第29話 呼び出し
ザルツ帝国は大陸の北半分を有する強国だ。帝都ハインドルフは広大な領土の丁度真ん中にあり、初めて訪れた者は帝城の威容に圧倒されるという。
コルウィルはその帝城を見上げ、溜め息をついた。
「絶対に面倒事だ……」
帝都に勇者三人を連れて来て、引き渡したのが十五日前だ。全世界に対して勇者擁立の知らせを出したのが十日前。
怒涛の日々だった。
精も根も尽き果て、しばらくは泥のように眠った。そして、そろそろ王国の拠点──バンドウが作った地下の要塞に戻ろうとしたタイミングでの、皇帝からの呼び出し。
もう既に褒美は貰った。ならば、新しい用件の可能性が高い。いや、間違いない。また無理難題を押し付けてくるに違いない。
コルウィルは皇帝ガリウスの顔を浮かべ、渋面を作った。
「このままバックれちまうか……」
そう言いながらも、帝城に向かって一歩踏み出す。皇帝の前ではどんな抵抗も無駄だと理解しているのだ。
「どうして俺はいつもこうなんだ……」
厄介事を抱え込む人生。平穏無事なんて何処にもない。
背中を丸めて、コルウィルは歩き続けた。
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「よく来たな、コルウィル! いや、盗賊王よ!!」
驚くほど質素な玉座の上で皇帝ガリウスはケタケタと笑う。
「お戯れはお止め下さい……」
コルウィルは膝を突き、顔を伏したまま答える。
「このままでは話し難い! 楽にせよ!」
「はっ!」
ガリウスの言葉でコルウィルは立ち上がり、正対した。その目に映る皇帝の姿はもう五十歳を超えるというのに若々しく、覇気に溢れていた。
「一体、どんな無理難題を押し付けられるのか? 参ったなぁ。困ったなぁ。と顔に出ておるぞ! コルウィルよ」
「そ、そんなことは御座いませ──」
「安心しろ! 大した話ではない!!」
あぁ。これは絶対やばい案件だ。コルウィルは腹を括る。
「アルマ神国がな、静かなのだ」
コルウィルは心の中で首を捻った。何の話だろうと。
「帝国が勇者を得て、魔王打倒を誓ったにもかかわらず、神国の奴等は何一つ言ってこないのだ。おかしいと思わないか? 勇者が二国に割れたのに、静観している。公式にも非公式にも全く接触がない」
「それは……確かにおかしいですね。聖女が一人しかいない以上、神国はどちらかの国の勇者を選ばざるを得ない。様々な条件を帝国と王国から引き出し、天秤に掛ける好機なのに」
顎に手を当て、考え込む。
「歴史上、全ての勇者はガルド王国に召喚され、ガルド王国に忠誠を誓ってきた。しかし、現在の王家にそのような力はない。先を見通せない愚か者が国政を握っているのだ。神国もそこを見抜いている筈。なのに、何の動きもない」
どう思う? とガリウス。
「なにかが、神国に起きているのでは……?」
「余もそう考えておる。しかし、神国の中枢は堅くてな。どれだけ密偵を送っても情報を得られない。そもそも、中央神殿には強力な結界があり、入ることすら出来ていない」
神国の結界は有名だ。勇者召喚魔法と同じように秘匿された魔法により、中央神殿は守られている。
「私に何を──」
「バンドウだ。お前から報告のあったスキル【穴】。確か、何にでも穴をあけてしまうのだったな?」
「しかし、結界に穴を開けられるかどうかは……?」
「試してこい!」
コルウィルは目眩で崩れ落ちそうになった。必死に踏み止まり、やっとのことで口を開く。
「バンドウは私の配下ではありません。協力者というだけで。それに奴にはリリナナがついております。力で従わせることは出来ません」
「それをなんとか説得するのがお前の役目だ! 中央神殿の地下に穴をあけ、神国で何が起きているのかを暴くのだ! いいな!!」
身体が震えていた。拒否など出来るわけがない。
「バンドウは……必ず見返りを要求してきます」
「よい! 神国の結界を破り、何が起きているのか詳らかにせよ!! それが出来た暁には、どんな褒美でも取らせよう!」
「はっ!!」
コルウィルは知っていた。皇帝ガリウスの言葉は絶対だと。
「では早速、バンドウを説得してくるのだ!」
「承知致しました! 失礼します!!」
ピシッと一礼をして、コルウィルは皇帝の間から姿を消した。





