第六章
翌朝、セリアと恭一は森を抜けて小さな村に到着した。村は静かでのどかだったが、どこか異様な雰囲気が漂っている。住人たちは皆、無表情で力なく歩き回り、挨拶をしても虚ろな目で通り過ぎるだけだった。
「……なんだ、この村。」恭一は眉をひそめた。「全員、まるで魂が抜けてるみたいだ。」
「魂が抜けてる、か。」セリアは村の広場を見渡しながら小さく呟いた。「それにしても、これは……。」
恭一が彼女の視線を追うと、広場の中央には一枚の巨大な布が掲げられていた。その布には、暗黒の詩が記されている。
「月影は静寂を裂き、闇の淵に響く。
光を捨てし者よ、汝の眠りを永久に捧げよ。」
読むだけで寒気が走るその詩に、恭一は思わず一歩後ずさった。
「……これ、普通の詩じゃないな。」
「ええ、闇の詩だわ。」セリアは低い声で答えた。「この詩には魂を奪い、人々を支配する力が込められている。」
「そんなの、誰が……?」
「決まっているじゃない。」セリアは険しい表情を浮かべた。「闇の詩人よ。この村は彼らに狙われたのね。」
詩の力に侵された村
二人が広場を歩き回っていると、疲れ果てた様子の老人が近づいてきた。彼の目は虚ろだが、わずかに理性が残っているようだった。
「……あなた方は旅人ですか……?」
「ああ。」恭一が答えると、老人は深くうなだれた。
「お願いです……この村を助けてください……。」
「何があったんだ?」
老人は力なく語り始めた。
「数日前、旅の詩人だという男がやってきて、あの詩を広場に掲げたのです。彼は村人たちに詩を読み聞かせ、その後、全員がこのように力を失ってしまいました……。」
「その詩人ってどんなやつだ?」
「黒いローブをまとい、目が異様に輝いていました……。彼は『この詩が新しい世界をもたらす』と言っていましたが、それから村には不幸しか訪れていません……。」
闇の詩に挑む
「なるほど、闇の詩人か。」セリアは腕を組み、考え込むように呟いた。「彼が残した詩の影響で、村全体が支配されているのね。」
「どうにかできないのか?」恭一は詩集を握りしめた。「俺たちが詩の力を使えば、この詩を消せるんじゃないか?」
「可能性はあるわ。でも、これは単なる詩じゃない。かなり強力な力が込められている。対抗するには、それに見合う詩を編み出す必要がある。」
「編み出す?」
セリアは竪琴を取り出し、焚き火で調整していた時のように弦を軽く弾いた。
「詩の力は単に朗読するだけではなく、その場の状況や人々の心に呼応する必要がある。闇の詩に打ち勝つには、それを上回る光の詩を作らなければならない。」
恭一は眉をひそめた。「俺にそんなことができるのか……?」
「できるかどうかは君次第よ、詩人。」セリアは微笑んだ。「でも、一つだけ言えるのは、君が自分の詩を信じなければ、誰も救えないということ。」
恭一の挑戦
恭一は深呼吸をし、詩集を開いた。村の様子、闇の詩が生んだ絶望、それでもどこかに残る希望――彼はそれらを心に刻み、言葉を紡ぎ始めた。
「闇に包まれし地に、微かな光を灯せ。
絶望の中に響く声、それは新たな朝の兆し。
汝、奪われし魂よ、再び自由を取り戻せ。」
詩を読み上げると、恭一の手の中で光が生まれた。それは徐々に広がり、広場全体を包み込む。布に記された闇の詩はその光に飲み込まれ、黒い文字が消えていく。
村に戻る希望
光が収まると、村人たちは次々と正気を取り戻し始めた。老人は涙を流しながら恭一に礼を言った。
「ありがとう……本当にありがとう……!」
「大したことはしてないさ。」恭一は肩をすくめたが、その顔には達成感が浮かんでいた。
しかしセリアは周囲を警戒するように見回していた。
「まだ終わりじゃないわ。」
「え?」
「闇の詩人はこの程度で引き下がるような相手じゃない。むしろ、君の力を見たことで、次はさらに強力な詩を使ってくるはずよ。」
「……またかよ。」
恭一は溜息をつきながらも、詩集を閉じた。
「でも、次が来るならその時にまた考えるさ。それが俺の仕事なんだろ?」
セリアは微笑みながら頷いた。「そうね、詩人。」