第30話 依頼と報酬
「リリナナ。帝都飽きたな」
「飽きた」
帝国から提供された宿でダラダラと過ごす日々に、俺は退屈さを感じ始めていた。もう勇者ザルターこと猿田のお披露目も済んでいるし、帝都の観光も充分にした。
「帰るか?」
「帰ろう」
俺がソファーから立ち上がると、リリナナもそれに続いた。
「田川と鮫島に声をかけてくる」
「一緒行く」
部屋を出ようとドアノブ に手を掛けた時、外に人の気配を感じた。通り過ぎるのを待つが、一向にいなくならない。
異変を察したリリナナが「【現出】」と呟き、プレートアーマー姿の屍が現れた。俺達が下がると、入れ替わるようにドアの前に立つ。そして長剣を構え、切先をドアに向ける。
「破っ!」
「うぉお!!」
剣の刺さったドアの向こうから聞き慣れた男の声がした。コルウィルだ。リリナナが屍を操り、ドアを開ける。
「お前ら、危ねぇだろ!」
「不審者と間違われるようなことをするコルウィルが悪い」
「死に値する」
リリナナに言われるとコルウィルは「すみません」と頭を下げた。
「で、何の用だ?」
「ちょっと込み入った話だ。中に入れてくれ」
ズカズカと踏み入ってくると、ドカッと革張りのシングルソファに腰を下ろす。俺達もそれに倣い、二人掛けのソファーに座った。
「バンドウ。帝都はもう飽きただろ? アルマ神国に行ってみないか?」
コルウィルは真剣な目をしている。
「遊びに行くってわけじゃないだろ? さっさと本題を話せ」
「まぁ、待て。バンドウはアルマ神国についてどこまで知っている?」
「この大陸にある三つの国の内の一つ。アルマ神教の総本山であり、アルマ神から神託を受け、国を運営している」
「聖女については?」
試すような視線。
「勇者とパーティーを組んで魔王を倒す存在」
「そうだ。聖女は最終的に一人の勇者を選び、魔王に挑む。今まではそうやって討伐してきた」
「一人を選ぶ意味は?」
「俺もそこまで詳しくは知らない。ただ、歴史上はそうやってきたんだ」
隠しているような気配はない。本当に知らないようだ。
「つまり、アルマ神国の聖女は帝国か王国、どちらかの勇者を選ぶってわけだな」
「理解が早くて助かる。ただ現状ではアルマ神国から帝国に対してなんの接触もないんだ。それどころか、聖女選定の話が全く聞こえてこない。何かがおかしい」
「スースー……」
リリナナが寝息を立て始めた。頭が肩に凭れ掛かかってくる。
「それで俺に偵察に行ってこいと? 帝国はそんなに人材不足なのか?」
「神国には強力な結界術がある。要所には許可された人しか入れない。しかし、バンドウのスキルなら」
「【穴】をあけられるかもしれない──」
「スースースー……」
完全にリリナナが身体を預けてくる。
「報酬は?」
「皇帝ガリウスは、どんな褒美でも取らせる。と約束した」
「本当……!?」
急にリリナナが目を覚ます。
「何か欲しい物があるのか?」
「ある! コレクションに入れたい屍が! あるの! お願い! バンドウ!! アルマ神国行こ!!」
嫌な予感がするな。コルウィルも「しまった!」という顔をしている。
「お願い! お願い! お願い!!」
ここまで言うリリナナは珍しい。つい、甘やかしたくなる。
「一体だけだぞ?」
「うん!」
コルウィルが頭を抱えている。
「おい。依頼を受けてやる。感謝しろよ?」
「……痛い。腹が痛い」
今度は腹部を押さえだした。
「よし。荷物をまとめるぞ。明日出発だ」
「うん!」
元気に跳ね回るリリナナとは対照的に、コルウィルは俯いたまま部屋を出て行った。





