ⅤⅠ.消えた骸骨
『ミルクとバターをたっぷり使って、甘党の王が喜ぶ最高のドルチェを作れ』
何のことじゃい。ドルチェはイタリア語でデザート。ミルクとバターなど、どこから調達すれば良いのやら。レシピもないのに作りようがないではないか。
だいたい、この手紙は誰に宛てて描かれたものなのか。もっと不思議なのは、いつ誰が置いていったのかということだ。此方がここへ来た時は勿論なかったものだ。そも、落ちていたとしたら豪風雨でとっくに飛ばされているはず。雨と竜巻の影響を受けていないのなら、届けられたタイミングは限られてくる。つい今しがたということだ。
と、風呂敷包みがないことに気づく。【生八ツ橋】を渡りきった時までは確かに持っていたはずだ。忘れてきたとすれば鍾乳洞だ。雷鳴が轟いて骸骨が青白く光った時に、落としてきてしまったらしい。
抜かった。くそめ。これだから此方はドジなのだ。
意を決して再度、地下室に向かうことにした。
思えば胸元の懐中時計が異様に反応したのも、【生八ツ橋】を渡りきって【洋菓亭】の領域に入ってから。このダンジョンに導かれてのことだった。何かある。この洋館には、死神とも亡霊ともつかない人外の引力が。或いは生きた某かの仕業かもしれない。届けられた封書といい、得体の知れない謀が渦巻いているのではないか。そんな気がしてならない。
カツン、カツン
此方の靴音だけが響く。灰色のコンクリートを照らしながら、ロティーニ状の階段を降りていく。ランタンから青白い灯油が揺らめいて、さながら魔女になった気分である。洞窟に近づくほど、ペスカトーレやアクアパッツアにも似た独特の匂いが鼻腔を突いた。人骨は魚介類に似ているのかもしれない。
ふたたび洞窟に辿り着けば、
「あった! 此方の風呂敷――」
拾いあげようとした際、はらりと足元に何かが舞った。
カードだ。またしてもタロットカードか……? 不気味な髑髏とアナログ時計の文字盤を示した絵柄。『死神』の絵柄に似ているが、『クロノス―Chronos―』と印字されている。
ふと、違和感に包まれて恐る恐る辺りを見渡す。カタコンベ。死屍累々な納骨堂。1、2、3、4、5、6……。
一体足りない……?
最初に見た時は確かに7体あった。
そうだ! 一体だけ、他の骨に比べて真新しい骸骨があった。辛うじて髪の毛と洋服の切れ端が残っていた、あの人骨――。それが消えているのだ。
更にもうひとつの異変に気づく。骸骨のそばにあった、ボタン電池みたいなハート型のアルミニウムが一緒になくなっているのだ。
ゾクリと悪寒がして、拾ったカードを裏返してみた。銀色の文字が暗闇に光る。
《クロノスの復刻》




