第2話 銀髪の騎士、初めての熱。
「誰だ、お前は!?」
「俺はニーヴェル。この取引きを止めにきた」
男性は私と神父の間に割り込むと、そう名乗りを上げた。
彼の年齢は20歳ほど。身長は180㎝後半で、銀髪。引き締まった体格をしている。
腰元にはロングソードを差し、そして紺色の騎士服を着ていた。彼が騎士団の人間であることは間違いないだろう。
「金銭を用いた神子の取引は違法だ。まさか神父や伯爵ともあろう者が、それを知らないとは言うまい?」
鋭い瞳で二人を睨むニーヴェル様。このような荒事は日常茶飯事なのか、彼は堂々としていた。
「クッ、ククク! 騎士風情が神父の私に説教ですか?」
「伯爵である私に盾突く勇気は認めてやるがなぁ? はははは!」
いきなり現れた彼を最初は訝しげに見ていた神父と伯爵であったが、すぐに余裕を取り戻し、互いの顔を見合わせてゲラゲラと笑い始めた。自分たちの権力ならば騎士のひとりぐらい、どうとでもなるとでも思っているのだろう。
(私を助けにきてくれた? でも、どうして)
闇の魔力なんかを持つ私のことを、誰が好き好んで救おうとするだろうか。闇魔法は人を不幸にする。だから闇魔法の使い手は差別の対象となり、異端者として処刑される。そんな危険な存在を助けるメリットなどないのに。
(私のことなんて、助けなくてもよかったのに……)
どうせ存在してはいけない人間だったのだ。
私のことなんて、何も知らないはずなのに。
もう少しで、この無意味な人生を終わらせることができたのに。
「不安がらなくていい。キミを下衆な者たちの思い通りにはさせないから」
ニーヴェル様はこちらを気遣うように優しい声色でそう語りかけると、自分が羽織っていたコートを私の肩に掛けてくれた。
男物のそれは、小柄な私にはちょっと重かったけれど……。
(あったかい……)
コートに残っていた彼の体温が暖かく、なぜだか心地良く感じられた。
「崇高な女神の信徒である我らを下衆扱いとは、失礼な奴め。貴様、我らを侮辱しておいて、タダで済むとでも思うなよ!」
神父はこめかみに血管を浮かせ、唾を飛ばしながら怒鳴り散らす。その言葉には有無を言わせない迫力があった。
「教会の権力は強く、神父は貴族と同等の扱い。この国の騎士ならば当然、知っているだろう?」
「ふふふ、閣下のおっしゃる通りですよ!!」
なによりこれは彼らにとって大きな商談なのだ。一介の騎士に邪魔をされたくなどないのだろう。
だがニーヴェル様は一切怯むことなく、神父を睨み返す。
「くだらない虚勢はやめておけ。俺は金や権力で屈するような男じゃない」
「……はぁ? 騎士ごときに、いったい何ができるというのですか」
神父は嘲笑を浮かべ、そう言い放つ。
しかしニーヴェル様は口角を上げ、ニヤリと笑った。
それはまるで、自分のほうが優位であるかのように。
「待て、神父。この男が着ている群青色の騎士服には見覚えがあるぞ。それに胸元にある青薔薇の勲章……あれはライムフロスト侯爵家の証だ!」
「ライムフロスト!? わずか18歳で異端者狩り専門の騎士団長となった、あの!?」
二人は驚きのあまり後退りした。それも無理はない。
なぜならただの神子でしかない私ですら、その名声を街の噂で聞いたことがあるほどだ。
ライムフロスト侯爵の率いる騎士団の目的は、ただひとつ――異端者の粛清。
国王からこの国に潜む異端者たちを狩る任務を直々に与えられ、遂行のためには敵に容赦がないことで有名だった。
「ど、どうしてそんな男がここに……」
「どうして、だと? それはおかしな質問じゃないか?」
ニーヴェル様は腰元の銀色に輝く剣をスウッと抜き放ち、神父の元へと詰め寄っていく。
「貴様はたった今、自分で『異端者狩りの騎士団』と口にしたばかりじゃないか」
「~~っ!?」
(――あぁ、なるほど)
声が出ないほど驚いている神父たちをよそに、私はひとり納得していた。
ニーヴェル様は最初から、私のことを知っていたのだ。闇の魔力を持つ私を自らの手で捕え、粛清する――そのために、ここへやってきた。つまりはそういうことだったのだと。
「ここまで言えば当然、貴様らの置かれた立場が分かるな?」
「そ、そんな……あともう少しで、大金が手に入るところだったのに!?」
剣の切っ先を向けられた神父は、その場でヘナヘナと崩れ落ちた。伯爵もさすがに格上の貴族には敵わないと知り、壁際で毛のない頭を両手で抱えている。
この世界、特にこの国では異端者との関与は重罪に問われる。
さらには国王直属の騎士団に悪事がバレたとあれば、たとえ権力者であろうと言い逃れはできない。つまり彼らの運命はここで……いや、それは私もか。だったらここで死んだ方が……。
「さて、神父。そして伯爵閣下」
仕切りなおすようにゴホンと咳をしてから、ニーヴェル様はハッキリとした口調で二人を呼んだ。
一方の彼らは死を受け入れたのか、虚ろな目でニーヴェル様をぼうっと見上げている。
「今回は闇と聖の魔力を持った者という、前例のないケースだ。よって、我が騎士団の方で調査する必要がある」
淡々と話し掛けている間も、二人は無言のままだ。もはや彼らには反論する気力もないのだろう。
「よって彼女の身柄は、我が騎士団で預からせてもらう」
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