■本
小学生の時から、私は本を読むことが好きだった。中学生になってからも変わらず、空き時間があれば本を貪るように読んでいた。
授業中の演習問題が早く解き終わった時、休憩時間、私は本を片手に過ごしていた。
中学二年生になり、何処へ行くにも実月と二人三脚で生活するようになっても、私の読書熱が冷めることは無かった。
「今日、図書室行く?」牛乳の空き瓶の詰まったプラスチックケースを両手で持ち、階段を一歩ずつ下りながら実月が尋ねる。
「うーん、今日は行かないかな。」私もお揃いのプラスチックケースを持ちながら、実月の隣を半歩遅れてついていく。階段を一段下がる度、空き瓶がカチャカチャと音を立てる。
私と実月は給食委員会の仕事の真っ最中であった。正しくは私の給食委員会の仕事であるが。
鹿海中学では、全ての生徒が何かしらの委員会に振り分けられ、学校生活に不可欠な雑務を遂行していた。私が所属する給食委員会の実態は、牛乳の配給係であった。毎日の昼休憩の初めに、校舎の一階に据えられた大型冷蔵庫前まで、自クラス分の牛乳の瓶の詰まったプラスチックケースを受け取りに行く。そして、自クラスに戻り、教卓の上に放置しておく。そこから飲みたい人だけが好きに飲む。最後に、全ての瓶が戻ってきたのを見計らい、また大型冷蔵庫前まで瓶入りのケースを返却しにいくのであった。
実月は給食委員会では無かったが、用事が無ければいつも私の仕事を手伝ってくれていた。牛乳の詰まったケースはかなりの重量があり、さらには一クラス当たり二ケースずつ配られる。力強い男子であれば二ケース丸ごと抱えて持っていくが、小柄な私では一ケースが限界であったため、実月の手助けはとても有難かった。
「美香が昨日から読んでるやつ、そろそろ読み終わってない?図書室行かなくて大丈夫なの?」ケースの重みで腕を前に固定されたまま、実月が首だけを私の方へ回す。私の頻繁な本の貸出・返却に、もれなく実月も付き添っていた。私の本の栞の位置から、私の読書進捗を把握しており、頃合いになると「今日図書室行く?」と尋ねるのであった。
「今のやつは読み終わったんだけど、図書室で借りたやつじゃないんだよね。だから大丈夫。」
「買ったの?」
「いや、伊野ちゃんに貸してもらった。ちなみに続きも貸してもらうんだ。」クラスメイトの伊野ちゃんは、私の読書仲間である。お互いに気にいった本を紹介しあっていた。先日伊野ちゃんが勧めてくれた本は、学校の図書室には入荷していない新しいものであった。そのことを伊野ちゃんに伝えると、伊野ちゃんは自身の本を私に快く貸してくれた。
「ふーん。」実月が素っ気ない反応をする。
「実月、図書室行きたいの?」
「いや、全く。美香が行くなら行くけど。」実月は図書室に行っても、本には目もくれず、私の後を付いて回るのみだった。私が活字を吟味し、硬直している時は、大抵私の髪の毛をいじって遊んでいた。
伊野ちゃんが貸してくれた本は、当時人気を博していたあるライトノベルであった。一連のシリーズで七、八冊あったかと思う。私が夢中になったのを知ると、伊野ちゃんは次々と続編を貸してくれた。
「美香、またその続き読んでるの?」そのシリーズの世界観にどっぷりと浸かり、暇さえあればページをめくる私を見て、実月が珍しく本に興味を示した。
「めっちゃ面白いよ。やばい。主人公がマジでカッコいい。」はまりすぎて一種の興奮状態にあった私は、食い気味に答える。そして、私はこのシリーズの魅力を伝えるべく、粗筋やお気に入りのシーンを一生懸命に語った。
その翌週か、翌々週かの月曜日の朝練前のことだった。部室兼器具庫で練習着に着替えていると、機嫌の良さそうな実月が登校してきた。「おはよー。」と器具庫内にいるメンバーに一通りの挨拶をすませると、私の方に得意げな笑みを浮かべてやってくる。
「美香、見て見て。」そう言って、スポーツバッグから二冊の真新しい本を取り出した。
「え、買ったの?」二冊の本は、私が正に夢中になっているシリーズのものであった。
「そー。買っちゃった。」実月が目元をくしゃくしゃにして笑った。
「嬉しい!早く読んで!感想聞かせて!」私は文字通り飛び跳ねて喜んだ。自分の好きな人と、自分の好きなものを分かち合えるかもしれない。こんなに嬉しいことは無かった。
「まだ買ったばかりだから、ちょっと待ってて。」私の感情表現を見て、実月も嬉しそうだった。
結局、実月はその二冊を読み切ることは無かった。
何日かの間は、難しそうな表情をして本と向き合っていた。しかし、最後には、「なんかよく分からないけど面白かった」とだけを言い残し、読みかけで本を閉じた。
私も深くは追わなかった。




