不滅のドラゴンと転生者共
― グオォォォォォォォ!! ―
体の芯まで響く咆哮が鳴り響いた。
暗赤色の空を裂くように伸びるその声は、まるで世界そのものを断罪する叫びのようだった。
赤と青の2つの惑星に照らされて、漆黒のドラゴンが地上に大きな影を落としながら、弧を描くように空を舞っていた。
その姿は、幾つもの町を焼き尽くし、住人たちの命も希望も喰らい尽くした破壊者そのもの。
転生者たちは、その圧倒的な存在感に押し潰され、不毛の大地に縫い付けられたように動けなかった。
怪物との戦いで、すでに地面には “人間だったもの” が無数に転がっている。
「……聞いたか?6つの町だぞ?6つだ。どんだけ腹減ってんだよ、あの化け物……!」
「そうだな……次は俺たちがメインディッシュだよな。人数多いし、ちょうど豪華なビュッフェってわけか……!」
ズゥゥゥン……!
轟音と共に漆黒の巨影が大地を裂くように現れた。いや、それは『現れた』と認識するより先に、轟音が後から追いかけてきたかのように大地を震わせるが、彼らはいつ、その存在が現れたのかを思い出せない。彼らの意識が追いつく前に、その金色の瞳がこちらを見据えていた。そして彼らは茫然と見上げた。
「「……ッ!?」」
その姿はまるで夜そのものを切り取ったかのように暗色に染まり、鋭い鱗は重厚な鎧のように光を弾き返している。金色に輝く瞳は、人間を見下す支配者の目そのもので、喉奥から漏れ出す低い咆哮は、闘志を押し潰すような圧倒的な威圧感を放っていた。
「え……あ……っ……」
「…誰か、頼む…何とか……して……」
ドラゴンの金色の瞳が、不気味に光を宿した。まるで底知れぬ深淵がこちらを覗き込んでいるかのような感覚――それに気づいたのは、たった数秒のことだった。だが、その数秒が永遠のように感じられるほどの恐怖を伴った。
「なんだ……これ……!?」
「な……なんで体が……」
一人は無理やり剣を振り上げ、もう一人は虚ろな目で刃を構えた。抗う間もなく、二人の剣は互いの首を目掛けて振り下ろされる。瞬間、血飛沫が闇を赤く染めた。
「「……ッ!」」
二人の転生者が地に崩れ落ちた。喉元から流れる血が、暗い地面に黒々とした斑模様を描いていく。彼らが最後に目にした光――それは、ドラゴンの胸の奥に埋め込まれた魔石の赤い光であり、重厚な鱗の隙間から漏れ出し、闇を切り裂くように輝いていた。
それは、まるで内側から命そのものが燃え上がっているかのような強烈な光だった。
「魔石獣……」
震える声で誰かが呟いた。ドラゴンの命は、その金色の瞳の奥ではなく、胸に埋め込まれた魔石に宿っている。その魔石は、無数の命を貪り吸い上げた膨大な魔力を胸の奥で渦巻かせ、その力を深い絶望として転生者たちに振りかざしていた。
『魔石を砕かなければ倒せない。それが魔石獣と呼ばれる存在だった』
しかし、それに近づくことすら不可能だと誰もが感じていた。ドラゴンの瞳が金色に輝くたび、まるで新たな犠牲者を冷徹に選別しているかのように見える。
「俺、無双するために転生したんじゃないのかよ……!こんなの聞いてねえよ……」
「くそっ……なんでこんな化け物がいるんだよ!?魔術も魔法も何も通用しねぇじゃねぇか!!」
「これ、女神のくれた “最強スキル” だったよな?どこが最強だよ、クソの役にも立たねえじゃねえか!」
徐々に絶望が空気を重く淀ませ、転生者たちの瞳からは光が消えていった。呻き声や弱々しい足音だけが響き、戦意はまるで砂のように音もなく崩れ落ちていく。
「うろたえるでなーーーーい!!!」
ドドォォォォン!!
広大な戦場に、突如、大声と雷鳴が響き渡った。
転生者たちが凍りついたようにその声の方へ振り向いた瞬間、稲妻のような光が地平線を裂いた。轟音とともに大地が揺れ、転生者たちの足元の砂埃が舞い上がる。そこに現れたのは、綺麗な真っ白いローブに身を包んだ一人の老人だった。
その姿は痩せ細っていながらも、その立ち姿にはまるで大地そのものを支えているかのような威厳が宿っていた。熱風が白い長髪を振り乱し、皺の寄った手が長い髭を揉んでいた――特大の雷撃を放ったせいか、その手元からはシュゥと音を立てて煙が立ち昇り、髭の間を縫うように揺らめいている。もう片方の手に持つ杖は見るからに古びているが、そこから放たれる魔力の波動は、転生者たちを一瞬で飲み込むほどに強烈だった。
転生者たちは、その魔法使いの顔を見るや否や「あ、あの方は!?」と口をそろえて言い放つ。
「大魔法使い様だ!」
「救世主様だ!」
「雷轟賢者エルモンド=ゼフィル=トリニティ=オーガスト=ドラゴニカ!」
転生者たちは、それぞれに雰囲気を察して勝手な呼び名を口走った。統一感のない声が戦場に響く中、老人はそれらを完全に無視して、堂々と胸を張ると口を開いた。
「フン!ワシを見間違えるとは、まだまだじゃのう!よく聞け、ワシの名は、大賢者ガンバルフ=ザグレイトホワイト=サッキン=インクリット=オロリ=ミスランティア!長きに渡り、女神様を守護する者じゃ!」
老人が名乗りを上げると、転生者たちは一瞬思考が停止し黙り込んだが、すぐに我に返る。
「「「覚えられねぇ!」」」
「皆の物、うろたえるでない。ワシが来たからにはもう安心じゃ」
(ふふふっ、こんなにやべぇ状況なのに、登場に大量の魔力を使ってしもうた)
それでもなお、一人の転生者がうろたえながら叫んだ。
「ですが、大賢者様!あのドラゴンには我々の攻撃は全て無効化されてしまう!そんな相手にどうしろって言うんですか!?」
「だからうろたえるでない。確かに、魔術と魔法は体に当たっても拡散し、瞬間移動で近づき物理を当てようにも、何故かドラゴンの目の前に行くと動けなくなって、あの鋭い爪か翼で真っ二つ」
(ぐぬぅ……雷が暴れてワシのご自慢のヒゲも上と下に別れてしもうた。じゃが心配はいらん。こうやって髭を揉む賢者のふりをしつつ、徐々に手の中にちぎれた髭を隠していけば、だぁれも気づくまい。……アハ体験じゃ。アハ体験を使おう)
「だったらどうやって……」
「おい、そこの者!お前は確か、相手を分析出来るんだったな?」
大賢者は、すぐそばにいた小柄で痩せた上下黒の長袖姿をしている転生者に声をかけた。
彼の丸刈りの頭には『必勝』と書かれた鉢巻が巻かれ、丸眼鏡をかけ、そのレンズは牛乳瓶の底のようなぐるっぐるレンズだった。そして彼は、眼鏡をクイクイやりながら淡々と答えだした。
「え?私ですか?はい、ええ、そうです、私はですね、相手を分析することができるという、まぁ、言ってみれば奇跡のような力、いえいえ、ここで言うところの魔法という能力を持っています。ですがですね、あのドラゴンですよ、はい、あの恐ろしい漆黒のドラゴンを分析しようと試みたのですが、ええ、もう本当に驚いたことに、まったくと言っていいほど何も分からなかったんです。はい。ですが一つだけ分かったことがあります。それはあなたの白い髭が徐々に短く――」
「分かった!ワシも一つ試してみたいことがある。それは、あのドラゴンはどうやら、強力な武器を所持している者から狙っているようなのじゃ。そこでじゃ!」
(こやつ……危険じゃな……)
大賢者は杖をカンッ!と地面について言う。
「お主はあのドラゴンに近づいてもきっと問題はない。そして、至近距離であればお主の分析力もより強力になり、この悪い状況を好転させられる何か打開策を得られるやもしれん!さぁ、ゆけ!お主はこれからワシらを導く救世主になるのじゃ!」
「あ、あの、それは、その……えっ?」
彼は理解が追い付かず、言葉にならない声が喉の奥で何度も途切れた。額には瞬く間に汗が噴き出し、慌てふためいて絶滅危惧種の眼鏡をクイクイやり過ぎて、フレームにはつまんだ鉛筆がぐにゃぐにゃになる現象が起きていた。
「ちょ、ちょっと待ってください!私がですか!?いや、私なんて、とてもとてもそのような……分析力といっても!あの、その、それにあのドラゴン、明らかに無差別に……」
男は大賢者の方を見て必死に説得しようとするが、その彼は何事もなかったかのように悠然と杖を構え、次の作戦を練るかのように遠くを見つめていた。すると、近くにいた転生者たちの視線が集まり、男はとてつもない圧力を感じた。
ゴクリッ……
彼は緊張で両腕をガチガチに硬直させたまま、巨大な黒い化け物に向かって、一歩ずつ歩みを進めていった。
「もっとじゃ!もっと近づくのじゃ!」
「いけ!牛乳眼鏡!」
「頼んだぞ!牛乳瓶!」
今や彼は、かすかに返り血が飛んでくる所まで近づいていた。だが驚いたことに、ドラゴンは彼には見向きもせず、襲い掛かってくる転生者を順番に屠り続けていた。
「…………。ワシの言った通りじゃったろう!さぁ、分析を開始するのじゃ!」
(なんということじゃ……)
「は、はい~!」
男は風圧で眼鏡が飛ばないように、両手で必死に抑えながら分析を開始する。
「……は!わ、分かりました!このドラゴンは、体に触れた魔力を吸収してます!そして、奇跡の力を拡散し無効化も……!?物理しか…物理であれば効くかもしれません!!とにかく胸のコアクリスタルを――」
その時だった、大きな金色の目がギロリと男の方を見た。次の瞬間、ブオンッと大木のような尻尾に薙ぎ払われ、牛乳瓶の底メガネは粉々に砕かれ絶滅した。
「……くっ。なんということじゃ……血も涙もない怪物め!!」
(……ふっ)
彼は、一生懸命に感情を振り絞って叫んだ。そして杖をドラゴンに突き出して続ける。
「じゃがその命は無駄ではなかった。あの怪物の弱点は、胸の魔石に強烈な物理を当てること!そこのアホみたいに大きな大剣を持っている者!」
「はい!」
銀色の鎧を着たその転生者は、まるでのぼり旗のような巨大な大剣を両手で抱え、その刃の端からギリギリ片目だけを覗かせて大賢者を見つめた。
「お主の力を借りたい。他の転生者が物理系の拘束スキルを使った時に、その大剣をドラゴンの胸に叩きつけるのじゃ。突撃の合図はワシが出す。ちなみにお主のその剣は女神様からなんと言われておる?」
「ありがとうございます!前が上手く見えなくて困っていたんですよ!えっとこの大剣は『チート級オリハルコンブレード(最強)』だそうです」
「よし!」
「うおぉぉぉぉ!!!」
大賢者は勝利を確信したが、突然その大剣の男が突撃を開始した。
「今のは合図ではなぁぁぁい!!」
突進してきた男の気迫とでかすぎる大剣に驚き、前線にいた転生者たちが慌てて飛びのきながら文句を言う。
「なんだこいつ!順番を守れ!」
「おい!次は俺の番だろうが!」
「なんだこの剣は!?」
すると、ドラゴンの目が鋭く大剣の男を捕らえ、金色の光がその瞳の奥で不気味に揺らめいた。男は文句を言う転生者たちを尻目に魔力を両腕に込める。
「くらえ!真上からの必殺の一撃!この大剣は女神様から授かった奇跡の力を宿すオリハルコンブレード!全長5メートルだが、振るとさらに5メートルも延びる!そう、敵が間合いを見誤れば一瞬で両断するチート級の武器だ!それにこの剣を振るたび、腕を強化するために魔力を集中させる必要があるんだぁぁぁぐわぁぁぁ!!」
ドラゴンはその巨体からは考えられないほどの俊敏さで、全長が10メートルにもなったオリハルコンブレードを横に飛びのいて避け、立て続けに前方に移動しながら鋭い翼で彼の体を上下真っ二つに両断した。
「な、なんということじゃ……」
(また殺られおった……女神様が全員で行けと言ったのも頷けるわい……それにしても、いつもより転生者たちがお喋りな気がするのぅ)
周りにいた転生者たちも、そのことに気が付き始めていた。不穏な空気がじわじわと広がり始め、誰もが言葉を発することなく、互いに顔を見合わせるだけだったが、その視線には明らかに動揺が滲んでいる。
「これ……やっぱりおかしいよな……?」
それはドラゴンとの戦闘を開始した直後の事だった。
まず最初に、勇者クラスの転生者たちは勢いよく啖呵を切り、まるで己の力を誇示するかのようにイキリ散らしながらドラゴンに向かって突っ込んでいった。 次々と叫ばれる技名は、転生者たちにとって『相手にハンデをやった』と言わんばかりの転生者あるあるだと思われた。
しかし、それが彼らの終わりの始まりだった。
ドラゴンの金色の瞳が一人一人を冷徹に見据えるたび、彼らはさっきの大剣の男と同じように、自分の攻撃方法や武器の特性をペラペラと喋り出し、次の瞬間にはあっさりと命を刈り取られていった。そうして、一人、また一人と殺されていく様子は、もはや戦いというよりも処刑だった。彼らの自信満々の叫び声が、恐怖に満ちた悲鳴へと変わるまでにそう時間はかからなかった。
そして、期待を乗せた最後の勇者の剣と背骨が踏み折られ、勇者クラスの転生者たちは全滅した。
ゴクリッ
戦場のあちこちから、まるで不安が伝染するように「ゴクリ、ゴクリ」と喉を鳴らす音が次々と響き渡った。
「なんということじゃ……(ゴクリッ)」
(いや……あれは魔眼の力じゃ。きっとあのドラゴンは相手に自分の情報を喋らせる力か何かを持っておる。ぐぬぬぅ……あの牛乳瓶を装備した男をもう少し生かしておくんだった)
今、この戦場に残された転生者は約30人ほどにまで減っていた。
「もう少し、もう少しじゃ……」
戦場には、大きく分けて二種類の目立つ存在がいた。
一つは、大声で虚勢を張りながら瞬く間に消えていく『B型(Bluster Type:虚勢型)』だ。通称『イケイケドンドン、またはイキリの玉手箱』とも呼ばれるB型は、その場を盛り上げるには一役買うが、功績を残したい大賢者にとっては、最も邪魔な存在だった。
もう一つは、指示が降りるまで一歩も動かない『P型(Puppet Type:操り人形型)』だ。通称『指示待ち人間、またはチー牛戦士』と呼ばれるP型は、他者に依存することでしか動けない存在であり、老人にとっては最も扱いやすい駒だった。
そんな彼らの様子を、大賢者は静かに観察し、ガツンと杖を地面に打ち付けた。
(ワシの出番はまだか!B型たちがどでかい大技をポンポン放つから、味方に当たらぬよう大勢で一気に畳みかけられんしチームで戦う強みを全く発揮できん!あのバカ共がぁ……いまいまいま……!忌々しぃ~!これではワシの超特大魔法を放てんではないか!!)
彼は、他の転生者同様、自分が攻撃できる『仲間の隙』を見計らっていた。
だが彼の焦りとは裏腹に、無謀にも突撃を繰り返すイケイケドンドンたちが、一人、また一人と無情にドラゴンの金色の瞳に捕らえられ、瞬く間に命を刈り取られていき、最後のB型が両脚を残し地面に立っていた――最近投入された新型の『N型(ニュータイプ:あらゆる環境や状況に適応した新転生人類)』の目がキラリと光る。
(……はっ!!今じゃ!!ワシの番が来よった!!ゆくぞ!あいつにワシの十八番、物理系を有し、無詠唱の特大魔法アーススパイクで地面から奴の胸を貫く!!魔法耐性のあるワシに、魔眼など無意味!!)
「ハァァァ!!女神様から頂いた地面から巨大なトゲが出現し相手を貫くやつ!尚発動はこの杖を地面にカツンとやったときぃぃぃぃ!!!」(あかーーーん!!)
カツンッ!…ドゴォォォォォォォォォン!!
凄まじい地響きと揺れが辺りを襲う――近くにいた転生者たちはバランスを取るのでやっとだった。
それとは逆に、ドラゴンはまたもや横に飛びのき地面からの巨大なトゲを回避し、その勢いで続けざまに動けずにいる近くにいた1人を爪で裂き殺し、翼で1人を上下に分断して、3人の転生者を尻尾でバラバラにした。
(な、なんということじゃ……)
大賢者は、予想を超えた二次被害におののいた。その直後、周囲の視線が次第に突き刺さるように感じられ、額に汗が滲み出した。
だが、その視線は彼の中で一種のスイッチとなり、アドレナリンを爆発的に分泌させた。心臓はドクンドクンと波打ち、全身に脈動を送り込むと同時に、脳内には大量の燃料が流れ込む。額からは汗が流れ落ち、それはまるで潤滑油が漏れ出しているかのようだった。エンジン全開の如く頭の回転数は瞬く間に上昇し、ついにレッドゾーンへと突入する!
(考えろ……考えろワシ!この状況を打破する妙案を……!!)
そして次の瞬間、彼の脳内にニトロに点火したような衝撃が走った!
(そうじゃ!これじゃ!!これしかない!!!)
目を見開き、大賢者は胸を張ると同時に杖を高らかに掲げ叫んだ!
「くそっ……!!わしの杖が!言うことを聞かーん!」
振り上げた杖を空中ででたらめに振り回す。彼はまるで何かを掴み取ろうとするかのように、必死に腕を動かしていた。
「皆の者!あのドラゴン、魔法の杖を操作する力を持っておるぞ!!」
あたかもこの結果が、全てドラゴンの策略であるかのように見せかけた。その声はどこか震えていたが、彼の必死な演技と堂々とした振る舞いが、かえって信憑性を与えたようだった。
同じく二次被害を引き起こした他の魔法使いたちは、自分たちの失敗を悟られまいと、大賢者を真似て杖を空中ででたらめに振り回し始めた。
「「お、俺のもぉぉぉ!!」」
(ふぅ、危ないところじゃった……)
大賢者は内心で冷や汗を拭うように安堵しつつも、静かに杖を降ろしてこれまでの結果を振り返る。
(魔術は吸収され、奇跡の力も無効化……効きそうなものは物理だけ。近づいた者は死あるのみ、離れているワシが攻撃を放っても生きておるからして、安全なのは遠距離攻撃のみ。ふむ……無効化か……)
その瞬間だった――まるで天使が耳元で囁くように、一つの策が彼の頭に静かに舞い降りた。
「……ハハハハ……これじゃ……これこそが、勝利の鍵じゃ!!」
まるで大発見をした科学者のように昂ぶった声で叫び、大賢者はP型の転生者たちの視線を一身に浴びた。堂々とした態度で杖を掲げ、さらに声を張り上げる。
「ユニコーンの剣を持つ者はおるか!あの幻獣を狩るのは重罪、じゃが今はそんなことは言ってはおられん!誰かおらんか!今なら女神様もきっとお許しになるじゃろう!」
そこへ1人の転生者が名乗りを上げた。
「はい!大賢者様!私はユニコーンを狩ったわけでないのですが、この長剣を見てください」
「なっ……なんということじゃ……」
彼の持つ長剣には大量の毛がびっしりと絡みついていた。その量は尋常ではなく、まるで怒り狂った猫の尻尾を持っているかのように見えた。
「この奇妙な魔剣は……奇跡を破る効果をエンチャントさせるべく、私が必死に考えた結果なのです……」
彼はおもむろに語りだした。
「奇跡を破る力を宿した体の一部である抜け毛を採取するため、私は、3年間、1頭のユニコーンを執拗に追いかけ回しておりました。最初の1年間は大変でしたね。あの俊敏な幻獣を追うのは骨が折れました。ですが、だんだんと動きが鈍くなりまして、日に日に抜け毛が増えていきました。日々の採取が徐々に容易になるのを感じながらも、その抜け毛……と言いますか、抜け落ちた毛を採取させてもらったのです。
そして、4年目に差し掛かろうとしていた頃のことです。
ふと目にしたそのユニコーンの姿が……何と言いますか……どこかのオバサンが自身の欲を満たすために毛を刈り取ったペットのようになっていました。立派だったたてがみも体毛も、この不毛の大地のように無残に失われ、生きているのが不思議なほどにガリガリに痩せこけたギリッギリ生きている幻獣を見て私はこう思いました。『ちょっとこれは、まずいんじゃないか……』十分毛を集めた私は、その場を静かに後にした次第です」
「……な……なんという――」
バリバリバリバリバリバリッ!!
そのセリフを言い終わらない内に、戦場に突如として響き渡った異様な音が、転生者たちの耳を貫いた。
まるで豚が粉砕機にかけられたかのような音だった。その音が響く方向を恐る恐る見ると、ドラゴンが真っ赤に血塗られたギザギザの巨大な歯をむき出しにし、辺りに散らばった死体を次々と処理している光景が目に飛び込んできた。
血に染まった地面には、すでに無残に散らばった転生者たちの遺体が数多く転がっている。その中にドラゴンの歯が食い込み、肉が裂け骨が砕ける音が響くたびに、まだ生き残っている者たちの顔が青ざめていく。
襲ってこない転生者たちには見向きもせず、ドラゴンはあくまで処理に専念していた。その巨大なギロチンが何度も落とされ、地面に赤黒いシミが広がっていく。
(……ぐぬぅ、このままでは時間の問題じゃ。しかたない、命が一番大事じゃからな……)
大賢者は、巨大な猫じゃらしを握りしめた男に向かい、必死の形相で叫んだ。
「その奇跡を打ち砕く剣を持つお主ならば、あやつの魔眼すら無効化できるはずじゃ!今こそ好機!奴が食事に気を取られておる隙を突き、この狂気の戦に終止符を打つのじゃ!さあ、剣を振るえ!勝利はお主の手にかかっておる!」
「わ、分かりました……ふぅ……ふぅ……」
すると男は、明らかに情緒不安定な様子を露わにした。息は荒く、体は小刻みに震え、その目はまん丸に見開かれて血走っている。まるで理性の糸が今にも切れそうな、不安定な状態がありありと伺えた。彼の足元は定まらず、見る者に一種の悲壮感すら抱かせた。
「ど、どうしたんじゃ……!?大丈夫か……?」
「だ、だだだ大丈夫です……!わ、わわ……ふぅ……わひゃひは直接生き物を殺したことがないもので……」
そう言うと男は、ギュゥッと巨大猫じゃらしを握り、腰をぐっと落とした。
「行きまひゅっ……!!」
全身の力を振り絞り、彼はダッと駆け出した。その背中には恐怖と決意が交錯し、悲壮感すら漂っていたが、ガッガッガッと土煙を巻き上げながら地面を力強く叩きつける足音は、まるで敗戦間近の戦場に響く再起の鼓動のようだった。その一歩一歩には確かな勇気が宿り、誰もが思わず目を奪われた。
「勇者だ……」
誰かが息を飲むように呟いた。茫然と立ち尽くしていた転生者たちの瞳には、一人の男が映っていた。
口から血が滴り落ちる巨大な怪物に一直線に駆けるその姿は、絶望の中に放たれた希望の光の矢そのものだった。
「行けぇぇ!!」
「頼む!あいつを倒してくれ!!」
「こんな絶望、吹き飛ばしてくれ!!」
すぐさまドラゴンも異変に気が付き、その希望を嘲笑うかのように、金色の瞳をぎらりと光らせた。
「この長剣は……ユニコーンの……」
「……まただ!」
誰かが悲鳴のような声を上げる。瞬間、空気が張り詰め、戦場の温度が急激に下がったように感じられた。ドラゴンの瞳が男を正面から捉え、その奥深くから底知れぬ圧力が放たれ、再び絶望が拡散した。
男の視界が一瞬、ぐにゃりと歪む。頭の中で耳鳴りが鳴り響き、足元が崩れ落ちそうな感覚に襲われた。
(くそっ……これが、あの魔眼……!ユニコーンの毛ごときじゃダメなのか……!)
男は歯を食いしばりながらも、足が勝手に止まりそうになるのを必死にこらえた。しかし、その瞳に吸い込まれるように、思考が奪われていく。
突然、彼の頭の中に幻聴のような声が響いた。
《…………あと30秒……あと20秒……ああ、気づいておるか?……今、死に向かって走っておるぞ……》
男の手にした剣が、じわじわと重くなり、力が抜けていく感覚に襲われる。足も鉛のようだ。
(……あと数秒ほどで俺は……でも……まだだ……)
男は再び柄をギュゥッと握りしめる。
「まだ……その時じゃない……!!」
ドォン!!と足が大地を踏みつける音が戦場に響いた。
踏みしめられた地面が沈み込み、周囲に土煙が舞い上がる。男は長剣を両手で握りしめ、腰を深く落とし、横へと振り抜くための体勢を取った!
「……奇跡を打ち砕く効果が付与された女神様から賜りし魔剣!ひフェレメはフェフェデッ!?相手がヒィケッヘガッ!?それにブツガッダーンするチート級ブギィィィ!!」
「「「・・・・なんて?」」」
口から血を飛ばしながら叫び続ける男を見ていたドラゴンは、一瞬だけ動きを止め、その巨大な頭をかすかに傾けたように見えた。
ブウォォォォオオン!!
男は渾身の力を込めて長剣を横に振り抜いた。その剣先が風を裂く音とともに迫ると、ドラゴンはその動きを察知し、巨体を後方へと飛ばした。だが、飛びのいた先には見えない壁が存在していた。バァンと背中がその壁に激突し、予想外の衝撃に一瞬体勢を崩す。
その刹那、ドラゴンの瞳がギロリと男を捉えた。その瞳には、跳ね返ってくる巨体を返しの刃で狙っている男の姿が映っていた。
その金色の瞳には怒りと警戒が宿り、信じがたい速度で口内に膨大な魔力が集中していく。次の瞬間、首をグオンと振り、間髪入れずに真っ赤な熱線を吐き出した。
「ぐうぅっ……!?」
しかし、男を焼き尽くすはずだった獄炎は、空中に煌く無数の光の粒に遮られ、拡散して消えた。飛び散った魔力の余波が辺りを覆う中、ドラゴンの目は驚愕に見開かれていた。
「うおぉぉぉぉ!!!」
男の長剣が、光る毛をまき散らしながらドラゴンの胸元へと迫った。剣先は迷うことなく漆黒の胸を斬り裂き、闇を裂く光の軌跡を残した。
― グオォォォォォォッ!!! ―
戦場全体に、体を軋ませるような重低音が轟き渡った。それは空気を押し裂き、大地すら悲鳴を上げるかのような響きだった。
男はその威圧に怯むことなく、がむしゃらに剣を振るった。剣を振るたびにユニコーンの毛が奇跡を拒むように煌き、火花のような光の粒を散らす。
胸を切りつけられたドラゴンは見るからに動きが鈍くなった。そして、その重厚な黒い鎧が、光の侵食によってガラガラと崩れ始め、ついにコアクリスタルがむき出しになった。今や、その巨体が『奇跡』で構成されていることは明白だった。
「「「おおおお!」」」
転生者たちの歓声が戦場に響き渡った。それは恐怖と絶望に沈んでいた空気を一瞬にして振り払うかのような歓声だった。
「見ろ!ドラゴンの鎧が……崩れたぞ!!」
「すげぇ……あいつ、本当にやりやがった……!」
(まずい……このままでは、全て抜け毛のターンで終わってしまう……)
希望の光を見出した彼らの声は、ただの驚きではなく、奇跡を目の当たりにした者たちの感嘆そのものだった。
「胸のコアが……むき出しだ!!」
「奇跡だ……いや、違う!奴は奇跡を打ち砕いているんだ!!」
(どうにかして……はっ!!魔力全開!全身強化ぁぁぁ!!!)
周りの転生者たちの熱い声援を背に受けながら、一撃一撃に希望を乗せ、男は全身の力を込めてドラゴンに剣を振う。だが、ドラゴンはその巨体をよろめかせながらも、何とかその一撃をかわした。刃が空を切り、土埃が舞い上がる――その時だった!
「うわぁぁぁ目がぁぁぁぁ!!!」
男が突如、耳を裂くような悲鳴を上げた。その叫びは、戦場に不気味な緊張感を生み出し、声援を送っていた転生者たちの口を凍りつかせた。
「……なんだ……あれ……」
誰かが男の顔にへばりついた何かを指さした。彼の顔には、焦げ目の付いた白い綿のようなものが張り付いていた。彼は、それを両手で必死に引き剥がそうとするが、ブチブチブチッと表面だけが引きちぎれるばかりだった。
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!
「「「……!?」」」
転生者たちは、悶える男とドラゴンから少し離れた場所で、突如として凄まじい魔力の気配を感じ取った。それは空気を震わせ、戦場全体を圧倒するような力だった。
彼らの視線の先に立っていたのは、なんと大賢者だった!
だが彼は、以前の痩せ細った姿ではなく、筋骨隆々と膨れ上がった体には血管がくっきりと浮き出し、その全身からは魔力が蒸気のように立ち昇っている。その鬼気迫る形相と相まって、まるで古の鬼神が降臨したかのような威圧感を放っていた。
「……ぐうぅぅぅ……」
「だ、大賢者……様……?」
(てぇ……手柄はぁ……わしのものぉぉぉぉおお”)
「オ”ォォォォオオオオオ!!」
パアァァァァァァン!!!
大賢者は、目の前で身体強化した両手を思いっきり叩き、その爆音と共に男の顔に張り付いた白い綿が爆発した。男が吹き飛ばされたことにより、ドラゴンと大賢者の間にあった射線が通り、『ワシのターン!』を無理矢理ねじ込ませた。彼はすかさず両手を地面にバンと叩きつける。
「転送魔法!!地より出でよ!ユニコーンの角で作られし聖槍。そしてこの角から放たれる煌きは神秘を打ち砕く」
(そう、この純白の雫のような輝きは、ワシが魔物かと思ってぶっ殺したらユニコーンだった時の悲しみのよう)
「今こそ終止符を穿たん!聖槍!終局破筋肉槍!!!」
グゥオォォォォオオオンッ!!!
その丸太のような腕から放たれた槍は、哀しみの雫を風に乗せ舞い散らせながら、ドラゴンの胸に一直線に飛ぶ。
その槍が通過した周囲は、雫が呪いのごとく降り注ぎ、奇跡を宿す全てを鋭い刃で切り裂いた。
「「「ギャァァァァァァァ!!!!!!」」」
そしてその槍はドラゴンの胸を貫通し、そこにあった球体の魔石を粉々に砕いた。
ー ドラグゥゥゥゥゥウン!! ー
ゴゴゴゴゴッ……と地面を揺らしながらドラゴンは力なく地に倒れた。
一瞬の静寂の後、周りで歓声が沸き起こる。
「「「うおおおおおおおお!!」」」
何人もの転生者を屠ったドラゴンは今や動かぬ骸となった。とても長い戦いであった。生き残った転生者達は皆、涙を流して抱き合って喜んだ。
そして、そのとどめを刺した大賢者は、額から別の涙を流していた。
(こりゃぁ、不味いことになったぁ……女神様から魔石を持って来いと言われとったのにぃ。だって無理じゃろ……!?あんなん……魔石だけ傷つけずに倒せなんて……無理じゃろ!?皆もそう思ったよな!?……まぁじゃが、砕けた破片は皆で拾い集めればいいじゃろ。全部集めれば1個の魔石!なぁんも問題な――)
その時であった!ドラゴンの砕け散った魔石が光始める!
「ん!?いかん!」
魔石はそれぞれが意思を持っているかのようにこの宇宙のどこかへワープし、消えた。
「「「・・・・」」」
辺りはまた静まり返り、そして今度は大賢者だけでなく、転生者全員が額から汗をかいていた。
(……終わった。もう終わりじゃ。このまま女神様に報告したら、ワシら全員トラックに跳ねられた直後に戻される。不味いことになった。不味いことになったぞっ!)
大賢者はパニックになっていた。
(嫌じゃ嫌じゃ!3年前の無能には戻りとうない!)
うろたえる彼の目の前には、煙を立ち昇らせて横たわるドラゴン。
その怪物は、先ほどまで凄まじい動きで転生者を屠っていたが、今やなんの力もなくシュゥ~……と急速に溶けていっている姿を晒し、その音がこの場にいる全員に危機感を煽った。
(……考えろ……考えるのじゃ……魔石を持って帰れない合理的で理にかなったそれっぽい理由を!ハァハァ……)
大賢者は必死に考えた。呼吸は荒くパニックになりながらもそれらしい理由を血眼で探し続けた。溶けているドラゴンと倒れた仲間たちを見まわし。
「……!?ひらめいたのじゃぁぁぁぁ!!!」
転生者が沢山いるこの場で、一番最初に名案を閃いた彼は、両の腕を大きく開き、周囲に大賢者感をアピールした!
「そこの者!今回の戦いで何人やられた。」
「84人です!」
「えそんなに死んだん!?」
大賢者は思っていたよりも遥かに大きな被害が出ていたことに、驚きのあまりキャラ崩壊した。
「あと謎の綿が爆発して1人、それとあなたが最後に投げた聖槍で3――」
「女神様にはこう伝える!!わしが今から言うことを皆の者ちゃんと覚えるのじゃぞ?」
大賢者は急いで彼の言葉を遮り、皆にちゃんと聞くようにと念を押してから続けた。
「ドラゴンは当初予想されていたものよりも5倍、いや10倍、いや8倍!!強力な魔力を内包しておった!」
彼はいいあんばいを探した。
「よってわしら全員が!危険と判断しここにいる全員の!相違の元、力の源となる魔石を砕きその力を分散させるため!わざと!宇宙のあちこちに逃がしたのだ!!」
彼は、女神様の前で全員の意見が食い違わないようとても丁寧に、そして大事なところを強調して話した。
「そして今から!ここにいる全員で!手分けして砕けた魔石を探しに行く!のじゃぁぁぁぁぁ!!!」
ドドーーーーーン!!
彼は効果的なエフェクトとして自分の後ろに特大の雷魔法を落とした。
「あの魔石は欠片であっても人の身には余る危険なもの。さぁゆけ!勇者たちよ!この宇宙に煌く星々を守るのじゃぁぁぁ!!」(そしてワシを守るのじゃぁぁぁ!!)
「「「おぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」
転生者たちは散り散りに走り去り、ところどころから宇宙船が飛び立っていった。
残された大賢者は、空を見上げる。そして……。
――これは、それから300年後のお話し。
*あとがき*
お読みいただき、誠にありがとうございました!
この物語が少しでも皆さんの心に響き、「なんだかクセになりそう」「もっと読みたい」と思っていただけたら、これ以上の喜びはありません。
執筆するたびに、「次はもっと面白い話を書きたい」と考えています。そんな私の成長を、ぜひ見守っていただければと思います。
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★1.→「悶え苦しみ最後に死────ね」
★★2.→「方向転換を要求する」
★★★3.→「悪くないけど早く続き書けや」
★★★★4.→「ウッソだろお前ってレベル」
★★★★★5.→「今回、笑の神が降臨した。」よせやい照れるぜ。