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第1話 出会い


 気づけば、雨風が強く吹きつけて家を揺らしていた。

 空腹にうんざりしながら寒さに耐えるべく年少の子供たちを布団で包んで寝ていたラーグは泣き声に目を覚ました。

 隣の部屋で寝ていたはずのソーンが泣きながらユウルを引きずっていた。そんな姿が開けっ放しのドアから見えてぎょっとする。


「そ、ソーンッ!」

「ユゥが死んじゃうぅ」

 

 ユウルはぐったりとしてた。

 引きずられたことも原因かもしれないが、そもそも衰弱してしまっているのだと思い出してラーグは肩を落とす。

 ふと、ぽたりと頭に冷たい物が当たるのを感じて顔を上げると、雨漏りしていた。

 周囲を見れば布団は濡れていて一緒に寝ていたアンスが寒さに震えながら小柄なウインの体を温めようと抱きしめていた。


「アンスっ!悪い、寒かったな」

「ぅっ、うぅっ……」

「動けるか?ここにいたら駄目だ。別の部屋に行こう」


 ラーグはアンスの腕の中からウインを取り上げて体を支えた。

 先ほどまでドアの外にいたソーンは泣きながら先にどこか行ってしまった。

 泣き声を頼りに歩くと、ソーンはエントランスで座り込んでいたテイワズの傍にいた。

 テイワズは孤児院長が帰ってきたらすぐにでも食事を強請るつもりで待ち構えていたのだろう。


「テイワズ。雨漏りしてきた。ここに皆を集めるから、見ててくれ」

「ぁ……うん」


 腹が空いて気力がないのは明らかだった。

 ラーグは最年長の自分がしっかりしないとと気合を入れて奥の子供部屋へ戻る。

 ふと、ソーンと一緒の部屋にいたはずのエオはどうしているのか気になって部屋に寄ると、布団を腕に抱えていた。


「エオ、先にウインとエイルを運ぶのを手伝ってくれ。雨漏りしたんだ」

「んっ……」

 

 エオは大人しい子だった。

 体調が心配になったが、動けるならまだ大丈夫な方だと判断する。

 雨漏りの雫で起きたエイルが泣き出して、エオに手を引くよう任せる。

 起きて動けるエイルより、動けないウインを抱える必要があると気合を入れて抱き上げて運ぶ。

 皆が揃うと、今度はエオが持ち出そうとしていた布団を運び出して皆の体を包む。


「ラーグゥ……ご飯……」

 

 テイワズまで泣き出しそうになってラーグはため息と共に床に寝転がった。


「俺だって、腹減ったよ……」


 不意に雷が光って轟音が鳴り響いた。

 起きていた子供たちが一斉に悲鳴を上げて泣き叫ぶ。

 その声にも起きないユウルやウインはもうだめかもしれない。

 そう思うと、ラーグも泣きたくなってきた。


 こんなことなら、飯と寝床を与えてくれるという甘い誘いに乗らずに路地裏にいればよかったと思った。

 最初は良かった。だが、子供たちが増えていくにつれて、食べられる食事は減り、部屋は掃除がおざなりになった。そして、死んでいく子を見る機会も増えた。

 

 泣き声以上に大きな衝撃音が続いて、ぶわっと温い風と共に雨と木片やガラス片が吹き付けてきた。

 何が起こったのかわからずに痛みに悲鳴を上げる子供たち。


 一番に顔を上げたのはテイワズだった。

 玄関の扉諸共壁が壊れていた。そして、鼻につく、獣の匂い。

 路地にいた鼠や猫のような匂いとは違う、もっと異様で、吐き気がするほど強烈な匂い。

 エオがえずいて喘ぎ、ラーグが布団の端で鼻を覆いながら、その背をさする。

 

 月光を背にした誰の体よりも大きな獣を前に、テイワズは咄嗟に腕を広げた。


「く、くるなぁっ!」


 言葉が通じる相手じゃない。

 けど、それが理解できるほど大人でもなければ、そんな状況でもなかった。

 黒くて大きな獣が、ぐわっと口を開けた瞬間、テイワズは喰われると恐怖した。


 この時の一瞬の出来事は、幼い頃の事なのに、ずっと彼の脳裏に焼き付いて離れない記憶となる。


 強烈な稲光と共にその人は現れて、魔物を蹴り飛ばし、切り裂いた。

 長い金色の髪が稲光と共に輝いて、あまりにも眩しくて仕方がなかったが、目をそらすことは出来なかった。


「生きてる?」


 振り返った姿に見惚れた。

 その頃は知らなかった『綺麗』という感覚に強烈に襲われた瞬間だった。






「俺は神聖教会聖騎士団の聖騎士長。お前たちの名前は?」


 子供たちは掛けられる言葉より目の前のスープに夢中だった。

 スプーンの使い方など知らずスープ皿に直接口を付けてごくごくと飲み、皿を舐める。


「おかわり……は、まだ控えた方がいいか。こら、テーブルまで舐めるな!床も駄目だ、汚いっ!」

 

 お腹空いたと腹と声で大合唱する子供たちを魔術でテーブルから引き剥がして水で丸洗いする。


「いい子に寝ていられたらまた作ってやる!飯が欲しかったら寝て待て!」

 

 子どもたちが抱えていた布団と孤児院長室の布団もまとめて丸洗いして、子供たちを全員広い寝台に横にさせた。

 埃っぽかった布団が洗われてふかふかになると、子供たちは凄いとはしゃいであっという間に寝息を立て始めた。


「とりあえず、防壁を作って……」


 ―― 聖騎士長。ゼクタ―です。今ウェスタン地方に入りました。嵐が酷く、エルダー到着は明後日朝になる見込みです。


 通信魔石から聞こえてきた声に聖騎士長はふっと一息つく。

 魔術具を活用している分、数十年前よりは早く移動出来るようになった。だが、部隊ひとつ動かそうと思えば単身上空移動出来るだけの魔力を備えた自分のようにはいかない。


「ゼクタ―。エルダーの街の外に建物を見つけた。子供が8人取り残されて、魔物の襲撃を受けていた。足止めを受けている間、この施設の詳細を調査してくれ。それから、備蓄食料が僅かなので食料確保が容易な内に確保を頼む」

 

 結界を形成しながら建物内の構造を確認し、リビングに置いていたマントを手に取ると団服の上に羽織る。

 

 ―― 聖騎士長。ゼクタ―です。調査も食料調達も命令とあらば請け負いますが、子供たちはエルダー支部にて保護してもらえばよいのではありませんか。


 やや時間を置いての返事に状況判断に悩んだなとゼクターの険しい表情を想像した。


「ゼクター。何のために子供がこんな場所に留め置かれているのか不審には思わないか?飢えて生活環境も劣悪。エルダーの事情がわからないのに世話を任せる気にはならない」


 エルダーはセレスティア皇国の元々の領地ではない。

 魔物の支配領地拡大に怯えて庇護下に入りたいと民が願い属領となった一地域に過ぎない。

 行き届かない統治に苦言が必要かと皇室の顔ぶれを思い返そうと思って止めた。


 ―― 聖騎士長。ゼクタ―です。わかりました。調査と食料調達を手配します。


 真面目な青年、いや、もはや中年と呼ぶべきか。

 長く生きていると年齢の感覚がおかしくなるなと思いながらエントランスに出ると、壊された玄関と窓は取り急ぎ土属性の魔術で塞いでしまったことに気づく。仕方がなく引き返し、廊下の窓から外に出た。


「とりあえず、到着までの食料を調達しないとな」


 白く輝く神聖剣と黒く輝く黒呪剣を両手に構えて視界に入る魔物を切り裂いていく。

 一掃するのは簡単だが、悪環境の中こそ部隊の強化訓練には丁度いい。折角向かってきている第3部隊の出番を奪わない程度に、周辺だけ掃討して聖属性の魔術で自然を癒すと薬草や山菜を摘み取って孤児院へと戻る。


「いきなり食べさせるのは良くないと思ったけれど、癒してしまったから元気なんだよな……」


 さほど広くないキッチンで山菜の下処理をしながら調味料を確認する。

 子供たちを8人も抱えながら栄養など考えていないような台所事情に呆れながら、肉もいくらか食べさせたいなと唸る。

 残念ながら魔物に汚染された自然は癒せても、汚染されたものを食べている動物は浄化が難しく調理しても毒にしかならない。


「まぁ、仕方がないか」


 聖騎士長は袖をまくると包丁を構えた。

 





 お腹空いたの大合唱をする子供たちに料理に蓋をすることで「待て」を覚えさせる。

 座るように指示すると、じっと鍋を見つめながら全員一応椅子に座ってくれた。


「全員自分の名前を言えたら食わせてやる」


 すると、一斉に自分の名前を叫び始めて、聞き取るのも難しい状況に陥った。

 順番にと言ってもお腹空いたの大合唱が始まって言うことを聞かない。


「順番に!自分の名前を教えてくれたら、肉を食わせてやる」


 肉と聞いて、たらりと涎がテーブルを汚した。

 単純なのに単純じゃない子供たちに何とか名前を教えてもらい肉入りの山菜スープの蓋を開けた。

 一斉にスープに顔を突っ込んだ子供たちを見て、これは教育が大変そうだとため息が出た。

 具材も直接口に入れるか、温くしてあるとはいえスープに手を入れて口に運んでいる。


「なぁなぁ、また寝たらご飯くれる?」

「テイワズ。スプーンって知ってるか?」

「なにそれっ!」


 元気いっぱいに答える無邪気さに頭を抱える。


「スプーンを使ってスープを食べられるようになったら、スープ以外の飯も食わせてやろうかな」

「肉ーっ!」

「パーンッ!」

「甘いのがいい!」

「わたしも、あまいのっ!」


 食事に関しては一生懸命すぎる子供たちの教育は食事で釣ろうと決める。

 スープで顔も手も汚した皆を丸洗いした後は、順番に伸ばしっぱなしの髪を整えることにした。

 一番大人しく髪を整えさせた子のリクエストを聞くというご褒美は効果的だった。


「ユウルが一番大人しかったな」

「ぁ、あまいの……がいい」

「はいはい。スープをスプーンで食べられたら、デザートに果物を付けよう」

「スプーンってなにー?」

「エイル、良い質問だな。スプーンは料理を美味しく食べるための道具だよ」

「美味しくなるのっ!?」


 スプーンでスープを食べる練習と称して水を与えると見事にテーブルも床も水浸しになった。

 誰が一番早く上手に使えるようになるかなとご褒美をちらつかせながら、薬草を浸した水に替えて栄養を補給させる。

 

「ラーグ。お前たちの着替えは無いのか?」

「着替え?服はこれだけだよ。まだ着れるから大丈夫」

 

 にかっと笑うラーグの服は袖や裾がやや短い。

 痩せているから着れているのだろうが、背丈には全く合っていなかった。






 子供たちが寝ている間に食料調達と調理、建物の補修を進める。

 朝も晩も関係なくとりあえず、食べて教育して寝かせることを繰り返している。


「ねぇー、じじぃは帰ってこないのか?」

「じじぃって?」

「孤児院長っ!」

「私たちをここに連れてきたおじさん!」

「ご飯くれるって言ったのにね、全然くれなかったんだよ」


 子供たちはすっかりご飯に夢中だ。

 皆で一緒に寝台に寝るのも楽しいようで毎回どう横になるか考えては力尽きたように眠りに就く。


 ―― 聖騎士長。ゼクタ―です。第3部隊到着しました。今建物の前にいます。


 子供たちの寝顔を眺めていると通信魔石から声が聞こえてきてリビングに戻る。

 マントを羽織って窓から出ると、街の外壁沿いに野営地が組まれている様子が見えた。

 

 塞いでいる玄関の方へ行くとゼクターが副隊長のシグと共に立っていた。


「お疲れ様。なにかわかった?」

「聖騎士長、お疲れ様です。この建物は個人所有のようでエルダー支部では一切関与していないとのことです。門扉を閉めた以上、魔物討伐まで迎え入れることは出来ないと返答を受けています」

「お前は愚かなの。個人が何のために門扉の外にこんな建物を建てたって?エルダー支部が把握していないということは、教会の登録を受けていない子供たちということか?」


 冷めた目を向けられて、ゼクターの眉間にしわが寄る。

 隣にいたシグがすかさず挙手した。


「隊長は調査部隊を持っていないのです。ご容赦を」

「伝手くらい作っておけと何度言えば動くんだ」

「今は調査部隊が出払っているので、隊長から頼んだところですぐに答えは届きません。リビアニールの一件は聖騎士長の耳にも入っているのではありませんか」


 現状がどうではなく、聖騎士団の今後の為にも隊長として情報戦への向き合い方を改めて欲しいのだが、ゼクターには難しいと改めて理解する。

 次からシグを鍛えようと決めて、差し出された調達した食料一覧を受け取る。

 ざっと流し見して懐の硬貨入れから小金貨を取り出す。


「まさか、聖騎士長の自費ですか?」

「余った分は部隊で使え。食料を先に受け取る。子供たちの食事を作ったら合流するから先に討伐を始めて……っ!?」


 指示をしながら、ふと気配を感じて振り返ると、頬を窓にべたりとくっつけてじっとみつめてくる子供たちの姿が見えて驚く。

 ゼクターとシグも思わず身を引いて驚いた。

 窓枠のノブには手が届かない子供たちは外には出られない。とはいえ、揃って窓に顔を付けてじっと見つめられると怖い。


「なにをしているんだお前たち」


 少しだけ下がらせて窓を開けてやると、狭い窓枠に寄っていたテイワズとソーンが団服を掴み、アンスも手を伸ばしてマントを掴んだ。


「ご飯……」

「もう腹を空かせたのか?」

「ごーはーんっ!」

「ごはんたべるーっ!」


 お腹空いたではないご飯の大合唱。

 聖騎士団の兵たちも何事かとざわめいている。


「……聖騎士長がいなくなるのが嫌なのでは?」


 ゼクターの言葉に聖騎士長は、はっとする。

 シグが小さく笑って「すぐに食料を用意します」とだけ告げて下がっていった。

 

「ゼクター。近隣の魔物は減らしてある」

「はい。魔族もいないので、近隣の討伐は問題ないかと」

「報告は通信魔石に」

「かしこまりました」


 聖騎士長は子供たちに向き直ると、テイワズとソーンの頭をポンポンと撫でた。


「ごはんを作るための材料を頼んでいたんだよ。スープをスプーンで食べられるようになったら、甘いものを食べさせてやる約束だっただろう?起こしに行くまでベッドでいい子に寝ていなさい」


 甘い物と聞いて、子供たちは早く寝ようと走っていった。

 特別な教育を受けていたわけでもない無邪気な子供たちの姿を見送り、運び込まれてくる食料を受け取る。


「多くないか?」

「あの声を聞いたら、我々も少しばかり支援をしたくなりました」

 

 渋い顔をしている癖に子供好きかと、聖騎士長はゼクターの頭を撫でまわした。



 

聖騎士長と孤児たちの出会い。

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