第四章
夜が訪れ、村の静けさの中で、恭一は広場に向かった。昼間の喧騒とは対照的に、今はひっそりとしている。だが広場の中央には焚き火が灯り、そのそばでセリアが竪琴を調整していた。
「来たか、詩人。」セリアは微笑み、焚き火の明かりに浮かぶその表情はどこか妖艶だった。「君が来ると信じていたよ。」
「で、俺の詩とお前の詩を比べてみるんだったな。」
「その通りだ。でもその前に……。」セリアは焚き火を見つめながら、竪琴を軽く鳴らした。「君に一つ、話しておきたいことがある。」
セリアの過去
セリアは語り始めた。
「私はもともとこの世界の人間じゃない。遥か昔、君のように別の世界からやってきた異邦人だ。」
「……お前も転生者ってことか。」
「ええ。だが、私は君のように力を与えられてすぐ活躍できたわけではない。最初はただの異世界の漂流者だった。生きるために学び、奪い、逃げ続けた。そんな時、私はリリシアと出会った。」
「女神リリシア……お前も彼女と契約したのか?」
「そうよ。彼女は私に『詩の力』を与え、こう言ったわ――この力を使って、世界を正しい方向へ導きなさい、と。」
セリアの声にはどこか皮肉が込められていた。
「だが、正しい方向とは何だと思う? この世界では、力ある者が正義を語り、弱者を搾取している。それを覆すことが正義なのか、それともその秩序を守ることが正しいのか――未だに分からない。」
恭一は焚き火を見つめながら黙り込んだ。セリアの言葉が、心の奥に小さな疑問を投げかけてくる。
「……じゃあ、お前の目的は何だ?」
セリアは竪琴を置き、真っ直ぐに恭一を見つめた。
「この力の根源を探ることよ。そして、リリシアが隠している真実を暴く。」
「真実?」
「ええ。詩の力には重大な秘密が隠されている。それを知らないまま、君がこの力を使い続ければ、いずれ……君自身を壊すことになる。」
詩の力の危険性
セリアの言葉は衝撃的だった。恭一はその場で詩集を握りしめる。
「……俺を壊すって、どういうことだ?」
「詩の力は魂を代償にして生まれる。その代償がどれだけ大きいか、君はまだ理解していない。」
「でも、それならお前はどうして生きてる? お前も同じ力を使ってるんだろう?」
セリアは小さく笑った。
「簡単なことよ。私は自分の魂を削る代わりに、他人の魂を利用しているの。」
その言葉に恭一の体が凍りつく。
「つまり……お前は……。」
「ええ。私は他人を犠牲にして生き延びている。」セリアは淡々と言った。「君も選ぶべき時が来る。自分を守るために、他人を犠牲にするか、それとも自分を削り続けるか――。」
詩の対話
セリアは再び竪琴を手に取り、静かに弾き始めた。そして、低く詩を紡ぐ。
「彼方の光、虚空の闇。
君はどちらを選ぶ?
己を捨てるか、他者を消すか。
答えは君の詩に委ねられる。」
恭一はその詩に触れた瞬間、言葉が脳裏に浮かぶのを感じた。それは無意識に湧き出る言葉。詩集が、彼に何かを訴えかけているようだった。
彼は無意識に詩を口にした。
「沈む太陽、燃える大地。
答えは闇の中にあり、
それでも光を探し続ける。」
セリアは微笑んだ。「君の詩には迷いがある。でも、それでいい。迷うことが人間の強さでもあるから。」
恭一はセリアの言葉に戸惑いながらも、自分の力と向き合う決意を固める。セリアの目的――リリシアの隠された真実を探る旅は、恭一にとっても避けられないものになるだろう。
「……仕方ない。お前に付き合ってみるか。」
セリアは竪琴を収めると、満足そうに微笑んだ。「いい判断だわ、詩人。」
こうして、恭一とセリアの奇妙な同行が始まる。彼らの旅は、詩の力の本質を暴くための冒険へと動き出した。