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弱肉定食

 三人の盗賊が、暗く冷えた森の中で、揺れる炎を囲んでいた。

 葉擦れの音や、夜の虫の声が風に乗ってささやく中、彼らの会話は次第に深まっていく。


「なあ、俺たちもいつかは、強くなれんのか……?」


 若い盗賊エイが火を見つめながらぽつりとつぶやいた。

 彼は痩せており、その体には数え切れないほどの傷が刻まれている。それは『名の加護を持つ者』の餌食となり、何度も命を落としかけた結果だ。


「強者になりたいか?エイ、それは甘い夢だぞ」


 真ん中に座る筋骨逞しい盗賊ビィが、焚き火の揺らめきを前にして小さく笑った。

 彼はこれまで強者を目指し歩み続けてきたが、その道は血と痛みに満ち、報われぬ日々ばかりだった。

 火の赤がその瞳に宿るたび、過ぎた苦難を振り返り肩がわずかに下がる。




挿絵(By みてみん)




「強者になったところで、今と何が変わる?力を持てば持つほど魔剣だの魔法具だのを身に着けていくわけだが、この意味が分かるか?そのときお前は、それを奪おうとする他の力を持つ奴を、常に警戒しなきゃならなくなるんだ。力ってのはな、手に入れた瞬間から奪われる恐怖と抱き合わせなんだよ」

「でも、強者にならなきゃ、この世界じゃ生き残れないだろ?」


 エイは眉をひそめ、ビィの言葉に反論した。

 彼は生き延びるために、自分が強くなる必要があると信じていた。弱肉強食の世界で、弱者が生き延びるためには、結局強者になるしかない。


「そうかもしれない。でも、どこまで行ってもその繰り返しだ。だが俺たちは自分より上の奴らに勝ち続ける必要なんてないんだよ。村人や商人からちょっとばかし頂いてりゃいいんだ。要するに、俺たちは上を目指す必要はないってことだ。俺たちより弱い奴を相手にしている限り、この世界で生きていける」


 ビィは少し寂しそうな表情を浮かべ、炎の中に何かを見ているかのように視線を落とした。

 すると、三人目の盗賊、沈黙を守っていた顎のしゃくれたシィが静かに口を開いた。


「……あ?なぁ、もう一回説明してくれねぇか?」

「「・・・・」」

「あ?おい。なぁ。おい。もう一回説明してくれよ。なぁ。おい。なぁ」


 ビィが少しあきれたように言った。


「要するに、昨日襲った商人はうまかったなって話だ」

「うははは!そうだな!昨日の奴、ナイフで脅したらビビって荷物全部置いていきやがったな!最後に『ご自由にお持ちください』って顔してたな。爆笑だぜ。うははは!」


ガサッ……


「「誰だ!?」」


「……あ?」


 近くの木の陰から物音がして、エイとビィは近くに置いてあった剣を構える。

 シィはそれを見ていた。


 すると、木の後ろからボロボロの服を着た若い女が姿を現し、直ぐに森の奥へと走っていってしまった。

 それを見るやシィは、下あごを突き出し、唾を飛ばしそうな勢いで笑った。


「うははは!おい。俺たちついてるじゃねぇか!昨日は金目の物。今日は女」

「おい待て。何か怪しい……俺の危険予知能力が、何かとてつもなく恐ろしいものを伝えようとしている気がする……」


 慎重なビィは、いつも通り危険信号を自らの体から感じ取る――だが初めて受け取る信号に、彼は必死にその意味を解釈しようと思案する。

 いつもは片方だけの信号が、今日は左右両方の胸筋がピクピクと小刻みに震え、2倍に増えた信号は彼の読み取り能力を遥かに上回った。


A「大丈夫だって。あのビリビリに破れた服を見ただろ?きっと俺たちの同業者に襲われた後さ。んでもって今日は俺たちの番ってわけだ」

C「うははは!捕まえちゃおうぜ」

B「ふん、勝手にしろ。でも遠くには行くなよ」

C「あ?お前は行かないのか?」

B「俺は荷物の見張りだ。捕まえたらこっちに連れてこい」

A「おい…!早く行くぞ…!逃げられちまうじゃねぇか…!」

C「ま、いいや。でもお楽しみの時はお前は最後だからな。うははは!」



 エイとシィは、ランタンを掲げて森の奥へと踏み入った。

 暗い木々の間を、かすかな気配が走る。女の逃げる音なのか、遠くでガサガサと草が揺れるたび、二人は息を荒くし目を光らせ興奮した。


 だが、やがて音は途絶える。

 あれほど派手に音を立てて駆けていたはずの女が、いまは跡形もなく消えたかのようだった。森には虫の声だけが残り、先ほどまでの気配をすっかり呑み込んでいた。


「しっ……音が聞こえなくなった。きっとこの辺りに隠れてるに違いない」


 エイは息を潜め、周囲を照らす。ランタンの橙色(だいだいいろ)の光が幹を滑り、茂みを舐めるように動く――だが、生き物の影はどこにも見当たらない。

 捕らえられるはずの獲物を逃し、シィは舌打ちして肩を落とした。


「おいなんだよ。逃がしちまったのかぁ?なぁおい、また明日探してみるか?」

「それはダメだ。ビィが言ってただろ。最近この辺りにも魔物が出始めたから明日は別の森に移動するって。まぁ女ならその内手に入るさ。今日は残念だったがな」

「あ~あ、つまんねぇな。期待して損したぜ。帰って寝るか」


 シィがブツブツと文句を漏らす中、2人はランタンの(あかり)を揺らしつつ野営地へ戻っていった。


 しかし、歩みを進めるにつれ、冷たい夜気(やき)が背にまとわりつくような感覚が増していく。

 2人はふと無言になり、木々の隙間越しに仲間の待つ野営地の明かりを探した。


 その時、焚火の赤にまぎれて、闇の奥で一瞬だけ小さな金色の光が瞬いた。

 2人は気にも留めず歩みを続けたが、それはまるで外敵を探るように走った獣の眼光にも似ていた。


 遠くでは焚火の揺らめきだけが闇に浮かび、一帯には妙な静寂が沈んでいた。

 そこには、あるべき気配がまるで掻き消えたようだった。


 そしてシィは、すぐに異変に気づく。


「……あ?ビィの奴どこ行った?うんこか?なぁビィの奴がいねぇぞ。なぁ。おい……」


 シィが振り返ったとき、そこにいるはずのエイの姿は跡形もなく消えていた。

 先ほどまで、相棒の草を踏みつけ枝葉を揺らす音か確かにしていたはずなのに、彼はその音がいつから途切れたのか思い出せない。

 彼は口元を引きつらせ、いつもの調子を装った。


「う…うははは!!お前もうんこか?なぁ。おい。なぁ……」


 茂みの奥から微かな揺れが聞こえ、シィは相棒を探して枝を押し分けた。

 掲げたランタンの灯りが葉の影を長く伸ばし、そのさらに奥——一つの人影が立っていた。


 女だ。さきほど追いかけていた、あの女。


 木立の隙間に佇む女は、消えたランタンを手にしたまま、動かずこちらを見つめている。

 血を思わせる赤い瞳が、闇の底から突き刺すようにシィの姿を捉えていた。表情は、まるで仮面のように揺らぎがない。


 シィが息を呑んだ刹那、女の影がふっと揺れた。

 彼女は森の奥へ、煙のように身を滑らせて消えていった。


「い、いたじゃねぇか……へへ、捕まえたら……」


 一歩踏み出した瞬間、足裏に土とは異なる、わずかに沈む感触が伝わった。

 その感触に、シィは思わず体を引き戻し、ランタンの灯りを足元へ落とす。


 光に照らされたのは、人間の手だった。

 踏みつけた手から腕へと灯りが流れ、その先にぐったりと倒れたエイの姿が浮かび上がる。


 彼の首元には裂け目が走り、そこからこぼれた血が地面を黒く染めていた。


「……あ?誰か……説明……」


 シィの背後の木に、()()が張り付き、闇に沈む金色の眼がじっと彼を見下ろしていた。

 


 ジニアは、盗賊の野営地にある焚火の近くに座っていた。

 その傍では、ガイバーが3人の死体を茂みの奥にうんしょうんしょと運んでいる。



 この惑星、ティーガーデン星では “強者が生き残り、弱者が淘汰される” ことが当たり前の世界であった。


『女神>勇者>転生者>名の加護を持つ者=魔物>盗賊>村人』


 基本的には強者は純粋な肉体的・魔法的な力を駆使して弱者を支配し、自分たちの地位を維持している。

 

 しかし、弱者も完全に無力ではなく、時折連帯したり、知恵や策略で強者の隙を突いたりすることで逆転を狙うこともでき、弱肉強食の構造は必ずしも固定的ではなく、流動的な力の入れ替わりが起こることもしばしばあった。


 もしも、盗賊が3人で的確な連携を見せていたなら、この魔力がすっからかんの魔物の少年にも勝てたかもしれない。


 勝敗が戦略次第で覆るこの世界で、2人の魔物は、立ちはだかる圧倒的な力を前にどこまで生き延びることができるのだろうか……



*あとがき*


お読みいただき、誠にありがとうございました!


この物語が少しでも皆さんの心に響き、「なんだかクセになりそう」「もっと読みたい」と思っていただけたら、これ以上の喜びはありません。

執筆するたびに、「次はもっと面白い話を書きたい」と考えています。そんな私の成長を、ぜひ見守っていただければと思います。


ぜひ評価や感想をポチッと残していただけると、尻尾をピンと伸ばして喜びます。


帰りしなに☆☆☆☆☆をポチっていただけますと、その評価がこの先の作品の方向性を決める大きなヒントに…!もちろん、率直な意見や鋭いツッコミも大歓迎です!


★1.→「悶え苦しみ最後に死────ね」

★★2.→「方向転換を要求する」

★★★3.→「悪くないけど早く続き書けや」

★★★★4.→「ウッソだろお前ってレベル」

★★★★★5.→「今回、笑の神が降臨した。」よせやい照れるぜ。


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