転生悪役令嬢は転生ヒロインちゃんに感謝している
とある作品の悪役令嬢に転生した。
そんでもってどうやらヒロインも転生者だったらしい。
そして私の婚約者は王子様で、作中では王子とヒロインは最終的に結ばれハッピーエンド。
悪役令嬢は追放されて物語の最後にはいなくなりましたとさ。
というのを知っていると、大抵はやってられっか、ってなると思うの。
王子の婚約者という事はいずれは王妃になるわけで。
そのための教育もされて、それはもう大変な日々を幼い頃から送っていた。
だというのに、悪役令嬢視点ポッと出の女に婚約者を奪われるし、そんな泥棒猫を追い払おうとしたあれこれを糾弾されて婚約破棄からの追放、というのを知っていたら、誰だってやってられっか、って言うと思う。
けれども、ヒロインも転生者なら。
あ、私このままで大丈夫ね。念のため王子とはちゃんとお話ししておきましょう。
なんて。
どっしり構えて日々を過ごしていたのである。
ヒロインちゃんは自分がヒロインに転生した、というのを早々に把握していたから、こっちを敵視するような目を向けていたことだってあったけど。
それでも私は気にしなかった。
彼女が私に嫌がらせをされた、なんて冤罪ふっかけてくるようならこっちも出るとこ出るけど、警戒しつつも王子との距離を縮めていただけなので。
あぁ、それじゃ何も問題はないわ、と私は一切なんにもしなかった。
二人の仲がどんどん深まっていくのを周囲だって知っていたし、いいんですか? と心配そうに聞いてくる者たちだっていたけれど。
なぁんにも問題ないのよ。
むしろあの二人にはくっついてもらわないと困るわ。
そんな直球に言わなかったけど、それでも私がその事を認めているかのような態度でいれば、周囲も釈然としないようではあったけどそれ以上あれこれ言うような事はしなかった。
貴族たちが通う学園。
そこを卒業する事で私たちは成人したとみなされる。
つまり卒業できなかったら成人とは認められないのだ。一部例外を除いて。
病気がちで中々学園に出席できなくても試験を受けて合格できれば一応卒業した扱いになる者もいる。他にもお家事情に巻き込まれて出席できなかった、とかそういう相手も例外の中には含まれているが、ちゃんと学んでいる事がわかれば問題なく卒業はできるのだ。
卒業できないのは成績が悪すぎて救済措置の試験ですらマトモな成績を出せない者くらい。
この試験の中には一般常識といったものも含まれるので、ただ勉強だけができれば必ずしも合格できるというわけではない。
まぁ、常識として知ってはいるけど知ったこっちゃねぇ、みたいなタイプに関しては……特に問題を起こしたりしないうちは放置というか様子見って感じかしら。
ともあれ、私は悪役令嬢みたいにヒロインちゃんに嫌がらせをした事なんてなかったし、彼女もそこまで馬鹿じゃなかったみたいで自作自演でハメようとした事もなかったしで、卒業式の日に婚約破棄と断罪イベント、なんてものはなかった。当然ね。
婚約はそのままだから、当然私と王子は結婚する事になる。
王子と結ばれたと思っていたヒロインは、側妃になる事となった。
ま、身分的にうちは侯爵家。ヒロインは男爵家だもの。家柄的にも後ろ盾的な意味でも、彼女が王妃になるためにはせめてもっと早い段階でどこかの家の養子になって身分ロンダリングするしかなかったのだけれど……流石にそこまでは思いつかなかったのか、そもそもそういった伝手を得る事すらできなかったのか、はたまた王子にそんな話を持ち掛けたりもしていなかったのか……卒業した時点でもヒロインは男爵令嬢のままだったので。
王妃になるための最低条件として、出自は最低でも伯爵家から、とされている。
まぁそこら辺細かい事は置いておくとして、身分的に男爵令嬢のままだったヒロインはそれ故に王妃にはなれない。
そこら辺説明されてどうして王子と相思相愛の自分が王妃になれないのか、とむくれていたらしいけれど、しかしその後の王子の話を聞いてヒロインは手のひらを返したように受け入れたのだ。
王妃になると仕事も大量ですものね。
王妃になったら贅沢して自由気ままに暮らせるわけじゃない、と知って、折角学園を卒業して勉学とはオサラバかと思ったのに王妃になったら社畜並みに働かなきゃいけなくなる、なんて思えば、ヒロインはそれじゃ側妃の方が気楽な立場なのね、とあっさりと納得してしまったのだ。
王子と仲睦まじく生活して、今までの家と比べて大分贅沢もできるようになったし、それでいて面倒な仕事はしなくていい。
彼女からすれば願ってもない生活だったんじゃないかしら。
側妃になった事で自由に街中を出歩いたりできなくなったけど、それでも城の中にある庭は広いから、そういった場所で王子……いえ、即位したので陛下というべきかしら。
ともあれ二人でデートっぽい事はできていた。
食べ物も彼女が望んだものはほとんど提供できていたし、パーティーなど、公式の場では私が出るけどそれ以外は彼女が。
だからまぁ、綺麗なドレスや宝石を身にまとった自分というのを見せびらかす場も存在していた。
王妃になれなくても、充分彼女からすれば満足いく生活だったと思うの。
「だからね、今更こんなはずじゃなかった、って言われても……」
「どうしてよ、もしかして気付いていたの!?」
「気付くもなにも……学園で学んでいたら薄々わかった事だと思うのだけど」
「知らなかったわよ、だって今までそんな機会なかったもの。ねぇ、今からどうにかならないの!?」
「どうにかって……堕ろしたい、って事? 無理よもう、そろそろ生まれるんでしょ? その状態で無理矢理、ってなったらそれこそ貴女だって無事じゃすまないわ」
「いや、いやぁ、産みたくないぃ……!」
「えぇ? ずっとそのままお腹の中に赤ちゃんいれっぱなしにするの? それもそれで怖くないかしら?
破水も陣痛がきても無視して産まないってなると、もっと大変な事になりそうなんだけど」
「それもいやぁぁぁぁぁ……!」
か細い声であれもいやこれもいやと嘆くのは、勿論ヒロインだ。
側妃になって陛下と仲睦まじい生活をして、そうしてまぁ、お互いに問題がない状態でやる事やってたらそりゃまぁ妊娠するわけで。
最初ヒロインは妊娠したというのが発覚した時、なんだかすごく勝ち誇った目でこっちを見てきたけれど。
でも、別に私なぁんにも困らなかったのよね。
王子の寵愛をうけているのは自分、みたいに思ってたのかもしれないけれど。
そもそも私は最初から子を産むつもりがなかったから。
前世の死因はまさしくそれだったから。
前世で結婚して子供ができて、産む時の病院はちゃんと選んで、万全だったの。でも母体がね、貧弱だったせいで万が一の状況を覚悟しておいてくださいとまで言われてたの。
もしどちらかしか助けられなかったら、っていう医師の言葉に前世の私は迷わず子供を優先してって答えたけれど。夫はどうだったのかしらね。まぁ結局優先も何も、って感じで私の人生はそこで終了しちゃったみたい。
入院中に暇つぶしに読んでた作品とほぼ同じ世界に転生するなんて思ってもみなかった。
転生したばかりの頃はまだ、疑心暗鬼だったのよ。だからこっそりヒロインになるはずの子の様子を見に行ったのだけど。同じ転生者だったけど、彼女は王子との結婚を目指すみたいだったから、原作通りに事を進めようとしているんだな、って思った私は。
躊躇う事なく彼女を犠牲にする事に決めたのだ。
前世、そもそも結婚する前私はそりゃもうバリバリ働いていた。仕事が楽しくて楽しくて仕方なかった。昔からの夢だった職種に就けて結果も出して、ってなってたからそりゃ楽しかった。
でも、それを捨てても一緒にいたい! って思えた人と結婚して……ちょっとその頃に健康面で色々な問題が出てしまって。
死ぬ間際、これでも後悔したのよ。
転生したって気付いた時に、だからこそ今回の人生はもっと後悔しないように、って決めたの。
王子との婚約は政略だから、別に愛なんてない。お互い悪く思っているわけじゃないけど、なんていうのかしらね……愛する人というよりは、どこまでいってもビジネスパートナー。
前世の事もあるから、愛してるわけじゃない人の子を産むっていうのちょっと抵抗あったし。
だからヒロインが来てくれて、助かった! って思ったの。
それに、設備が整っていた前世の病院と違ってこっちの世界の医療技術はまだ不十分だって思えるものだったから。余計に子供を産むなんて、私は考えられなかった。
今回も子供を産む時に死んだらどうしよう、って不安があったから。
でもそこに現れてくれたヒロイン。王子と恋に落ちて、いずれは彼との結婚を望んだ彼女。
そんな都合のいい存在を、私が逃がすわけないじゃない。
原作と違って嫌がらせをする事のない私を警戒していたみたいだけど。
私が王妃、彼女が側妃、という立場だけ見れば彼女からすれば冗談じゃない、と思う部分も確かにあったみたいだけど。
でも、仕事は全面的に私がやって、それ以外は彼女が、という役割分担をするのだと愛する彼からの説明で、一応彼女も損得勘定ができたみたい。
だってもし彼女が強引に王妃を望んだとして。
その場合、まず家柄をどうにかしないといけないし、それを引き受けてくれる家があるかが問題だ。
仮にそこをクリアしても、王妃という立場になるのであれば最低限それに見合う所作を身につけなければならない。他国の王族たちと関わる機会だってあるのだから、みっともない真似はできないし、であるならば他国の言語だってある程度堪能でなければならない。
更に王妃としての仕事もある。
それらをぜーんぶ側妃に押し付けよう、なんて考えても、元は身分の低い娘に、側妃となるにしても高位貴族だった相手が唯々諾々と従うわけもなく。
ヒロインの人柄、人徳、人望、そういったものが素晴らしくて、身分なんて関係ない。私はこの人のために尽くしたいの、と思える程であるならともかく、別にそうでもなかったし。
恐らくは、どこにでもいる普通の貴族令嬢、よりはまぁ、愛嬌とかあったかな……? くらいの娘に、私のような高位の身分である令嬢が彼女を王妃にして自分が側妃に……なんて率先して言うはずがない。
あったら大体何か企んでると思っていいくらいだ。
要するに、とっても面倒な事がたくさんあって、苦労だってするのだ。
メリットとデメリットを滾々と愛する彼から語られて、側妃の方が楽ができると判断したヒロインは王妃になりたいなんて言わず、あっさりと側妃でいいと頷いたのだ。
私と王子の関係性が淡々としていたのも頷いた理由の一つだろう。
もし私が王子の事を恋愛的な意味で好き、とかであったならヒロインだって本気で私を陥れようとしたかもしれない。でも、そんな事がなかったから、殿下が陛下と呼ばれるようになって、私と結婚した後でヒロインとも結婚して。
陛下は自分の仕事もあるから確かに以前程気軽に会えなくなったかもしれない。
でも、一日の執務が終わればその後は二人で一緒にイチャイチャできたわけで。
休日だってそうだ。私と陛下は最低限仕事で二人そろっていなければならない時だけはいるけれど、そうじゃなければ陛下は側妃を優先していた。
それに対して私に対して何やら嫌味なのか皮肉なのかわからない事を言ってきた人たちもいるけれど、そもそもこの関係は私が言い出して、陛下と側妃はそれに乗っかったのだから、当人たち納得済みでの関係なわけで。
……まぁ、前世の感覚もないこの世界の人たちから見れば、奇妙な三角関係に見えたのかもしれないけれど、そんなことはどうでもいいの。
陛下が側妃を寵愛して、そうして彼女が身籠って。
無事に子が産まれるように、と陛下と私が彼女を危険から遠ざけるように守って。
そうしてもうそろそろ生まれるんじゃないかなぁ、という頃になって。
彼女は怖気づいたのである。
前世だと無痛分娩だとか、そういったなるべく出産に負担がないように、なんていうものもあまり馴染みがない人だって耳にした事くらいはあったと思う。
でも、必ずしも予定通りに生まれてくれるか、となるとそうでもない。
予定していた日より早かったり遅かったり、なんて事だって有り得る話だし、予定日どころか今すぐ処置しないと母子両方の命が危ない、なんてことだってある。
普通に出産するつもりが、急遽帝王切開なんて事になる人だっているのだ。
ヒロインは出産を甘く見ていた。
子が胎の中で育っていた時は、悪阻もそこまで酷くなかったみたいだし、余裕だと思っていたのだろう。
けれども、いざ産む日が近づいてきて。
前世と異なり無痛分娩なんて言葉がそもそもここには存在していないと知って、それどころか前世よりも明らかに命がけである、と聞いて。
そこで今更のように産みたくないだなんて泣き言をかましているのだ。
学園でも一応出産に関してとか、そういうの、習ってるはずなんだけども。
出産はまさしく命がけだし、産んだとしても死産だって有り得るし、産後の肥立ちが悪くて亡くなる、なんてこともあるからこそ、妊娠した場合跡取りどころか妻を亡くす事にだってなりえるのだから、妊娠している間は決して無理をさせないように、って。
政略結婚で愛がなかろうとも、命がけで子を産んでくれる相手に対してのケアはしっかりするように、とか。
実際ヒロインが妊娠した時、周囲はいっそう甲斐甲斐しく彼女の世話をしていた。だがそれは、来たる日に備えるためのものなのだ。母体がストレスを抱えて出産に影響しないように。
そうしてすくすく育っていったであろう子が、恐らくはあと数日中には生まれるだろう、と言われているのに。
前世でも出産なんて大変な思いをしたのに、転生した今回も、とは私は思えなかった。
この人との子供が欲しい、と思える相手に出会えなかっただけの話だ。
もしヒロインがいなかったなら、王妃としての務めとして産んだとは思うけれど、少なくとも今の私は自分の子が欲しいとは思っていないので。
「あっ」
「どうしたの?」
「破水、したかも」
ベッドの上でめそめそしていたヒロインがそんなことを言うものだから。
私は急遽控えていたメイドたちに声をかけ、大急ぎで出産のための準備に取り掛かってもらう。
本来予定されていた生まれるだろうと思われる日より十日ほど早いけれど、まぁそれくらいなら未熟児、とまではいかないはず。
「大丈夫よ、きっと元気な赤ちゃんが生まれるわ。
だから頑張ってね」
私がここにいてもできる事は何もない。
だから、せめて応援だけはと声をかけて部屋を出る。
子が無事に生まれたとしても、基本育てるのはそういった役目を持つもので母親が育てるとかではない。高位貴族や王族は特にそう。
だからヒロインが育児ノイローゼに陥る事もない。
「もし、これから生まれる子が男の子なら跡取りとして問題はないけれど、女の子だったら……陛下はまた子を望むでしょうね。彼女がまた産みたいと思っても、思わなくても」
大変な思いをして産んで、もう二度とやりたくない、なんて思ってもいざ生まれた後になって、やっぱりもう一人欲しいと思う女性も前世ではそれなりにいた。彼女もそうなってくれる事を祈ろう。
でも、と思う。
もし、折角赤子が産まれても彼女が死んでしまったのならば。
「その時は、私が愛情と責任をもって育てましょうね」
きっと周囲は男児を望むだろうけれど、私にとっては男の子でも女の子でもどっちでもいい。
とりあえずは。
産まれそうだ、という報せを聞いて居ても立っても居られなくなった陛下のかわりに、できる範囲で仕事を片付けておきましょう。
「ふふ、楽しみね」
次回短編予告
乙女ゲームとほぼ同じ世界に転生したヒロインのライバルポジの人目線での、転生ヒロインちゃんに関する話~呪いを添えて~
文字数は今回の話より多め。