ミカの戦争
新章です。ちょっと18禁かなと懸念しています。
お気分悪くなりましたら、ごめんなさい。
ミカが俺の左腕にしがみ付いている。2月の寒空の下、俺達二人は並んで歩いている。月の灯りがとても近い。つい先般まで降っていた霧雨が、大気中の塵を残さず地に落としたのだろう。
いまの俺達の姿。周囲の目には、仲睦ましいカップルのように映るのだろうか。
そうではない。ただ単に“寒い”だけ。だからしがみ付いているのだそうだ。それがミカの言い分だ。それでも俺的には、決して悪い気はしていない。
(暇なら博多ラーメンおごってよ)
今日の夕方に着信のあった、そんなミカの電話による要望に応じる形で、俺達二人は博多ラーメン専門店に入り、たった今、これを喰い終えたばかりだ。
ミカは替え玉を一回だけ追加した。俺はサイドメニューにあったミニ鶏どんぶりを注文した。
ミカとの待ち合わせ時間は19時ちょうど。繁忙期と比較して3時間以上は、今日俺が会社を出る時間は早かった。
年度末まで1カ月強の時間を残して、俺個人としては、受注も売上も、そして利益も、今期のノルマをクリアした。あとは定型的な事務手続きを残すのみだ。晴れやかな気分で、俺は事務所を早々に出た。多くの社員はまだ会社に残っていたが、今下期の俺の成績は、他の誰にも文句を言わせない数字だった。
腹の膨らみ具合としては、ちょうど良い塩梅だ。いま俺達は、ミカの勤めるマッサージ店に向かっている。水商売の世界では、同伴出勤ということになるだろうか。
ラーメンをご馳走し、腕を組んでミカの勤務先に向かって歩いている。
それでもこの女は、決して俺に媚びてはいない。客に媚びるような、そんな女ではないのだ。ここらのところが、俺の知る普通の水商売女とは違う。そんなミカだからこそ、俺は奇妙な魅力を感じているのだと正直に思う。これまで水商売女に入れ込んだことも、ないではない。皆が相当の美形であったが、ミカから感じる魅力は、どこかそれとは性質を異にしている。これまで見たことも無い人種への興味とでも言うか。うまく説明できない。
15分ほどの時間、俺達は歩いた。店に到着する。ラーメンを喰い終えたあとはぽかぽかしていた体も、その間に相当に冷えた。
不思議なものだ。最初に見た時は、あれ程のうさん臭さを感じた紫色のネオンも、通い慣れるとまるで違和感がない。むしろその灯りを見れば、少し気が安らぐ気すらある。
まるで自宅の玄関のドアを開くように、ミカがこれを開く。
「おはようさ~~~ん」
俺達サラリーマンの感覚では、夜の8時過ぎに(おはようさん)もないだろうが、まあ夜の店で働く者たちにとっては、こんな挨拶が普通なのかも知れない。
“どん”と俺の体がミカの背中にぶつかった。ミカがその場に立ち止まったからである。
なぜかミカが入口で立ち止まったのだ。その理由が、ミカの後方に位置していた俺には分からない。薄暗い店内をミカが凝視している。なぜか険しい表情だ。
(どうした?)
その問いを正に掛けようとした時、微かな音が暗い店内から聞こえた。機械が発する音ではない。風や雨のような自然音でもない。か弱い生物が発する小さな音。それは、女がすすり泣く声だった。
いまもミカは動かない。俺とさほど身長の変わらないミカの肩越しに、俺は室内の様子を覗う。
暗がりの中、二人の女が折り合うようにして座していた。二人とも紅い色調のチャイナドレスを着ている。一人は小柄な女。その女の肩を抱くように重なっているのが、やや大柄な小太り女。何度か、俺はこの小太り女と言葉を交わしたことがある。この店では、いつも受付的な枠割をしている女だ。だから俺はこの女に見覚えがあるのだ。
いや、待て。両膝を床に落として、首を折って肩を震わせている小柄な女。この女の方も見たことがあるような気がする。若い女だ。おそらくは20代前半。
(あっ!)
この若い小柄な女について、俺は思い当たった。以前ヤクザ者に絡まれた女だ。大柄で下品な男に絡まれて部屋を飛び出してきた女だ。そして、この男を、ミカが尻を蹴るようにして追い出したのだ。
この段階で、俺は一つの異変に気付く。若い女のドレスの着こなしが、どこか変なのだ。
左肩が露わになっている。初めはワンショルダーのチャイナドレスかとも思ったが、本来複数のボタンで止まっているはずの前の布が合わさっていない。これを女が自分の手で抑えている。スカート部のスリットも、不自然なほどに大きく裂けていて、女の白い脚が、その付け根近くまで覗いている。
(ドキンッ)と自分の心臓が鳴る音を聞いた。乱れた女の衣服。漏れる女の嗚咽。
それらの事象から導き出される女の着衣が乱れた理由。
「何があったか!」
ミカの悲鳴のような甲高い声。すすり泣いていた女が叩き起こされたように、さらに大きな泣き声を上げて、そして再び地に伏した。




