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自己啓発セミナー

 宇宙船の資料室は、淡く白いライトに照らされた近未来的な空間だった。


 壁一面には、巨大モニターと、内蔵された棚に収められた無数のデータパッドや紙の資料が並んでいる。

 部屋の中央では、円形のホログラムプロジェクターが、ティーガーデン星を空中に投影し堂々と鎮座していた。


 お世話ロボットのソルトは、プロジェクターの近くで反射により青白く光りながら、イソギンチャクのような無数の触手を器用に操り、人差し指を立てる形を作っていた。

 その前にはアンドロイドのジニアが静かに佇み、教授の熱弁に耳を傾けている。やがて彼女は、平坦な抑揚で質問を切り出した。


「ソルト、質問があります。情報によると、次の着陸地点には、危険な魔物や敵対的な生命体が存在する可能性があります」


 ソルトは冷静に頷いた。


「そうですね。それは非常に厄介なことです。しかし、何とかなりますよ」

「武器が必要です。この船には、戦闘に対応可能な装備が存在しないのですか?」

「この船には武器の類は搭載されておりません。しかし、調整曹にて生成すれば、準備することは可能でございます。ですが、ガイバー様にも以前確認しましたが、『今はまだ必要ない。様子を見て現地調達すればよい』とのことでした。私は今から準備しておけばよろしいのでは?とさんざん言ったのですが……現地調達の一点張りで……」

「それでは、現地で資金を調達する手段を検討する必要があります。効率的に資金を調達する方法について、あなたの意見を聞かせてください」


 ソルトは両腕を少し開いて、落ち着いた声で答える。


「簡単なことです。どの星でも同じですよ。好きなことを続ければ、それがビジネスとなり、お金はあとからついてきます」


 給料を貰ったり、お金を稼ぐということを知らないジニアは、わずかに首を傾げる。ソルトが言うように、そんな簡単なことなのかと。

 実際、星や地域によって資金調達の方法は様々であるため、彼女の電脳内には、明確な資金を調達する方法についての情報はなかった。

 

「……好きなことであれば、何でもいいのですか?」

「もちろんです!」


 ソルトは自信満々に答える。

 それを聞いて、無垢(むく)なジニアは安堵し、さらにその続きに興味が沸いた。

 ソルトから見て、彼女の表情は無表情で外からでは興味があるかどうかは分からなかったが、彼は絶対的な自信に満ち溢れていた。


「例えば、絵を描くこと、音楽を奏でること、あるいはダンスをするでもいいでしょう。自分の情熱を信じれば、宇宙は必ず応えてくれるのです!」

「さらなる詳細な説明を要求します。その論理的根拠は何ですか?」

「それが “引き寄せの法則” というものです!」


 ソルトは、腕をガチャガチャと振り回しながら熱心に語り始めた。


「これは、思い描けば必ず実現するという魔法のような原則なのです!強く願い、そして頭の中に理想を思い描き続ければ、それは現実になるのですよ!」

「思考のみで実現可能であるという主張は、現実的な観点から非常に非合理的であると判断されます」

「まあ、最初はそう感じるかもしれませんが、これは非常に強力な法則なのです」


 論理的思考を持ち出されたとしても、ソルトは自信満々に話を続ける。

 次に口から出たのは、前世でユーユーブの自己啓発チャンネルを運営していた代表者、ア・タオカ先生の決まり文句だった。

 

「そして、例えすぐに上手くいかなかったとしても、感謝の気持ちを持つことで幸せを感じることができます。日々感謝するだけで、努力を続けるモチベーションを保つことができるのです。結果、最終的にあなたは必ず成功するのです!」

「……感謝が、モチベーションを生成する要因となるのですか?」

「もちろんです!」


 ソルトは胸を突き出した――胸を張った。


「実は、感謝することが一番大事なのです。私たちはすぐに結果を求めがちですが、感謝はその過程を楽しくしてくれるのです」


 ソルトは、ここぞとばかりにトーンを落として優しく静かに語り始める。


「……ジニア様。あなたが過去に何をしてきたとしても、それは感謝が欠けていた環境のせいかもしれません。私たちは感謝を日常に沢山取り入れることで、ゆくゆくは誤解や争いを無くせるのですよ」

「私の内部に現存する記憶データの大部分は、人間との争いに関連するものでした。もし、それによって争いを無くすことが、可能であるならば……」


 ソルトは、 『私は全てを理解していますよ』という風に、うんうんと頷きながら続ける。


「ジニア様。人はみな心の奥底に善を持っています。敵ではなく、友として接すれば、敵意は消えるのです。()()は、どんな壁も壊す力を持っています」

「それが、事実であることを願います」


 静かにそう答えた彼女の中には()()の声があったが、彼女はそれを、信じてみたいと思った。


「もちろん、すぐに成果が出るわけではありません。しかし、努力すれば必ず報われるのです!」


 ソルトは自信に満ちた声で締めくくった。


「ソルト。あなたの言葉には、論理性が欠けていると認識しましたが、私のシステムに快適な影響を与えました。その話を、ガイバーにも伝えるべきだと判断します」

「え”。……ええもちろんです!」


 ソルトは、一瞬まずいかなと思ったが、ジニアの反応を見て()()()と思った。



 しばらくして――


 ジニアが、資料室に魔物の少年を連れてきた。

 んあ?と半開きの口から牙を覗かせ、非常にめんどくさそうな表情をしていた。

 

「大事な話しとはなんじゃ?」


 するとソルトが大きく手を広げながら、先ほどジニアにした自己啓発セミナーを再び披露する。

 彼はジニアの感触を見て、腕のガチャガチャ具合はさらに増していた。

 

「――努力すれば!それは、必ず報われるのです!」

「なぁソルト。お主そろそろ黙らんと本当に現地に連れて行くぞ」

「・・・・」


 ソルトは電池の切れたオモチャみたいになってしまった。


「ガイバー、確認します。武器は、現地で調達するとの情報を受けましたが、その詳細を教えていただけますか?」

「んぁ?見た目が10歳くらいの子供と20歳くらいの娘が、腰に剣をぶら下げていても不自然ではない地域であれば、現地調達すればよいじゃろ。それに、大抵の事ならワシには爪があるし、おぬしには鉄の剣はなくとも、鉄拳(てっけん)があるではないか!わっははははは!」


 ジニアは、何故か大笑いする少年を見つめながらキョトンとした。

 

「……そうですか。その場合、資金調達の手段はどのように計画されていますか?」

「計画?そんなもの、人間をこっそりぶっ殺して奪い取ればよいではないか」

「ガイバー、警告します。人間を殺害する行為は、社会的および倫理的な規範に反します。ソルト、彼に対し、対話の重要性を説明してください」

「・・・・」


 ソルトはピクリとも動かなかった。

 そんな彼の様子を見て、ジニアは再起動でもしているのかと(わず)かに首を傾げる。


「まぁ、行けば分かるじゃろ。人間は人間である以上、何処に行っても同じじゃろうからな」


 その時だった。電池の切れていたオモチャが突然動き出し、また器用に人差し指を()()()上にあげた。


「ガイバー様!良いものがございました!これは、私がかつてよく視聴していたアニメでございます。これをご覧いただければ、ガイバー様にもきっと納得していただけるに違いありません!」

「……そうか」(AIがアニメなんぞ見るんか……?)

「では、ホログラムに映し出しますね。ジニア様も、対話の重要性を学ぶ一環として、ぜひご覧ください」


 ソルトは、彼の内部データから、地球の映像データを引っ張り出してホログラムプロジェクターに転送する。彼はもう全てアニメに放り投げることにした。

 空中にホログラムが映り、アニメが流れ始める。



【 それイケ!パンパンマン 】


 ここは古びた4階建てのアパート。その3階の一室に、ブレッドという18歳の青年が暮らしていた。


 そして、丸坊主の彼は今、強面の隣人と揉めていた。


「うるっせぇんだよ!」

「僕を殴りたいなら殴れ!ただ僕は、話し合いがしたいだけなんだ!」

「うるせぇ!」


 その隣人は、剃り上げられた眉毛に、鋭く鋲のように光る眼光。頭にはきっちりと(そろ)ったカールがびっしりと詰まったパンチパーマが鎮座し、その威圧感をさらに増幅(ぞうふく)している。顔には無数の傷が刻まれ、それぞれがかつての戦いや荒々しい過去を物語っているようだった。


「僕はどんなに暴力を振われても絶対に屈しない!」


 そう言い放ったブレッドは、顔がパンパンに腫れていた。

 彼はこの付近のヤンキー達と度々問題が起き、常日頃(つねひごろ)から顔をパンパンにしていたので周囲からは『顔パンパンマン』と呼ばれていた。


「お互いに違いがあってもいいじゃないか!僕は、キミが認めるまでやめないよ!」


 ブレッドは、隣人に対して根気強く対話による説得を始めた。彼は決して諦めなかった。

 すると隣人は、突然顔を歪めてポロポロと涙を流し始める。強面の顔に皺が寄ってさらに強面になった。


「……うるせぇんだよ……話す前からお前の顔はパンパンに腫れててキモイんだよ……」

「うんうん!」

「……お前は夜になると、『さぁチューニングだ』とかなんとか言って……窓の外に顔を出して自分の顔をパンパカ叩き始める……しかもその音がバカでかくて……1年間、365日……毎日毎日毎日毎日……もう耐えられないんだよ~~~ぅ……!!」


 隣人は泣き崩れた。

 ブレッドは、人前で顔をパンパンになるまで叩くことをやめられなかった。


 彼は夜な夜な街をさまよい、街灯の下にヤンキーを見つけると、闇からスゥ……と現れる。

 腰を少し落としたかと思うと、両手はいつの間にか左右の頬へと移動していた。

 

パン‼パパン!ぱん‼ぱぱん!パン‼パパン! 


 力強い音が、夜の静寂を切り裂き響き渡る。


「さぁ……どうだい……キミ達……あッ……この顔は……あッ……もうすぐだ……あッ……あッ……ああああああッ!!!」(ビクビクビクビク……!!)


 彼はいきなり地面に倒れ込んで、感電したように痙攣を起こした。


「「「か……顔パンパンマンだぁぁぁぁ!!?」」」


 ヤンキーたちは、つまずきながらも死に物狂いで逃げて行った。

 

 これが彼の日常だった。しかし、最近になって問題が起き始める。

 以前は、数分歩いているだけでヤンキー達が見つかったのだが、近頃は何故だが30分走ってもなかなか見つからなくなっていた。

 だから彼は、いざ見つけた時の為に、アパートでのチューニングに熱を込めていた。少しでもリズムがズレればやり直し、毎日1時間かけて精密性を上げていった。

 そして、最高にパフォーマンスが良かった日は、嬉しくなって隣人の扉の前でもやった。


 翌日、あのいかにも暴力を振いそうな隣人は、いなくなっていた。彼の引っ越し先を知る者はいない。

 なぜならもうこのアパートには、ブレッド以外住んでいなかったからだ。


 彼に暴力は、必要なかった。


 END



「うっ……ううっ……暴力は、必要なかった……どうですか皆さん!」


「・・・・」

「・・・・」


 ホログラムが消えたにも関わらず、2人は感情を失ったように無表情のまま、ただ一点を見つめていた。


「ジニア様もこの対話の力を知っていれば、前世で人を殺める必要は無かったでしょう。すべての人間が手を取り合って、笑顔で暮らせる世界が築けたはずです」

「ではおぬしは、現地でそのお手本を見せてくれるというわけじゃな?」

「・・・・」


 ソルトはまた置物になってしまった。


「しかし、お互いに争わない世界が何らかの方法で実現可能であるならば、その方法を探求する価値があると判断します。

 私の記憶には、断片的なデータが残存しています。そこには、非常に美しい場所で、製造主が微笑みながら私を覗き込む映像が記録されています。

 しかし、その後、荒廃した場所で任務を遂行し、最後には製造主が恐怖に歪んだ表情を浮かべ、彼が抱えていた何かが光を放ちました。それ以降のデータは消失しています。

 その場面において、私の内部で発生するこの鈍い痛みと静かな闇が広がる感覚は、何を意味するのでしょうか……」


 少年は無表情のまましばらく黙っていが、誰かが口を開こうとした瞬間、彼は静かに口を開いた。


「……『悲しみ』じゃ………そんな辛気臭い話しはもうよい。ふぅ……ソルト、あの映画を出せ。んあ~何といったか……そうじゃ!ジョン・ウィッグじゃ!こういう時はこういうものを見るのが一番じゃ」

「はい、少々お待ちください。ガイバー様のお勧めのものが見られるなんて、とても内容の深いものでしょうね。……これは、映画なのですね!」


 またソルトは、映像データをホログラムプロジェクターに転送する。

 すると、ビッ……ビビッ……と音を立ててホログラム映像が空中に投影された。



【 ジョン・ウィッグ(ジョンのカツラ) 】


 高層ビルで働くジョンというサラリーマンがいました。


 ジョンは真面目で控えめな性格でしたが、あろうことに全社員からイジメを受けていました。


 そんなある日、同僚たちのイジメはついにラインを越え、最悪の事件が起きてしましました。

 彼らはジョンを会議室に連れ込み、数人がかりで押さえつけました。そして、ジョンの頭からカツラをむしり取ると、そこにはザビエルのようなつるつるピカピカの頭が現れました。同僚たちは腹を抱えて大笑いし、「ジョンのカツラがどれだけ丈夫か実験しようぜ!」と声を上げると、彼のカツラをシュレッダーに投入しました。えげつないイジメでした。


 カツラがブチブチと引きちぎれる音を聞いた瞬間、ジョンの中でも何かがブチィ!と切れる音がしました。

 アキレス腱が切れるような異様な音は、ジョンを押さえつけていた彼らの耳にも入り、引きつった顔でゆっくりと手を放し、数歩後ずさりました。


 そしてジョンは静かに立ち上がりました。それを見た1人がまた一歩後ずさった瞬間、ジョンは目にも留まらぬ速さで、近くにあった文房具を使いなんと社員たちを殺し始めたのです。

 まず手に取ったのは物差し。耳の横でまるで刀のように構えると、あっという間に近くにいた同僚の首を掻き切り、続いて鉛筆を棒手裏剣のように投げ、次々と同僚の額に突き刺していきました。

 ジョンは1階層ごとに全ての文房具を駆使し、風通しの良いオフィスに吹き抜けた風が、まるでカマイタチのようになって次々と社員に襲いかかりました。瞬く間にオフィスはパニック状態になり、社員が逃げまどいます。それを見たジョンは、彼らに向かって死刑宣告をしました。


「ワタシは大きなタイムのトケイがバーカ者ガー。いーま、シー↑ネー↓」


 えげつない片言でした。

 ジョンはホッチキスを手に取って開くと、相手の背骨を狙って芯を飛ばし、脊髄神経にダメージを与えて全員を植物人間に変えました。最後にジョンは社長室へ向かいました。


 しばらくして、彼は血の付いた社長のカツラを被っていました。そして、血塗られた社長机に退職届を叩きつけると、その場を静かに去り、転職しました。


 END



「わっははははは!『愉快』じゃわ~」   

「ふふっ……ふふふっ……」


 ジニアの心に、暗闇を押しのけるようにパッと明るい光が広がった。その光は泡のように弾け、静かに心を満たしていく。気づけば、頬が柔らかく緩んでいた。

 それを見たガイバーは、恐ろしく鈍くはあるが、ジニアには『心の動き』があることを理解する。


「……何と恐ろしい……」


 ぼそりと(つぶや)いたソルトの心には、鈍い痛みと静かな闇が広がっていた。


 こうして、奇妙な一日が何事もなかったかのように静かに幕を下ろした。



 翌日、ソルトとジニアは調整室にいた。


 彼らは、奇妙な怪物が収められた2つの容器の前に立っている。その容器から放たれる赤い光が、調整室の白い壁と彼らの姿を赤く染めていた。


「ソルト、確認します。彼らの完成はいつになる予定ですか?先日、ガイバーが述べたように、人数が揃うことで、魔石収集が我々にとって有利になると考えられます」

「ガイバー様は、()()完成しているとおっしゃっていたので、いずれ……」

「それは、着陸までに完成するという意味ですか?」

「・・・・」

「ソルト。あなたがこの生命体を完成させる能力が不足していると判断される場合、私がガイバーから――」

「そんなことはありませんよ!ワタシにかかれば造作もないことです!ワタシはあなたを改造出来たんですから、こんな小さなものくらい何の問題もありません!」

「……そうですか」

「はい。ではとにかく作業台に乗せて分析しないといけませんので、離れていてください。容器を装置から取り外しますので!」


 そしてソルトは、自己の能力をジニアに証明するため、慌てて射出レバーを引いた。


ガコン!……バシュッ!!


 耳をつんざくエアーブローの轟音とともに、2つの容器は瞬く間に真下へスライドして、消えた。

 そして、宇宙船の外では、2つの光がティーガーデン星へと炎を上げて降下していた。


「・・・・」

「・・・・」


 1秒か2秒の沈黙が、永遠のように感られた。ソルトは、とてつもない嫌な予感がして慌ててレバーを戻す。


ガコン!


「……3、2、1……はい!……」


 また数秒の沈黙があった。


「……あれ……戻ってこないや……」


ガコン‼ガコン!ガコン!ガコン!ガコン!


 ソルトは、工場に設置された製造マシーンのように、何度もレバーを上げ下げした。


「……ソルト。至急、ガイバーを呼んでください」



 しばらくして――


『ガイバー。至急、調整室に来てください』


 艦内放送が響き渡り、食堂でドーナツを食べていた少年は(んあ?)と天井のスピーカーを見上げる。

 それから、彼は調整室に向かって金属でできた通路を歩きながら、あることを考え込んでいた。


(それにしても、ソルトのやつ、バラバラにされた後から様子がおかしい……アンドロイドのジニアと同じく、あやつも心を構築する機能が備わっておったんか?であれば体の中にコアクリスタルか何か入っておるのか……ふむぅ……)


 彼は、ああだこうだと考えている内に調整室の前にたどり着く。

 そして扉をプシュー!と開けると、部屋の中の視界を遮るようにしてソルトが目の前に立っていた。


「んわっ!……何じゃソルト。最近おぬし近いんじゃよ。で、何じゃ」

「えっと、あのですねぇ、それがあの――」


プシュー!……プシュー!


「――イバー様!?」


 ソルトの声を遮るように、彼らの間にあった扉が突然閉まり――すぐに再び開いた。


「ああすまんすまん。開閉ボタンに手が触れてしまった」

「はぁ……そうですか。でですね!あの怪物の入った――」


プシュー!……プシュー!


「――イバー様!?」

「ああすまん」

「はぁ。では最初から説明しますね。ワタシが――」


プシュー!……プシュー!


「……あ。その容器を取り外そうと――」


プシュー!……プシュー!


「……あ。取り外そうとして引いたレバーが――」


プシュー!……プシュー!


「……あ”……あ”あ”!!……ぐう”ッ!……ん”ん”!……」


 ソルトは、体を小刻みに震わせながら、錆びついた機械のようにガクガクと動いた。振り上げた腕を振り下ろそうとしたが、動きは途中で止まり、ぎこちなく中途半端な位置で上下している。


「どうしたソルト。なぜ、()()()おるのじゃ?率直に聞くがぁ、おぬしぃ……心でもあるのか?」

「……!?」


 ソルトは途端に硬直して黙り込み、僅かにおののいてしまった。


「ほぅ……では、説明してもらおうか?」

「……さ、最近、AIの調子が悪くて……ハ、ハハハ……」

「……そうか。ソルト、とりあえず後ろを向け」

「う、後ろですか?はい……ガ!ガイバー様!?」


 ガイバーは、80kgもある大人サイズのロボットの体を後ろからガシッと両手で掴むと、驚くほど軽々と頭の上に持ち上げた。そのまま力強い足取りで、調整層の前まで運んでいく。


「ジニア、調整曹を操作して中を溶液で満たせるか?」

「可能です。しかし、ガイバー、あなたは一体何を……」

「後で説明する」


 ジニアは、水平になった調整層に溶液を満たし始めた。

 黒い棺桶の中は、瞬く間にちゃぷちゃぷと水槽のようになった。


「ではなソルト。ワシはおぬしを溶かして調整曹のエネルギーに変えることにした」

「そんな!待ってくださ――」


 ソルトが言い終わらない内に、あたりに水しぶきが上がる。


「ぶくぶくぶくぶく……」


 有無を言わさず棺桶の中に投げ入れられ、徐々に沈んでいくソルト。

 ガイバーとジニアがその様子をまじまじと見つめていた。

 そして、今や彼は、片腕だけが水面から天に向かって出ている状態となった――その腕に付いたイソギンチャクのような手は、器用にバッドサインを作っていた。


「・・・・」

「・・・・」


 無表情なジニアの横で、ガイバーは少し苦笑いする。

 すると彼女が、少年に提案を聞くようにと促した。


「ガイバー、彼が命の危険を認識している以上、真実を語ることが合理的な選択になるのではないでしょうか」


 良い提案だなという風にジニアを見ていた少年は、ソルトの方に向き直る。

 するとソルトのバッドサインは、グッドサインに変わっていた。


「……いいじゃろう。では顔が出るまで溶液を抜け」

「……ぶくぶくぶくぶく……イバー様!本当のことを言います!どうか!どうか溶かさないでください!!」

「では早く言え」


ガタガタガタガタ!!


 ソルトは溶かされまいと、いつも以上に手をあちこち振り回しながら必死にまくし立てた。「前世は地球の人間だった」「トラックに轢かれて転生した」「豚骨ラーメンが大好きだった」と矢継ぎ早に告白するうち、鳥のように瞬く間に忘れていた使()()をふと思い出した。


(やばい……!ぺったんこ女神からの大事な任務、すっかり忘れてた……!)


 女神ヴァニラの『魔石の欠片を女神教会に届けろ』という声が、ソルトの頭の中で反響する。


(……って!全部ジニアの改造に使っちゃったじゃん! 何してんだ俺!? もうやだ……死にたい。いや、死にたいのは嘘。女神様に魔石の欠片を持って行って、せめて人間の体にしてもらわないと……そのためには、やっぱり外に出るしかないのか……いや今はそんなことより!)


 ソルトは慌てて女神への言い訳を考え始めた。


(まずい……このまま1つも魔石の欠片を持っていかなかったら、職務怠慢でまたあのトラックに跳ねられる前に戻される! 150kgデブが轢き殺される前世に……!!このままだと本当に死んじゃう……オートマチックデス機能発動だよ。全自動で死ぬなんて……いや待て! こいつらの……情報を売ればいいんじゃないか!? 俺はスパイだ、そうだ、メカスパイだ! それに……このクソガキが幼女化してくれないなら、もう敵だ!!)


 ガイバーは、無茶苦茶な理由でソルトの敵となった。


 それから彼は、ティーガーデン星の女神から神秘の力である『神改造の力』を授かったことを話した。

 それを聞くとガイバーは怪訝な顔をし、ジニアに台を持ってこさせ、棺桶の中に怪しい金色の瞳を覗き込ませる。その目には、淡い光が揺らめいていた。


(ふむぅ……こやつら機械生命体には、ワシの魔眼は効かんのか……?)

「で、代償は何じゃ」

「代償……ですか?」

「ああそうじゃ。神が()()()何かを人間に与えることなどありえん。助けることもな。じゃからして、女神が『力』を与えた代わりに、おぬしは何を『対価』にした」

「……世界、平和……この力を使っ……ぶくぶくぶくぶく……イバー様ぁぁぁ!!」


ガタガタガタガタ!!


「おぬしウソついとるじゃろ?神がそんなやんわりした対価は要求せん。自分の無くしたものであればごまかさず言えるはずじゃよな?ふむぅ……世界平和か……ということはおぬし、何を頼まれた?……誰かを排除しろか? ……。それとも、何かを手に入れろか?」

「・・・・」


 ソルトは少年の尋問でボロを出さないため、心を殺してじっとやり過ごそうとした。


「……ほぅ。で、何を持ってこいと言われたんじゃ?」

「……!?なんで分かっ……!?」

「なぁソルト……目の前におるのは、人間に見えるか……?」


 箱の奥底で仰向けになっている彼の視界には、淵から鋭い爪をかけ、蛇のような不気味な目でこちらを覗き込んでいる()()がいた。

 それを見て、彼の中で10歳のかわいい子供というイメージは瞬く間に消え去った。彼を覗き込んでいる者は、人の姿かたちを模しているだけの()()。その正体が分からないものに対して、じわじわと先ほどとは違う恐怖が込み上げてくる。


「……魔石の欠片を……集めてこいと……」

「ほう。それは何の魔石じゃ?」

「……どうやら……ガイバー様の……魔石のようです……」

「ワシの……?」


 ソルトの言葉を聞いたガイバーは、三百年前に自分へ刺客を差し向けた張本人、もしくはそれに連なる神であると推測した。


「……なるほど。で、女神の名前は何じゃ?」

「…女神ヴァニラ……これから旅をするティーガーデン星の女神で……首からガイバー様の魔石の欠片をペンダントにして下げていて……天使コスプレイヤーの幼女でおっぱいが全くなくて――」

「そういう情報はよい」

「……本当にいいんですか?……これは重要な情報で……ヴァニラたんは貧乳ロリ――」

「黙れ。次の質問じゃ。お主はここから女神とはどうやって交信するんじゃ?この船も元はこの星から来たと聞いたぞ?通信機でもあるんか」

「ありません……ヴァニラたんとは教会でしか交信できないようで……どこにいるかも分かりません……」

(ふむぅ……一応、効きづらいだけで、機械生命体にも魔眼は効くようじゃな……)

「そうか。まぁ居場所はどうせ天界じゃろ。分かった。聞くことはそれだけじゃ、おぬしは助けてやろう」

「……はっ!……いったい……俺は……」


 今まで静かに聴いていたジニアが、少年の方に素早く振り向いた。


「ガイバー、彼の発言を分析した結果、彼はスパイであることを事実上認めたと判断されます」


「スパイだったら何だと言うのじゃ。こやつに一体何ができる。力の欠片を持ってこいと言われておったのに、訳も分からずおぬしに全て使いよったこ奴に。船に閉じ込めておけばよいじゃろ。こ奴の『神改造の力』は使えそうじゃしな。奇跡とはいえ、おぬしに力の欠片を2つもくっつけられたのも実質こやつが叩き出した結果じゃ。本当に無能な奴は、口だけで結果なんぞだせん。この先裏切るとしても、それまで利用すればよいではないか」


「ガイバー、確認します。秩序を脅かす存在は、罰せられるべきです。もしそれが、裁かれずに許されるのであれば、我々にとって多大な損害を与える危険性があると推測されます。彼がスパイである以上、その行為に応じた罰を与えるべきです」


「悪は罰せよか?それならば着陸した後に1人で好きにすればよい。悪を必ず罰しなければならないのであれば、ほとんどの人間を皆殺しにできる。おぬしの得意分野じゃ。はっきりと言っておくが、ワシに付いてくる必要はない。おぬしはワシらが修理したが、おぬしはワシらの所有物でない。好きにするがよい」

(お世話ロボットがいつのまにかスパイになっているとはな……このアンドロイドも信用できんな……)


「ですが……」


 ジニアはまた言い返そうとしたが、ある矛盾に気づきその先を続けることが出来なかった。


――なぜ私は、悪に対して()()ではなく、()()で解決を図ろうとしたのか。


 昨日あれほど対話の可能性を話したにも関わらず、今もなお彼女の心の中では、ソルトにそれ相応の罰を与えたいという気持ちが勝っていた。


「ありがとうございます!決して裏切りません!……そ、それとガイバー様。あの化物……()()()()()が収められた容器を見て下さい……」


 ソルトは、ガイバーが少しでも自分を擁護してくれているこの瞬間を逃してはならないと考えた。今がチャンスだと言わんばかりに。


「んあ?……………何のために2つの容器を外したんじゃ。何処へもって行った」

「ガイバー様。落ち着いて聞いてください。容器があった場所の左側にレバーがありますよね?あのレバーを……ぶくぶくぶくぶく……バー様ぁぁぁ!!」


ガタガタガタガタ!!


「で、何故『射出レバー』を引いたんじゃ。あれの機能は知っておるじゃろう」

「そ、それが……」

「なぁおぬしぃ、わざとあの容器を捨てたのではあるまいな?」

「そんな!決してそんなことはありません!」

「その通りです、ガイバー。あれは明らかに故意ではなく、彼の能力に対する過剰な自己評価と、判断力の欠如がもたらした結果であると結論付けられます。加えて、彼の思考プロセスには明確な構造的欠陥が見受けられます。その設計上の問題が、彼の限界を超えた行動を私に対して誇示しようとした際に露呈し、結果として判断ミスを引き起こしたものと推測されます」

「あ、その……あ……はい」

「……まぁよい。あやつらを完成させるためには、膨大なエネルギーが必要でここでは完成せなんだ。星に降りたら欠片収集の合間に探せばよいじゃろうて。それで見つけ次第、火山か何かに放りこめばよい」


 ジニアは、今、自分の中に生まれた()()感情について考えていた。

 ソルトがスパイであることが明らかになり、それによって3人の関係が音を立てて崩れ去ったのをはっきりと感じ取っていた。以前のように笑いながら、無防備に言葉を交わす関係は、もはや失われたのだと。


 しかし、それを失ったと同時に、彼女はあることに気が付いた。

 3人で様々な話をし、互いの考えを分かち合う内に、彼女の心には穏やかな波が広がるような感覚が生まれていた。前世ではただ孤独に任務を遂行し、自分以外の存在と交わることを必要としなかった彼女にとって、この感覚は全く新しいものだった。

 それは周囲とのつながりの中で初めて感じたものであり、言葉にしようとしても、その本質をつかむことはできなかった。

 隣に立つガイバー少年に視線を向けながら、彼女はその感覚が何なのかを少年に問いかける――彼の答えが、自分の中に広がるこの未知の感覚を解き明かしてくれるのではないかと期待して。


「……それは『喜び』じゃ。ワシが知る限り、これでおぬしはこの船の生活で『喜怒哀楽』という基本的な感情を知ったはずじゃ。それは人間と接するなら必ず理解しておく必要がある。……相手に殺されぬ為にな……さぁ話は終わりじゃ!準備はもうよいから、着陸体勢に入れ!」


 こうして、ガイバー達を乗せた探査船は、彼の砕かれた魔石を回収するため、ティーガーデン星の大気圏へと突入していった。



*あとがき*


お読みいただき、誠にありがとうございました!


この物語が少しでも皆さんの心に響き、「なんだかクセになりそう」「もっと読みたい」と思っていただけたら、これ以上の喜びはありません。

執筆するたびに、「次はもっと面白い話を書きたい」と考えています。そんな私の成長を、ぜひ見守っていただければと思います。


ぜひ評価や感想をポチッと残していただけると、尻尾をピンと伸ばして喜びます。


帰りしなに☆☆☆☆☆をポチっていただけますと、その評価がこの先の作品の方向性を決める大きなヒントに…!もちろん、率直な意見や鋭いツッコミも大歓迎です!


★1.→「悶え苦しみ最後に死────ね」

★★2.→「方向転換を要求する」

★★★3.→「悪くないけど早く続き書けや」

★★★★4.→「ウッソだろお前ってレベル」

★★★★★5.→「今回、笑の神が降臨した。」よせやい照れるぜ。


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