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好きなだけ翻訳していいと言われて後妻になりましたが、年上伯爵様に甘やかされすぎています!  作者: 有梨束


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第21話 王宮図書館と

「うわあ…!」

思わず声が漏れてしまうというものだ。

だって、ここはあの王宮図書館なんだもの!


本がいっぱいすぎる…!

天国だっ!

うずうずしてしまう。


シリル様にエスコートをされていなければ、飛び出して行ってしまうところだった。



「ようこそ、王宮図書館へ」

シリル様の普段と違うお仕事の声に、顔を上げた。


「こんなに広い場所のたくさんの本を管理しているんですか?」

「司書は1人じゃないからね」

「それでもすごいです!」

「メリンダを一度連れて来たかったから、喜んでもらえたのならよかった」


ニコッと笑うシリル様が、家の中ではないというだけでぐんと年上に見えた。

当たり前と言えば、当たり前なんだけど。

それがちょっとだけ寂しくなって、胸の辺りがキュッとなる。


ルイーゼ様は仲がいいと言ってくださったけど、私こそ年上の夫の心を掴む方法をもっと学んだ方がいいんじゃない?


というか、気にせずに来ちゃったけど、普段お仕事されている場所に来てもよかったのかな。


「あれ、司書長。おかえりなさ…」

受付カウンターから声がかかったと思ったのに、その声をかけた人はピタリと固まっていた。

彼だけではなく、その近くにいた司書の制服を着た方が全員、あんぐりこっちを見ていた。


え、何かしちゃったかな。


「司書長!何しているんですかっ!」

「何って、なんだい」

シリル様が苦笑しながらカウンターに近づいていくので、必然的に私もそちらへ行く。


興味津々といった表情が隠せていない皆さんに近づいていくのは、気が引けるのですが…。

今ので視線が集まっているようで、そわそわする。


「そんな若い子をエスコートしちゃって!何してるんですか、羨ましい!」

「司書長が女性といるところ、はじめて見ました…」

「というか、司書長、女性に興味あったんですか!」

「再婚したばっかりのくせに浮気ですかっ!?」

「図書館内では静かにしなさい。あと、妻だよ」

シリル様が注意したあと、さらっと紹介された。


「は」

「私の妻だよ。あまり失礼なことは言わないでおくれ」


あれ、このやりとりネイデンさんともしていたな…?


さらに集まった視線の中、私は頭を下げた。


「メリンダと申します。お仕事中にお邪魔して申し訳ありません」

「私が誘ったのだからいいんだよ」

「…本当ですか?」

心配でシリル様を見上げたけれど、ニコニコしているだけだった。


皆さんの方を向き直したけれど、もっと驚いていた。

やっぱり、まずかったんじゃ。


「えっ、奥様!?」

「こんなに若くて可愛い子を捕まえていたんですか!?」

「それを早く言ってくださいよ」

「ようこそおいでくださいました、すみませんうるさくして」

「ちゃんと紹介してくださいよ、司書長!」

意外にも歓迎ムードで、もう一度シリル様を見ると、肩を竦めていた。


「ふふっ、シリル様の職場は楽しいところだったんですね」

「普段はもう少し静かなはずなんだけどね」

「司書長。王宮内を案内するなら、こんなご令嬢の楽しみもない場所じゃなくてよかったんじゃないですかあ?」

「はいはい、仕事に戻りなさい、君たち」


シリル様は一瞬私から離れると、カウンターから司書の制服のジャケットを取った。

それをサッと羽織ったので、思わず見てしまった。

薄いグレーのジャケットが、シリル様を表しているようでよく似合っていた。


この制服を何十年と着てきたんだ。

そう思うと、その年月が愛おしく感じる。

そんな場所に連れてきたいと思ってくれていたことが、うれしい。


すうーっと息を吸うと、トウガキ古書店とは違う紙の匂いがしてくる。


シリル様は私に手を差し出すと、少年のような笑みを浮かべていた。

仕事場の図書館のはずなのに、私の知っているシリル様だ。


「ひとまず、隣国の本のある棚でいいかな?」

「そうですね。殿下とお話しするとなったら、図書館の本も調べておきたいです」

「メリンダの知識以上のものを紹介できるか不安だなぁ」

「え」

「ふふふっ、冗談だよ」

シリル様の手に、自分の手を重ねた。

あったかい、ホッとする。


私はカウンターの皆さんにもう一度礼をした。


その手が連れて行ってくれる場所なら、本当はどこでも楽しい。

それが王宮図書館だというのだから、テンションが上がってしまうのを抑える方が難しい。


「ええぇ、司書長の締まりのない顔、はじめて見た…」

後ろからポツリとそう聞こえて、シリル様を見たけど、いつも通りニコニコしているだけだった。


「シリル様って、お仕事中はもっと怖い顔でもしているんですか…?」

「んー?そんなこともないと思うけど」

「ですよねぇ」

「フランクたち曰く、メリンダといる時の私はずっと笑っているらしいから、それじゃないかな」

「え」

耳からじゅわあっと赤くなっていくのが、自分でもわかった。

それを楽しそうに見ているシリル様の視線も感じる。


今のは、たぶん、揶揄われたな…。

最近のシリル様、たまにこういう時があるもの。

私の反応を待っているみたいな、私がそわそわしてしまうようなのむず痒い空気感。


「…あんまり私が喜ぶようなこと、言わないでください」

「おや?奥さんが喜んでくれるならいいんじゃないかい?」

「浮かれて、飛んでいっちゃいますよ…」

「くふふっ、それはしっかり捕まえておかないとだね。私の可愛い奥さんが、天使にでも連れて行かれてしまう」

「…〜〜っ!」


絶対、顔が真っ赤だ!

マーサたちが施してくれた化粧なんか意味ないくらいに真っ赤だ!

もう〜〜、家以外で甘いのは勘弁してください…!


「さ、隣国の本はここだよ」

「おお〜」

これだけの本棚にたくさん詰まっている本は、圧巻だけれど。


「もう翻訳されたものばかりなんですね」

「利用者が我が国の者たちばかりだからね」

「まあ、そうですよね」

どの本も素晴らしいんだろうけど、私の楽しみとしては半減だ。

姫様と一緒に読むんだとしたら、助かるか。


私があからさまにがっかりしているのがわかったのだろう。

シリル様は、可笑しそうにくすくすと笑い出した。

図書館の中だからすごく小さくだけど、それが2人きりなのを際立てるようで、胸がとくとく鳴っていく。


「翻訳したがりは、メリンダか研究者くらいなものさ」

「…翻訳できないの、残念です」

「そうかい、それはすまないねぇ」

「うちの図書室の本の豊富さを実感しました。シリル様は、翻訳された方の本は揃えていないですよね?」

そう振り返ると、シリル様がなぜか瞬きをしていた。


じっと私を見るようで、なんだかどぎまぎしてしまう。


「どうかしましたか?」

「あ、いや。『うちの図書室』と言ってもらえるのは、いいなぁと思って」

「ん?」

「メリンダが我が家に馴染んでくれたのかなって、嬉しくなったよ」


そうやって優しく私を見る紫色の目が、窓から零れる日の光を受けて、キラキラ光っていた。


「隣国くらいなら私も翻訳なしで読めるからね。それに」

「それに?」

「本は、原書で読みたくなるだろう?」

「ふふふ、本の虫だ」

今度は私が笑ってしまう。

シリル様は目を細めると、繋いでいない方の手で私の前髪をさらっと撫でた。


「次を案内しよう、メリンダにはきっとこちらがいいはずだから」


シリル様は図書館の一番奥の棚に行くと、どうぞと手を広げた。


シリル様の指した本棚の背表紙を確認していくうちに、私の足ははたと止まった。

素晴らしき幻想を見ているのかと、目を擦ったが見間違いではない。

私はたちまち高揚してしまった。


そこには、辞書、辞書、辞書だらけ。

本棚一面、辞書だった。

近しい国から、遠い国まで、勢揃いだ。


「シリル様…」

「どうかな、お気に召したかな?」

「異国の地で言う『桃源郷』って、ここにあったんですか」

真顔で言ったものだから、シリル様が吹き出すのに時間はかからなかった。


うんうんと頷いてくれるものだから、私も興奮しておうむ返しのように頷いた。

ここにありました、理想郷。

こんなにたくさんの辞書、本屋さんでも見たことない。

さすがは、王宮図書館。

こんな場所の司書長様なんて、やっぱりシリル様もすごい。

これだけでも眺めていたい。

一冊一冊、中身を確認して、私の脳に刻み込みたい。


興奮のあまり血流がよくなったのか、チカチカするようだ。


辞書が最高に眩しい。幸せだ。


シリル様は声を出さずに笑いながら、一冊の辞書の背を触った。


「やはり、ここだったようだね。よかったよかった」

「私のお墓、ここがいいです」

「おや」

「ここで息を引き取りたいくらい最高です、生きててよかった…」

「それは困った」

シリル様の眉がしゅんと寄っていくので、不安になる。


「え、何か困りますか?」

「私と同じ墓に入ってもらえないとなると寂しいな」

「うぐっ、かわいい…。それは、ぜひ、一緒がいいです…」

「ふふっ、よかったぁ」

シリル様の笑みが蕩けていってしまいそうで、しかもその顔でホッと息をついていた。

それだけで、私がどれだけ喜ぶのかを、シリル様はわかっていない。


絶対、一緒のお墓に入ってもらう…!


「それで、この辺りがメリンダが好きそうだと思うんだが」

そう言って、高いところにある辞書を取って、手渡してくれた。


「海の向こうの国の辞書っ!!!」

私は、声に出さずにはいられなかった。


これまた、砂漠の国に匹敵するほど我が国では珍しい書物だった。

砂漠の国と真反対に進んだ、船で何ヶ月もかかる国だ。

翻訳そのものは特に難しいわけではないのだが。


「この国の本を読んだことは?」

「学生時代に一冊だけ、船乗りの記録でしたが」

「さすがだ。本自体少ない国だというのに」

「たしか、識字率がそこまで高くないんでしたよね」

「そう、だから本があまり出回らないと聞いたね」


そうなんだよ、本がそもそも多くないから、外国に回ってくる数がないんだよね。

それこそ、翻訳されたものしか回ってこない。

私もたまたま古本市で売っているのを見ただけで、それ以外は見たことないな。


「私、本があって、辞書のある国に生まれてよかったです」

私が言うと、シリル様も深刻そうな顔で頷いた。


「全くだね。本が読めないとなったらどうしていいかわからないもの」

「干からびますね」

「確実にね」

顔を見合わせて、笑ってしまう。



本棚の全部の辞書の背表紙を確認して、ひとまず満足した。

開いたら、たぶん終わる。

今日が終わるし、これから通い詰める自信しかない。

そうなったら、何も手がつかなくなってしまうだろう。


それは伯爵夫人としても、これからお嫁さんが来てくれる義母としても、姫様の話し相手としても、どれをとってもまずいことになる。


結婚前にここに来てしまったら、婚期を逃して居座っただろうな。

そもそも結婚する気もなかったしなぁ。


シリル様を見上げて、ふと思った。

もしかしたら、隣ではなくて、カウンター越しのただの他人だった可能性。

司書と利用者。

本を管理する人と、ただ読む人。

あの方が本の虫で有名な伯爵様だと、なんとなく認識するだけの関係にも満たない何か。


そっちの方がよっぽど可能性があった。


私はシリル様の指先に手を伸ばして、そっと握り締めた。

いつも紙を扱っている、少しカサカサな指先。

この手を取れることが、どの奇跡よりも嬉しいってことを、私はわかっている。

思いが通じ合ったからといっても、それは忘れたくないな。


私こそ、シリル様がどこかに行ってしまわないように、ずっと握っていたいな。


「どうかしたかい?」

シリル様が、きょとんと首を傾げた。


あーあ、大好きだなぁ。


「私がここに住み着いてしまう前に、帰った方がいいかもしれません」

「はははっ、それは大変だ」

「シリル様、毎日よく帰ってこられますね。すごいです…!」

「かわいい奥さんがいるから帰りますよ」


それは、『本よりも帰る場所になっている』ということだろうか。

なんか、プロポーズよりも甘い気がする。


何も借りないままにカウンターに戻ると、他の司書様たちが落ち着かない様子だった。


「司書長、もう今日は帰ったらどうですか?」

「まだ就業時間だが?」

シリル様が不思議そうにされている。

私もどうしてだろうと、様子を見守った。


まだおやつの時間くらいなのに、帰るには早すぎない?


「新婚なんだから、ちゃんと奥様の心を掴んどかないとっ!」

「そうですよ!ただでさえ、仕事ばっかりなんですから」

「早退しても誰も怒りませんよ!」

「奥様とデートでもしてきてくださいな」

「今日は会議もないですし!ほらほら!」

そう言って、あっという間に司書の制服のジャケットを取られていた。

司書様たちは、満足げに頷いている。


ここでも仕事ばかりと思われているシリル様、本当に仕事ばかりだったんだろうなぁ。


シリル様だけは、腑に落ちない顔をしてこちらに向いた。

そんな困った目で見られても、私に発言権はないですよ…?

私が何も言わずにじっと見つめ返していると、シリル様は観念したようにクスリと笑った。


「じゃあ、たまにはお言葉に甘えようかな」

シリル様がそう言うと、司書様たちは全員でガッツポーズした。

それからすぐに、矢継ぎ早に店の紹介が始まった。


「やっぱり、宝石店かな?」

「アクセサリーを贈るのは、定番ですよね」

「流行の仕立て屋はどうですか?」

「あ、新進気鋭のデザイナーのお店ですよね」

「この前、ご令嬢たちが噂していた香水店は?」

「最近できたワインの店は?」

「司書長、ちゃんとそういうところに連れていっているんですか?」

情報量の嵐で、シリル様どころか私まで圧倒されてしまう。


もう少しそういうことも勉強しておくんだったな。

なんせ、本と食べ物くらいしか興味がなくて。

今度、ルイーゼ様にでも聞いてみよう。


シリル様は私の顔を見て、なんでもないことのように訊いた。

まるで、今日の食後のデザートは何がいい?、というような軽い感じで。


「メリンダ、どこか行きたいところはあるかい?」

「どこでもいいんですか?」

「どこでもいいですよ」

私の言葉を繰り返すように言うから、嬉しくなってしまう。


「本当にどこでもいいんですね?」

「もちろん。メリンダの行きたいところに私も行きたいよ」

「じゃあ、トウガキ古書店に行きたいです!」

「ふふ、そう言うと思った」

シリル様は、いつものように優しく私の頭を撫でた。


なんだ、やっぱりバレていたか。

隣国の本を用意したいしさ。

最近1人で行くばっかりだったから、そろそろシリル様とも行きたい。

シリル様と古書店に行けるなんて、今日はいい日だなぁ。


シリル様は私の手を取ると、「それじゃあお先に」と図書館をあとにした。


私は、鼻歌を歌ってしまいそうなほどだった。


後ろで、「司書長のお嫁さんだわ…」という声が聞こえた気がした。





「というわけで、姫殿下に見せても大丈夫そうな隣国の本が欲しいんです」

「おっかねえ注文だなあ…」

ネイデンさんは、渋い顔で無精髭を掻いた。

隣でシリル様がくすくす笑っている。


トウガキ古書店に来るなり、隣国の本あるだけ見せてもらおうかと思って、そうお願いした。


「だって、あの夫婦の本をそのまま読ませるわけにはいかないじゃないですか」

「そもそも、なんでそんなことになったんだあ?」

「えーっと、黄色い野花の話になって…」

「女神信仰の話か?」

「はい、あまり知られていない話だったみたいで」

「あー、今やそこまで女神信者もいねえしな」

「なんでそんなに知っているんだと、こう、驚かれてしまって」

ことの経緯をそのまま話すと、ネイデンさんはやれやれと首を振った。


「まあ、適任か。お嬢ちゃんもとうとう日の目を見ちまったか〜!」

「そりゃあ、メリンダだからね」

「惚気はここでは聞かんぞー」

「だからですね、できるだけ準備をしておきたいんです…!」

私は、グッと拳を握った。

やるからには、できるだけのことをしたい!


あわよくば、知識を得る面白さと翻訳の素晴らしさを知ってもらえたら、もっといい!

翻訳済みの本だって、翻訳の素晴らしいところなのだから。


そんな私を見て、ネイデンさんは長―いため息をついたあと、くしゃりと歯を見せて笑った。


「一番弟子の初仕事ならしょうがねえかあ。探してやるから、待ってろ」

「私、弟子公認になったんですか!やったー!」

「おや、妬けるねぇ」

「司書殿、目が笑ってねえぞ」

「師匠っ、私も一緒に本探しますっ!」

「ほいじゃ、そこの棚からな〜」

「はーい」


言われるがままネイデンさんの指示で、本棚を物色していく。

王宮図書館の新品に近い匂いも好きだったけど、やっぱりここの匂いも好きだな。


「じゃあ、私も手伝うよ」

おおっ、司書長のお手も借りられるなら、百人力かもしれない。


なんか、結局お仕事みたいになっている。

でも、シリル様と同じ仕事ができているみたいで嬉しい。


ネイデンさんは、「もう終いだ!」と早い時間なのにドアに閉店の札を出した。


3人で、あーでもないこーでもないと、隣国の本を集めていった。

ぎゅうぎゅう詰めの本棚から、適切な本を探し当てるのは、宝探しのようだった。


こんなデートが楽しいのはきっと私だけだし、一緒に楽しんでくれるのも、きっとシリル様だけだ。



煤のついた頬をシリル様が袖で拭ってくれた時が、一番ときめいたのは内緒ね…!



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