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第3話 家族


 エルダーに遠征に出ていた聖騎士団第3部隊の帰還と共に、テイワズたちは首都ヴェルリウスにやってきた。


「ぶはっ……あははははっ!」


 馬車を降りるなり聞こえてきた笑い声に構わず、聖騎士長は子供たちを抱えて歩き出す。

 ユウルが首の後ろに座り、元気いっぱいでいつ走り出すともわからないウインとエイルを両腕に乗せて、他の子たちには手を繋がせた。


「って、無視をするんじゃないっ!」


 折角出迎えてやったというのにと文句と共に近づいてきたのは教皇シャンダ。

 第3部隊の兵たちは一瞬敬礼してすぐに自分たちの作業に戻っていく。


「暇なのか?」

「暇なものか。教会登録の準備をして待っていたというのに。屋敷への馬車も用意してあるぞ」


 さぁ礼を言え。

 副音声が見え透いたシャンダにため息と共に礼を言う。


「はい、上からご挨拶」

「ラーグ・ルーンです」

「テイワズ・ルーンですっ」

「エオ・ルーンです」

「ソーン・ルーンです」

「アンス・ルーンです」

「エイル・ルーンですっ!」

「ユウル・ルーン、です」

「ウイン・ルーンです」


 道中練習させた挨拶。第3部隊が練習台になっていたおかげで緊張なく言えるようになった。

 聖騎士長に絡もうとしていたシャンダは、感心した様子で子供たちと視線を合わせた。


「神聖教会本部で教皇として務めているシャンダだ。よろしくな」

「キョーコーってなに?」

「シャンダァーッ!」

「じぃじー!ごはーんっ!」

「ごはんくれる人なの?」


 賑やかな声を上げる子供たちに周囲の兵たちは笑いをこらえる。

 ウインのごはん発言をきっかけに子供たちはご飯を期待する眼差しをシャンダに向け始めた。 


「聖騎士長。どのような教育を?」

「教育はこれからだ。まだ親子じゃないからな」

「まったく……育て甲斐のありそうな子供たちだ」

 

 ご飯と大合唱する子供たちを連れて礼拝堂に入ると神官の服を纏った男が祭壇の上で待ち構えていた。


「遠征任務お疲れ様です、聖騎士長。本日の教会登録と講話は私サイードが担当します」

「枢機卿自ら手解き頂けるとは感謝する」

 

 聖騎士長は既にアレスとして教会登録を終えている。

 登録時に授けられた魔術具を取り出して子供たちの魔術具に当てていく。

 聖騎士長の魔術具から情報が読み取られて、子供たちが魔術具に登録する際に子と認識されるようになる仕組みだ。


「ラーグ・ルーンは7歳と推定します。よろしいですか?」

「あぁ」

 

 サイードの補佐官が体格や話し方を確認して年齢を推定していく。

 戸籍管理される際には登録順に弟妹として登録されていくので最初はラーグが登録を行う。

 その後は聖騎士長の見立て通りの年齢順で登録が進む。

 テイワズ、エオ、ソーン、アンスは5歳。エイル、ユウル、ウインは4歳と推定された。

 今日を誕生日として年齢から逆算された年の生まれという扱いになる。

 

「これで君たちは今日から聖騎士長の子だ」

「セーキシチョー?」

「あぁ、言いづらいだろうな。父さんとでも呼んでやれ」

「父さん!」

 

 聖騎士長はシャンダを睨んだが子供たちは父さんと言いながら寄ってくる。

 特段悪い気はしなかった。

 頭を撫でて長椅子に座らせ、サイードの講話を聴くように促す。


 




 サイードの話を終えて、馬車に乗り向かったのは新居。

 住宅街を超えて街の外壁にほど近いエリアは自然が多い。

 近くに川が流れていて、畑や花壇に出来る庭があり、10人くらいなら余裕で暮らせる2階建ての邸宅。


 リビングには、暖炉の周りに談話スペース。シャンダお勧めの絵本を数冊収めた本棚の前にはマットを敷いてぬいぐるみやクッションを配置した遊戯スペースがある。 

 ダイニングには、子供用の椅子を完備。子供たちが手伝いをしやすいように食器棚を配置し、水くらいはキッチンに入らずともいつでも飲めるようにサーバーを置いた。

 キッチンは調理器具一式に加えてオーブンなど厨房並みに設備を整えている。子供が手伝いをしたいと言い出した時の為に踏み台も完備しているが、勝手に出入りしてはいけないと注意する。

 

 浴室は皆一緒に入れるだけの広さの浴槽と洗い場があり、成長して個別に入りたくなることを考えて、物置部屋をシャワー室に改良させた。タオルや着替えを忘れた時の為にバスローブも配置済み。

 洗濯物などの洗い場は子供8人ということを考慮して複数台の洗浄魔術具を配置している。衣類の材質や個人で洗い分けたいときでも問題なく対処できる。乾燥室があるので、天気が悪くても対処可能。庭に干したいときの為にここにも踏み台を配置済み。

 トイレも複数個所に用意して、近い場所に駆け込めるようにした。ボタン一つで魔術具の自動洗浄が働く最新式だ。

 

「なんだか迷子になりそう……」


 ぽつりとつぶやいたアンスの言葉に、後で廊下に案内表示をしておこうと決める。


「声を出してくれたらいつでも駆けつけるよ。ここは俺の部屋だから、俺に用がある時は入ってくるといいよ」

「父さんの部屋ー?ここで寝るの?」

「皆の寝室は2階だよ。じゃあ、2階へ行こうか」


 階段を示すと子供たちは一斉に駆け上がっていく。


「部屋がたくさーんっ!」

「どこで寝るの?」

「まずは共用部屋を案内するよ」


 2階には左右向かい合わせに10の部屋がある。

 一番左端の部屋を空けると、そこにはずらりと子供服が並んでいた。


「こっちは男の子用。向かいは女の子用の衣装部屋だ」

「服がたくさんっ!」

「ここにあるの着ていいの?」

「そう。寝間着も普段着も着たい物を自由に選んでいい。気に入ったら部屋にクローゼットがあるから、そこに置いておいてもいい。取り合いになった時には、お互い違う服を着て俺のところに相談においで」


 色も形も色々なものを用意した。靴や帽子も揃えている。

 暫く自由にさせる中で好みの傾向も見えてくるだろうから、それを踏まえて追加で服を調達するつもりだ。


「皆の寝室には扉に名前が書いてあるから、自分の部屋を探してみて」


 移動中に自分の名前だけは最低限文字を覚えさせた。

 声を掛けると廊下に出てきて駆け出す。


「ここって俺だけの部屋っ!?」

「そうだよ」

 

 それぞれの部屋には、ベッドと勉強机、クローゼット、自由に使える棚が置いてある。

 全て同じシンプルなデザインのものだが、これから個人の個性に合わせて整えていくつもりだ。


「ベッドふかふかーっ!」

「寝たらご飯?」

「もう眠たいか?まだ元気なら家の外も案内するよ?」


 はしゃぐ子供たちに笑っていると、服の袖をユウルに掴まれた。

 

「ぁ、あのね。寝るの、1人なの?ユウル、皆と一緒がいい」


 ぎゅっと腕にしがみつく顔は泣きそうで、アンスが宥めるように駆け寄ってきて抱きしめる。


「一人で寝たい子は一人でもいいし、誰かと一緒に寝たい子はその子と一緒に寝ればいいんだよ。皆一緒がいい日はリビングに皆が寝られる場所を作ってあげる」

「皆一緒がいい……」

「えー、俺は一人で寝てみたいなぁ」

「俺も折角あのベッド独り占め出来るんだし、今日は一人で寝る」


 ユウルがしょんぼりする中、テイワズとラーグは一人部屋にテンションが上がっていた。


「ぁ、ねぇ!父さんは?父さんも一緒に寝る?」

「父さんも一緒なら俺父さんと寝る!」


 エイルが反対の腕に飛びついてくると、ウインも一緒になって腕に抱き着いた。


「んー、じゃあ、今日はリビングで一緒に寝ようかな」

「やったーっ!」

「私父さんの隣ー!」

「俺も隣ーっ!」

「ゆ、ユウル、アンスの隣がいい……」

「うん、一緒に寝ようね。ソーンも一緒に寝よ」

「別にいいけど……」

「えー、じゃあ、俺も今日は一緒に寝る!」

「なんだよそれ、今日だけな」

「皆一緒なら、僕も一緒に寝ようかな」

 

 話がまとまったところで外へと出る。

 教えておかなければならないのは、どこまで遊びに出ていいか。

 基本的に走り回っていいのは庭まで。川で遊びたいときは声を掛けること。食事の時間には家に帰ってくることを約束させた。

 もし誰かが約束を破ったら連帯責任でおかわりを1日禁止する。

 別に自分はおかわりしないという子もいるが、おかわりしたい子は目を光らせるだろう。


「ぁ、お魚っ!」

「川に飛び込んで獲らなくても、ちゃんと魚料理も用意するよ」

「ねぇ、父さん。ここ何もないけど、遊ぶって何すればいいの?」


 テイワズに手を引かれて、この子たちにはそういうことも教えないといけないのかと気づく。


「そうだな……明日から色々教えるから、その中で自分が好きだと思うことをしたらいいよ」

「俺、父さんみたいに魔物倒せるようになりたい!」

 

 そういうと、テイワズはかっこよかったと言いながら足を振り上げて、腕を振り下ろした。そしてそのままバランスを崩して転んだ。


「全然かっこよくないじゃん」

「俺は練習中!父さんはかっこよかったんだよっ!ねっ!」

「そういってもらえると嬉しいな。じゃあ、テイワズには戦い方も教えていこう」

「俺も!俺もやってみたい!」


 ウインが乗ってくると、エイルが「私もー」と寄ってくる。

 その時、ぐきゅぅ~と腹の音の大合唱が始まった。

 そして、お腹空いたと口々に主張始める。


「はいはい。今日のご飯は、俺たちが家族になった記念日だから期待してなさい」


 家の中に戻り、手を洗わせてからダイニングへ行くと、ずらりと並んだ料理の数々。

 優秀な部屋係たちが今日くらいは手伝いの手も必要だろうと対応してくれた食卓だ。子供たちの目も輝く。


「凄い!いつの間に!」

「美味しそう!食べていいっ!?」

「まだ駄目。はい、席に着いて」


 テーブルの両端に競うように座っていき、聖騎士長は上座に座る。

 皆、食べて良しの合図は待てるようになった。

 そわそわとした期待の眼差しを前にあまり待たせるのも悪いなと苦笑する。


「今日から俺たちは家族だ。困ったときは助け合い、楽しい時には笑い合い、共に過ごす時間を大事に過ごせたらと思う。では、胸に手を」

 

 食事を前に胸に手を当てるのは食前の儀式だ。

 皆が胸に手を当てたのを確認して頷く。


「主に感謝を。頂きます」


 略式だが、教会の食堂でもなければ一般家庭の子が正式な食前の儀式を経験することは滅多にない。

 この数日で声を揃えて言えるようになった子供たちに満足して、食事を食べ始める。


「ラーグ、テイワズ。よく噛んで食べるように。今日は十分な量を用意しているんだから、焦って食べる必要はない」

「ふぁい!」

「んんっ」


 頬をめいっぱい膨らませた2人をエイルは面白がって笑う。


「それから腹いっぱい食べるとデザートのアップルパイが入らなくなるぞ」

「なにそれ、美味しいの!?」

「甘い?」

「甘いし美味しいよ」

「パイってことは、ミートパイ一個分くらい我慢すればいい?」

「ならまだ全然食べれるしっ!」

「ぁ、俺もっ!」


 競うように食べる子もいれば、自分の分を守るように黙々と食べる子もいる。

 ユウルやアンスは遠慮がちで圧倒的に食事の量が少ないので気に掛ける必要がある。

 これからこの子たちを育てていくんだと思うと、食事の光景も見え方が変わる。


「お前たち、好きなものや苦手なものがあったら食事に夢中になってばかりいないで言えよ。言えば考慮してやるからな」

「肉っ!俺、ミートパイ好きっ!」


 多分兄弟一食い意地のあるテイワズが真っ先に主張した。

 この前のパイ美味しかったと幸せそうな表情が嬉しくなる。


「テイワズはミートパイな。これからは色々作ってやるから、楽しみにしておけ」

「わーい!」


 テーブルの上がある程度片付いたところでアップルパイを出して切り分ける。

 残った分は明日の朝に回すからと子どもたちを宥めてバニラアイスも添えてやると、なにこれと瞳が輝く。


「食べ終わったら皆で風呂に入ろうな」

「フロってなぁに?」

 

 さっき案内したのにもう覚えていないらしいテイワズに、1日の汚れと疲れを落とすところだと説明してふと気づく。

 髪の洗い方なども教えるつもりだった。だが、自分の髪が長くなってからは入浴中の洗髪は部屋係任せ。遠征中は魔術で丸洗いして適当に済ませていたが、教えようと思えばこのままではいけない。明らかに自分の手で洗える毛量ではない。


「父さん。皆食べたよ」


 ソーンに教えてもらって聖騎士長は笑顔を作った。


「じゃあ、皆、2階の衣装部屋から寝間着を選んでおいで。下着も忘れず持ってくるように」


 階段の下で待ち合わせようなと言って子供たちを送り出すと、部屋係にテーブルの片づけを任せつつ、1人には部屋に着いてきてもらう。


「どうなさったのですか、聖騎士長様」

「髪をほどいてもらえるか?」

「あぁ……かしこまりました」

 

 恭しく請け負うと、部屋係は編み込んだ髪を丁寧に解いていく。

 その間にダイニングの片づけを終えた部屋係がクローゼットから着替えを取り出した。


「父さーん!まだぁーっ!?」


 部屋の外から聞こえてくるウインの声。

 丁度髪をほどき終わったと言われて、聖騎士長は髪束を適当な位置で束ねると、部屋係が戸惑う声に耳を傾けることなく肩の後ろで切り落とした。


「髪は置いておいてくれ.後で浄化して糸にする」

「……シャ、シャンダ様に、ご報告を……」

「好きにしろ。お前たちは適当に戻ってくれ。明日からはこちらでなんとかするから呼ぶまで来なくていいぞ」


 着替えを受け取って部屋を出ると、案の定子供たちが髪が無くなったと騒ぎだした。

 その声を宥めながら大浴場に移動し、お風呂の入り方教育に取り掛かった。


 想定外に子供たちがはしゃぎまわり、魔術も活用して怪我をしないように遊んでやった結果、日ごろの仕事以上に疲れ果てたのは言うまでもない。


 

 

家族としての生活の始まり。

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