停滞(9)
今回もよろしくお願いします。
「談合に参加しないメーカを見つけるってったって、これだけでも相当ハードルが高いでしょう。なんせ工業炉設備ですからね。できるメーカは限られる」
「それ以上にT社に逆らう会社なんて、この業界に存在するんですかね」
それぞれ俺と金本の意見である。ジャイアン退治と意気込んだものの、現実はそう甘くはない。初めから分かっていたことだ。
言い出しっぺの森も、さすがに今はあのラーメン屋で見せた鼻息の荒さがない。
現在は水曜日の午後9時。周りに他の社員が居なくなったのを見計らって、俺たち3人の作戦会議が始まったのだが、始まるとほぼ同時に頓挫してしまった感が否めない。
「俺なんかよりもこの手の案件は大友の方が詳しいだろう。なんせ4年近くも基本設計に関わったんだからな。本当にどこか無いのか、炉周りの設備に参画できるような会社は」
俺達の会社だって超が付く一流企業ではない。それでもやってやれなくはないのだ。この手の案件の設計・製作ができるメーカが一つも存在しないほど世の中は狭くない。
「国内のメーカに限れば、例えば九州のY社なんかは、やってやれなくはないメーカだと思います。思いますが、そこがT社に反旗を翻すかどうかは別問題です。逆に会社がなまじデカいが故に、談合なんていった古い悪習が、今も残っていて不思議じゃありません」
「なら海外のメーカは?海外メーカが入札に参加すれば、国内メーカ同士の談合なんて初めから有り得なくなる」
それはそうなのだろうが、しかし・・・
「基本的にN社は海外メーカをベンダーとして採用しません。納入後のメンテナンス性の問題です」
八方塞がり。そんな言葉が正にぴったりくる。今の俺たちの置かれている立場がだ。
最初の扉もこじ開けることができていないのに、その先の話を今するのもどうかと思うが、それでもするしかない。俺たちが狙うものの難易度の高さを3人で共有するためだ。
「仮に談合を阻止できたとして、今度はT社とのガチンコ勝負にどうやって勝つかも近く考える必要があります」
課題は山のようにあり、一つ一つの山が高く厳しい。課長の森が、営業部長に噛みついてまで俺と同じ立ち位置にいてくるのは嬉しいことではあるが、やはり途方もない困難に挑もうとしていることは、現時点ですでに認識せざるを得ない。
「ゆとりのある時には先の事を考えよ。ゆとりのない時には目の前の事に集中せよ」
はぁ?その金本の言葉に森と俺の二人が振り向く。
「孔子か聖徳太子か、いずれにせよ凄く偉い人の言葉・・・だったはずです。一個一個考えましょうよ。先輩方に偉そうに言って申し訳ないですが」
一度は鬱で入院までした金本だが、最近は積極的に自分の意見を発言するようになった。それは喜ばしいことではあるが、まだ若い社員にこんな組織の闇の部分を見せていいのかとも考えたりする。
「金本のいう通りだ。まずは一つ一つ対処しておこう。それにもう一つ俺たちにとって重要な問題は時間だ。どの程度の執行猶予が残されているか」
時間。それについては俺が客先担当から情報を得るしかない。上手く情報が収集できれば、T社の動向なんかも知り得るだろう。デリケートなこと極まりない行動と言葉が要求されるが。
「それについては俺が情報を集めます。頼りはN社の吉川さんのみですが、現段階では俺たちの味方と考えていいはずです。すごく誠実で不正なんかを嫌う人ですから」
うんと頷いた森に対して、金本がまたも発言する。
「九州のY社へのアプローチに関しては、またミカさんの人脈を頼ってみてはいかがですかね?」
(何を言ってんだ、金本は?)
そんな顔を森は確かにした。無理もない。森はミカについてほとんど何も知らない。
「オリンピックメダリストのマリア・リーを呼んでくるような人ですからね。オーストラリアの大統領にだってコネがあるかも知れない」
この金本の発言には森もかなり驚いたことだろう。加えてミカには反社組織との繋がりもある。危険なコネではあるが、コンプラを無視して喧嘩を売ってきたのはT社の方だ。
この際は目には目をと開き直るのも選択肢として有りだ。
自分だけが書くと森が頑なに主張した退職願は、結局3人とも進退伺という形式を採用し、今も各々のカバンに仕舞われている。
もう後戻りしない。
小さいがそれでも固い石ころのように、決意が俺たちの腹の中にころんと転がっていた。




