その店のミカ(5)
R指定かな・・・今回の・・・
男とミカが向き合って立っている。ミカは女としては背が高い。それでも頭半個分ほど、男の方がさらに高い。体重に関しては倍半分ほど違うだろう。二人の距離が近い。すぐにでも抱擁ができる距離だ。
「おっ、こっちの女の方がいいな。この良い娘ぶり女に変わって、サクッとこいつを処理してくれよ」
グレーのブリーフの中でそそり立っているであろう自分のモノを指差して、男が卑下た笑いを浮かべた。俺の神経がささくれ立つ。俺はこれまで座っていた椅子から、もう軽く尻を浮かせていた。
ミカが膨らんだ男のモノを見下ろしている。動揺したりする素振りはまるでない。デカい男の体に委縮している様子もない。その冷たい視線には相当の肝の強さが感じられる。
「んっ、私に何をしろと?」
場違いなほどにミカの声色は間延びしていた。その声だけを聴くと、このミカは相当に空気の読めない鈍感女に思える。しかし、そうではないという確信に近いものが、俺の中にある。
「手でも口でもいいぜ。こいつをスッキリさせてくれって言ってんだよ。何ならマ〇コ使ったっていいぜ」
ついに男の下劣さが、俺の許容を超えた。俺は立ち上がっていた。反動でパイプ椅子が後方に倒れた。
「何だ、兄ちゃん。何か俺に文句があるのか?」
文句があるかないかと言えば、ある。客としてこの店に来ているのに不快な気分にさせられた。だが、いまこの男と向き合っているのが仮にミカでなかったとしたら、ここまで俺の神経は逆立たなかったかも知れない。否定できない。
男の体が俺の方向に向き直る。改めて見ると、確かに肉が厚い。しかも俺の計算外だったのは、男が裸だったことである。頼みの綱であった襟や袖を掴んでの柔道の技が、これでは活用できない。今頃それに気付くなんて、やっぱり俺は少し抜けているな。その自分の間抜けさの代償として、多少痛い思いをする。そんな覚悟ができ始めた瞬間だった。ミカが動いたのだ。
ミカの動きは目視できた。その動き自体は実にゆっくりとした挙動だったのだ。ミカの男の尻の肉の部分を右手で掴む。動き自体は正にそれなのだが、その動きの意味が俺にはまるで分らなかった。もっと分からなかったのは、尻を掴まれた男の反応だった。
「うっ、ぐぐ・・・おっ・・・」
背をのけ反らせてくぐもった声を漏らした男が軽く体を震わせた。何か体に毒でも盛られたような声と動作。そして数秒遅れて、見たくもない男の膨らんだものが薄い布の下で痙攣し始め、黒く濃い染みを広げ始めたのだ。
男と男のモノの痙攣は、その後10秒近く続いた。
男の体の震えが収まるや、尻から手を放したミカが乱暴に男の背を突き放した。
「ほらっ、処理してやったよ。さっさと帰んな。早漏ボーヤ」
俺より若いとは言っても、男は30代後半だろう。ミカよりは年上であることは疑いない。体もデカく迫力がある。何より一般人が纏い得ない歪んだ磁気を纏っていた。そういう世界に住む人間なのだ。この男は。理屈を抜いてそれが肌に伝わる。
そんな男をボウヤ扱いしたのだ。自らもう引き戻せない剣呑な状況をこしらえたのだ。
大した根拠もなく、このミカは利口な女だと考えていた俺の予想は、どうやら見込み違いも甚だしかったらしい。
僅かに感じたその落胆が、俺の初動を一瞬だけ遅らせた。先般よりもさらに顔を赤らめた男が、ミカに掴みかかっていた。太い二の腕に力が籠る。ミカのチャイナドレスのボタンが2つ弾け飛んで床に落ちた。ミカの胸元に、谷間と呼ぶには浅すぎる筋が現れた。
それは固い音だった。俺がミカと男の間に割り込むよりも早く、男の両膝が床に落ちたのだ。
絨毯こそ敷かれているものの、床そのものはたぶんコンクリートだ。その固い床に、どういう訳か、男は自分でぴょんと跳ね上がり、そして両の膝から落ちたのだ。体重が三桁に及んでいても不思議ではない体躯。コンクリートの床を相手に、その重量の全てをぶつけた膝はたまったものじゃない。男がその巨体に似つかわしくない情けない悲鳴を上げた。立ち上がれない。膝を押さえて悶えている。
そんな男の様子など、まるで眼中に無いように、ドレスの前を開けたままの姿で、ミカが部屋に戻った。いや、戻ったのではない。ミカが出てきた部屋とは別の部屋に入ったのだ。無言のまま。無言なのはミカだけではない。今も男の口から洩れる悶え声以外は完全な静寂。俺達はいま、発する言葉を見失っている。
すぐにミカは戻ってきた。手にしていたのは男の衣類。乱暴に今も蹲って呻いている男に被せるように放り投げた。
「汚い汁をたっぷり出したんだ。とっとと帰りな」
突き放すような冷たさを感じさせる言葉と態度。
(・・・マエジマ・・・組を・・・なめんじゃ・・・ねぇぞ)
(・・・このままで済むと思うなよ・・・)
男がどうにか痛みに堪えながら、そんな脅し文句を口にする。
「はいはい、大歓迎。待ってるよ。早漏ちゃん」
振り向きもせず、ミカは部屋に戻っていった。