ミカの戦争(6)
今回もよろしくお願いします。題名変えよっかなって考えてます。
3人増えると、昨日はあれほど広く思えた組長室も、少し窮屈になった。
”親父さん“と黒服2人。黒服のうちの一人はケンジという男だ。そしてミカと俺。この昨晩のメンバー5人に、さらに3人の人間が増えていた。
俺たちは前嶌組の組長室に戻ってきた。朝の7時過ぎだ。すでに会社にはショートメールで、休暇を取る旨を連絡している。
ケンジが、俺たちが泊まっていたホテルまで車を手配してくれていた。曇り一つない黒塗りの国産車に乗り込むには、相当の勇気が俺には必要だった。
極道の事務所、それも組長室に足を踏み入れるという非日常的な行為も、昨晩と比べるといくらかの免疫が、俺の中にできているのだろう。今朝は、今のところ膝が震えたりはしていない。
それでも俺の血の気を引かせた光景の一つが、昨晩はここにいなかったシュンスケと言う男の、べっとりとした血糊に塗れた腫れ上がった顔だった。何か紐のようなもので、後ろ手に縛られ、大きな体を拘束されている。
ミカの勤めるマッサージ店の女に乱暴を働いたのが、この男だ。一発二発殴られた程度では、ここまで顔が腫れたりしない。この男が犯した卑劣な行為に対しての、組織としての制裁なのだろう。そこまでは想像に難くないが、では誰がこの男の顔を、こんなになるまで殴ったのか。
その答えはすぐに分かった。どんと分厚い机の上に置かれている親父さんの手に、まだ乾ききっていない赤黒い血糊が、生々しく張り付いていたのだ。
酷く殴られたであろう顔を腫らしているシュンスケという男が、昨晩はいなかった人物の一人。もう二人は女だった。一人は判る。今回の被害者であるマッサージ店の若い女だ。シュンスケを睨みつけるような、それでもひどく怯えているような、かなり形容の難しい顔をして、伏し目がちに立っている。
そしてもう一人の女。早朝だというのに、きちんとした身なりだ。ダークグレーのパンツスーツ姿だった。年の頃は30代後半か40代なら前半。身長は160センチに満たない。体の線も、どちらかと言えば細身である。黒い髪は長く、後ろ二か所で縛られ、女の腰の高さにまで達している。知らない女だ。けれども、どこかでこの顔を見た気もする。どこで見たかまでは思い出せない。
そんな事より俺が気になったのが、この女の顔を見たミカが、一瞬だけ戸惑いを見せたことだ。そしてわずかに表情を引きつらせた。明らかに動揺の色を浮かべた。この二人は初対面ではない。どころか二人の間には、なにか因縁めいたものさえ存在するような気がする。ミカの表情の変化が、そのことを微かに示していた。
「さて」
そんな二人に構わず、“親父さん”が切り出す。机に乗りかかるように厚い上半身を前傾させた。ぎしりと言う音が聞こえてきそうだ。
「これで関係者全員が揃ったことになる。シュンスケの場合は、無理矢理にしょっ引いてきたんだがね。探し出すのに少々骨が折れた」
シュンスケが赤黒く腫れあがった顔を、床方向に下げる。白を基調にした派手なシャツに、大量の血が飛び散っている。
「登場人物の紹介は不要と考えていいかね?」
“親父さん”がミカに向かって言った。
「どうしてこの人が?」
ミカの声が掠れていた。喉が渇いているのか、緊張しているのか。ミカが(この人)と呼んだのは、髪の長い女のことである。
「うん、中立な立場での、簡単に言えば立会人として声を掛けさせてもらった。非常識な時間に電話することには、少々気がとがめた。今や超の付く有名人ときているからね。それでも事の成り行きを説明すると、すぐに飛んできてくれたよ」
ミカが、おそらくは顔見知りであるはずのスーツ姿の女と視線を合わせている。ミカの方が10センチは背が高い。きりきりと音がするような緊張が、二人の間に生じている。
初対面ではない。しかし親しい間柄にも見えない。では、この二人は一体どういう関係なのか。それが俺に分かるはずもない。俺は考えるのを止めた。
「さて、そろそろケリの付け方を決めようじゃないか」
“親父さん”の太い声が、足元から這い上がってくるように低く響く。”親父さん“以外に誰も口を開く者はいない。
「ちょっと机の引出を開けるよ。いいね」
机の引出を開くことに皆の了承を得ようとした“親父さん”の意図が、俺にはよく分からなかった。ごろりとも音を立てず、一番下の引出が開けられた。
(ゴトン)と重たい音を立てて、“親父さん”が机の上に置いたのは、鈍く黒光りする鉄の塊。
あまりにもその景色が非現実的過ぎて、それが拳銃であることを認識するのに、俺にはしばらくの時間が必要だった。




