都合の良い願い事
『そなたに永遠の命と奇跡の力を授ける』
須久水の魂は、光となって調整曹の中にいるお世話ロボットの体に吸い込まれていった。女アンドロイドにバラバラにされたそのロボットは、体とデータを修復するのと同時に、須久水の意識も徐々にはっきりとしたものとなり、頭も働くようになってきた。
(……なんだか……意識が……それに、ここは何だ?真っ暗で何も見えない……まさか!誰かのお腹の中!?そして俺は赤ん坊でこれからオンギャ!するって、ことぉ?)
須久水は、女神神殿で女神ヴァニラに言った願い事を思い出した。
(そうだ、俺はこれから、『永遠の命と丈夫でスリムなボディ。おまけに器用!スタミナの概念?ハハッないない。そして豊富な知識の持ち主』に転生するんだ。夢じゃない。やった……やったぞ!それに最強の武器も作れるってぇ!?うっひょー!)
彼の言ったことは概ね正しかった。
(あ~人生勝組だわ~。で、これからその勝者の道を歩む俺は何て名前になるんだ?あ~産まれるのが待ち遠しぃ~…ピピッ。……ん?)
須久水が情報を求めると、頭の中でデータが表示された。
(……ソルト……これは……俺の名前?もう既に決まってるのか?ってか何だこの能力!すげぇ!他には!?)
須久水 改めソルトは、頭の中に色々な質問を投げかけてみた。それに応じ、脳内AIは瞬時に答えを出力してくれる。
(俺の親ってどんな人?…ピピッ。……え誰この博士みたいな爺さん。じ、じゃあ俺は今どんな所に住んでる?…ピピッ。え!宇宙船の中!?あのぺったんこ女神はティーバックだか何だかっていう星って言ってたぞ!?)
ソルトは少し心配になり、女神に言った願い事が本当かどうか確かめることにした。
(……俺の……寿命はどのくらいなんだ……?…ピピッ。……寿命……無し!やった!やっぱり本当だった!少し心配しちまったけど、願い事自体はちゃんと叶ってるみたいだ。はぁ……良かった……)
ソルトは安堵した。そして、おもむろにいつもの語りに入った。
(俺は、負け組の150キロおデブ須久水だったとき重い病気にかかっていた。糖尿病と不治の病だ。糖尿病なのは分かる。でも不治の病ってなんだよ。病名ないのかよ。医者から『悪い細胞が徐々に増え、体を攻撃してる。こんなの見たことない。これは不治の病だ』って聞いたときは絶望と後悔しかなかった。それ癌じゃねぇのと一瞬思ったが、無知な俺はきっと一瞬で論破されるだろうと思って突っ込まなかった。……くそっ!こんなことなら日頃からちゃんとした食生活をしておくんだった……)
彼の脳裏に、生前住んでいた大豪邸が思い浮かんだ。
(俺はたまったまついていた。これは卑猥な冗談じゃなく本当に、たまたまついてたんだ。
俺は働かなくても親は何も言わなかった。金持ちだったからな。俺のことも愛していたと思う。だから毎日好きなものが食べれた。俺の好きなもの?そんなの決まってるじゃないか。豚骨ラーメンだよ。分かるだろ?)
生前食べていた大好物の黒い調味料が山盛りに乗った旨そうな豚骨ラーメンが、頭の中で鮮明に描かれた。
(俺は物心ついた頃から毎日豚骨ラーメンを食った。当時俺は、『旨いもの=体にいいもの』だと思っていたんだ。それに爺ちゃんも言ってた)
『野菜を入れとけば、大・丈・ブイ!』
(でも元々野菜は入ってた。赤い奴だ。ああ、あとネギもな。だから大丈夫だと思ったんだ。でもダメだった……。っなんでだ!!)
ソルトは少し感情が高ぶったが、直ぐに収まった。なぜなら今はそれを気にする理由がなくなったからだ。
(俺は、もう健康だの病気だのと気にしなくていい体になった。もう余計なことは考えなくてもいい。これからのことを考えよう。
ああ、ちなみに俺が36歳で死ぬまで毎日豚骨ラーメンを食べても飽きなかったのは、親がくれた調味料のおかげだ。それは真っ黒で最初は『こんなもん食えるか!』と思っていた。でも親はどうしてもっていうから試しに食べてみたんだ…………旨いじゃないか!見た目は悪いが香ばしく深みのある味がして、食べれば食べるほど病みつきになった。
親は確かそれをブラックペッパーの一種で『ダークマター』と呼んでいた。作り方も簡単で、脳に非常に良いと言われているオメガ3を豊富に含んだ魚を炭になるまで焼いて調理用ハンマーで砕くだけだ。
親は毎日ラーメンにそれをてんこ盛りに盛ってくれた。そして盛り切れなかったものは、お洒落な7万円するバケツに入れて持ってきてくれた。暇なときは爺ちゃんと一緒に映画を見ながらそれをボリボリと食べた。そう、爺ちゃんもダークマターが大好きだった)
ソルトの頭の中には、生前食べ続けた特盛モヤシのように乗った、黒い山が特徴的な豚骨ラーメンが浮かび上がっていた。
(……ああ……こう思うと、あの頃もソコソコ楽しかったなぁ……)
回想を終えたソルトは気持ちを切り替え、これからの事を考えることにした。
(今となってはいい思い出だ。よし!グッバイ須久水 好男。そしてこんにちは勝組ソルト!ああ、俺は一体どんな姿をしているのだろう。…ピピッ。……なんだ……これ……)
ソルトの頭の中には、モニターが無いペッパー君のような姿が映し出されていた。しかも不自然に笑ったサルみたいな顔だった。
(ち、ちがう。こんな解雇されまくったペッパー君のパクリみたいな奴じゃなくて、俺だ!俺の今の姿を映してくれ!…ピピッ)
ソルトの頭の中には、今度はポーズを変えたモニターが無いペッパー君のような姿が映し出された。
(いやだぁぁぁ!!!)ガタゴトガタゴトッ!!
ソルトは現実を受け入れられず調整曹の中で暴れまくった。
(ちくしょう!あのぺったこん女神!騙しやがったな!!)
だが女神ヴァニラは、須久水の願いを忠実に叶えていた。
彼は願い事の際、あれもこれもと多くを語ったが、実際それだけでは須久水の本当の願いを再現するには圧倒的に足りなかったのだ。
それを百も承知で女神は、転生者の頭のレベルを見るなり軽々しく『願いを叶えよう』と毎回言うのであった。なぜなら、無理な要求をされることなく女神の目的を遂行する手ごまをどんどん量産できるからである。バカであれば、不完全な願い事をより完全なものにしようと、これからも一所懸命に働いてくれる。ここティーガーデン星では、本当に頭の切れる人間は、転生者には選ばれないのだ。
須久水は、女神は『善意』で転生者に願いと力を与えていると思い込んでいた。
だがそんな都合の良い話はどこにもなかった。あるのはただただ『女神の為に働くこと』であった。
(ちくしょう……俺は永遠にペッパーのバッタモンとして生きていくしかないのかぁ!?こんなのあんまりだ!これじゃぁまるで……奴隷じゃないか……俺はこのまま、ずっと……)
だが中には、須久水のように『次』を欲しがらない者もいた。
そんな時に便利なのが、働きが不十分であるなら能力の剥奪である。働かない者が能力を持っていても、女神やこの星の役には立たないのだ。
(ちくしょぅ……俺も、アニメとか漫画に出てくる転生者よろしく可愛い子と旅したかった……。…ピピッ。……ん?こ、これは!!)
ソルトの頭の中には、今一緒に宇宙船で旅をしている『ロリ顔で金髪ロングの幼女の顔』が映し出されていた。
(お、お、お、お、お、お、お、おっほ……)
地面スレッスレの超低空飛行だったソルトの希望は持ち直した。そして股間付近にある操縦レバーを力いっぱい引いて、彼のテンションはグングン上昇していった!
(こ、この子は、なんていう名前なんだ?…ピピッ。……ガイバー……ガイバー?男みたいな名前だな。…ピピッ。…………男かよォォォ!!!)
ソルト号は墜落した。だが彼は辛うじて生きていた――燃え盛り大破したキタイから瀕死の状態で這い出てきて、まだ残っている希望に手を伸ばした。
彼は生前よりも病的なまでにポジティブに進化していた。なぜなら彼は、一度死んでから生き返った経験があったからだ。彼にとって、死ぬこと以外は全てかすり傷となっていた。
(……で、でも!強面の兄ちゃんと旅するよりは……マシだよな……へ、へへへ……へへへへへ。そうだよ。全然マシだ、むしろいいまであ~るぅ~!こ、この子はどんな子なんだ……?…ピピッ)
ソルトの頭の中に、今までのガイバーとの思いでが次々と浮かび上がった。
「おーい。ソルト~。今日もアホ面じゃな。ワシが男前な眉毛を書いてやろう(キュッキュッ)『ハハハ。ガイバー様。そのペンは油性ですよ』」
「おーい。ゲジ眉~。今日も頭のてっぺんはツルピカじゃの。ワシが毛を書いてやろう(キュッキュッ)『ハハハ。ガイバー様。そこは頭ではありませんよ。股です』」
「おーい。モジャモジャ~。いかんいかん。忘れとったわい。これを書かんといかんかったんじゃわ(キュッキュッ)『ハハハ。ガイバー様。絵がお上手ですね。これは……、ゾウですね!』」
ソルトは無邪気な子供の記憶を見て思った。
(……殺す!!)
その時だった。
ギュイィィイン……
ソルトの入っていた調整曹が、機械音を立てながら水平状態から直立状態へと傾いていった。そして上蓋がプシュー!とエアーブローの音と共にゆっくりと開き始め、自動で開かれる蓋の隙間から淡い光が一筋、鉄の棺桶の中へと差し込んだ。その光は、暗闇に閉ざされていた世界をゆっくりと侵食するように広がり、彼の視界を照らし出した。
青白く光る光学センサーが、光の筋を捉えるように淡い輝きを揺らめかせる。
最初はぼんやりとした輪郭しか見えなかったが、光感度を調整していくにつれ、外の世界が鮮明になっていく。その白を基調とした広々とした部屋には、丸焦げになった機器やバキバキに割れたモニター、壁に開いた大穴が目立ち、一言で言うと半壊していた。
(……ここで……なにが……)
ふと気が付くと、目の前に小柄な少年が立っていた。金髪ロングの少年が、珍妙な面持ちでこちらをじっと見上げている――その瞳は微妙な揺らぎを帯び、何かを測りかねているようだった。すると、その少年が、恐る恐る口を開いた。
「……おい。大丈夫か……?」
「……あ、おはようございます。ガイバー様」(え、このガキ……何で裸なん……?)
とりあえず少年と形式上の挨拶をすませる。するとすぐに少年はペタペタと歩いて行き、突然、大きな布を剥ぎ取り、その下から素っ裸の女性が姿を現した。
「はわわわわわ!ガイバー様!なんですか!?そのダッチ……女性は!?テレテレ」
「な”っ……!?」
(え、こんなあからさまにドン引きしている子供久しぶりに見た……。俺が生前、夜散歩をしているときに、民家の窓から不意に目が合った子供とそっくりじゃぁねぇか。もしかして、俺のこういうノリって……)
ソルトは気づきかけていた。
(子供にはまだ早いのか!)
ソルトはおしかった。そしてその少年は、どうやらその水色の髪をしたアンドロイドを捨てたいということだった。ソルトはなんて馬鹿なことをと思い、自ら修理することを申し出た。なぜなら今ソルトには、『神改造のスキル』が備わっていたからだ。もちろんガイバーはそれを知らなかった。
(……そうだ!このクッソ美人なアンドロイドを改造して、俺のダッチワイフにしよう!)
しばらくして――
ギギギギギィィィ……!!
(おいおいプリティガール……君はなんて……重さなんだ……!!)
ソルトは、少年からアンドロイドを作業台に乗せるよう頼まれ、それに取り掛かってから30分が経過していた。
作業台までは約7mあったが、まだ1mしか進んでいなかった。そんな中で、彼女のお尻を触りながらソルトはある重大な事を考えていた。
(とにかくこの子をダッチワイフにするとして、それからどうする?俺は人間じゃないんだぞ?パコパコ出来ないんだぞ?……そう言えば……あそこで何もしないでぼーっと突っ立てるクソガキも付いてなかったよな……)
「これは大変失礼ですが、ガイバー様? あなたは男性でいらっしゃるはずでは? だとしたら、一体どうしてその……チンコがないのでしょうか?」
「……んあ!?」
ソルトは、女神神殿で女神と天使達に心の中を全て晒してしまったことにより、会話感覚に異常をきたしていた。だが幸いにも、聞いた相手も普通ではなかった。
「そりゃワシは人間ではないからな。生殖器はついとらんし、当然のことじゃが子孫も残せん。じゃがこの人の姿を模している以上は性欲はある。じゃからして、生やすことは出来るし性生活を楽しむこともするぞ?まぁ、生やせても肉棒ではなくてエネルギーチンコじゃがな!わっはははは!」
(え”っこいつ……童貞じゃないのかよ……こんなガキに先を越されたなんて……信じねぇ!!……でも、エネルギーチンコか、確かにエネルギーで構築したチンコなら俺にも付けられるかもしれない)
「ガイバー様、エネルギーチンコとはいったい……」
「そのまんまじゃ。それで相手に魔力供給だって出来る。種族問わずにな。ちなみに何故このようにしたかは覚えておらん、ワシは地球の神に記憶の大部分を持っていかれておるからな。まぁ大方、大切な恋人と特別なひとときを共有するためにそうしたのじゃろう」
(種族問わずどんな相手とでもパコパコできる……だと……こいつの恋人って……ゴブリンか何かか……?いったいどんなプレイしてんだ?…ピピ)
ソルトが情報を求めたことにより、頭のAI回路が起動し、少年がゴブリン、ゴリラ、ブタといったあらゆる種族や動物とパコパコしている生成映像が流れ始めた。
(やめろやめろ!そういうことじゃねぇ!)
「このポンコツAIがぁぁぁ!!」
突然叫んだソルトに対して、少年はギョッとして彼をじっと見ていた。
「ああ、これは大変失礼をいたしました!私の電子回路が少々不調をきたしておりまして、調整が必要なようです」
「ま、まぁ気にするな。おぬしの頭はもともと損傷しておった」
(え?なにこの機体、中古で買ったのか?……それにしても、こいつ恋人もいんのかよ!?ん”ん”ん”リア充め……爆発しろ!!)
「ですが、恋人がいらっしゃるとは、本当におめでたいことです!なんと素晴らしい。私も少々羨ましく思いますよ。その方も、この冒険にご同行されていたら、きっとさらに楽しい旅になったことでしょう!」
「・・・・」
「おや、ガイバー様?私の声は届いておりますでしょうか?」
「……そんなことはどうでもよいから、早くそやつを台に運べ」
ガイバー少年は、ソルトの言葉にわずかに指先を握りしめながら小さな声でそう言った。その瞳はほんの一瞬、揺らぎを見せたが、すぐに無表情を取り戻し、静かにその場に佇んでいた。
その頃、地球では――
ここは、須久水家の豪邸。
高台にそびえる大屋敷は、黒塀に囲まれ、外からでは建物の全貌さえ見えなかった。
門柱の狛犬は苔を噛みながら、来訪者を睨むように無言の威圧を放っている。
屋敷の中は、外の重苦しさをそのまま引きずったかのように、電話越しの声だけを残して、しんと静まり返っていた。
「……そうですか。分かりました」
カチャンッ
「パパ~」
「博男、パパはもういないの」
「マ、ママ……」
「そろそろ受け入れなくては駄目よ。そして、好男のこともね……」
「え、に、兄ちゃんが、どういうこと……?」
「いま警察から電話があったわ。交通事故で亡くなったって」
「う、嘘だ。兄ちゃんは150キロあって、なかなかお目にかかれないほどの大デブだけど、運動能力はパないんだ!それに――」
「博男!……もうあなたのお兄さんはいないの」
「う、嘘だぁ!!この家なんかおかしいよ!こんな家出て行ってやる!!」
「あ、博男!博男!セバスチャン。あの子を」
「かしこまりました」
執事が部屋を出ていった。部屋の扉を心配そうに見つめる。
背は高く赤い派手なワンピースを着ていて、ブラウンのロングヘアーに赤い口紅と少し濃いめの化粧。
手入れの行き届いた赤いネイルが、そっと頬をおさえる。
「そうか、好男……あんた不治の病じゃなくて交通事故でこんなにもあっさりと逝ってしまったのね。最初はダークマターを食べさせて病気にして殺そうと思った。なぜならあの子は少しおかしかったから。発端は……小学校の頃だったかしら」
今は亡き息子のことを思い出す。
「あの子は学校へ行くなりすぐに不登校になった。父親のことでイジメられるからって。私は全然気にしてなかった。でも好男はまだ子供だった。仕方なかったのかもしれない。でも問題はその後。初めて見た時はそりゃあもう驚いたわ。だってスクール水着を着てたんだもの。小学生の女の子が着ているあのスクール水着よ?あの子を見たときは、心臓が止まるかと思った……。それどうしたのって聞いたら、おじいちゃんに貰ったって言ったことにもビックリしたわ。
そして、その後も友人に勧められたって言って、女の子用の体操着まで……それを着ていた好男は20歳だった。だから思ったの。殺さなきゃって。あんな小さな女の子が着る服を着るだなんて……」
長い下まつ毛が、涙を受け止めきれなかった。
「ほんっとに……バカな子……でも何であんな子の育ってしまったのかしら……」
と悲しみに暮れる父であった。
「母親を早くに無くしたこの家庭は、私が守るわ。母親がいない?なら母親になればいいじゃない!」
*須久水は幼女には優しいが、少年には厳しい。
*あとがき*
お読みいただき、誠にありがとうございました!
この物語が少しでも皆さんの心に響き、「なんだかクセになりそう」「もっと読みたい」と思っていただけたら、これ以上の喜びはありません。
執筆するたびに、「次はもっと面白い話を書きたい」と考えています。そんな私の成長を、ぜひ見守っていただければと思います。
ぜひ評価や感想をポチッと残していただけると、尻尾をピンと伸ばして喜びます。
帰りしなに☆☆☆☆☆をポチっていただけますと、その評価がこの先の作品の方向性を決める大きなヒントに…!もちろん、率直な意見や鋭いツッコミも大歓迎です!
★1.→「悶え苦しみ最後に死────ね」
★★2.→「方向転換を要求する」
★★★3.→「悪くないけど早く続き書けや」
★★★★4.→「ウッソだろお前ってレベル」
★★★★★5.→「今回、笑の神が降臨した。」よせやい照れるぜ。