第22話 異変と聖水
「族長!! 大変だぁ……!!」
皮鎧姿で背中に弓を背負ったリリパットが、族長の家の扉を叩いた。少し間があって、扉が開かれる。
「どうした? こんな早朝から?」
目を擦りながら現れたのは、まだ眠そうな様子の族長だ。ヨレヨレの寝間着がついさっきまでベッドにいたことを示している。
「大変なことが起きているんだ! もう、リリパット族はおしまいだぁ……!!」
男の声が集落に響く。シンとした朝の空気に緊張感が混ざった。
「落ち着け。一体何が起きたんだ? 順を追ってゆっくり話してくれ」
族長の言葉に、男は少し落ち着きを取り戻し、話し始める。
「俺はいつも通り、夜の内から狩りに出掛けたんだ。まだ眠っている獲物を目当てにして。しかし、近場には全く獲物がいない。おかしいと思いながら、いつもより遠くに足を延ばした」
「それで……?」
「そこで出くわしたんだ。アンデッドの群れに……。夥しい数のアンデッドがこの集落にむかって来ている……!! 百や二百じゃない。千を超えるような死者の群れだ……!!」
「アンデッドの群れ……」
族長は顔を険しくして腕組みをする。
「あなた。どうしたの?」
家の奥からやって来たのは、族長の妻だった。ただ事ではない空気を感じ、心配になって玄関までやってきたのだ。
「アンデッドの群れが、この集落に向かっているらしい」
「えっ……? 今のうちに奇跡の泉に行って、水を汲んで、逃げないと……!!」
族長の妻は慌てて奥に引っ込み、ガチャガチャと出掛ける準備を始める。
「アンデッド……。奇跡の泉……。聖なる水……」
「どうしたんだ、族長?」
「まさか……神はこの為に奇跡の泉を……」
「族長……! 大丈夫か?」
虚空を見つめ、うわ言を繰り返す族長の肩を男が揺らす。
「あぁ、すまない。もう大丈夫だ。考えはまとまった。悪いが、広場に若い衆を集めてくれ。可能な限り、水筒や桶を持って来るように伝えてくれ」
「水筒? 桶?」
「あぁ。理由は後で話す。今はとにかく急いでくれ」
「わかった!」
男は踵を返して走り出す。少しの間だけ見送ると、族長も家に入って準備を始めた。
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集落の中央にある広場には三百名を超える若いリリパット族が集まっていた。男も女も皆、険しい表情をして。
集団に相対するように族長が現れて、大きく息を吸い込んだ。
「今! リリパット族は未曾有の危機にされされている! 千を超えるアンデッドの群れが我々の集落に押し寄せて来ているのだ!!」
どよめきが広がる。多くの者は事情を知らなかったようだ。
「いままでであれば、この集落を捨てて別の場所へ移住していただろう! しかし、我々には奇跡の泉がある! 奇跡の泉の水には傷を治す効果がある! つまり、新しい神の祝福を受けた聖水なのだ! 皆は知っているか? 聖水にはアンデッドを退ける効果があることを……!?」
今度は歓声が広がった。皆は手に持った桶を天高く掲げている。
「新しい神はきっとこの日のことを予見していたのであろう! だから、我々に奇跡の泉を下さったのだ! 後は勇気を出して、死者の群れを追い払うだけだ!! ここに、アンデッド討伐隊の結成を宣言する……!!」
「オオォォ……!!」と勇壮な声があちこちから上がった。若いリリパット族の熱気が集落に満ち、膨れ上がる。
「時間は残されていない! 早速、奇跡の泉に向かうぞ!!」
族長を先頭にして、小人の集団は力強い足取りで進み始めた。
事情を聞きつけた老人達が家から出てきて、討伐隊に向かって声援を送る。集落全体が一つの方向に向かって動き始めた。
逃げ出そうとしていた族長の妻でさえも、今は凛々しい表情で討伐隊の先頭を歩く夫に熱い視線を向けている。
しかし、討伐隊に冷たい視線を向ける者達が全くいないわけではなかった。パラム神から神託を受ける司祭と、神殿を守る騎士達。彼等は広場から少し離れた場所で、奇跡の泉へと向かう討伐隊を睨みつけているのだった。





