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第4話 消された記憶、懐かしい温もり。


「――え? 記憶の……封印?」

「あぁ。キミの記憶と闇の魔力。その両方を、6年前の俺が封印した」


 ニーヴェル様の言葉に、頭を殴られたような衝撃を受けた。

 6年前と言えば私が教会に預けられた年だ。たしかに記憶が無いのもそのあたりから。


 じゃあ本当にニーヴェル様が私の記憶を? でも、どうしてそんなことを?


「念のために言っておくが、パルマローズの記憶を消したのは俺の意志じゃない。キミの家族に依頼されて、仕方なくやったんだ」

「私の家族が……」

「もちろん、それはパルマローズにとって必要な行為でもあったんだ。封印をしなければおそらく、キミの命は無かっただろう」


 そう言うと、ニーヴェル様は申し訳なさそうに目を伏せる。

 彼が嘘をついているとは思えないし、封印も本意ではなかったのだろう。


「だけどあの頃は俺も若く、封印の力を完ぺきに使うことができなかった」

「もしかして闇魔法の力が強まっているのって……」

「……あぁ。俺の封印が弱まってきているせいだ。そのせいでキミに辛い思いをさせてしまった。本当に申し訳ない」


 馬車の中でニーヴェル様は頭を深く下げた。窓から差し込んだ月明りが、彼の銀色の髪を流星のようにキラキラと煌めかせる。


「あ、謝らないでください! ニーヴェル様に悪気があったんじゃないのは、分かりましたから!」


 慌ててニーヴェル様の肩に触れ、頭を上げてもらう。すると彼は私の手を取った。

 その手はあまりにも冷たくて、まるで雪のようだと思った。


「封印の解除――記憶を戻すことなら今すぐにできる。なぜそうする必要があったのか、真相を教えることも可能だ。闇の魔力はまだ、完全に封印することはできないが……」

「えっ、それは……」


 封印した記憶を?

 思い出したところで、過去に戻れるわけじゃない。

 むしろ、つらい思いをするかもしれない。

 だったら……。


「記憶は……いらないです。力の封印も」

「それじゃあ家族の元に戻れるよう、手配して……」

「やめてください!!」


 彼の手を振り払い、私は悲鳴のように叫んだ。


「どんな理由があろうとも、家族は私を捨てたんですよね!? 闇の魔力でマトモに生活もできない娘が今さら家に戻ったところで、迷惑をかけるだけです!」


 たとえ力の再封印をしても、また力が増してしまったら?

 だったらいっそこのままのほうがいい。もう誰にも頼らない。家族にも会わない。裏切られると分かっている希望なんて……要らない。


「もう、やだ……死にたい……」


 あまりにも惨めだ……こんな情けない自分なんて大嫌いだ。悔しさでギュッと唇を噛みしめた。気付けば頬を生暖かい涙が伝っていた。


 顔を見られたくなくて俯いていると、そっと暖かい手が私の肩に触れた。


「ごめん、パルマローズ。キミを泣かせるつもりはなかったんだ」


 たどたどしく、絞り出すような小さい声。顔は見えないけれど、私のために言葉を選んでくれたのが伝わってくる。


「俺はただ、6年前にしたキミとの約束を守りたかっただけなんだ。……だけど、それだけじゃ足りなかった。だから決めたよ」

「……なにを、ですか?」

「もう二度とキミを離さない。たとえパルマローズが俺のことを覚えていなかろうが、キミを護るという約束を今度こそ果たす」


 正面からギュウ、と抱き寄せられた。その力を強めながら、ニーヴェル様は決意を固めたような口調で言う。


 どうして彼は自分なんかのために、そこまで必死になってくれるのだろう?

 ここまでされても、彼のことを思い出すことはできない。だけど――。


(あたたかい……)


 彼の体温とやわらかな匂いに、どこか懐かしさを覚えた。



 ◆


「着いたぞ、パルマローズ。あれが我が屋敷だ」

「ふぁ……?」


 気付けば私は、ニーヴェル様の膝を枕にして眠っていた。どうやら泣き疲れて寝てしまったようだ。

 どうしよう、かなり失礼なことをしてしまった。彼のズボンにヨダレがついてしまっていた気もするけれど……うん、黙っておこう。


「さぁ、お着きですよお二人さん」


 御者のファルコさんが馬車のドアを開けると、外から冷気が吹き込んできた。


「あとで靴を用意させるから、今はこれで我慢してくれ」

「あっ……はい。ありがとうございます」

「お、団長が珍しく女をエスコートしてるぜ!」

「人がカッコつけている時はちょっと黙れ、ファルコ。……さぁ、中へ入ろう」


 私が素足だと気付いたニーヴェル様は、私をそっと抱き上げて馬車を降りていく。あまりにもさり気なさ過ぎて、断る隙も無かった。……恥ずかしさで顔が熱くなる。



 ニーヴェル様にお姫様抱っこをされたまま、屋敷の中へと向かう。

 使用人はいないのか、当主が帰ってきたというのに迎えはない。代わりにファルコさんが玄関のドアを開けてくれると、内装を見た私は思わず「すごい……」と声を上げてしまった。


「歴史だけはあるからな……ようこそ、我が屋敷へ」


 天井には煌びやかなシャンデリア。有名な画家が描いたであろう絵画にフカフカの絨毯。その他の調度品も、教会で見たどのインテリアよりも緻密で豪華なのは、知識のない私でも分かった。



「あれぇ? みなさんお帰りなさい~!!……ってその子がパルマさんですかぁ!? かっわいいいい!!」


 奥の廊下から、大声と共に栗毛の女の子がこちらへとやってきた。

 歳は私と同じくらいだろうか。二人と同じ群青色の騎士服を身に付け、手には乾燥豆が山盛りに入ったコップを持っていた。


「あぁ、ただいまエミリア。無事に連れ出せてよかったよ」

「へっへぇ~? やりましたね団長ぉ! さっすが国王の犬って呼ばれるだけはありますねぇ!」

「一応言っておくが、それって悪口だからな……それよりも廊下で飲食をするなと、あれほど言っておいたはずだが?」

「あっ……」


 笑顔でニーヴェル様の肩をバシバシと叩いていたエミリアさんがピシリと固まった。



「それにお前もだ、ファルコ。煙草は屋敷の外で吸えと命令したはずだが?」

「えぇ~? こっちは寒い中、ずっと御者をしていたんだぜ? 少しぐらい大目に見てくれたって……」

「新人の前で規律違反をするとはいい度胸だな。そんなに減給されたいのか?」

「うえっ!? 消しますって……これ以上、飲み代を減らされちゃたまんねぇぜ」


 大人しく携帯の吸い殻入れに煙草を押し入れたファルコさんは、白い煙と一緒に深い溜息を吐いた。



「あ、あのぅ……?」

「あぁ、すまない。この通り、この屋敷には使用人はいない。騎士団の団員だけで生活をしているんだ……そうだな、ちょうど女性団員は一人だけだし……エミリア、お前にパルマローズの世話を頼めるか?」

「ぴょっ!?」


 唐突に自分の名前を呼ばれ、ビクっとするエミリアさん。振り返った彼女の頬には、豆がパンパンに詰め込まれていた。



「もごご……りょ、了解であります!」

「……はぁ。間食をしたいなら、せめて自分の部屋で食べろ。新人の手本になるように心掛けてくれ」

「いえっさー!!」


 食べカスをポロポロとこぼしながら元気よく敬礼をするエミリアさんを見て、ニーヴェル様は頭痛を堪えるかのように額を手で押さえた。



「あの、ニ―ヴェル様?」

「なんだ、パルマローズ。まだ何か不安か? だがこれでも優秀な奴らで……」

「そうではなく……さっきから何の話をされているのですか?」


 新人だとか、手本だとか。

 自分の処遇のこと、私はまだ何一つ聞いていないんですけれど……。



「え? 団長??」

「アンタまさか、まだ伝えてないんじゃ」

「――う、うるさい! 舞い上がっていて、大事なことを伝え忘れていただけだ」


 団員二人の冷たい視線から逃れるようにそっぽを向きながら、ニーヴェル様はガリガリと頭を掻いた。



「パルマローズ。先ほど俺は、キミの調査をすると言ったよな」

「はい」


 そう答えると、彼は私の目を見ながら真摯にこう言った。


「それも事実なのだが――キミには、この騎士団専属の神子として働いてほしいんだ」




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