第五章
恭一とセリアが村を離れ、次の街を目指して旅を始めて数日が経った。セリアは道中、竪琴を奏でたり、詩の基本について講義するように語ったりして、恭一を導いていた。しかしその一方で、彼女の発言には時折謎めいた言葉が混じり、そのたびに恭一の胸には違和感が残った。
ある日の夜、二人は森の中で焚き火を囲んで休んでいた。セリアが静かに口を開く。
「君はリリシアについて、どれだけ知っている?」
「……ほとんど何も知らない。ただ、俺に詩の力を与えたってことぐらいだ。」
「そうか。」セリアは火を見つめながら呟いた。「君はまだ幸せだ。何も知らない方が楽な場合もある。」
「お前のその含みのある言い方、気になるな。」
「なら、少しだけ教えてあげる。」セリアは静かに竪琴を取り出し、低い音で弦を弾き始めた。その音色は不思議なほどに心を落ち着かせ、同時に集中を促す力があった。
「リリシアは、この世界に詩の力を広めた存在だ。だが、彼女の真の目的は詩を通じて人々を『救う』ことではない。」
「救うんじゃない? じゃあ、何のために?」
セリアは瞳を細め、焚き火の光にその美しい顔を照らしながら続けた。
「彼女はこの世界を管理する存在……いや、監視者と言った方が正しい。詩の力はそのための道具に過ぎない。」
「監視……? 何を監視してるんだ?」
「魂の流れよ。」セリアは淡々と言った。「人間やこの世界の生き物が持つ魂。それは単なるエネルギーではなく、この世界の維持に必要不可欠なもの。リリシアはその流れを管理し、不足するエネルギーを補うために詩の力を利用している。」
恭一は困惑した表情を浮かべた。
「ちょっと待て。それって……俺たちが詩を使うと、魂が削られるっていう話と関係あるのか?」
「その通り。」セリアは鋭い目で恭一を見た。「君が詩を使うたび、魂の一部が削り取られ、リリシアの手元に送られるのよ。」
疑念の芽生え
「魂を収集してるってことか?」恭一は詩集を握りしめた。「それじゃあ、俺たちはただ利用されてるだけじゃないか!」
「その通り。」セリアは冷静に頷いた。「だが、それだけではない。リリシアは単なる管理者ではない。彼女自身も何かに追い詰められている。」
「追い詰められてる?」
セリアは竪琴を静かに置き、焚き火の炎に手を伸ばすような仕草をした。
「この世界には、リリシアの力を超える存在がいる。そして、彼女はその存在に対抗するために、詩の力を極限まで高めようとしている。」
「その存在って……何なんだ?」
セリアは一瞬黙り込んだ後、低い声で答えた。
「闇の詩人――そう呼ばれる存在。リリシアとは反対の立場にあり、この世界を破壊し、新しい秩序を築こうとしている。リリシアが詩人を選び力を与える理由の一つは、この闇の詩人を倒すためだ。」
「……じゃあ、お前もその闇の詩人と戦うためにリリシアに選ばれたのか?」
セリアは皮肉げに笑った。「いいえ。私はリリシアの言いなりにはならない。むしろ、その闇の詩人の正体を探り、彼らの真の目的を知ることで、この不毛な争いを終わらせるつもりだ。」
恭一の決断
恭一はしばらく黙り込んだ。リリシア、詩の力、闇の詩人――聞けば聞くほど、この力の背後にある複雑な事情が浮かび上がってくる。だが、同時に自分がその中に巻き込まれているという事実に苛立ちも感じていた。
「……俺に選択肢はあるのか?」
「選択肢は常にあるわ。」セリアは静かに言った。「君がこのままリリシアの道を進むか、私と共に真実を探るか、それとも全てを捨てて逃げるか。どれを選ぶにしても、君が決めることよ。」
恭一は焚き火を見つめながら、自分の中で答えを出そうとしていた。
「……お前の言う真実を知りたい。」
その言葉に、セリアは微笑んだ。そして、初めて彼女の笑顔が少しだけ柔らかく見えた気がした。
「いい選択ね、詩人。真実は苦しいものだけれど、それを知ることで本当の力が得られる。さあ、一緒にこの旅を続けましょう。」