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夢傀儡師  作者: 丈乃井 想
3/3

私の夢


───カランカランカラン

入口の扉に付いているベルが良く通る音を店内に響かせ、来客を知らせてくれた。

「あのぉー、すみません…」

ここに来る目的は、皆一様に一つだ。「来る」と言うより「辿り着いた」と現すのが正解かもしれない。

なぜならこの店に来たいと思っても、来る方法など誰にも分からないのだから。

ただ偶然この店を見つける事が出来て、たまたま扉が開いていて、入ろういう意志のある人のみが辿り着ける。

明晰堂とはそゆう所なのだ。


「ようこそいらっしゃいました。どうぞ、こちらへ」

今日来店したのはかなり若めの女性だ。制服を着ているから高校生か、もしかしたら中学生かもしれない。

「えっと、あの。このお店って…夢を見させてくれるって言う…」

「はい、そうです。ここは明晰堂。あなたが望む夢を見せて差し上げます」

僕のその言葉に、彼女の顔がパッと綻んだ。

「わぁ〜やっぱり!ほ、本当に辿り着いたの!?どうしよう、すご〜い」

かなり驚き、興奮しているようだった。

それもそうだろう。制服姿という事は、きっと学校の帰りにこの場所を見つけたのだ。普段と変わらない日常を過ごしていていきなり目の前に非日常が現れたのだから、こんな反応になるのも無理はない。

「とりあえず、こちらへどうぞ。奥の部屋へご案内致します」



───ポロン、ポロン

この部屋の振り子時計の音は心地良い。この家には他にも何部屋かあるけれど、僕は大抵この部屋で一日を過ごしている。お茶を飲みながら、好きな本を読みながら、考え事をしながら───ポロン、ポロンと零れ落ちる音に耳を傾ける。

そうすると不思議と集中したり、リラックス出来るのだ。

「落ち着く部屋ですね」

先程まで興奮気味だった彼女もこの部屋の雰囲気や出したお茶のおかげか、先程よりだいぶ落ち着いた様子だった。

「では、改めまして。僕はこの明晰堂の店主、夢境導と申します。あなたのお名前をお伺いしても宜しいですか?」

「私は朝丘萌花あさおかもえか、高校三年生です」

「では朝丘さん。この、明晰堂の事はどれくらいご存知ですか?」

そう言うと彼女は「えっと…」と人差し指を顎に当てる動作をした。元々の顔立ちのせいか、動作一つで年齢よりかなり幼く見える。

「自分の思い通りになる世界を一度だけ見せてくれるお店って事と、そこの店主はイケメンって事かな」

後者は初耳だ。

「イケメンかどうかはよく分からないですけど、お店の事は大体それで合っています」

「イケメンも合ってるでしょ!あ、でも、導さんは綺麗って言われても可愛いって言われても、どの言葉でも当てはまりそうだよね。ねぇ、歳はいくつなの!?」

「二十三歳ですけど」

「えぇ〜そうなんだ!私と同じ年くらいかと思った」

「いや、さすがにそれは…」

「いやいや、そこらの男子高校生より全然若いし、カッコイイよ!」

高校生とは、みんなこんなにグイグイ来るものなのだろうか。いきなりこんな場所に来てさっきまで動揺していた筈なのに、順応性が高すぎる。

「えっと僕の話はいいから、これからの話をしてもいいですか?」

「うん、いいよ!」

僕は一つ咳払いをして、話を進めた。

「では朝丘さん、この店で夢を見る事に同意するという事で良いですか?」

「はい」

「夢を見るという事は、ここで一晩過ごす事になりますがそれでも大丈夫ですか?もちろん部屋には鍵が掛かりますし、僕があなたの部屋に入る事はありません」

「それも大丈夫!お母さんには友達の家に泊まるって言うから。それに…」


───ポロン、ポロン


彼女が少しだけ言葉を詰まらせた。

「私にはどうしても見たい夢があるから」

初めてする真剣な表情に、彼女の奥にある核心を少しだけ垣間見たような気がした。

「分かりました。決行は今度の土曜日ですが、それも宜しいですか?」

「もちろん。土曜日なら学校も休みだし、むしろそっちの方が嬉しいよ」

「それなら良かったです。それでは最後に約束です。朝丘さんは知っていたようですが、夢を見る事が出来るのはこの一回限りです。これは何があっても変えられません。そしてこれに同意して頂かなければ、夢を見せる事もできません。宜しいですか?」

「それも大丈夫。見たい夢は、もう決まっているから」

固い意志を持った言葉に、僕は小さく頷いた。



***



───朝丘萌花は舞台女優になりたかった。

きっかけはほんの些細な事だった。萌花が小学三年生の時、文化祭の出し物でクラス全員で舞台をする事になったのだ。

演目はクラス投票で決まった『白雪姫と七人の小人』だった。有名な作品である事と、登場人物が比較的多く内容も分かりやすい事からこの作品が多くの票を獲得したのだ。

そして小学三年生で物語一つ分の長い台詞を覚えるのはさすがに難しいとなり、物語を三分割にして三人で一つの役を演じる事が決定した。

クラスの女子は十五人。その中の三人が、主役である白雪姫を射止める事が出来る。クラスの女子のほとんどは恥ずかしいだの面倒臭いだのと騒いでいたが、萌花は密かに白雪姫の役を狙っていた。


しかし神様の振るサイコロは、残酷な程に平等で不公平だった。

くじ引きで決まった萌花の配役は『七人の小人C』

台詞は数える程しかなかった。

それでも萌花は与えられた台詞を必死に練習した。

「可哀想に白雪姫」「私達が助けてあげる」「おめでとう、白雪姫」「お幸せに」

何度も何度も繰り返し練習した。噛まないように、間違えないように、気持ちが篭もるように。


そうして迎えた本番で、萌花は七人の小人Cをきっちり演じ切った。噛まなかったし、間違えなかった。最後の「お幸せに」の台詞なんて、今までやった練習の中で一番感情が込められていたんじゃないだろうか。

舞台も無事に成功してやり切った気持ちで戻った教室で賞賛を受けたのは、白雪姫を演じた三人の女子達だけだった。

最初はあんなに嫌がっていたのに。台詞だって間違えたり、飛ばしたりしていたのに。それでも賞賛の言葉は、全て彼女達に向けられていた。


その時萌花は気付いてしまった。

いつだって輪の中心にいるのは物語の主人公なのだと。そしてそれは脇役がどんなに必死に頑張ろうと、変わる事はないのだ。

萌花はただただ悔しかった。自分が輪の中心にいない事でも、主役を演じる事が出来なかった事でもない。

あれだけ頑張った演技が、誰の中にも残らなかった事が。


悔しさをバネに。そんな在り来りな言葉で括りたくないけれど、萌花が舞台女優に興味を持ったのは確実にこの出来事がきっかけだった。

それからは、たくさんの物語を読み漁った。

シェイクスピアやドストエフスキー、宮沢賢治や太宰治。童話や日本の古事記。自分の中に物語を溜め込んで、登場人物達の人生を辿っていく。それがたのしくてどんどんのめり込んで行った。

けれど、その努力が実を結ぶ事はこの先ない事も分かってしまった。


萌花の両親は演劇の道に進む事を許してくれなかったのだ。普通の大学に進み、普通の会社に就職し、普通の幸せな家庭を築いて欲しい。両親の枕詞はいつも「普通」だった。だから演劇という「特殊」な道には賛成してくれなかった。

萌花自身も、家を飛び出してまで演劇に捧げる覚悟は持ち合わせていなかった。


そんな時辿り着いたのが、明晰堂だった。

まさに渡りに船だと思った。そしてこれが、最初で最後のチャンスなのだ。

夢を夢の中で叶えられる。



***



土曜日の夜。

店に来た彼女の表情は、舞台袖に控える役者のように緊張と興奮が入り交じっているようだった。

「そういえば前回聞いていませんでしたが、朝丘さんは環境が変わっても眠れる人ですか」

「それは大丈夫。と言うより、昨日は緊張して眠れなかったから、もう既に少し眠たいんだけど」

そう言いながら萌花は目を擦った。

「そうだったんですね。では今日はゆっくり眠ってください。部屋へ案内します。どうぞこちらへ」

少し薄暗い階段をゆっくりと登っていく。そして辿り着いた部屋の前で、萌花に二つ折りにした真っ白い紙を手渡した。

「眠る前にこの紙を枕の下に入れて下さい。けれど、決して開かないように。さて、僕はここまでです。何か質問はありますか?」

「ないよー」そう言うと萌花はゆっくりと頭を下げ「導さん、ありがとうございます」と言った。

「いえ。それでは、良い夢を」



部屋には綺麗に整えられた布団が一式と、壁には掛け時計。一階にある振り子時計とは違い、振り子が付いていないただの掛け時計なので、音は全く聞こえてこない。その時計の下には本棚があり、ジャンルの違う本が詰まっている。もしかしたら直ぐに眠れない人の為に、こうして置いてあるのかもしれない。

あとは小さい窓が一つだけ。けれどカーテンが閉められているせいか、外の月明かりは全く入ってこない。

「初めて来た部屋なのに、なんか落ち着く」

この部屋も一階の部屋と同様、畳が敷かれており仄かに藺草の香りが立ち込めていた。

萌花は言われた通り枕の下に真っ白い紙を入れた。

中身が気にならないと言えば嘘になるが、もし開けて夢が見られなくなってしまったら元も子も無い。


「よしっ」と小さく気合を入れ、今にも眠りに落ちそうな体を布団の中に滑り込ませた。

これで目を瞑れば数秒後には夢の中だ。

心地の良い緊張に包まれながら、萌花はゆっくりと瞼を閉じていく。暗闇の中、微かに一階にある振り子時計から───ポロン、ポロンと零れる音が聞こえた気がした。けれど、それも直ぐに意識の外へと追い出されて行った。


どうしても見たい夢がある。

色々と考えたが、やっぱりこれしかないと思った。


萌花が次に目を覚ますと、小さな木の小屋の中にいた。

さっきまでの服装とは違い、膝丈くらいの赤いフレアスカートに上は白く可愛いブラウス姿だった。

「あぁ、これだ」

───コンコンコン

扉が叩かれる音と共に聞こえて来た声に、胸の鼓動が大きく跳ね上がった。

「白雪姫、遊びに来たよ!」

ここから私の物語が始まるのだ。

萌花は一つ大きく息を吸い、返事を返した。

「はーい。いま開けるわ!」



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