った。
一緒に住むようになって、我が家は活気を取り戻していった。
決して派手な人ではないのに、家の中の空気が通るようだった。
母上が華やかだとしたら、義母であるメリンダさんは伸びやかだった。
母上がいた時とはまた違った快活なエネルギーが家に溢れて、使用人たちもウキウキしているのが伝わってきた。
何より、父上が毎日楽しそうなのだ。
仕事と家の往復しかしていなかった父上が、夕食の時も、それ以外でお会いする時も、表情が緩んでいるのがわかる。
心なしか顔色も良くなった気がする。
時々、声をあげて笑っているのが聞こえてきて、びっくりする。
父上は微笑む人ではあったが、『笑う』イメージはなかったからだ。
僕もまだ結婚していないからなんとも言えないが、父上は自分に合う人を見つけたんだと思う。
その人といるだけで日常が晴れやかになる人が、父上にとってはメリンダさんだったのかなと、思っている。
そんなメリンダさんとはあまり話したことがなかったのだが、そんな中でもこの再婚は良縁だったんだと僕も嬉しく思っていた。
ルイーゼからの謎の暗号文に困っていた時に、あっさり読めてしまったことには本当に驚いて、この人にはびっくりさせられてばかりだと思った。
父上が、「メリンダを構成しているものは、知的好奇心だろうね」と結婚前に言っていたのは、このことかとわかった。
彼女はどうやら翻訳が趣味みたいだった。
確かに、女性の持つ趣味としてはかなり個性的だ。
母上だったらきっと訝しんで、いい顔はしなかっただろう。
そんな娘に育つ前に矯正されることは、想像に容易い。
ますます母上とは違う人だなぁ、と感じた。
でも、辞書を引いている時の彼女は、とても輝いていた。
貴族らしくはもちろんなかったが、彼女らしかった。
その姿を見て、我が家に活気が戻ったのはこういうところかと。
だから、父上は彼女を選んだのかもしれない。
父上がメリンダさんといる時に楽しそうな理由がわかった気がした。
この人なら父上の隣で笑っていてくれるだろうと、妙に納得した。
ルイーゼに相談したら、花を贈るのがちょうどいいんじゃないかと言われ、帰りに花を選んで帰った。
母上相手だったら間違いなく赤なのだが、メリンダさんは何が好きかわからなかった。
なので、赤に加えて、優しい色のピンクのカーネーションにした。
それは受け取ってもらえたのはよかったのだが、メリンダさんの後ろで父上が複雑な顔をしているのを見て、父上もそんな顔をするのかと、やっぱり驚いた。
メリンダさんが来てからは驚きっぱなしだ。
僕の義母は、かなり面白い人だと思う。
僕はそれを悪くないと思っている。




