第25 パラム神の怒り
『はぁ……。サメジマが勝手に感謝の宴とか言い出しやがって、このままリリパット族の集落に行くことになりそうだ。問題ないか?』
通話の魔道具から聞こえてきたのは、コルウィルの声だった。心底面倒くさいと思っているようで、何度も溜め息をついている。
「今晩はリリパット達が既存の神、パラム神に生贄を捧げる日だ。元々はチキを使ってそれを妨害するつもりだったのだが……。まぁ、なんとかしよう」
『本当か? とりあえず承諾してしまうからな? ずっとキラキラした瞳で見つめられていて、断るに断れないような状況なんだよ。それに、身体の光がどんどん強くなっててよぉ。これ、本物の信仰心きてるぞ』
そう言って、コルウィルは通話を切った。
「コルウィルが空から降りてきて、小人達と話し始めた。どうやら、このまま集落に向かうみたい」
俺の膝の上に座り、虫のアンデッド越しに外の様子を覗っていたリリナナが実況する。
今、俺達がいるのは奇跡の泉のすぐ側に作った、地下拠点だ。今回の作戦は全てここを起点にして行われた。
リリパット族の集落を襲おうとした死者の群れは当然、リリナナのコレクション。奇跡の泉は適当な地下水脈に対して俺が穴をあけて作った。
泉の水に上級ポーションを加え続けたのはなかなかの出費となったが、結果は上々。
リリパット達は本物の信仰をコルウィルに捧げたようだ。
「あの……。リリパット族はコルウィルさんのことを神と認めたのでしょうか?」
さっきまで拠点の隅にちょこんと座っていたチキが、心配そうな顔をして俺のところにやって来た。外の状況が分からず、不安なのだろう。
「それは大丈夫だ。コルウィルの光が増しているらしいからな」
「よかった……」
チキはほっと息を吐く。
「後はパラム神への生贄をやめさせれば【神の鞍替え】は完了だ。予定外の宴イベントが発生してしまったが、なんとかなるだろう」
「えっ、それ大丈夫なのかなぁ? 宴で酔っ払ってしまったら、生贄を止める人とかいなくなっちゃうんじゃ……」
オーリがもっともなことを言う。流石は常識枠だ。
「不測の事態は充分起こり得る。俺達も直ぐに対応出来るように、リリパット族の集落の地下に移動するぞ」
「するぞ」
「普通に地上からは行かないんですね……」
当たり前だ。そんなことをすれば、茶番であることがバレてしまう。
「さぁ、移動するぞ」
「ん」
リリナナを膝から下ろすと、俺達もリリパットの集落へと向かった。
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「神コルウィルの神力により、千を超える死者の群れは消え去った! 我々は護られたのだ!」
リリパット族の集落。そのちょうど真ん中にある広場では、大きな篝火がたかれ、その周りを千人近い小人達で囲んでいた。
彼等は族長の言葉に同調し、熱っぽい瞳をある男に向けていた。
「我々の信仰心は神コルウィルの御許にある!」
族長が煽ると、リリパット達は次々に歓声を上げ、篝火は大きく燃え上がった。
その信仰対象であるコルウィルはというと、急造された人の背丈程の櫓の上にいて、ぷかぷかと浮かびながら酒を飲んでいる。
櫓の下には二人の僕、サメジマとタガワが陣取って、小人族の民族料理に舌鼓をうっていた。
「今日は神コルウィルの降臨に感謝を示す宴だ! 皆、飲んで歌い、神を喜ばせるのだ……!!」
木製のジョッキ同士のぶつかる音が夜空に響く。歓声が続き、少しすると歌声が聞こえ始める。
若い娘達が篝火を囲んで踊り始めると、それまで酒ばかり飲んでいたコルウィルも、身を乗り出す。
まさに神への感謝を示す宴。
老若男女が神コルウィルの元にやって来ては信仰を近い、何度も頭を下げつつ去っていく。
夜はだんだん深くなるが、宴が終わる気配はない。
そこに──、剣呑な雰囲気を纏う集団がやって来た。先頭に立つのは祭服姿のリリパット。パラム神から神託を授かる司祭だ。
その後ろには神殿を護る騎士達も控えている。
皆一様に険しい顔をして、族長の前までやってくると、足を踏み鳴らしてから司祭が口を開いた。
「族長!! 今日はパラム神へ生贄を捧げる日だぞ!? 早く生贄を連れて来ないか……!!」
宴は急に静まり、視線が司祭と族長に集まる。
「もう……、パラム神に生贄など捧げない。我々の信仰心は神コルウィルの御許にある」
族長の言葉に司祭は青筋を立てた。
「ふざけたことを言うな! これまでこの集落で我々が無事に暮らしてこれたのは、パラム神のお陰だぞ! 我々はこれからもパラム神と共に生きていく──」
「誰かを犠牲にしてか……!!」
族長は立ち上がり、司祭を睨み付ける。
「多少の犠牲は仕方がない……」
「多少……!? 人の命をなんだと思っている……!?」
「一人の命を捧げることで、多くの命が救われるのだ! そもそも、コルウィルとやらにパラム神と同じことが出来るのか……? 我々が健康に暮らしてこられたのは、パラム神の加護のお陰だぞ……!!」
顔を真っ赤にして言い終えると、司祭は肩で息をした。
広場には司祭の荒い呼吸の音と、篝火の薪が爆ぜる音だけが流れる。
族長が反論しようと口を開こうとした時、暗闇の中から声がした。「出来るよ」と。
リリパット達は声の元を探して視線を彷徨わせる。広場に小さな足音が響いた。
「神コルウィルはパラム神よりもずっと、凄いことが出来るよ」
暗闇の中から現れたのはリリパットの若い娘。その顔を見て、司祭は後退りした。そして何故か、櫓の上のコルウィルは顔を顰める。
「チキ……。何故、ここに……」
司祭は額から脂汗を流しながら問う。
「決まっているでしょ? 神コルウィルによって、生き返らせてもらったからよ?」
コルウィルの顔が更に歪んだ。司祭は大口を開け、驚きを隠そうとしない。
「そんなことまで可能だというのか……。神コルウィルは……」
司祭の身体が震え始める。コルウィルは落ち着かない様子で膝を揺らした。
「やっと気が付いたようね。神コルウィルの偉大さに。恐れ慄くがいいわ」
「コガッ、ゴガッ、コルウィドゥ、許ザナイ」
「……!?」
明らかに様子がおかしくなった司祭から、皆は距離を取り始めた。
「ユドゥ、ユドゥ、許ザナイ! コルウィドゥ、許ザナイ……!!」
祭服の下で何か悍ましいものが動き、司祭の身体が無秩序に膨らみ始める。
「司祭様! 大丈夫で──」
声を掛けた神殿騎士の身体が一瞬で消えた。司祭の身体から伸びたどす黒い肉の塊が、大きな顎門となって取り込んだのだ。
リリパット達は悲鳴を上げて逃げ出す。
「ユドゥ、ユドゥ、許ザナイ! 全員、許ザナイ……!!」
司祭の身体が弾け、肉で出来た顎門が無秩序に伸びる。その一つが逃げ遅れた小人の子供を丸のみしようと──。
「流石に見過ごせない」
金色の光がどす黒い肉の顎門を焼滅させた。いつの間にか櫓から降りたコルウィルが手を翳し、怪物へと姿を変えた司祭の体の一部を神力で焼き払ったのだ。
大きな肉の塊となり、そこから幾つもの顎門を伸ばす司祭。余りの醜悪さにコルウィルは苦笑いする。
「笑グナァ……!!」
今度は肉塊から触手が伸び、コルウィルに襲い掛かった。しかし、掌を向けるだけで触手は焼滅する。
「パラム神とやらに身体を乗っ取られたか。哀れな末路だなぁ。俺が綺麗にあの世へ送ってやろう」
コルウィルがそう言うと、地面から一本の剣が生えてきた。美しい装飾の長剣はコルウィルの後光を浴びて、燦爛と輝く。
「ナ、何ダァ?」
「俺もよく知らない」
長剣は吸い付くようにコルウィルの手に握られ、神力が剣身に通う。すると、剣先から炎の龍が現れた。
肉の塊は恐れ慄き、後退りを始める。しかし、まだ終わらない。
次は、氷龍。そして雷龍までもが、コルウィルの握る剣から現れたのだ。
それまで逃げ惑っていたリリパット達も足を止め、夜空に舞う三体の龍を見つめている。
「パラム神に宜しく伝えてくれ」
コルウィルが剣を振るうと三体の龍は一斉に肉塊に襲いかかり、跡形もなく消滅させた。
この瞬間、リリパット族の集落にパラム神を信仰する者は存在しなくなった。





