第九話
森の奥から聞こえる不気味な笑い声が次第に近づいてきた。黒いローブを纏った闇の詩人がゆっくりと姿を現す。その目は冷たい光を放ち、口元には余裕の笑みが浮かんでいる。
「お前たちが、私の罠を打ち破るとはな。実に興味深い。」
恭一は詩集を握りしめ、冷静を装いながら言った。「罠で遊ぶのは終わりにしよう。今度は直接対決だ。」
「直接対決?」闇の詩人は肩を震わせて笑い声を上げた。「お前ごときの詩で、私に勝てると思っているのか?」
「勝つさ。」恭一は毅然とした態度で答えた。「俺の詩は、人を救うためのものだ。お前みたいに、ただ力を振りかざすために使うものじゃない。」
「ならば、その愚かな信念ごと叩き潰してやろう。」
闇の詩人は詩を紡ぎ始めた。声に力がこもり、まるで空気そのものが重くなったかのような圧迫感が二人を襲う。
闇の詩
闇の詩人の声が響き渡る。
「闇よ、膨れ上がれ。
光を飲み込み、命を沈めろ。
恐れよ、根を張れ。
それこそが真実なり。」
彼が詩を詠むたびに、周囲の木々は枯れ果て、地面から黒い蔦が生え出して二人を包囲し始めた。蔦は絡みつくように迫り、恭一の足を拘束しようとする。
「くそっ!」恭一は身動きを取れないまま、セリアを見た。「セリア、何とかして時間を稼いでくれ!」
セリアは素早く杖を構え、魔力を込めて詩の効果を相殺しようと試みた。
「光よ、闇を裂き、真実を照らせ!」
光の魔法が黒い蔦を弾き飛ばすが、それも一瞬のことだった。蔦はさらに勢いを増してセリアに向かって襲いかかる。
「詩の力が強すぎる……!」セリアは苦悶の表情を浮かべながら呟いた。「このままじゃ……。」
恭一の詩
絶望的な状況の中、恭一は詩集を開き、必死に言葉を紡ぎ始めた。
「闇に覆われし世界よ、目覚めの時は来たれり。
光よ、闇を拒まず、共に奏でよ調和の詩を。
それぞれが交わりし時、新たな命が息吹く。」
詩を読み上げると、彼の言葉から放たれた光が黒い蔦を焼き払い、闇の詩人の攻撃を押し戻していく。
闇の詩人は少し驚いたような表情を見せた。「ほう……詩でここまで押し返すとはな。」
「まだ終わってない!」恭一はさらに詩を紡ぎ続けた。
「恐れに支配されし心よ、
その鎖を断ち切れ。
真実は闇の中にも、光の中にも宿る。」
光がさらに強まり、闇の詩人の周囲を包み込むように広がっていく。
闇の詩人の本気
しかし、闇の詩人は口元に不敵な笑みを浮かべ、さらに大きな声で詩を唱えた。
「無垢なる光よ、汚れよ。
希望は絶望の中に沈みゆく。
闇こそが、真実の姿なり。」
彼の詩はさらに強大な力を生み出し、光と闇が激しくぶつかり合う。周囲の空気が振動し、まるで大地そのものが揺れているかのようだった。
「このままでは押し負ける……!」セリアは叫びながら恭一を見た。「もっと強い詩を!」
「わかってる!」恭一は全身の力を振り絞り、心の奥底から湧き上がる言葉を詩に乗せた。
「光よ、闇と共にあれ。
闇よ、光を恐れるな。
命は一つの調べ、
それぞれが織りなす和音なり。」
その詩が完成すると、光と闇の境界が溶け合い、激しい衝突が収束していった。
対決の結末
光と闇が消え去った後、闇の詩人は疲れた様子で膝をついた。
「まさか……ここまでとはな。」彼は苦笑を浮かべながら、恭一を見た。「だが、覚えておけ。この戦いはまだ序章に過ぎない。」
そう言うと、闇の詩人の姿は霧のように消え去った。
恭一とセリアはしばらくの間、息を整えながら立ち尽くしていた。
「これで終わり……じゃないよな。」恭一は詩集を閉じながら言った。「あいつ、またどこかで仕掛けてくる。」
「そうね。でも、あなたの詩は確実に力を増している。」セリアは微笑みながら恭一を見つめた。「次はもっと厳しい試練が待っているかもしれない。でも、きっと乗り越えられるわ。」
「だったら、どんな試練でも受けて立つさ。」恭一は前を見据え、再び歩き始めた。