ミカの戦争(5)
超自信作があまり評価されず、ちょっと落ち込んでます。
まあいいけど。
純白のシーツに覆われた馬鹿が付くほどでかいダブルベッドの真ん中に、ミカは顔から突っ込むように倒れ込んだ。そして動かない。沈黙。
「ジュンさん、シャワー浴びてきなよ。私は後でいい」
ベッドに顔を埋めているため、ミカの声はやや聴きとりづらかった。それでも、俺のことを“ジュンさん”と呼んでくれるなら、少しはミカも落ち着きを取り戻したと考えるのは、楽観に過ぎるだろうか。
“ケンジ“に連れられ、俺たちは前嶌組が経営に関わっているというラブホに、つい先般到着した。二人分の部屋が用意されていたが、俺たちはそのうちの一室に入った。一室で二人寝泊まりするつもりは無かったが、それでもいくらかのミカとの会話は必要だろうと考えたのだ。そして、どちらが主導を取るでもなく、俺たち二人は同じ部屋に入ったのである。
俺たちが部屋に入る際、“ケンジ“は入室することなく丁寧に入口で頭を下げた。俺たちがドアを閉めるまで、その姿勢で不動だった。年齢は俺より若いだろうが、その静かな佇まいは妙な貫禄と怖さを感じさせた。
さて、シャワーを浴びてこいと言われて、(では)と考えていいのだろうか。きっとミカの言葉に深い意味は込められてないのだろうが、それでも如何なものかと思う。ここは本来、男女が男女の行為を交わすための場所なのだ。ここは、それぞれの部屋に戻って、シャワーを浴びるなりバスタブに浸かるなりするべきだろう。
「それじゃあ、俺はもう一つの部屋に入る。先方から連絡があったら知らせてくれ」
俺はいまもベッドに伏しているミカに背を向ける。
「いま私を一人にしたら、勝手に組に殴り込むかも知れないよ」
どきっとした。(戦争だ)と叫んで店を出たときの剣幕は、いくらか収まっているようだが、腹にくすぶっている炎が、未だ消えてはいないのだ。いまミカを一人にすることが危険であることは違いない。なにせ当の本人がそう口にしたのだ。
「さすがの私も、正直ちょっと参ってる。できれば近くにいて欲しい」
俺が初めて聴くミカの弱音だった。
熱いシャワーは心地よかった。心地よかったが、それで心が落ち着くようなことはない。数時間後には、俺たちはまた前嶌組の門を潜ることになるのだ。体から緊張が抜ける訳が無い。
下着とズボンだけを着けた。ワイシャツは着なかった。その姿で俺がシャワーから戻ったときも、ミカは大きなベッドの上にうつ伏せた姿勢を、全く変えていなかった。すでに寝息を立てているのかも知れないが、うつ伏せの状態なので確認できない。このままそっとしておくのも一つの選択肢だったが、俺に迷う時間を与えず、ミカのくぐもった声が聞こえた。
「私、シャワーはいいや。ちょっと休んどこう。ジュンさん、横においでよ」
そんなミカの言葉に、俺はひどく動揺する。言葉が出てこない。なんだか喉が渇く。
そんな俺の動揺をよそに、ミカがいったんベッドから体を起こし、厚手のジャンパーを脱いだ。ジャンパーの下は白いタンクトップ一枚。思いのほか薄着だった。そして、必要以上に面積の有る掛け布団の下に、ミカが潜り込んだ。ごくりと俺は、無意識に生唾を飲んだ。
「ちょっと体を休めとこう。入りなよ」
ミカが促す。
「冬でよかったね。さすがに夏なら汗臭いかも。あっ、それから、仕事、大丈夫なの?」
ミカが懸念する通り、明日も俺には仕事がある。しかし・・・
「俺としては今期の仕事はほぼ終わっている。明日の朝にでも、休むって連絡を会社に入れるよ。今期に関しては、誰も文句は言わんだろう」
ほんの少しだけ、ミカが微笑んだ気がした。数時間振りに見たミカの笑顔だった。
ふわりと軽そうな掛け布団を折りたたんで、ミカが俺を誘う。その仕草があまりに自然だったので、ついに俺はベッドに横たわった。
俺はしばらくの間、いつもより大きい自分の鼓動を聴いていた。
ミカのスマホが震えたのは、早朝の6時をいくらか回ったときだった。
俺とミカは、ほぼ同時に目を覚ました。




