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第5話 子供会議


 家族として暮らし始めて数日。


 朝起きたら、顔を洗って朝食を食べて着替える。

 午前中は遊戯スペースで絵本の読み聞かせや文字の読み書き練習、数字の計算練習。

 昼食を食べたら、外遊び。競走したり追いかけっこをする。

 疲れ果てて昼寝をしたら夕飯を食べてお風呂に入って就寝支度をする。


 その繰り返し。

 日々違うことをして、違う食べ物を食べているが、生活リズムは変化がない。


 お腹いっぱいに食べられる食卓。


 怪我をしてもすぐに治してもらえる遊び場。


 温かい風呂とふかふかの布団。



「なんか、俺たちこのままでいいのかな?」


 就寝支度の後、今日は部屋で寝ると言えば、聖騎士長は「夜更かししないようにな。良い夢を」と就寝前の挨拶をするだけ。

 深く干渉してこないのをいいことに、ラーグは皆を部屋に集めた。

 流石に8人も入ると狭いが、路地裏を思い出せば十分に広い。

 

「私も、思ってた……私、ここに来てからなにもしてない。捨てられちゃったらどうしよう……」


 何を言っているのかわからないという反応をする皆の中で、アンスが不安そうに声を出した。


「じじぃみたいに急に帰ってこなくなったリ、ご飯くれなくなったりするかもしれないってこと?」

「無い話じゃない……」


 テイワズが言うとエオが膝を抱えて頷く。


「僕たちに食べさせてくれたり、色々教えているのは、なにか悪いことに利用しようとしてるのかも」

「そ、そんな感じには見えないけど……」

「路地裏で大人に連れていかれてた子供は、悪いことの道具にされて殺されちゃうって聞いたよ」


 怯えるユウルの横でソーンが険しい表情をした。

 悪いこと、というのがどういうことなのかはわからない。

 けれど、一度連れ去られて帰ってきた子供はいない。


「俺たちはここに連れてこられた者同士仲間だ。皆で協力して、悪いことをさせられたり、殺されないようにするんだ」


 頷き合うと一体感が生まれる。


「それって、何するの?」


 ウインの問いに、ラーグはうむっともっともらしく腕を組んで立ち上がる。


「俺たちが寝ていると思って父さんは油断してる。この隙に家に何か隠されていないか探ろう」

「偵察だな。俺もやる!」


 路地裏に住んでいた時には食べ物を得るために他の孤児が狙っていないか、いつ食べ物が外に出されるか、大人たちの動向はどうか、探りに行くことがあった。

 テイワズは新しい縄張り探しに気合を入れる。

 

「一番何かありそうなのは、あの人の部屋だよね?」


 ソーンが言うと、ラーグはまずはあそこに忍び込もうと即決する。


「後、入れてもらえないキッチンと庭の物置小屋にもなにかあるかも」

 

 何があるのか気になるとエイルがそわそわとして言う。

 キッチンは皆気になるところだが、故に誰が行くかは窺い合う。


「まずは、今あの人がどこにいるのか探ろう」


 そう言ってラーグが部屋のドアを開けると、丁度聖騎士長が階段を上がってきた。

 驚いて声を上げると、きょとんと首をかしげる。

 その手には洗濯物の籠に入れた衣類が積まれていて、汚れが綺麗になっているのが見て分かった。


「あれ、まだ寝てなかったのか?眠れないならホットミルクでも作ろうか」

「ぇっと……」

「ホットミルクってなーに?」


 ラーグの後ろからエイルが顔を出すと、ふふっと笑って「片付けるからちょっと待って」と衣裳部屋に入っていく。

 早速作戦失敗。とりあえず皆でホットミルクとやらを食べさせてもらおうと聖騎士長の後ろに続いてダイニングへと移動する。


「皆で遊んでたのか?」

「う、うん。子供だけで話したい時もあるんだよ」

「そうかそうか。仲良しでいいな。ホットミルクを作っている間、皆でお話の続きをしているといいよ」

「ぁ、わ、私もお手伝いしたい!」


 アンスが手を挙げると、聖騎士長は少し考える。


「じゃあ、皆のマグカップを用意しておいてもらおうかな。取っ手がついたコップ。わかる?」

「……キッチンでお手伝いしたい」

「皆とお話ししなくていいのか?」

「お、俺も手伝う」

「俺も!」

「キッチン行ってみたいっ!」


 皆で手を挙げると、聖騎士長は足を止めて笑顔で皆をダイニングへと入れていく。


「キッチンは子供が一度にたくさん入れる場所じゃないからね。皆でいい子に待っていなさい」


 アンスとソーンがテーブルの上に人数分のマグカップを置いて、しょんぼりと椅子に座る。

 待っている間に出来たのは温められた牛乳。腐っていないかと警戒で何度も匂いを嗅いで恐る恐る飲む。


「うまぁーい」

「なんかほっとする……」

「それを飲んだら歯磨きをするんだぞ。後、寝る前にトイレに行くこと。もし寝ている間に布団を汚してしまったら、ちゃんと洗ってあげるから隠さずに言うんだよ」

 

 皆で夜寝ている時に何人かお漏らしをして巻き込まれた子も含めて皆で泣いた朝があった。

 朝からお風呂に入れられ、その間に跡形もなく綺麗に整えてくれた分の信頼はある。

 

 そんなこんなで、ホットミルクの後、皆部屋で熟睡した。

 ユウルやウインは年長者の部屋に潜り込んでいたが、それはそれとして。

 

 




 朝食にはいつも通りスープ、パン、主菜、副菜と並んでいる。

 

「今日はアンスとユウルがスープづくりを手伝ってくれたから、二人にも感謝をしつつ。主に感謝を。頂きます」


 アンスはユウルと一緒に早起きして聖騎士長を手伝った。

 誇らしげな笑顔のアンスに「すげぇ」と言いながら皆食べ始める。


「父さん。また手伝ってもいい?お昼ご飯作るのも手伝う」

「じゃあ、今日の文字の勉強が早く終わったら、卵の割り方を教えてあげよう」

「うんっ!」


 微笑ましいやり取りを見ていたエオが、父さんと聖騎士長に声を掛ける。


「キッチンには危ないから入っちゃダメって言ってたのに、アンスはいいの?」

「勝手には入っちゃ駄目だよ。お手伝いをしてくれる分には一人二人くらいなら構わないけどね」


 その時作るものにもよるけれど。

 絶対ダメではなかったことに驚きながらもエオは納得する。


「お腹が空いた時は言ってくれたらなにか出してあげるから、忍び込んで怪我をすることはないようにね」


 聖騎士長の注意に皆素直に返事をする。

 その後、リビングのテーブルを囲んで各々の進度に合わせて文字の書き方を練習する。

 推定年齢上最年長となったラーグは呑み込みの早いエオはさておき他の子供たちに負けないように必死だ。


「ねぇ、アンス。キッチンはどんなところだった?」


 ソーンの問いかけにアンスはにこぉっと楽しそうに笑う。


「あのね、こぉんな大きい食糧庫があって、パンとかケーキを作るオーブンも凄い大きくて、美味しいご飯を作るための道具がたくさんあった!」

「食糧庫!」

「テイワズ。美味しく食べたかったらダイニングで料理になって出てくるのを待っていた方が利口だぞ」


 食いついたテイワズに聖騎士長がすかさず釘をさす。

 アンスがその様子に無邪気に笑う。


「お腹が空いたら私が作ってあげるよ」

「あぁ、アンスが料理を覚えてくれたら助かるな。俺も仕事に出ないといけない時もあるだろうから」

「仕事?父さんいなくなるの?」

「長くても1日くらいにはしようとおもうけど、魔物の動向次第だからな。その時の為に備えも早めにしておくべきか……」


 真剣に考えながら不安げな顔を見せたウインの頭を撫でまわす。

 エイルが「私も!」と飛び込んできて、「勉強をしなさい」と膝の上に乗せる。

 エイルは皆の名前の書き方を覚えている最中だ。


「父さんの名前はアレスなんだよな。どうやって書くんだ?」

「……まぁ、そうだねぇ。シャンダが付けただけだから、別にお前たちが名前を付けてくれてもいいんだけど」


 言いながら、ラーグのノートにアレスと文字を書く。


「父さんの父さんはシャンダ?」

「違うよ。父さんの家族は今はお前たちだけだから」

「じゃあ、私たちと同じだね!」


 悪戯っぽく笑ってエイルはアレスの文字を書き始める。

 楽し気に揺れる金色の頭を撫でてやると、不意にぐいっと後ろを振り返った。


「そうだ、知ってた?父さんと私たちって目が皆金色なんだよ」

「……そういえば。だから放って置けなくなっちゃったのかもな」

「ぁ、父さんも気づいてなかった!エイル凄いでしょ」

「あぁ、凄い。よく見てるな。じゃあ、そのノリで皆の名前も良く見て書いて覚えような」


 エイルはむぅっと口先をとがらせながら勉強に戻る。

 せっせと手を動かしていたユウルは、すくっと立ち上がるとノート見開きいっぱいに書いた文字を見せる。


「絵本、見てていい?」

「いいよ。エオ、終わったら読んであげて」

「うん」


 エオは何度か読み聞かせた絵本をもう一人で読めるようになった。

 勉強も皆がしているからしていただけだったようで、今日は兄弟たちについて簡単な文章を書いたものを差し出してきた。

 

 ラーグは兄です。

 テイワズは勇敢です。

 ソーンは優しいです。

 アンスは頑張り屋です。

 エイルは元気です。

 ウインは小さいです。

 ユウルは大人しいです。

 僕は本が好きです。

 アレスは父です。

 

 最後に加えられた一文に、ほぉっと嬉しさがこみあげてくる。

 今日はデザート作り頑張ろうかなと思いながら、よく書けてるとエオの頭を撫でる。


「父さん。私も終わったよ」

「うん。卵を割る練習をしたら、それでプリンを作ろうな」

「プリン?うん、頑張るっ!」

「後、サラダを作ってみようか。ドレッシングを作っておけば、いつでも作れるようにしておけるし」


 勉強を終えたアンスと手を握ってキッチンへと向かう聖騎士長。

 その背を子供たちはじっと見つめていた。






「いい子にしておけばちょろい気がする!」


 ウインの自信満々の言い分に揃って頷く。

 昼食の時にはアンスが作ったサラダが皆が食べやすいように野菜がちぎられているとか、卵を割るのは難しいのにすぐに加減を覚えたと満面の笑顔を見せた聖騎士長。

 一緒に遊ぼうのおねだりも、夕飯に美味しかったからまた食べたいのリクエストも笑顔で受け入れてくれる。それに、服を汚してもすぐに綺麗にしてしまうし、お風呂で濡れたまま廊下を走っても「転ぶなよ」と抱き上げて全身乾かしてくれるだけで怒らない。


「でも甘えていていいのかは別問題だぞ。俺たちを油断させて肥えたところで売り飛ばすつもりかもしれない」

「健康体に見えた方が高く売れるって昔の兄が言ってたな」

「自分が食べる為に言ってるだけだと思ってた」


 ラーグは自分の言葉にエオとウインが頷いたことに満足する。

 

「キッチンの偵察はアンスが担当だ。俺たちは物置と父さんの部屋を探ろう!」

「父さんの部屋、用があったら入っていいって言ってたよね」

「見つかっても怒られないってことだな」

「料理作ってる間はキッチンにいるから、皆はその間に偵察したらいいと思う」

 

 役割分担をして明日決行しようと頷き合った。






 アンスとユウルが聖騎士長と一緒にキッチンに入ったところで、皆行動を始める。

 家の中は慎重に行動するために、エオとソーンとウイン。外の物置小屋には、ラーグとテイワズとエイルが向かった。

 聖騎士長の部屋は鍵が掛かっておらず侵入は容易だったので、なにか悪いことをしていそうなものはないか探す。

 物置小屋には閂が二本差さっていて、上部はラーグにも届かなかったが、エイルを肩車して開けさせた。中には大小様々な形をした木が置かれていた。鍵がかかっている引き出しは開けられず、何が置かれているのか困惑した。

 

「おかえり」


 家に戻ったラーグとテイワズ、エイルは玄関で待ち構えていた聖騎士長にびくりと震えあがった。


「外で遊ぶ時は声を掛けなさい。もう昼食の準備は出来てるぞ」

「ぁ、えっと……」

「ダイニングに行って、皆に遅くなってごめんなさい、な。ちゃんと言えたら昼食を食べさせてやる」


 昼食が食べられなくなると慌ててダイニングに走り、謝って椅子に座る。

 今日の昼食はコーンスープと色とりどりのサンドイッチとヨーグルト。


「主に感謝を!頂きます!」


 手を布巾で拭ってもらって食べながら、ラーグは気まずそうなエオたちの表情に失敗したかと察する。


「あの、父さん……」

「うん?午後も探検ごっこをするなら、あまり遠くには行かないようにな。夕食の下拵えは済んでるから、アンスとユウルも混ぜてやれ」

 

 探検ごっこ。

 子供が遊んでいるとしか思われていない様子に安堵する。


 午後に外に出た時にエオに何があったのか聞くと、クローゼットやベッドをぐちゃぐちゃにしているところを見つかり、次やったら自分たちで片づけをするまでおやつもご飯も抜きにするからねと笑顔で頭を撫でまわされたと肩を落とした。

 物置小屋にはそもそも動かせるものがあまりなかったので荒らさなくてよかったとラーグは胸をなでおろした。


 

子どもたちが結束してわちゃわちゃと家の中を荒らして回る。

けど、聖騎士長はただ微笑ましいと見守ります。

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