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好きなだけ翻訳していいと言われて後妻になりましたが、年上伯爵様に甘やかされすぎています!  作者: 有梨束


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第2話 伯爵様との初対面はレストランで

「そう緊張なさなくても大丈夫ですよ」

「は、はい」


伯爵様のお休みの日、私たちは街の小さなレストランで顔を合わせていた。

ここは個室だけれど、貴族よりも平民の利用客が多くて、店の前に着いた時は拍子抜けだった。

それでもご本人を目の前にしたら、さすがの私でも緊張が戻ってきた。

私が今まで関わったことのある貴族の中で、1番に偉い人なのは間違いない。

いくら楽にしていいと言われても、粗相があったらどうしよう…。


「こんなところにお呼び立てしてすみませんでしたね」

「えっ、いえっ!とっても可愛いお店ですわ、木の温もりがあって素敵ですし」

私は、草原と木々に囲まれて育ってきたのだ。

貴族御用達の立派なお店ではなくて、ホッとしているくらいだ。


「そう言っていただけてよかった。この店は落ち着くので、気に入っているのです」

そう言って眼尻を下げる伯爵様は、とてもお優しそうに見えた。


うん、私も落ち着きます、こんな私でも入りやすいお店にしてくださってありがとうございます…!


「ふふ、若いお嬢さんには物足りないかもしれませんが」

「そんなことありません。田舎育ちですし、個人的にはこういったお店の方が好きです」

「それはよかった。私も堅苦しいのがダメでね。威厳がないのだが、平民が利用する店の方が好きなのですよ」


微笑む伯爵様は、聞いていた年齢よりずっと若く見えて、不思議に思えてくる。

私は22歳で、伯爵は44歳。

というのに、私と歳の近い息子さんが3人もいるようには見えなかった。

お父様も似たようなものなのに、なんでこうも違うのかしら?


「クラーク子爵に娘さんを紹介された時は驚いたが、こんなに素敵な方だったとは」

「はっ、その節は父が申し訳ございませんでした」

「いえいえ、私の方こそ申し訳なかったね。こんなにおじさんであなたも困ったでしょう?」

私相手にも敬語で接してくれる伯爵様は、お父様の言うように柔和な方のようだ。


困ったのは、年齢というよりも家格…、いや当主の嫁ってところですね。

なんてことが言えるわけもなく、私は首を振った。


「むしろ、こんな若輩者を父が薦めましてすみません…」

「元はと言えば私が困っていたから、子爵殿は『だったら娘はどうですか』と言ってくださったのですよ」

「…父がゴリ押しして迷惑をかけたのでは?」

「いいえ。クラーク嬢がご存知かはわかりませんが、我が家はそれなり家なんですね」


はい、それはもう大慌てで、たいして持っていないドレスをひっくり返したほどに存じております。


「それで、後妻にと手を挙げてくださる家もありまして」

「それは、そうにございましょうね」

「ええ。でも私はもう結婚する気はなかったのですよ。嫡男も24ですし、家督もあと2、3年もすれば譲れると思っていますしね」

「…では、何にお困りだったのですか?」

「それがですね、他国に嫁ぎたくない3の姫が私の後妻になって降嫁してくると言い出してしまいまして」

「!?」


えっ、なんか思っていたよりも大事じゃない…!?

お父様、どこに一枚噛んでいるのよっ!

地位も名誉もいらないから、早く誰か仕事を引き継いでくれと言っているような人が、どう血迷ったの!?


私はほぼパニックだったが、かろうじてあった貴族令嬢の『なんともありません顔』を引っ付けて堪えた。


「そうしたら、他からも今までに無いくらい後妻にという申し込みが来てしまって…」


おお…、貴族の逆襲か何かかしら…。

恐ろしいことこの上ない、心中お察し致します…。

私だったら胃に穴が開く自信しかないわね、うん。


「でも、王女殿下が降嫁されるなら、この話は…」

「ああ、いや実際はそのようなことはないのですよ。3の姫が口走っただけのようです。ただ、それでか箔がついてしまったようで」


名家に箔って、メロンに生ハムみたいな?

いや、それではしょぼすぎね、比べるなんて失礼だわ。


「ほとほと困り果てていたのです。そのことを子爵殿に愚痴をこぼしてしまいましてね、お恥ずかしい」

「私の父で相談相手になりましたか…?」

「クラーク子爵は仕事への力の入れ具合が似ていましてね、休憩時間はよく一緒におやつなどを食べてのんびり過ごしている仲なのですよ」


なんと!初耳だわ!

なんでお父様ってそういう肝心なことは言わないわけ?

でも、だから結婚をしなくても文句も言わなそうだったお父様が、この縁談話を持ってきたのも頷ける。

選んでくださったお店といい、伯爵様の物腰といい、私が無理に貴族を頑張らなくても叱られることもなさそうだもの。

むしろ、笑って許してくれそうですらある。


「いっそのこと誰かと再婚してしまうのも手だと。それでご令嬢を紹介してくださったのですよ」

「…自分で言うのもどうかと思いますが、もう少しいい相手でもよかったのでは?」

「ふふふ、お父上と同じことをおっしゃるのですね」


ああ、すみませんもう言っていましたか…。


「『うちの娘じゃ役に立たないかもしれませんが、でもいい子で、きっとルース伯の気負わなくていい相手にはなると思いますよ』と」


そりゃあ、そこら辺に転がっていそうな子爵令嬢ですもの、気負わなくていいに決まっている。


「『あと娘は財にも地位にも興味がないから、食い潰しませんよ』とも言っていらしたかな」

「…食欲は人並みなので、そこにはお金がかかるかと」

「ふははっ、クラーク嬢はお茶目なんですね。食は任せてください、穀物は欠かしませんよ」

伯爵様は可笑しそうに、初めて声を上げて笑った。

それまでの微笑みとは違って、大人の男の人というよりも少年のようで。

その笑い方は、ちょっとだけ可愛いと思ってしまった。


「それと『翻訳が趣味』と聞きましてね。とても興味深いなと思ったんです」


伯爵様は笑い涙を拭いながら、優しくそう言われた。

私の肩が、少しだけ跳ねた。

ど、どうしよう、変な奴だと思われたのかしら…。


「いつから翻訳に興味を持たれたのですか?」

淡い紫色の瞳が、私を見つめた。

その目は、何かを知りたそうにしている好奇心で包まれた純粋な目に見えた。

だから、私は取り繕うのはやめて、そのままを話した。


「…4歳の時です。祖父の部屋にあった、隣国の辞書を見つけまして」

「そんなに小さい時から勉学に励んでいらしたのですか」

「勉学というか、言葉が面白かったんです。『同じ言葉なのに、どうして言い方がこんなにも違うの?』とよく祖父にせまっては困らせました」

「素敵な着眼点だ。それで外国の本を読んだりしたのですか?」

「はい、でも当時の私には読めなくて。だから辞書で全部調べるようになったんです」


小さい頃を思い出しながら、自分のことを話していく。

懐かしさに、思わず笑みが零れる。

伯爵様の聞き方が優しいからか、興味を示してくれているからか、いつの間にか緊張も解けていた。


「それでいつの間にか言葉そのものよりも、翻訳の方が楽しくなってしまって」

「へえ〜!いいですね。私も仕事柄たまに翻訳するのですが、クラーク嬢ほどのめり込めてはいないですね」

「おかしな趣味ですので、そんなに言うほどできるわけでもありませんし…」

「素敵じゃないですか、何も変じゃない」

「え…?」


紫の瞳が細められて、穏やかな声が私を包むようだった。


「本を自国の言葉以外で読もうとするのは、望ましい姿勢だと感じます。平和だからこそ、外交に励まなければならない今の時代では、何より翻訳者は足りないくらいです。私の仕事を手伝ってもらいたいほどに重宝されていいものに、私は思いますよ」


その言葉が、声が、表情が、今までの私を肯定された気がして、不覚にも鼻の奥がツンとした。

こんな風に言ってくださる方もいたのね…。

今まで出会った男性たちは、紳士ではなく珍獣だったのね。

でないと、伯爵様が私に都合のいい素敵な方になってしまうわ。


「いや、イヤですね。この歳になるとどうも説教くさくていただけない」

私がすぐに返事をしなかったからか、伯爵様は頭を掻いて苦笑いされた。


わっ、どうしましょう、困らせたかったんじゃないんですっ!


「そんなこともありません!今まで散々殿方に翻訳のことは煙たがれてきましたので、感無量が無量大数でして、あまりのお言葉に嬉しくて胸の奥にそっと仕舞っておりました!ぼんやりして申し訳ありませんっ!」

とにかく嬉しかったんだと伝えたくて、何か余計なことを口走った気もするけれど、私が慌てて言い募ると、伯爵様の目がまん丸になった。

それからまたあの可愛らしい笑い方になったのだった。


「ふはは、それはよかった。くくく、やはりクラーク嬢はチャーミングな方のようだ」

そうやって笑う伯爵様に、私はなぜかホッとした気持ちだった。


うむ、チャーミングなのは伯爵様の方な気がする。

なんだろう、落ち着いていらっしゃるし、物腰柔らかだし、貴族然とした隙のない振る舞いなのに、なんだか年下の可愛い男の人みたいな。

いやいや22歳も年上の方に、可愛いは失礼ね。

ダメよメリンダ、おふざけは空想と本の中だけにしときなさいな。


「それに何かに夢中になれることも私には美徳に思います。だから、あなたのお話を聞いて時に素直にお会いしてみたいと思ったんです」

「あ、ありがとうございます」

「それでですね、クラーク嬢。あなたがお嫌じゃなければ、この縁談を前向きに考えてはいただけないでしょうか?」

「よ、よろしいのですか?」

私はびっくりして訊き返したが、伯爵様は鷹揚に頷いた。


「ええ。お会いしたらとても可愛らしい方で、私にはもったいないくらいですよ」


いやいやいやいや、まるごとこちらのセリフですよ!?


「クラーク嬢が私と同じくらい結婚する気がないと、子爵殿からは聞き及んでいます」

「…はい」

「後妻と言っても、何かをして欲しいわけではありません。先程も申しましたが、あと数年もすれば家督も明け渡しますし、当主の妻としてすることはほとんどないでしょう。私自身は大したことはありませんが、のどかな領地と不自由のない生活はお約束できます」

「はい」

「子どもも望んでおりませんし、夫婦にならなくてもいいと思っております」


その真剣な目に吸い込まれそうだった。

見つめ返すのに精一杯で、『夫婦にならなくていい』という言葉だけがチクッとした気がしたけれど、伯爵様の次の言葉を聞くのが先で、そのこと自体あっという間に忘れていった。


「ですが、あなたとなら寄り添える家族になれるように思うのです」

「寄り添う、家族…」

「ええ。親子ほど歳も離れているし、親子のようでも構いませんが、お互いを家族という拠り所にしながら楽しく過ごすというのはいかがでしょうか?」

「楽しく…」

「私が当主でなくなった時は一緒に領地に行ってもいいし、ご令嬢だけ王都に残られてもいい。もし翻訳の勉強がしたいと言うのなら、外国への留学を支援しますし、好きなようにしてもらえると嬉しいです。私も縁談の話に悩まされることもないし、あなたとなら穏やかな余生が過ごせると思うのです」


伯爵様の言っていることが、後から後から脳みそに入ってきて、理解するのに時間がかかった。


好きに、していい…?

翻訳の勉強って、そんなところまで思ったことなかった。

確かに自国では厳しいけど、他国なら女性にも平等に学問が開かれている国もある。

そっか、私の世界って狭かったんだ…。

そのことに妙に納得して、私は伯爵様を見た。


私より私の将来を見てくださった方。

私の趣味を、素敵だと言ってくださった方。

伯爵という立場に笠に着せないどころか、私と同じように華やかさを好まない方。

穏やかで、優しくて、あったかい方。

私にとっては申し分ない夫としても十分すぎる方。


これ以上の縁談が生きている間にやってくるかしら。

ううん、否だわ、こんなに素晴らしいお話は他にない。

お父様の言う通り、ちょーっと年上だけれど、それも問題ないでしょう!

侮られるわけでも、雑に扱われるわけでもないし、なんならもっと丁寧に接していただいているもの。

結婚する気のなかった私が、こんな理由でお受けしていいのかわからないけれど。


でも、私もこの方となら『家族』になれると思う…!


「クラーク嬢なら食いついてくれるかもしれませんが、我が家には王宮図書館で古くなった本をいくつか貰い受けているのですよ」

「え?」

「それと私の趣味で蔵書だらけなんです。ですのでもしかしたら、ご令嬢にとって翻訳し甲斐のある本棚かもしれません」



…ゴクリ。



「夜会などは同席してもらうことになるかもしれませんが、それ以外の時間は全部、好きにしてもらいたいと思っています。例えば、日中の全部は翻訳に充てるとかでも構いませんし」

「お引き受けさせていただきますっ!!!」


考えるよりも先に口が承諾していた。

欲より恐れ知らずのものはないというものだ。

翻訳し放題…!

天国より天国だ!


私が全力で頷いたのを見て、伯爵様は少年のような笑顔を見せた。



こうして、その気もなかったのに、ルース伯爵家当主の後妻の座を射止めたのだった。


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