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青春なんてそんなもの  作者: にわとり
3/11

■出会い

三年生の主力メンバーが引退し、鹿海中学校のバスケ部は代替わりをした。

二年生が三人、一年生の私達が十数人。そこからレギュラーメンバーの五人が選ばれる。

二年生の三人と一年生の実月は、いつもレギュラーメンバーであった。残り一枠、その時々に応じて調子の良さそうな一年生が選ばれる。勿論、私は一度も選ばれることは無かった。

実月の身体能力はずば抜けていた。実月の流暢なプレーを観て、私は"才能"という言葉の意味を肌で感じた。


二学期も中頃の休日、何処かの市営体育館で女子バスケ部の新人戦は行われていた。

鹿海中学校の女子バスケ部も、もれなく新人戦に参加していた。多分、一回戦負けとか、二回戦負けとか、そんなものだった気がする。試合の勝敗は、私にとって重要ではなかった。私はただ、バスケ部の一員で有りさえすれば満足だった。


鹿海中学校の試合が終了して直ぐ、一年生の応援隊は一斉にベンチの片付けに入った。

私もコートの隅に投げ出されたアイシング用の氷嚢を複数抱え上げる。

「中の水、捨ててくるね。」ビブスを手早く畳みながら拾い集めている知恵に声をかける。

「ありがとう美香。一人で大丈夫?」知恵が手を止め、確認してくれる。

「大丈夫、大丈夫。余裕だよ。」知恵の優しさに笑顔で答え、体育館のバックヤード側へと歩いていく。腕の中の氷嚢は、既に生温かった。


確か、手洗い場はトイレの隣だったよな。二、三時間前に通った場所を思い出しながら、少し湿っぽいバックヤードの通路を進む。

時折、他校の選手とすれ違う。

「いや、やっぱりあそこでさあ。」

「いやいや、あれは無理だったって。」

皆、試合終わりの高揚感と、全身から立ち上る熱気を身にまとっていた。タンクトップのユニフォームからとび出している肩周りには、汗の筋が幾つも見える。

練習着のTシャツ姿のまま、涼しい顔をして備品を持って歩いている補欠選手の私は、肩身が狭い。すれ違う際、私は自然と道を譲る。


手洗い場は、やはりトイレの左横に位置していた。

そして、その手洗い場の金属製の幅広い流し台にもたれ掛かるようにして、実月がうずくまっていた。

顔をタオルに埋めているため、実月の表情は分からない。背番号七番のユニフォーム、ストレートパーマのかけ過ぎで少し傷んだ髪を強引にまとめたポニーテール、ネズミマークのスポーツタオル、赤地に白模様のバスケットシューズ、目の前の人物が実月であることは確かだった。それと、実月が泣いていることも分かった。


実月は先程の試合でオウンゴールを決めてしまっていた。

少し背の高い実月は、センターのポジションとして試合に出場している。そして、相手選手の放ったシュートの外れ玉をゴール下でしっかりとキャッチし、そのまま相手ゴールにシュートを決めた。皆、唖然とした。

「ごめんなさい!」周囲の戸惑いからオウンゴールに気づいた実月は、先輩方やコーチの村田先生に必死に謝っていた。その後、試合終了までの間、実月はずっと落ち込んでいた。


実月がオウンゴールを気にして泣いているのは明らかだった。しかし、私には何故そこまでオウンゴールを気に病んでいるのかは分からなかった。一試合に何十点もの得点が入るようなバスケの試合において、一回二得点のオウンゴールなどは誤差の範囲内である。更に言うのであれば、先ほどの試合で実月が決めた得点は二十点以上にも上る。実月が責任を感じる必要は何処にもない。けれども、一人で泣いている同級生をこのまま放っておくという選択肢は無かった。私は実月の隣にゆっくりと腰を下して並んだ。

「実月。大丈夫?」泣き顔を隠している実月に配慮し、向かいの壁に視線を向けながら小さめの声を投げかける。

「うん。ありがとう。」実月は気配と声で私が隣にいることを察しているようであった。

そのまま沈黙。実月からは鼻水をすする音が聞こえる。私から無理に話しかけることも無かった。

「先行ってて良いからね。」五分くらい経ったころであろうか、鼻が詰まった声で実月がささやく。

「うん。」実月の声がなんとなく寂しそうに聞こえたので、返事だけはして、その場に留まることにした。


「あ、二人共いた。」しばらくして、姿の見えなくなった私達を探しに、由衣がやって来た。そして、顔を隠してしゃがみこんでいる実月と、その隣に並ぶ私を発見する。

「村田先生が集合だって呼んでるよ。」由衣は実月が泣いていることに感付き、少し戸惑いながら私の方を向いて声をかける。

「分かった。すぐ行く。先行ってて。」指で作ったOKマークを添えて、由衣に答える。

「じゃあ、美香と実月を見つけたって皆に言ってくるね。」心配そうな表情を残して、由衣はその場を離れていった。由衣の足音が遠ざかり、再び誰もいなくなる。

「実月、そろそろ戻る?大丈夫?」そっと声をかける。

顔を伏せたまま、実月が大きく数回深呼吸をする。そして、タオルで目元を拭い、こちらを向く。

「よし。行こう。」無理やり収縮させた表情筋で全力の笑顔を作りながら、実月が空元気な声を出す。目元は赤かった。

「無理しないでね。」

「大丈夫。ありがとう。そこの水道で顔だけ洗ってもいい?」実月が立ち上がる。

「いいよ。私も氷嚢の水を捨てないといけないし。」私も立ち上がりながら、腕に抱えていた氷嚢の存在を思い出した。

「手伝うよ。」実月が私の腕から氷嚢を二つ程奪う。実月の顔には、いつもの少し大人びた笑顔が戻りつつあった。

「ありがとう。」安堵し、私も笑顔になる。


氷嚢の水を捨てた後、実月が顔を洗う横で、私も何とはなしに顔を洗う。顔を洗った後に気が付いたのであるが、私はタオルを持っていなかった。仕方なく着ていたTシャツの腹の部分で顔を拭く。

「ちょ、何やってんの。びしょびしょになってるし。これ使って。」実月が笑いながらタオルを貸してくれた。

「あ、ありがとう。」これまで実月とはあまり接点が無かった。出身小学校も違えば、クラスも違う。また、実月は学年で一番やんちゃなグループの一員でもあった。気が強そうで、大人びていて、スポーツも出来る、そして話も面白いムードメーカ。実月はいつも場の中心にいて、周囲からも一目置かれる存在であった。私はと言うと、真面目で、幼くて、スポーツは全然出来ない、そして友達からはいつも世話焼きされている妹キャラであった。相性の違う私と実月が、バスケ部というだけの繋がりですぐに仲良くなれるはずもなく、お互いに当たり障りのない友達付き合いをしていた。ましてや、顔を拭くタオルを気軽に借りるような仲では無かった。

「これ、洗って返すね。」遠慮がちに使用したタオルを畳みながら、実月に言う。

「え。なんで?いいよ、そのままで。元々私が使って濡れてるし。」可笑しそうに実月が笑う。そしてタオルをひょいっと取っていった。

「ありがとう。お言葉に甘えます。」

「こちらこそありがとう。ごめんね。長い間付き合わせちゃって。」脇にタオルを挟み、氷嚢を両手に持った実月が気まずそうに謝る。

「なんで謝るの。気にすることじゃないよ。」私は慌ててフォローをする。

「人前で泣くの、格好悪すぎだよね。」伏し目がちに実月が言う。

「全然格好悪くないよ。それよりも心配したよ。大丈夫だった?」

「うん、もう大丈夫。オウンゴールが申し訳無さ過ぎて、泣けてきちゃったんだ。」

「そっか。でも、オウンゴールのマイナス二点なんかよりも、実月が決めた点数の方が遥かに多くない?なんなら、さっきの試合で一番点数決めてたのは実月だよ。しかも実月まだ一年生だし。相手チームの上級生相手にあんなに綺麗にごぼう抜きして、やばかったよ。」先程思っていたことを、ありのままに力説する。

「そうだよね。ありがとう、なんか元気出てきた。」

「そうだよ、そうだよ。元気出して。帰りに肉まん奢ってあげるよ。」

「じゃあ、私は美香にピザまん奢る。」

「それなら、半分個ずつするのはどう?」私は肉まんもピザまんも好きだ。

「いいね、それ。賛成。」実月が目元をくしゃくしゃにして笑った。初めて見る実月の表情だった。一切壁の感じない無邪気な笑みに、実月と少し仲良くなれたような気がした。


市営体育館からの帰り道、鹿海中学一年生の女子バスケ部はお決まりのコンビニに寄り道をしていた。学外試合の後には、いつもこのコンビニで小腹を満たしてから帰宅するのであった。

狭い店内は、学校名の入ったお揃いのジャージ姿に、色とりどりのエナメル質のスポーツバッグを肩にかけた私達バスケ部で満杯となった。

菓子棚の間で、私は知恵と帆紀と一緒にグミを物色していた。

「あ、美香いた。」私を探していたらしい実月の声がした。

「どうした?肉まんの話?」

「そう、それ。早くこっち来て。買いに行こうよ。」実月が私のスポーツバッグの肩掛け部分を引っ張る。

「もちろん、約束だからね。」知恵と帆紀に「先にレジ行ってるね。」と断ってから、実月に連れられてレジに並ぶ。

「美香、ピザまんで良いよね?」長財布をスポーツバッグから出しつつ、実月が聞く。

「ピザまん好き。ありがとう。」私もスポーツバッグから小鳥のキャラクター型のコインケースを出す。

「すみません、ピザまん一個ください。」実月がレジの横のホットショーケースの中の一段を指差しながら注文する。

ホカホカのピザまんが薄い包み紙でくるまれ、実月の手に渡る。

「えっと、肉まん一つください。」実月が退いた後のレジに進み、私も注文する。

アツアツの肉まんを受け取り、実月と店の外に出る。駐車場と店の間、ゴミ箱横のスペースが、バスケ部の溜まり場になっていた。


外は寒かった。既に日は落ちており、肉まんの包み紙から漏れ出る湯気がはっきりと見えた。

「はい、どーぞ。」実月がピザまんの包み紙を開け、私の口元にピザまんを差し出した。

「あ、ちょっと待って。」私も急いで肉まんの包み紙をむき、実月の口元に肉まんを差し出す。

お互いにピザまんと肉まんを突き出しあっている構図となった。

「何これ。」実月が噴き出して笑いながら突っ込みを入れる。

「だって交換でしょ、早く食べよ。冷めちゃう。」私も面白くなってしまい、笑いながら答える。

「あーもう、笑い過ぎてお腹痛い。美香最高。」しばらく声を出して笑った後、実月が肉まんにかじりついた。

「いただきます。」私もピザまんを口に入れる。

「美味しいね。」もごもごと肉まんを咀嚼しながら、実月が目元をくしゃくしゃにして私に笑いかける。この無邪気な笑みを見るのは本日二回目であった。


「二人共何食べてるの?」店内から出てきた里美が、私達に声をかける。

「肉まんとピザまんだよ。」実月が機嫌良く答える。

「いいな、一口ちょうだい。」里美が物欲しそうに近づいてくる。

「えー、ダメ。」実月があっさりと断る。

「私が買ったアイス少しあげるから。」里美がレジ袋からアイスを引っ張り出し、パッケージを破る。

「今日のやつは特別だからダメ。」実月が舌を出し、言葉と共に否定を強調する。

「ふーん、じゃあいいよ。」里美は諦め、自分のアイスを食べ始める。そして、肉まんとピザまんを交換し合っている実月と私の姿を改めて眺め、疑問を抱く。

「二人ってそんなに仲良かったっけ?」

「今日から親友になった。」実月がピザまんを持っていない方の手で私を抱き寄せる。実月は私よりも身長が五、六センチ程高かった。ちょうど実月の口元が私のほっぺたに位置していた。

次の瞬間、実月は私のほっぺたにキスをした。唇が触れるか触れないかの軽いキスだった。

「え、ちょっと!なになに??」私は驚いて実月を見る。

「えへへ。ちゅー。」と言って、実月はふざけた様子で唇をすぼめる。

「なんでそんなにラブラブなの?何があったの?」里美も私達の関係性の突然の変化に驚いていた。


その晩、ベッドの中で私は今日の出来事を思い出していた。

今まで何処か近寄り難く、高嶺の存在にさえ思えていた実月。バスケ部所属を自身の唯一のステータスとして掲げ、なんとかアイデンティティを保とうとしている私とは違い、実月は全てを持っていた。少なくとも、中学一年生の私が欲した全てを、実月は具現化する人物であった。

そんな実月の特別な笑顔、肉まんとピザまんの交換、突然のキス。誰かを強く意識し、これ程までに焦がれたのは初めてであった。

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