201x年の秋(2)
今回はサラリーマン小説(?)です。よろしくお願い致します。
確かに、しばらく金本の顔を会社で見なかった。しかし、まさかそんな事になっているとは。てっきり長期の海外出張にでも出ているのかと思っていた。
重度のうつ病。それが産業医の診断であるらしい。
金本は確か入社3年目の営業マンである。同じ部署に所属しているが、客筋がまるで違うため、実務で接することは、これまで全くなかったのだ。従って、この金本をしばらく会社で見かけなかったことも、それほど俺の気に留まらなかったのである。
(最近の若い奴らは・・・)
俺と同世代、すなわち40代半ばの同僚が、そんなお決まりのセリフを、舌打ちを伴い小さく口にする。それに同意する気にはなれない。客観的にみても、この金本と言う男、はきはきとした言動は好感が持てる青年だった。コミュニケーション能力も、社内外問わず、その非凡さを発揮していた。そして英会話力。俺にはなく、これからの時代には必須になるはずの彼の大きな武器だったはずだ。
そんな金本が、まさか鬱になって会社に来なくなっているとは。いや、同じ部署に所属しながら、彼がそこまで追い詰められていた事に気付かなかった俺も含め、これは組織としての問題だろう。だから俺は、無責任に(今の若い者は・・・)なんていう気になれないのだ。
夕方から始まった課内会議は、何人かが頻繁に声を荒げる殺伐としたものとなった。
矢面に立ったのは、この金本の教育係であった市原。そして課長の森である。
(どうしてこうなるまで放りっぱなしになっていたのか)
(金本が担当している顧客は、近々誰が受け持つのか)
(下期に仕事が偏りがちなこの部署に、金本の穴埋めができる程の人的リソースの余裕があると思うか)
その問題のどれもが、今日明日で答えが出るほど単純なものではなかった。
(誰か金本と仲の良い社員が、一度病院に面会に行ってはどうか?)
金本とそれほど年齢の変わらない若手社員の一人がそう口にしたとき、会議室内にたっぷりとした沈黙が発生した。
その若い社員の気持ちも分かる。何かしらの行動を、職場の同僚として起こしたいのだろう。
社内に頼れる仲間がいたなら、金本もそうはならなかったろうという負い目が、おそらく彼にその発言をさせたのだろう。
だが今の時期での面会は、言ってしまえば残された者たちのアリバイ工作のようなものであって、金本本人にとっては、むしろ逆効果となる可能性が高い。だからと言って、このまま問題に蓋をする訳にもいかない。この場にいる誰もが、どう対応するのがいいのか、明確な答えが出せないでいるのだ。それ故の沈黙なのだ。
2時間にも及んだ部内会議という名の糾弾合戦は、これと言った対策に至らぬまま閉幕となった。これまで金本が担当していた顧客への対応は、まずは課長の森の裁量で、他の課員に振り分けることとなった。結局、この部会の間、俺は一言も意見を発することは無かった。
俺が意外な人物からの電話を貰ったのは10月の下旬。金本が会社に来なくなってから、およそ2週間が経った頃である。
携帯のメモリに登録されていなかったその番号の主は、金本の友人と名乗る若い女性だった。
まだ入院している金本本人が、どうも俺と会いたがっているらしいというのが、その電話の趣旨だった。その趣旨の伝達に至るまで、俺と彼女の会話は、相当な回り道をした。
(なぜ俺なのか?)
真っ先に浮かんだ疑問がそれだ。同じ部署の同僚ではある。しかし、俺と金本とは仕事に関しての接点がないし、何より年も離れている。相談相手に相応しい者は、俺が考えても俺ではないのだ。
(どうして自分なのか?)
その言葉を口にしようとして、寸前で留まった。そんなこと、直接本人に訊けばいいことなのだ。
「今週の土曜日はいかがでしょう?」
パソコンの画面に張り付いていたスケジュール帳を見ながら、比較的自由な時間が取れる最短日を、俺は指定した。