第31話 密偵
三匹のオオトカゲが帝国とアルマ神国の国境に向かって進む。
「おい田川! まだ着かないのか? 尻が痛くて堪らねえぞ!」
あまりオオトカゲに乗り慣れていない鮫島が愚痴る。
「あと二日は掛かるかな。鮫島君は修行が足りないね」
「うるせえ! 田川はデブだから痛くないだけだろ!」
「ひどいなぁ」
今回の任務には俺とリリナナ、田川と鮫島、そしてコルウィルで臨むことにした。鮫島は置いていくつもりだったが、「仲間外れにするな!」と無理矢理ついて来た感じだ。それで文句を言っているのだから、世話がない。
「鮫島は尻弱者」
特製の鞍をオオトカゲに取り付け、快適な旅を送っているリリナナが揶揄う。
「しばくぞ!!」
鮫島はリリナナにも遠慮がない。やはりヤンキーだ。
「ところで番藤君。しばらく王国の拠点を空けているけど大丈夫かな?」
並走するオオトカゲを操る田川が、心配そうに呟く。
「リリナナが屍を大量に置いて来たから大丈夫だろ。ドラゴンゾンビ30体に挑む奴がいるとは思えない」
「えっ、いつの間にそんなことになってたの?」
田川が目を剥く。
「俺達やリザーズのメンバーには反応しないだけで、不審者がいれば地中から現れるようになっているらしい。屍術には直接操作モードと自動モードがあって、拠点の周りには自動モードの屍が大量に潜んでいるそうだ」
「いるのだ」
背後からリリナナの得意気な声がした。
「次、拠点に戻った時には屍が増えてそうだねぇ……」
「怖い怖い」と田川は言って首をすくめる。
「なぁ、バンドウ。国境近くまで行ったら地下に潜るんだよな? アルマ神国は小さな国だが中央神殿にまで通路を伸ばすとなるとかなり日数がかかる筈だ。食糧は大丈夫なのか? 仕入れはどうする?」
並走するコルウィルから声が掛かる。依頼を受けた翌日に帝都を飛び出したから心配しているようだ。
「猿田から譲ってもらったマジックポーチに大量の水と食糧が入っていたから大丈夫だ。やつら、王都の大商会から支援を受けていたらしい。今頃、その商人は大慌てだろうな」
「それ、サルタ達が大商会を騙したことになってるんじゃねえか? 奴等、自分達で進んで帝国に亡命したと思われてるだろ……?」
コルウィルは眉間に皺を寄せる。
「誰かに恨まれずに生きていける人間など、いないだろ?」
「いないだろ?」
「うへぇ。俺はバンドウを敵に回さないように生きていくよ」
俺達の会話とは関係なく、オオトカゲ達は黙々と走り続けた。
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「番藤君。この上が中央神殿だよ」
「遂に辿り着いたな」
アルマ神国に入って二十日が経っただろうか。ようやく俺達は目的地に達しようとしていた。
「アルマ神国の人達に気付かれてたりしないよね?」
田川が心配性の顔を覗かせる。
「ずっと地下を進んで来たんだ! 大丈夫に決まってるだろ!!」
一方の鮫島は楽観的だ。
「バンドウ。慎重にやれよ」
「分かっている」
今回、地下から中央神殿に向かってあけるのは小さな小さな穴だ。誰にも気付かれないような。
俺は地下通路の天井に手を伸ばし、直径5ミリの円をイメージした。そして──
「【穴】!」
いつもとは違う反動が手に伝わった。何かに引っ掛かっているような……。これが神国の結界か。
奥歯を噛み締め、グッと手に力を入れる。すると、するり開通するような感覚。
「どうだ……?」
「大丈夫。穴はあいた。これから先はリリナナの出番だ」
リリナナは照明の魔道具を周りに三つ並べ、自らを照らしていた。どうやら格好を付けているようだ。何故か腕組みをしている。
「我が力を見せてやろう。【現出】!」
足元の影から現れたのは小さな小さな羽虫だった。音もなく舞い上がり、スッと穴へと消えていく。
リリナナは次々と羽虫を顕在化し、神殿の中へと送り込む。屍を通して遠隔地でも見聞きすることが出来る能力は、密偵に持ってこいだ。
「さぁ一体、何が起こっているんだ。俺を楽しませてくれよ。アルマ神国」
暗い地下通路で腰を下ろし、天井にあいた小さな穴を見上げながら呟いた。





