進化
宇宙のゼロポイントから生まれた、何ものでもなかった私たちは
記憶という経験を重ね『私』になった
記憶を保有するエネルギー体
個を構成するのは記憶というカルマ
今ここ、この瞬間しか宇宙は存在しないのだから
どの記憶と繋がるかによって『私』は変化する
ネガティブな記憶を引きずれば、ネガティブな私
幸せな記憶を抱きしめれば、幸せな私
いつだって新しい自分になれるのに
カルマ(記憶)に縛られて重い自分
全てを手放して清算したつもりでいても
宇宙に漂う無数の記憶たち
すぐに想い出を引き寄せる
その時の私にタイムスリップ、というかその瞬間の波動に引き込まれる
あの日あの時あの瞬間
悲しみの渦の中
満ち足りた幸福の中
ちっぽけだった自分
夢中になっていた自分
今ここにいる私は、あの時の自分より幸せだろうか?
最高の自分であり続けるなど可能だろうか?
古い友人とする昔話は、何を求めているのだろうか
記憶を辿って、あの時よりはマシだの
あの時は本当に楽しかっただの
別人になった過去の自分を持ち出して
何を確認しているのだろうか
宇宙の遥か先を生きる進化した私たちが、今ここに集中することを説くのは
記憶は役立たずだと?
そういうことなのか
今と未来を生きるなら
常にゼロポイントフィールドから始めるのが正解なのかな
記憶は、過ちを繰り返さないためだけに残して、前へ進む
同じ過去は二度と来ないのだから
幸せな記憶をリフレインしても、今の自分は完全に別人だから
私たち人間は、記憶に囚われすぎて進化できずに、同じ過ちを繰り返してきた
進化するというのは、記憶を手放すこと
忘れはしないから、思い出さないこと
その瞬間は宇宙で永遠に存在し続けている
そして、新しい瞬間は常に生まれ続ける
完全に新しくなるか、リニューアルするかの二択
きっと、完全に新しくなることが進化を早める道
過去の経験を頼りに少し変化する未来は、その時既に存在している
選択肢として存在したはず
宇宙の記憶の中に既にある
今よりも進化した自分になりたいのなら
記憶は無駄なノスタルジー
非情に感じるかもしれない
感情も記憶も捨てて、今この瞬間だけを生きる未来の人々
けど、それが私たち人間の未来の姿
私たちが生き延びて幸せになるために選んだ生き方
過去を繰り返すことは手痛い停滞(駄洒落)
例えそれが幸せな記憶でも
古き良き昭和を夢見ていたら、時代遅れでしょう?
好きな記憶に留まることを選択するのも自由だが
未知の未来を選んだのなら、記憶はいらない
変化することを恐れない
変化できる私が自由な私