転生者と女神 -無職36歳、鉄の棺桶で再生する-
鉄の悪魔の暴走でバラバラにされたお世話ロボットのソルトは、ガイバーに調整槽に入れられ修理が完了するのを待っていた。
そして、それは起こった。
ソルトの体が、鉄の棺桶の中で元に戻っていく最中、彼の体に光がキラキラと降り注いだ。その光の中で美しい女性の声が響き渡る。
『そなたに、永遠の命と、奇跡の力を授ける』
時は、しばらく前にさかのぼり、ここは地球での出来事――
深夜2時、一人の男が人気のない通りを歩いていた。そしてその男は、おもむろに自己紹介を始める。
俺の名前は、好男36歳。ずっと無職、独身、童貞。ハゲ。ED。糖尿病。不治の病。どこにでもいる親の脛にトラバサミのごとく噛みついて離さない平凡な引きこもりだ。
まぁ最近変わった事といえば、今日から始めたこの真夜中散歩だろうか。散歩は健康に良い。だから辛いときでも頑張ってやらなくちゃいけないと思った。そして真夜中の散歩をしていると色々なことに気が付いた。
俺は夜の匂いが好きだ。昼間とは全く違った匂いがして心地いい。心も落ち着く。そして他人の目線も、ない……。
「はぁ……」
実は俺は、もともと引きこもりではなかった――あれは先週の出来事だった。俺はいつものように肘を90度に曲げて元気よく振りながら肩で風を切り大股で、太陽に照らされながら気持ちよく外を歩いていた。よくおばちゃんがやってるやつだ。
すると気が付いたんだ。
周りからの俺を見る目線にな。
なにせ俺は…………デバフが多すぎて言い忘れていたが、俺はめちゃくちゃ太ってる。関西弁で表現するとめっ↑っちゃ太ってる。そうだ、デブも追加しなければいけなかった。ちなみに、人間が一度に覚えられる数が、7個だか何だかと聞いたことがある。だから言い忘れた。言いづらかったわけじゃない。
まぁ、とはいっても体重は150キロってところだ。そんなに重いわけじゃない――たかがゴリラと同じ重さだ。
でもな”ぁ……あいつら……あいつらは!この醜い俺の姿を見て引いてたんだ!
(ちくしょう……!)
そう思った瞬間から、周りの目線に過剰に心が反応するようになってしまった。そして今に至るってわけだ。
「はぁ……この腹さえなければな……」
彼は、自分の大きな腹にタイツのように張り付いた服を指でつまみ上げ、パチンッと離した。
ちなみに好男という名前は、親が『何でも好きなことをして人生を楽しんでほしい』という思いでそう付けたそうだ。
「でも、こんな体型じゃ何もできやしない…………いいや……こんなところで愚痴っててもしょうがないじゃないか。俺はまだ30代、まだまだ時間はあるんだ。この前ユーユーブで見たじゃないか。俺くらいの体重の男が、3週間くらい頑張ってダイエットに成功した動画を!彼はムキムキボディになってた。そうだ。俺にだって出来る。出来るさ!」
男は自分を励まし、星々が煌く綺麗な夜空を見上げ、また癖のように服をパチンッとつまんで弾いた。
「好男36歳。明日からサプリ飲んで頑張ります!」
キュルキュルキュルキュルッ!!
すると曲がり角からいきなり大きな2トントラックが猛スピードで曲がってきた!
「うっ…!?」
好男はトラックのライトで一瞬目がくらんむ。
がしかし!好男はただのデブではなかった!!
好男は毎日黒っぽい服を着た変な奴らから逃げていた。だから短時間の運動能力はそこら辺の20代よりも遥かに上だった。そして今日も身軽な服を着ていた。そう!好男は動けるデブだった!
「はっ!!」
好男は掛け声と共に横へ飛び、トラックの進行方向から逃れた!好男は光り輝いていた。
トラックは彼を避けようとして方向を変えたが、再び彼が飛び出してきた!好男はライトに照らされていた。
「……あ!!」
と思った頃には遅かった。好男はそのまま跳ね飛ばされた。スクミズしか着ていなかった彼は防御力が著しく低かったため死んだ。
『 須久水 好男(36) 死亡 』
彼の命は消えたが、須久水は淡く光を放っていた……。
『……おい……起きろ……聞こえるか……起きろ……』
ハッと気が付くと、須久水は広々とした白い部屋の中に座り込んでいた。
(……ここは……どこだ……?)
まだ意識と視界がはっきりしないまま辺りを見回す。
高い天井から柔らかな光が降り注ぎ、柱や壁に反射して目がくらんだ。だがその光はどこか神秘的で、この世のものとは思えない美しさを放っていた。
彼はおもむろに床に手をつき、ゆっくりと撫でながらその冷たく滑らかな感触を確かめた。どうやら石で出来ているようだった。
(こんな不思議なほど白い石を見たのは初めてだ……)
「やっと気が付きおったか」
目の前から、玲瓏な女性の声がした――低く落ち着いた声質に、どこか威圧感を漂わせる口調だった。
ぼんやりと床を見ていた彼は、ゆっくり顔を上げて彼女を見た。
(……あ、あなたは!天使コスプレイ――)
「私は女神ヴァニラ」
そう言った彼女は、パッと見18歳手前の少女のように見えた。
白銀色のストレートのボブカットは柔らかに揺れ、額の上では淡い蒼白の光輪が静かに輝いている。その瞳は氷を思わせるブルーグリーンに光り、見つめる者の心を透かすようだった。白く透き通るような肌は神秘的で、光を織ったような薄布の衣が流れるようにその体を包んでいる。
「そしてお主は地球での使命を終えた者。だが幸運にも私に選ばれ今ここにいる。言うなれば特別な存在というわけじゃ。よって特別に2つの選択肢が与えられる。1つは、私がお主の願いを叶えて奇跡の力を与え、使命と共に違う世界に転生すること。もう一つは、通常通り全ての記憶を失い輪廻転生すること」
女神の事務的な説明が淡々と続く中、須久水は驚きと混乱に包まれながら、自分が死んだことを徐々に理解していった。そして、自分の手を見つめながらそっと呟く。
(……俺の体が……トラックに、負けた……)
ここは転生者が訪れるであろう神殿の中であった。目の前には、細かな彫刻が施された大きな大理石のテーブルの横で、足を組んで座る女神。彼女はシンプルな銀のグラスを回しながらつまらなそうに、テーブルの上には何かあるのかそれらを見ていた。
(お、俺は死んだのか。じゃぁ俺は転生者よろしく物凄いチート能力で今までとは違――)
「そしてお主が1つ目の転生を選んだ場合じゃが。次行く世界の大まかな説明をしておく。まず――」
須久水は混乱しながらも質問を投げかけるが、女神はまるで聞こえなかったかのように無視をする。
(む、無視された……!?これはもしかして、アレか……?きっとそうだ、これは、ファッション仲間の喜太郎が言ってたやつだ……!あいつが初めてヘローワークに行き、案内役の女性に話しかけた時、とてつもなく冷たい対応を受けたという、あのエピソード……)
「……すみません、相談したいことがあるんですが……」
「……。はい。何でしょうか?」
「えっと、長い間引きこもっていたんですが、仕事を探したくて……」
「どんな仕事を探していますか?」
「自分にできる仕事を……」
「そうですか。それでしたら、あちらのパソコンにてお調べいただけますでしょうか」
「すみません、もっと詳しく教えてもらえますか?」
「それは自分で調べてください。あとその白いTシャツはいいんですが、下はどうにかなりませんか?せめてハーフパンツにするとか」
「えっと、裾が無いほうが動きやすくて……」
(そうあいつが答えると、その女の人は虫けらを見るような目をしていたという。そして、聞き入る俺に向かって喜太郎は言ったんだ。『これが社会に出たときに、イケメン以外のパッとしない男に向けられる、女性の体操いや違う対応。名は、塩対応! 武流真喜太郎、涙不可避! 』)
「…となっておる。星の名はティーガーデン星。私が選んだ奇跡の力を持つ転生者が何人もいて、名の加護を持つ者よりも強力な力を持っておる。それから――」
(いや、待てよ……さっきからこの女神の声は普通に聞こえてくるが、俺の声だけ直接頭に響くというか……)
そう言って、須久水は自分の口を両手で覆った。
(口が、動かない……!?確かに口が動かない!じゃぁ無視されてるんじゃなくて俺が声を出せていないだけ!?確かに転生したばかりだと俺みたいにCoolな奴じゃないとしばらくわめき散らすかもしれない。わかった。選択する場面が来るまで話せない仕様になっているんだ!)
須久水は辺りを見回した。するとさっきまでは気が付かなかったが、周りには白い槍を持った軽装の女天使たちが6人ほど壁際に立ってこちらを見ていた。
(おっほ。まるで天国みたいだ。いや天国なのか?それよりも!あの子がここにいる中で一番かわいい。おっぱいもめっちゃでけぇ……乳首の色はきっとピンクだ。隣は、んーまぁ黒かな。で女神様はっと……はっ……俺の方が胸でけぇじゃねぇか。上から下までストーンとしてらぁ。きっと触ったらストーンのように硬いんだろうな。ハハハ!それにしても、何を飲んでるんだ?天界の飲み物かぁ……)
女神は、指の形がついた銀色のシャレオツグラスをテーブルにコトッと置き、使命について説明する。
「お主の使命は、私が胸から下げているこの魔石の欠片を女神教会へ届けることじゃ。この欠片は各地に散らばっていて、魔物や人に取りついているものが多――」
(ああ~、女神様はきっと薄ピンクだろうなぁ。きっとおパンチュも同じ色。ブラジャーは……してないか。ハハハん?……なんだ……?)
須久水は股間の異変に気が付いた。
(……!?お、俺のえ、え、え、え、えるぇくたいるディスファーンクション《ED》が治ってるぅ!?)
須久水は、かわいい天使たちの妄想をはかどらせたおかげか、股間がモッコリしていた。
(マジか!おかえり、俺のビッグマグナム。会いたかったよ。こんなことなら早く天使喫茶にでも行っておくんだった!メイド喫茶じゃ効果なかったかー。ああ~気分がいい!めでたい!それにしても転生者かぁ……どんな能力がいいかな?まずは女の子が勝手に惚れてくれるフェロモンを常に出せる能力に、敵が即死するのは当たり前の攻撃力に、何でも攻撃を跳ね返す体と――)
「1つじゃ」
(……へ?)
「お主に授ける奇跡の力は1つじゃ。当たり前じゃろ。なんの功績も無いお主に、2つも3つもやれるわけがなかろうバカタレめが。さらに力を得たくば、魔石の欠片をそれなりに持ってこい」
(……いや、あの、きこえて……)
「ああ、そりゃ聞こえとる。でなければどうやってお主と契約をするのじゃアホが」
(い、いつから……!なんで俺の声が聞こえないフリを……)
「お主がここへ来た時からじゃマヌケ。それにこうでもせんとお主ら人間は本心を隠すじゃろうが」
(うっ……)
「で、お主は力が欲しいのか?」
ベシャッ!
女神は冷たく言いながら、机に置かれた銀のグラスを紙コップのように捻り潰した――赤い液体が彼女の手を伝うのを見て須久水は戦慄する。
「それとも女が欲しいのか?」
カランッ!
須久水のすぐ横にそのグラスが放り投げられた。ビクッとなるが、頭が真っ白で何も答えられない。
「そういえばお主しぃ……色々と言っておったな?ストーン?硬い?なぁお主、転生、やめるか?」
追い込まれた須久水はとっさに『えそんなこと言いましたっけ???』みたいな顔をした。
「誠意の1つも見せられんとは、じゃぁ2つ目の輪廻転生じゃな。それでは――」
(ちっくしょう!この女も周りの女も俺を虫けらみたいに見やがって!聞こえてたなら言えよ!誠意を見せろだぁ!?これ以上俺に無様な姿をさらせってか?いいだろぅ……見せてやるよへへへ……)
須久水は顔を歪ませながら、右手を大きく天に高く上げ、目の前の床に向かってぎこちなくゆっくりと振り下ろす。
(うお”ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!)ドン!
次に左手にも力を込めてゆっくりと振り下ろした。
(うお”ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!)ドン!
土下座前の姿勢をとり、一瞬の沈黙の後、須久水の魂の叫びが神殿中に響き渡った。
(……見たけりゃ……見やがれぇぇぇ!!!)
彼は勢いよく後ろに大の字に倒れ仰向けになり、彼なりに誠意を見せた――そして、かすれた声でおもむろに語りだす。
(……俺は……PanPanhubというちょっとエッチなサイトをいつも使ってたんだ。そして見るジャンルはいつも巨乳のお姉さんだった。毎日毎日、毎日巨乳を見た。ところがある日、あんまり興奮しなくなっている自分に気づいたんだ……俺は怖かった……みんなが大好きな巨乳お姉さんを見ても興奮しないなんてっ!!俺は認めたくなかった……そんなはずないって……だから俺は1日中スマホで巨乳を見まくった。朝起きてからご飯を食べる時も、散歩をしている時も、友達と話している時も、警察に追われている時も、トイレの時もだ!なのに見れば見るほど興奮しなくなっていったんだ。でも見てくれ……このビッグマグナムを……)
壁際にいた天使たちは、全員顔がわずかにこわばり、目は驚きに大きく見開かれ、口元は震えて微かに開き、かすかな息遣いが漏れる。
( ( ( ちっさ! ) ) )
(……グスン……俺は薄々気が付いてたんだ……巨乳はそんなに好きじゃないって……うっ……だって……オデの趣味がいつも教えてくれてたんだ!オデのずき”な”モノを”……)
彼は肩を激しく震わせながら、涙を止めどなく流していた。涙は目尻からこぼれ落ち、耳元を濡らしていく。彼の声は詰まりながらも絞り出される。周りからかすかに(キモ過ぎ)という声が聞こえた。
(えっぐ……オデは……うっ……実は小さい方が好きで……女神様を見ていると……うぐっ……オデのEDが治りましたぁ~!お~~~んっ……!!女神様が一番かわいいです~!……うっ…ううっ……おえぇぇぇ……)
それを見た天使たちは苦虫を嚙み潰したような表情をしながら思った。
( ( ( ダメだこいつ……早く転生させなきゃ…… ) ) )
「で、お主、願いはなんじゃ?」
(……うっぐ……ねっがい……願いは……永遠の命と丈夫な体。あと太ってなくてスリムボディで器用だといいな。動いても疲れないスタミナの概念なんて無くてあと色んな知識も持っていてへへ)
( ( ( 願い多っ!? ) ) )
「いいじゃろう。今回はサービスしてやろう」
( ( ( 女神様ぁ!? ) ) )
女神は、大理石の大きなテーブルの上で、手をあちこちに滑らせる――まるで、テーブルに散らばったトランプを無造作にかき混ぜるような動きだった。その手さばきには迷いがなく、何百年もの間、同じ動作を繰り返してきたかのような慣れと落ち着きが感じられた。
「……おお!ちょうどいいのがおった。お主は幸運じゃな。それと奇跡の力じゃが、それは1つだけじゃ。ふむ……この体で相性の良いカードは……お主、『神改造の力』はいらんか?材料さえあれば大抵の物ならなんでも好きに改造できるぞ?最強の武器も作れるやもしれんな!あっはははは!」
(……最強の武器……それでお願いします!)
須久水は女神の冗談を真に受けた――最強という甘い言葉に酔いしれて。
「では行け。そして私が首から下げているこの魔石の欠片を女神教会へ持ってまいれ。成果しだいでは他の奇跡も授けよう。じゃが気を付けるのじゃ。転生者を含めた教会関係者以外で、この魔石を持っておる者は、全て敵とみなせ。よいな?」
「はい!須久水 好男、36歳。来世から頑張ります!好きだったものは、豚骨ラーメン。嫌いだったものは、ポリスメン。さようなら、デバフましましだった俺。こんにちは――」
「ああ、あと余りにも働きが不十分じゃったり、この星に害をなすようであれば、その能力の剥奪もしくはトラックに跳ねられた直後に戻すからな。くれぐれも、気を付けて行動することじゃ」
「・・・・」
須久水は急に黙り込み、都合の悪いことは聞こえないフリをした。
パチンッ
女神が指を鳴したとたん、地面に魔法陣が浮かび上がり、大の字になった須久水を明るく照らした。
そしてそのまま体が薄くなり、天使たちの「きんもっ…」という声と共に転生するために消えた……。
須久水の魂は今、奇跡の力と共にティーガーデン星の衛星軌道上を航行する宇宙船へと向かった。
その船には丁度良く『永遠の命と丈夫な体。太ってなくてスリムボディ。器用で動いても疲れないスタミナの概念なんて無い色んな知識も持っている者』が乗っていたからだ。