第3話 天に還る白雪、知らない記憶。
(……えっ?)
「処遇が決まるまで、貴殿らの罪は俺の預かりとする。この件は秘匿事項とし、パルマと彼女の特性については一切口外しないこと。もし、それができないと言うのなら……」
ニーヴェル様は右手を掲げると、激しい雪風が教会に吹き荒れた。それをまともに正面からまともに喰らった神父と伯爵の顔は、あっという間に雪で真っ白に染まってしまった。
「わ、分かった! 誰にも言わないから、もう止めてくれ!」
「私もです! か、神に誓って絶対に口にしませんっ!!」
凍えるほどの氷雪を受けて目が覚めたのか、両者の眼に光が戻る。彼の本気を身をもって知る羽目となった二人は、コクコクと何度も首を縦に振りながら叫んだ。
それを見たニーヴェル様が掲げた手を下げると、途端に聖堂内を覆っていた吹雪はピタリと止んだ。
ホッと胸を撫で下ろした神父たちは、床に転がったまま安堵の息をつく。
(これが彼の力……すごい魔法だった)
中途半端な魔力を持った私とは桁違いの魔法だった。剣だけじゃなくて、魔法も使えるなんて……。私は死のうとしていたことも忘れて、溶けるように消えていく雪をただ眺めていた。
「――お二人のご協力に感謝する。それじゃあ、パルマ。行こうか」
ここへ来た目的は達成されたと、ニーヴェル様は心から嬉しそうな笑みを浮かべた。そしてコートを着せたままだった私の肩を抱いて、教会の出口へと歩き出した。少し前まで人を脅していた人物とは思えぬ変わり身の早さである。
「これから私をどうするのですか……?」
教会から出てきた私は、真っ暗な外を眺めながらニーヴェル様に尋ねた。空からは雪がチラホラと舞っている。
ここから歩いてどこかへ行くのだろうか。教会前の通りには街灯はあるけれど、薄く雪の積もった石畳は冷たい。裸足の私が歩いて移動するのはつらそうだ。
「それは俺の屋敷に向かいながら話そう」
彼はそう言うと、右手の人差し指を上に向けた。そしてクルクルと円を描くと、不思議なことが起こった。その瞬間、降っていた雪がその場で静止したのである。
「雪が……止まった……」
「さぁ、雪よ。天にお帰り」
今度はパチン、と指を鳴らす。すると空中で固まっていた雪の粒がふわふわと浮かび、そのまま空へと戻っていった。
「綺麗……」
まるで夜空をひっくり返したかのように、次々と雪が舞い上がっていく。
一連の現象を目の当たりにして、私はポカンと口を開けてただただ驚くしかなかった。そんな私の表情を見て、ニーヴェル様はクスリと微笑んだ。
「さぁ、キミのいるべき場所へ一緒に帰ろう」
◆
雪が舞い上がっていく光景に見とれていた私は、しばしの間その場で立ち尽くしていた。
そうしているうちに、一台の馬車が教会前の路地を通ってこちらへと近付いてきていた。どうやらあれがニーヴェル様が呼んだ迎えらしい。
「遅かったじゃないか、団長。姫様を助け出す前に、俺が凍死しちまうところだったぜ」
御者席には30代ぐらいの無精ヒゲが生えた男性が座っており、私たちの顔を確認するとニヤッと笑った。おそらく彼はニーヴェル様の部下なのだろう。身に纏っているのは、ニーヴェル様と同じ群青色の騎士服だった。
「なにを言う。ファルコは俺の魔法で、寒さに慣れているだろうが」
「ははっ、まぁな。だが俺はともかく、姫様が風邪ひいちまう。さっさと中に乗ってくださいよ」
ファルコと呼ばれた男性はニヒルな笑みを浮かべながら、右手をクイッと車内に向けた。そしてニーヴェル様のエスコートで、私は中へ乗り込んだ。
(火の魔道具? すごく暖かい……)
まるで暖炉のある部屋のような車内の暖かさに、ホッとひと安心する。どうやらファルコさんが魔道具で暖めてくれていたらしい。
「適当に座ってくれ、出発する」
「あ、はい……」
隅っこに座ると、ニーヴェル様が私の正面に腰を下ろした。すると馬蹄の音と共に、馬車がゆっくりと動き始めた。
車内にあった窓から外を見てみれば、教会はもう遠くになりつつあった。このままどこかへ向かうのだろう。
「あの……それで私はどこへ?」
そして処遇はどうなるのだろう。一時預かりとはいえ、役立たずの神子をただ置いておく理由もないはず。むしろ彼の騎士団の役目を考えれば、これから自身に待ち受けているのは闇魔法の実験か、あるいは解剖か拷問か……。
そんなことを考えていると、ニーヴェル様は困ったように眉をハの字に下げた。
「……俺はキミを助けに来たと言ったじゃないか。どうしてそんな悲観的な顔をするんだ?」
「だって私ができることなんて何もないですから……」
「はぁ、まずはその自己評価の低さをどうにかしないとだな。……いや、こうなってしまった原因は俺にもあるのか?」
「原因……?」
ニーヴェル様は真面目な表情で頷いた。だけど私には何も思い当たることがなく、キョトンと首を傾げるしかない。
しばらく沈黙が続いた後、彼は意を決したように重たい口を開いた。
「キミの本当の名前はパルマローズだろう? そしてキミは幼い頃の記憶が無い」
「どうしてそのことを貴方が……」
彼の言葉を聞いて思わず私は目を見開いた。なぜならば、その名はとっくの昔に捨て去った名前だったからだ。誰からも呼ばれることなく、自分でさえも忘れかけていた。さらには失った記憶のことまで知っているなんて。
驚きを隠せない私を見て、ニーヴェル様はフッと口元を緩める。
「その記憶を封印させてもらったのは、他の誰でもない。俺なんだ」
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