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あたしを許すために  作者: 乾レナ(冷愛)
第一章 試練
8/9

Ⅰ.どうやらタイムスリップしたようです


【1977年6月10日】――


【洋菓亭】を脱出した此方(こなた)は、住人に見つからないよう、ふたたび洋館裏の屋根下に舞い戻った。

 胸元のブローチを、逆転時計を確かめる。針は動いていない。

 次に移民バックから取りだした携帯電話の画面を確認する。【2010年6月10日】日時の表示は現在のままだが……? 

 そうだ、直美ちゃん。彼女に電話をかけてみるが電波が届かない。使用圏外らしい。当然ネットワークに接続もできない。

 現在の時刻を刻むデジタル表示は、あくまでも時空移動や電波の影響を受けない、オフライン機能である。

 掃除と換気の行き届いた室内、埃の被っていない書物。昨日今日のことではない、明らかに人が住んでいる形跡。温かかったサモワール。先刻まで誰かが使用していたのだ。

 にも関わらず、カレンダーの表示は【1977年6月】――


「あっ、もしかして」

 不意に声が飛んできて、竹藪の中から青年が走りよってきた。

「キミが梅白(うめしろ)生彩(きいろ)さん?」

「いや。此方は首死原愛時だが」

 色の白い長身の青年に見下ろされ、無防備に名乗ってしまう。初対面の男にカニンガムの法則に乗せられるとは、我ながら迂闊な。

「洋菓亭のパティシェ募集に応募して、オーディションを受けに来た人じゃないのかな」

 青年は片手に潰れた山形食パンみたいなコック帽を持ち、コックコートに水色レースのエプロンを着衣している。首を傾げると、柔らかな質感の髪がさらりと揺れた。

【洋菓亭】のオーディション?

 此方の返答を待たずして、

「ほら、やっぱりそうだ」

青年は此方の手にあるマーメイド紙を指差した。メタルフレームのメガネの奥で仔犬のような瞳を向けてきて、可愛い。

 ではなくて、今はそれどころじゃないのだ。

「その前に教えてほしいのだが。卒爾ながら現在は1977年の6月10日なのか」

「え? 何を言っているの。2010年だと思うよ」

 やはり、そうだよな……

「挑戦者が一人足りないって皆騒いでる。早く行こう」

 此方の混乱など意に返さず、青年は踵を返した。固まったままの此方の手を強引に取って、泥濘を避けながら庭園の外へ走りだす。

「ちょっ……待て」

 脳みそが着いていけない。

 どうやらタイムスリップしたらしいことは、この青年も気づいていない。時空が33年前に巻き戻った原因は、先ほどの雷雨と此方の逆転時計が関係しているのか。

 此方が持っているマーメイド紙は、パティシェ試験の指示書らしいが、梅白生彩とは?

 それにオーディションとやらが開催されるのは、あくまでも『2010年現在』のはずだ。時間が巻き戻っていたら、予定通り開催されるわけは――

 いや、この界隈にいるのが此方と青年、他にも参加しているらしいパティシェ志望者たちだけだとしたら。33年前の時代に移動していても、問題なく審査は行われるということに? 持ち込まれた記憶は当然『現在』のまま。1977年――この時代の人物と鉢合わせない限り、文字通り時代錯誤することなく……?  

 脳内はキャパシティを超えすぎた。青年に手を引っ張られながら、幻の解決策を捻りだす努力はするが……。

 ほどなくして、青い尖り屋根とオレンジの煉瓦造りが見えてきた。

「そういえばまだ名前を名乗っていなかったね」

 ふいに立ち止まった青年が、

「僕は結城(ゆうき)崇雄(すうゆう)。洋菓亭パティシェ候補者の一人で、君のライバルでもある」

コック帽子をかぶり直し、掴みどころのない笑顔で片手を差しだしてくる。

 あれ……❔ 何か、懐かしい気持ちにさせてくれる青年だ。此方は、結城と名乗る男の子をずっと前から知っているような……

 すっかり雨はあがって、ふたたび日差しが洋館を照らしていた。

 今度はジェオスミンのせいか。スパイシーなシナモンより、ミルクっぽい甘い匂いが近づいてくる。プルースト現象が高まって、此方は弟の命をゆっくり思い出していた。

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