世界で6番目の女(1)
新章です。よろしくお願いします。
「ゴルフコンペのゲストを営業側で段取りしろなんて、業務放棄も甚だしいじゃないですか!プロモーション部の仕事でしょう。誰がどう考えても!!」
金本が俺の隣席で、大いにぼやいている。うん、気持ちは分かり過ぎるほどに分かる。
N社西日本地区泉南製造所。大阪府最南部に位置し、その敷地面積は約80万平方メートル。数百万平方メートルに及ぶ大工場を国内に多数有するN社の製造所としては、比較的小さな製造拠点の一つである。
しかし、その小さな製造所で生産されている製品の多くは極めて特殊であり、国内シェア80%を超える製品は30銘柄以上と言われている。
ニッチな製品であるが故、年間売上高2兆円を超える同社の主力製品とは呼び難いが、その収益率は極めて高く、同社の役員に昇格するには、本製造所の所長を経験することが必須条件とすら言われている。ここ20年スパンでの同社の役員人事を鑑みると、どうやらそれば事実であるらしい。
さて、この製造所が主催する一大ゴルフコンペが、毎年3月に開催される。同製造所に入り込んでいる業者のほとんどが参加し、去年の参加者の総数は70名に及んだ。
そして今年は、現時点で100名を超える参加の申し込みがあるらしい。
理由は明白だ。一大設備投資である“CRプロジェクト”への参入を、虎視眈々と狙う各業者のコネクション作りが狙いなのだ。
もちろんそんな単純な話じゃない。俺なんかにしても、このプロジェクト参画のため、ゆうに3年以上の時間を費やしている。企業によっては、N社と機密保持契約を結んで、基本計画を練り上げている会社もあるだろう。今日明日のコネクションで『こんにちわ、ありがとうございます』とはならない。それでも網から洩れてくる小さな仕事を狙っている輩が、それだけ多いという事なのだろう。
さて、このゴルフコンペ。参加する各企業が、それぞれ一名のゲストを連れてくる慣習がある。
いくつか例を挙げる。プロジェクトの根幹となる機械設備の大本命である某大手国内企業は、同社のテレビCMに起用している女優を、毎回引っ張り出してくる。超が付くほどの大女優とは言えないが、俺でも顔と名前くらいは知っている女優だ。
ビジネスコンピュータ関連の案件を、おそらく落札するだろうと予想されている大手計算機メーカはもっとえげつない。同社所属の女子プロゴルファーを参加させるのだ。アマチュアのコンペにそれは反則だろうって思うのだが、顧客の参加者の中には相当なゴルフ通もいる。そんな連中が、まるで子供のように喜んだりするのだ。憧れの〇〇プロってな感じなのだろう。俺にはよく分からない。
そして一気にランクが落ちて、ゴルフ好きのお笑い芸人や、ちょっとしたファッションモデル。もちろん一流どころじゃない。まあ、曲がりなりにもモデルをやっている様な女性が、洒落たゴルフウェアを着込んでティーグラウンドに登場すると、一般人にはない華やかさを発することは否定できない。
そして我が社の話だ。去年は一応芸能人という風貌の冴えない男性タレントが参加した。名前すら俺は覚えていないし、テレビなんかで見かけたこともない。その前年は女性だったが、ぱっとしない芸能人ってところは去年と一緒だ。毎年どうにも他社と比較して見劣りする我が社のゲストなのである。まあ、これは仕方がない。一般家電製品を扱っていない我が社は、日本のインフラを、飽くまで陰で支える脇役企業の一つなのだ。一般消費者へのPRなんて、まるで得意ではないのだ。
(社運のかかる大型案件を控えているので、今年に限っては、もう少し有名どころのゲストを準備できないか?)
そんな営業部門からの特例要望に、毎年タレント事務所との交渉を担当していたプロモーション部が逆切れしたのである。
(名のあるタレントを準備するのに、どれ程の経費が掛かるのか、営業は分かっているのか)
(プロモーション部とは、それだけの仕事をしている部署でない。これまで好意で協力していたのだ。ならば営業で、勝手にゲストを見つければいい)
本当にそこまで子供じみた交渉決裂となったかどうかは、その場に居なかった俺には分からない。しかし、その場に、瞬間沸騰器的なところのある営業課長の森がいたのだから、あり得ない話じゃない。ともあれ、今年のゲスト探しは営業部門の仕事ということになったのである。
(あとは頼んだ)
森のその一言に、俺も金本も空いた口がふさがらなかった。まあ、そういう仕事の振り方をする課長であることは、今日に始まったことではない。
そして俺達はいま、途方に暮れている。
「大友さん、誰か有名人の知り合い、いないんですか?」
しばし俺はシンキングタイムに入る。いない。いる訳がない。
「ヤ〇ザの幹部なら、ちょっとした伝手で何とかなるかも知れないが・・・」
「大友さん、CRプロジェクト、諦めました?てか大友さんって、そっち系の人だったんですか?」
もちろんヤ〇ザと繋がりなんてない。あのミカがヤ〇ザの幹部と思しき人物と電話していたのを聞いた事があるだけだ。
「俺達にどうしろってんだよ~」
金本が両手を頭の上に乗せ、椅子の背もたれに大きく背中を預ける。まるで妙案が浮かんでこない。よもや実務以外でこんな重荷を背負うことになろうとは。想定外だ。
ここは少し冷静になろう。
「なんか疲れたな。今日はマッサージ屋にでも寄って帰ろうかな」
誰に言うでもなく、俺も大きく背中をのけ反らせた。




