第11話 上官への報告、新たな任務。
「報告は聞いた。……街が大混乱に陥ったことは残念だったが、よくぞ無事に生還した。よくやったな」
混乱を収めた私たち一行は、長官であるゲイリーさんの執務室へと帰還していた。
「それで、『吸血鬼の呪い』……今回はそう仮定しておこうか。神子であるパルマは、その呪いの元が見えたんだな?」
報告はすでにしているが、あえて本人の口からも確認を取りたいようだ。
なにしろ、これは前代未聞の大事件なのだし、それも仕方がない。
「はい。聖魔法の白と、闇魔法の黒が渦巻くようなモヤが患部に巻き付いていました」
「それを闇魔法を用いて除去した。そして隊員たちは全員、意識を取り戻したと」
「おっしゃる通りです」
「ははは、にわかには信じられんが……なるほどな」
淡々と答える私に対し、ゲイリー長官は口元を引きつった笑みを見せた。
過去の吸血鬼事件では生還できた者は1名もいなかった。
今回被害者15名全員が生還できたというのは、あまりにも奇跡に近い。
「なんにせよ、パルマいてくれて本当に良かった。めぐり合わせてくれた女神に感謝だな」
ゲイリー長官は大きな嘆息を吐きながら、執務室の椅子に寄り掛かった。
「なぁ、お前ら。自分の手に負えない困難に立ち向かう羽目になった時、どうするのが正解かわかるか?」
「……? いえ、分かりませんが」
「そういった場合は、他人に丸投げするのが一番なんだよ」
長官はそんな投げやりなことを言うと、ニーヴェル様に顔を向けた。
「おい、ニーヴェル。今この時から、第二の吸血鬼事件の調査と解決を、お前の隊に任命する」
「はっ。了解いたしました」
元々両親を殺した吸血鬼事件を追っていたニーヴェル様にとって、ゲイリー長官の命令は願ってもないことだった。文句ひとつなく、了解の意を返す。
「その代わり、その神子パルマを何としてでも死守しろよ。そして『吸血鬼の呪い』についての対策と治療法について、報告書にまとめて速やかに提出しろ。それが条件だ」
「寛大な処置をありがとうございます」
正直な話、ゲイリー長官はどの隊に第二の吸血鬼事件を任命しても良かったのかもしれない。だけど私という存在はニーヴェル様の隊にしかいない。今回の命令はその点を重視したものなんだろう。
「かまわん。彼女を連れてきてくれたことに関して、こっちが礼を言いたいぐらいだ……二度とあの悔しい思いを繰り返したくはないのでな」
どういうわけか吸血鬼が復活した。何度も苦渋を舐めさせられた忌々しい記憶が、ゲイリー長官の脳裏によみがえっているのだろう。
「オーランド隊は王都全域に厳戒態勢を敷き、新たな被害の回避とニーヴェル様隊の補佐にあたれ」
「長官。俺はその命令には納得できません」
「……理由を聞こう」
任務から外された怒りで、拳をギリギリと握りしめていたオーランドさん。遂に我慢ならなかったのか、声を荒げながら長官に反論をした。
「そもそもコイツの隊はあまりにも人数が足りなさすぎる。今回の任務には不向きだ!!」
だがそれは決して、個人的な感情からくるものだけではなかった。ニーヴェル隊をライバル視しているのも当然だが、王都の守護は元々彼らの役目である。それを他の隊に奪われたまま、黙っていられるわけがない。
「そうかっかするな、オーランド。神子パルマから上がった『吸血鬼の呪い』についての情報はお前らにも共有するし、王都の守護は変わらずお前たちに任せると言っているだろうが」
「し、しかしそれでは!」
「王都について一番理解しているのはお前らオーランド隊だ。ニーヴェル隊が吸血鬼を抑えきれなかった時、お前らが迅速に動けなきゃ、被害も拡大するだろうがアホンダラ」
「す、すみません……」
「適材適所ってやつだ。お前らをないがしろにするつもりなんてねぇよ」
オーランドさんが文句を言い出すことは、最初から予測していたのだろう。
ゲイリー長官は執務室の机の上で腕を組み、へこむオーランドさんを眺めながら「だが、お前の言うことも尤もだ」とニヤリと笑う。
「両隊はこのまま協力関係を続けろ。ただ無関係な一般人に吸血鬼事件の情報を渡すことは一切禁じる。吸血鬼は神出鬼没だからな。これ以上の混乱は避けたい」
「了解しました」
「あぁ、もちろんだぜ!」
「あとこの際だからついでに言っておく。儂が一番心配しているのは、ニーヴェル。お前の方だからな。儂の命令なく独断専行することは、絶対に許さん。……儂が生きているうちに、二度もあの惨劇を起こさせてたまるかよ」
愛用の葉巻に火を点けたゲイリー長官は、窓の外に視線を向けた。執務室に何とも言えない空気が漂う。夕陽の影となった彼の顔を、部下たちはみな同じ気持ちで見つめていた。
「大事なものを決して見誤るな。悪というのは容赦なくそれらを奪っていく」
「俺も民を護るためなら、何を犠牲にしてでも戦い抜きます」
「今度はミスを犯しません。この剣に誓って」
若い隊長二人はハッキリと言い切った。性格は正反対だが、互いの目的は同じだ。
「……よし。任せたぞ、お前ら。儂はもう少しこの景色を眺めてから仕事に戻る……下がってよし」
彼は長官となって長いんだろう。執務室からの景色なんて、とうに見慣れているだろう。だがそんな野暮なことを誰かが口にするはずもなく。一同は揃って敬礼をすると、己の役目を果たすために執務室から辞去していった。




