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第4話 じゃれあい


 焼きたてのロールパン。

 ジャガイモのポタージュ。

 昨日余ったおかずで作った具材たっぷりオムレツ。

 フレッシュ野菜のサラダは蒸し鶏添え。


 朝から子どもたちの腹の虫を騒がせる。


「では。主に感謝を。頂きます」


 子供たちも復唱して食べ始める。

 服は汚すかもしれないので寝間着のまま。

 顔を洗ったり歯を磨くことは朝食を食べたかったらと言えばやらせることが出来た。

 そのやり方については一人一人手を焼いたが……。

 

「ぁ、あの、父さん」

「ん?」

「私、なにかお手伝いしたい。掃除とか料理とか……」


 アンスが様子を窺うように尋ねてくる。

 そのしぐさにかわいらしさを感じるとともにどうしたものかと悩む。

 手伝いは大歓迎だが、今はここでの生活について色々教えたい。


「わかった。じゃあ、食べ終わったら食器を片付けるのを手伝ってもらおうかな」

「うん!」


 昨日残ったアップルパイも人数分で切り分けて食べさせ、空いた食器を持ち運び用のトレイの上に置いてもらう。

 

「よし、ありがとう。じゃあ、皆、2階の衣装部屋に行って、服を着替えておいで。脱いだ服は昨日と同じように洗い場の籠に入れておくこと」


 洗濯物を洗い場に持っていくのはお風呂の後に教えた。

 皆元気に返事をして衣裳部屋へと向かって行く。


 既に聖騎士長は子供たちの服と一緒に購入しておいた私服に着替えて髪もひとつにまとめている。

 髪が短いと楽だなと思いながら、キッチンに食器を持って行って魔術で一気に洗い上げていく。


 ダイニングの掃除も済ませて、リビングのソファーをマットレス状から戻して整える。

 リネン室から持ち出した布団を軽く整えて戻しに行く途中で、着替えた子供たちが階段を駆け下りてきた。

 皆、無難なシャツとパンツスタイルだった。

 着慣れているデザインの方が選びやすいのだろうが、少し勿体ないなと思う。


「ぁ、お片付け……」

「家族が多いから手分けしないとね。洗濯物を置く場所は覚えてる?」

「うん、こっちの部屋!」


 アンスが片づけ中と気づいて、はっとした表情をしたが、洗濯物を籠に入れるのだと思い出すとすぐに駆けだした。


「よし、じゃあ、午前中は室内での遊び方を覚えよう」


 折角遊戯スペースを作ったのだからぬいぐるみと戯れたり、積み木をしたりという遊びを教えてみる。


「それ、何が楽しいの?」

「ぬいぐるみふかふか……」

「えー、私もだっこするー」

「やだ、これユウルの」

「いいじゃん、エイルもだっこするっ!」

「この本読んでほしい」

「俺外行きたい!」

「川!魚獲ろっ!」


 積み木遊びは理解されず、ぬいぐるみの取り合いで喧嘩になりかけ、他の子たちは自由に主張する。

 これはこれで良いのかもしれないが、子供たちの中心に座ったままどうしたものかと考える。


「アレスッ!すぐにここを開けなさいっ!」


 不意に響いてきたシャンダの怒鳴り声に子供たちがびくりと震える。


「大丈夫だ。待っていて」


 子供たちを宥めて玄関の扉を開けるとシャンダが絶望の表情をしていた。


「何用だ……」

「何用だ、じゃないっ!お前、相談も無しに髪を切るとは何事かっ!」


 その話かと部屋係の動きの速さにため息をつく。

 シャンダの怒りの理由はわかる。

 この世界に来てから、この身の髪には魔力が多分に含まれているが故にそう簡単には切れないと主張してきた。とはいえ、50年も生きていればそれなりに伸びるもので。前回髪を切った時は、皇帝の戴冠式に合わせ、髪で作った糸を織り込んだマントを献上する為と理由にした。ついでに、当時の枢機卿以上に聖装用の帯を贈った。

 以来、聖騎士長の毛髪は殊更神聖視されるようになり、そろそろ切ろうかな……と安易に口に出来ない空気になっていた。


「子供たちと風呂に入るのに邪魔だったんだ。仕方ないだろう」

「仕方ないことあるかぁっ!!」

「シャンダ。子供たちがおびえるから声を荒らげるな。浄化したらいくらかは神聖教会に納めるよ」

「そういう問題ではない!」

「俺にとってはその程度だ」


 きっぱりと言えば、シャンダはぐぬぅっと声を上げて唸った。

 

「教皇のおじさん変な顔」

「ほんとだ!」


 後ろにくっついてきたエイルとウインが無邪気に笑う。

 すると、シャンダは毒気が抜かれたようにしゅんっとなってため息を吐いた。


「君たち、ここでの暮らしはどうだい?家は気に入ったかな?」

「うんっ!ご飯美味しいし、お風呂も楽しかった!」

「雨に濡れると死んじゃうのに、お湯に入るとぽかぽかして元気になるんだよ」

「皆でばしゃーってやって遊んだ!」

「ほぉ、それは楽しそうだ」


 シャンダは和やかに笑んで、差し入れだと果物の籠をラーグに渡した。

 孫がいるだけあってすぐに切り替えられた態度に聖騎士長は感心する。


「君たちは本当に幸運だ。これまでの苦しみの分、これからは神の遣いである聖騎士長の許で、穏やかに健やかに過ごせることを心より祝福しよう」

「ラーグ。後で切り分けるから、ダイニングのテーブルの上に置いてきてくれ」

「我慢?」

「そう。食べたいなら、シャンダとの話が終わるまで待つこと」

「はーい!」


 ラーグがダイニングに向かって行くのを見送って、他の子たちにはリビングにいるように促す。

 庭に魔力で椅子とテーブルを用意してシャンダに座るように促す。


「お前の魔力は便利なものが多いな。実に羨ましい」

「それで?髪のことで説教したかっただけか?」


 教皇という立場上、聖騎士長の動向を気に掛けているのは理解する。

 しかし、年々シャンダは立場故に思惑を隠す素振りを良く見せるようになっていた。


「いや、ゼクター隊長らから報告と共に心配する声が聞こえて気になってな」

「ゼクターから?」

「お前がこれまでどれだけの世界を渡り、子供たちと接してきたかわからないが、あの子たちはお前を利用しようとしている節があるそうだ」


 シャンダが風属性の魔術で周囲の音を遮断しながら告げた。


「路地裏にいた彼らのことだ。生き延びるためにどんな手段を身に着けているかわからない。推定年齢も不摂生故に成長が遅いだけで、実際に何歳でどれだけの知能があるのかはわからない」


 子供らしい言動も多いが、それが、教育を受けていないからなのか、そうして大人に取り入ることを覚えているのかはわからない。

 路地裏での生活は犯罪に巻き込まれることもある。どういう経緯で孤児となったのかもわからない存在を懐に入れる危険性は目を瞑れないものだ。

 

「お前の目が離れた時に子供だけで話し合うところを見た者がいる。このまま子供らしく装っていれば、あの人たちは腹いっぱい食わせてくれる。皆で生きるんだ。とな」

「可愛らしい話し合いじゃないか」

「可愛い雰囲気ではなかったからこそ報告に上がったんだろうが」


 じっとりと睨まれて聖騎士長は笑う。


「子供たちは大人に捨てられ、大人の都合に振り回されてきた。それなのに、大人を簡単に信用すると思うか?あの子たちなりに生きようと必死なんだろう」

「お前というやつは……」

「ゼクターたちの荒くれ具合を思い出せ。狂犬の如く戦場で言うことを聞かなくなった奴らを手懐けるのには手を焼いた。シグのようにいい子面して裏で扇動して笑っているような輩もいたからな」


 シャンダも言われて当時のことを思い出したのか遠い目になった。

 彼らは戦争孤児として敗戦国から巻き上げた賠償金で教会に信徒として登録された。

 国を亡くしたばかりの彼らの心中を察しながらも、馴染もうとしない彼らに手を焼いた教会職員は少なくない。

 ゼクターが教会内で自ら人脈を作ることを躊躇うのもそういった背景がある。


「まぁ、もう少し様子を見てみるよ。子育てに困ることがあればその時は相談する」

「育児休暇中も、通信は送っていいんだな」

「あぁ。魔族が出たら俺が対処する。そうでなくても、無茶をする前に俺を呼べ」

「うん。そういうお前の言葉には甘えた方がよいと皆理解している。周知しておこう」


 聖騎士長を呼び出すことを躊躇って壊滅する部隊が出る度に、なぜ呼ばなかったと説教を受けた。

 命令が聞けない奴は戦場には出せないと聖騎士団の全部隊を置いて単身魔物討伐に出ることも何度もあった。その間、地獄のような訓練メニューを課せられては、連帯責任に巻き込まれた者たちが怒り狂い、戻ってきた聖騎士長に総員で平伏して謝罪するのだ。

 育児休暇という耳慣れない制度を導入したこともあって、また躊躇う部隊が出ないとも限らない。今の言葉があった以上、事が起きればあの地獄が再来する。聖騎士団を離れたシャンダも訓練場から響き渡る悲鳴を聞くのは胸が痛んで仕方がない。


「シャンダ。そろそろいいか?子供たちが待ちきれないようだ」

 

 ふと顔を上げると、聖騎士長が愉快そうに表情を緩めて窓にべったりと張り付いた子供たちを眺めていた。

 シャンダはその光景に驚いて身を引いたが、次の瞬間には噴き出して笑った。


「あぁ、本当に可愛らしいな」


 シャンダが立ち上がると周囲に流れていた風が消える。

 聖騎士長はすぐに椅子とテーブルを回収し、では、と見送りもせずに家に戻った。


「ご、ごはんっ!」

「おかえりでしょっ!」

「おかえり、父さん」


 咄嗟にご飯と叫んだテイワズをソーンが叩いて止める。

 おかえりと口々に言う子供たちに聖騎士長は笑顔でただいまと応じた。


「ソーン。よく覚えていたね。偉い偉い」

「う、うん……」

 

 ソーンの頭を撫でて、ラーグへと視線を向ける。


「それで、果物はどうする?朝食の後でお腹いっぱいな子もいるだろうし、お昼のデザートにしてもいいし、おやつを作ってもいい。それとも、今食べたい?」

「ぇ、おやつ……?」

「おやつが気になる?ぁ、むしろ、今から皆で作ろうか果物いっぱいのパンケーキ。それを昼食にしよう」

 

 子供たちの動きに合わせていれば丁度昼食の時間になりそうだ。

 皆よくわからないけど美味しい食べ物は大歓迎という様子で目を輝かせた。





 

 ダイニングテーブルは少し高いので、リビングのテーブルを囲わせる。


「じゃあ、まずはラーグとテイワズ。二人には少し大変だけどパンケーキの生地を混ぜてもらう」

 

 2つのボウルには既に材料が入っている。

 とにかく混ぜて欲しいと言えば、二人は素直に泡だて器を手にしてぐるぐると混ぜ始めた。雑に混ぜて周囲を汚さないかと心配したが、これも大事な食料と思えばこそか加減を探りながら丁寧にやってくれる。


「他の皆には俺が皮を剥いた後に果物を切ってもらう。ウインの口に入るくらいの小ささで頼むよ」

「おっきくても入るよっ!」


 あーっと口を開けたウインにそれじゃ食べにくいだろと笑う。

 手始めにリンゴを手に取りスルスルと回しながら皮を剥いていくと、子供たちの視線を手に感じる。

 物珍しいのか食欲旺盛なだけかと思っていると、うずうずとしていたエイルが動き出し、皮の端をぱくりと口に入れた。

 そのままもしゃもしゃと食べ進めてくる。

 そして他の子たちは、非難めいた悲鳴を上げて、食べたかったのにとエイルを止めようとした。

 聖騎士長がきょとんとフリーズしている間に、リンゴの皮は切れてエイルが食べている反対端にウインがかじりついて奪い取った。


「まだ食べてたのにっ!」

「あまぅい……」

「父さん!俺も食べたいっ!」

「お前ら……あぁ、分かった。食わせてやるから、包丁を扱っている時はあまり近くに寄らないように。危ないから。それだけは守ってくれるか?」

 

 返事はとても元気に返ってきた。

 果物を切らせる前にリンゴの皮を細切れにして皆に食べさせるという光景に、聖騎士長はなんとも不思議な……と思いながら、可食部をなるべく残して切っていく。


「こういう食べ物の皮は肥料に加工して畑で美味しい野菜や果物を作る材料にするからな。食べたい時は食べたいと言ってくれると助かる。俺が肥料に使いたい物もあるから」

「食べちゃダメだった?」


 皮を咥えたままエイルがびくりと震えた。


「お前たちがリンゴの皮を好きだとわかったから、今日は許す」


 内心、可食部以外は当面食卓に出さないようにしようと決める。

 皆が皮を食べ終える頃には果物を切り終えて、これは肥料用と廃棄部分が入った袋の口を締める。

 

「さて、じゃあ、皆で美味しい昼食を食べる為に頑張ろうか」


 ナイフの持ち方を教えて、怪我をするようなものではないが、ひやひやしながら様子を見守る。

 全ての果物が切り終わる頃には、皆一仕事終えた達成感の表情をしていた。


「よし。じゃあ、生地に混ぜていくけど、ラーグの方に入れるのはこれ」


 隠していた刻んだベーコンと野菜をラーグの手元のボウルに投入する。

 テイワズの方には皆に切ってもらった果物を半分。


「残りはトッピング用な」

「トッピングって?」

「パンケーキに混ぜないで後から乗せるんだ。味も食感も違うのを楽しんでもらう」

「楽しいんだっ!なら、トッピング用でいいよ!」


 つまみ食いしたそうな目でエイルが言うと、皆我慢の表情になる。


「さて、料理に夢中で全然遊んでいなかったところだし、焼いている間に皆で外遊びをしよう」


 庭には既に鉄板を用意していた。

 子供たちが近づきすぎないように周囲には柵も立てた。

 火を付けてバターを熱している間に、ルールを説明する。


「向こうの木の下に皆の名前を書いた札を置いてある。一斉にスタートして、早くその札を持ってこれた子からパンケーキを食べられる。勿論、ラーグが混ぜてくれたのとテイワズが混ぜてくれた2種類を全員分用意するから、食べ逃す心配はないよ」

 

 鉄板に生地を乗せていきながら、横一列に並ばせる。

 一斉に動き出すのは食事で覚えさせた。スタートの合図で一斉に走り出す。

 その姿を眺めて、走る姿勢や速さ、体力を観察する。

 途中で転ぶ姿も見られた。転ばずに走れているのはラーグとテイワズ、エオ。エオは走る速度より転ばないように意識をしているように見えた。

 運動能力の低下は課題だろうから、一日の半分は外で遊ばせたいなと思いながらパンケーキをひっくり返す。


「取って来たぁっ!」

「俺も、俺も取ってきたっ!」


 早かったのは案の定ラーグとテイワズ。

 後ろはどうなったかと思えば、ユウルが転んだ体勢で泣き出した。

 折り返したエオが駆け寄って、擦りむいたらしい膝を気遣う。


「ラーグ、ユウルを抱えてこれるか?」

「うんっ!」

「テイワズ。ユウルの札を持ってきてあげて。最後に1枚残ってる札。他の子が持ってきてたらいいんだけど」

「わかった」


 皆がユウルのところで足を止めている。

 ラーグが到着したことでまた皆は走り出し、テイワズはアンスが持ってきたらしいユウルの札を手に走ってくる。


「皆、お疲れ様」


 手を翳して転んで足を引きずる子供たちを癒す。


「痛くなくなったぁっ!」

「ユウルも大丈夫?」

「うん。痛くない……」

 

 ユウルはぐずぐずと泣いた名残が残っているが、痛みは引いたようで安堵する。

 全員の手を洗って、マットを敷いたうえに座って待機させる。

 パンケーキを冷ましながら皿に乗せていき、ラーグから順番にパンケーキを渡した。


「今日は勝った順って約束だから食べていいよ。ただし、食べる前に何て言うか覚えてる?」

「主に感謝を!頂きます!」

 

 パンケーキを両手でつかんでラーグは早速かじりつく。

 涎をたらしそうなテイワズにも皿を渡すと、頂きますと言いながらかじりついた。

 ぎりぎりアウトだが、ひとまず全員にパンケーキを渡していく。

 果物入りのパンケーキも焼いてクリームと残りの果物をトッピングして順番に渡す。ラーグはまた「主に感謝を」と言い出し、皆同じように続いた。

 言い忘れるより良い。


「皆で作ったパンケーキの味はどうだ?」

「美味しいっ!」

「色んな味がする」

「パンなのに甘くて美味しい」


 聖騎士長はわずかに余った生地を焼いて口に含み、頷いた。

 食べ終わるとラーグとテイワズはどっちが早いかもう一回やろうと言い出し、皆を巻き込んで走り出した。

 後片付けをしながら、転んで怪我をしたら治してと泣きついてくる子供たちに転び過ぎだと笑う。片付けを終えた聖騎士長も中々走り切れずに泣き出すユウルと寄り添うアンスを両腕に抱えて、ラーグとテイワズの勝負に混ざると、圧倒的な速さにずるいと叫ばれた。

 

 

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