第10話 揺蕩う黒霞、目覚めの時。
そこから私の処置は早かった。
全員が血を浴びないよう防護させたうえで、被害者の血を洗浄させはじめた。
「あ、あの……浄化ならすでに神子がしましたよ」
オーランド隊の神子の一人が私に声を掛けてきた。だけど私は首を横に振る。
「これは神子が使う浄化魔法ではありません。物理的な原因の排除です。もし傷口に砂利が入っていた場合、それを除去してから治癒魔法を使うでしょう。それと同じです」
「なるほど……」
その説明で納得した隊員たちは、素早く全員の血を身体から拭い去った。
でも彼らの意識は回復していない。これだけでは処置が足りない。
「全員、呼吸はしているか確認してください。分からない場合は胸が上下していることを確認すれば見分けやすいはずです。もし倒れた際に怪我をしている場合は、そこへ治癒魔法を。そこに関しては聖魔法が効くはずですから」
「了解した。他には?」
「……ニーヴェル様。ちょっとこちらへ来ていただけますか」
処置に加わっていたニーヴェル様を呼ぶと、すぐに駆け付けてくれた。
「どうしたんだ、パルマローズ」
「……少し気になった点がありまして」
ちょいちょいと顔を近づけるよう手を振る。ちょっと他の人には聞かれたくない話なのだ。ニーヴェル様も言われたとおりに顔を寄せるが、なぜか顔が真っ赤になっている。……なんでだろう?
「今回、被ってしまった血を洗浄しましたよね」
「あぁ。アレが原因だったとみて間違いないだろう」
「ですが、血が身体から除去されたにもかかわらず、なぜか見えるんです……変な魔力が」
コソコソと耳元で言われたニーヴェル様は、私の言葉に目を見開いた。
「それは本当か」
「えぇ。そしてそれは聖魔法では除去できません。むしろ活性化するだけで、逆効果だと思います。……ですが、私の闇の魔力なら」
「原因そのものを殺せると」
正直言って、成功する確率は半々だろう。
なにしろ、私にとっても初めてのことだ。
だけど今回、私は自分の力に賭けてみたいと思った。
「やらせて、くれないでしょうか」
「……分かった。俺はパルマローズを信じると誓ったんだ。やってみてくれ」
勝手にオーランドさんの隊員さんへ試すのは難しい、と判断した私たちは、まずは自分たちの隊員であるエミリアさんの元へ向かう。
彼女は急ごしらえのシーツの上に寝かされ、眠るように目を閉じていた。息はしているようだが、このまま起きるとも思えない。
そしてパルマの眼には、エミリアが血を浴びたと思われる腕に白と黒が混ざり合ったモヤが見えた。
「エミリア……」
ニーヴェル様が回復を願う横で、私は両手に闇の魔力をまとう。そしてエミリアさんの腕を優しく手で包み込んだ。すると、
「……モヤが、消えました」
自分でも驚くほどに、その効果は絶大だった。
「……ん、んん? あれぇ? どうしたんですか、パルマちゃんに団長まで」
彼女の腕にあったモヤが消え去った瞬間。エミリアさんの意識が回復した。
「エミリア……お前、今の今まで死にかけていたんだぞ」
「ええっ!? ボクがですか!?」
「それをパルマローズが救ってくれたんだ。……本当に死ぬところだったんだからな」
ニーヴェル様は心底ホッとした様子だ。若干震えた声で事情を説明していた。するとエミリアさんも自身の命が危なかったたと聞いて、目をぱちくりとさせて驚いていた。
「えっ、ニーヴェル隊の奴が起きたぞ!?」
「本当だ! いったいどうやって!?」
周囲のオーランド隊も気が付いたようで、ザワザワと騒ぎ始める。
ニーヴェル様もエミリアさんに異常がないということを確認できると、今度はオーランドさんを呼んだ。
「おい、オーランド。もはや四の五の言ってる場合じゃないぞ」
「――分かってる。……頼む、パルマ。俺の隊員も救ってくれないだろうか」
「オーランドさん……」
劇的に回復したエミリアを見て、対処法が解明したオーランドさんは私に向けて頭を下げた。被害拡大を防ぐため、最初は焼却処分するしかないと言ってはいたが……こうなっては話は別だ。
「当然です。迅速に取り掛かりましょう」
そう言って私は立ち上がった。
まだ他に救命を待っている仲間たちがいるのだ。急がねば。
そこから私はひと時も休むことなく、全員のモヤを払いきった。
そして意識を失っていた総勢15名の騎士団員全員が命を失うことなく、第二の吸血鬼事件は終息したのだった。




